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海底トンネル工事に名を連ねた受注会社には、清水建設・鹿島・竹中工務店・大成建設 ・大林組の大手5社を筆頭に、以下、主だったゼネコンのほとんどが含まれていた。ここに、自分の 会社である飛島建設を参入させるように激しい政界工作をしたのが、前述の"談合の元締め" 植良祐政であった。植良祐正とともに有罪判決を受けた長男の植良總一郎が飛島建設の副社長、 次男の植良雄三が青木建設の副社長であった。 植良祐正は、自民党の副総裁・金丸信への闇献金を盆暮れに送り続けたが、その額は 文字通り闇につつまれ、何億か何十億か分からないと言われる。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 東京湾横断道路株式会社の社長・岡昭は、日銀の調査局長から79年には理事にまで 出世し、ここから日本開発銀行(開銀)の副総裁となり、政府金融機関でナンバー2のポストを 占めたのが84年のことであった。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 郵便貯金が、"世界最大の金融機関"あるいは"第二の政府予算"と呼ばれる 「財政投融資計画」にまわされ、そこから、岡昭のいた開銀や公庫などがつかみどりをして、 国民の金を自由に動かしてきた。 岡は、そのあと86年に東京湾横断道路の社長に就任したが、ちょうどこの年に、 大蔵省では、吉野良彦が事務次官に就任した。日銀と大蔵省は、親族と呼ばれるほど密着している。 吉野は、次官を退任後の89年に、その財政投融資を動かす実践部隊の金融公庫の総裁に 就任し、続いて、92年からは、岡がいた開銀に転じて、ここでも総裁のポストを得た。 その92年に、東京湾横断道路のトンネル工事に対して、入札が実施されたのである。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 日本道路公団の副総裁に渡辺修自が就任したのは、やはり86年であった。渡辺の 伯父が、 - 金丸特許事務所の草葉晁で、その娘ムコが、97年現在の日銀総裁・松下康雄で あった。 松下が大蔵事務次官を退任したのが84年で、その部下だったのが、前述の 開銀総裁・吉野良彦である。さらに松下総裁の娘は、準大手ゼネコン会社フジタ(旧・藤田組)の 会長・貝塚敬次郎の息子と結婚するという関係があった。ところが貝塚敬次郎は、実はこれも 大蔵官僚出の人物であり、松下より一歳上だが、松下が支配する銀行局を経て、 大蔵省代表日銀政策委員という権力を握ってから、フジタに天下りして、会長にのぼりつめた 人物であった。 その息子で、松下総裁の娘と結婚した貝塚正彰も、大蔵省に入省するという 大蔵ファミリーの血族関係があった。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 松下総裁の一族を見渡すと、このほかにも、銭高組(錢高組)の創業者・銭高善造が 登場してくる。これも中堅ゼネコン企業として、シールド工法を売り物にした重要な トンネル掘削メンバーである。そしてフジタと銭高組が、東京湾横断道路のトンネル工事で 受注会社となった。 銭高組といえば、近親者が大倉組の創業一族であり、大倉組とは、現在の大手5社に 数えられる大成建設の前身である。しかも大倉家の一族に、日本でトップの清水建設を創業した 清水家があった。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 日銀総裁・松下康雄と、日本最大の建設会社・清水創業一族と、開銀副総裁から 東京湾横断道路の社長となった岡昭は、まぎれもなく近親者であった。しかもこの近親者に、 フジタと大成建設と銭高組があった。 - 日本は国家全体が、世界で類を見ないほど、建設業者によって私物化されてきた。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 鹿島と中曾根康弘の近親関係は有名だが、 - 橋本政権の 経済企画庁長官・麻生太郎は、吉田茂首相の近親者で、九州の麻生セメント社長の息子である。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 原子力委員会委員長となった熊谷組の熊谷太三郎も、敦賀セメント会長であった。 敦賀セメントがある敦賀市に建設した高速増殖炉"もんじゅ"が、なぜ日本の原子炉なかで最大の コンクリート製格納容器を持っており、その建設に1兆円という国民の金が投じられ、わずか 1度のナトリウム火災によって廃虚となったのであろうか。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 金丸の地元・山梨県では、大がかりな土木工事となれば、必ず西松建設が名を 挙げられてきた。 - 西松建設の社長・杉本三吾の娘が、金丸信の息子と 結婚していたからである。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - われわれ国民の公金が、税金となって国庫に入り、官官接待を受ける建設官僚に よって、日本全国の自治体にそれが"適当に"配分され、公共事業に乱用されてきた。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 西松建設は、熊谷組、フジタ、戸田建設、ハザマと並ぶ準大手ゼネコンだが、 トンネル工事では、鹿島らの最大手ゼネコンに匹敵する実績を誇っている。勿論、東京湾横断道路の 受注会社のひとつでもある。金丸のもうひとりの息子が、総理大臣・田中角栄のゼネコン利権を 受け継いだ総理大臣・竹下登の娘と結婚し、竹下のもうひとりの娘が、大手ゼネコン・竹中工務店の 創業一族と結婚した。さらに竹下の弟が、角栄の地元新潟で最大手の福田組の社長の娘と結婚し、 その姉の夫が、岩手県の土建業会に巣喰う小さなドン、新進党党首・小沢一郎であった。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - |
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