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茨城県の目玉は、何よりも原子力のメッカ・東海村にあり、ここではすべての問題が札束で
処理されてきた。
知事の竹内藤男が、7億円を超える不正蓄財を成し、ハザマからの賄賂が判明したのを 始めとして、鹿島・清水建設・大成建設・大林組・飛島建設など、十指を超えるゼネコンから 闇献金のあったことが明かにされている。日本の自治体首長として、史上最高額の賄賂を記録した 竹内藤男である。竹内知事には、選挙資金として、土建業会の親分・田中角栄から、秘書あてに、 "ほんのわずかながら"500万円の現金も投げこまれた。 この事件で社長・本田茂が逮捕されたハザマは、前述の清水建設ときわめて近いところに 間組の創業一族が縁戚関係をつくり、そこにまた、さきほど述べた熊谷組・前田建設工業 ・安藤組の一族トリオが閨閥を組んできた。 竹内藤男がこのような縁戚を持ったのは、茨城の県庁所在地である水戸で金融界を 動かしてきた常陽銀行(前身は常磐銀行と五十銀行)の初代頭取・亀山甚の娘ムコと なったからである。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - たびたび登場した闇の日銀総裁・川崎定徳社長の佐藤茂を動かすファミリーが、 常陽銀行の監査役などをつとめ、亀山一族を支えてきた。常陽銀行の小会社「常陽リース」が、 暴力団稲川会系の企業に10億円もの資金を融資していた事実が、東京佐川急便事件で 明かにされている。 そして亀山甚本人が、川崎銀行に入行したのち、川崎貯蓄銀行の常務となって川崎財閥の 幹部となってから、常陽銀行を設立し、頭取となった人間であった。竹内知事がその娘ムコと なれば、こわいものなしであった。 この経過を詳細に追ってみると、竹内藤男がなぜ、間組(現・ハザマ)社長本田茂から 莫大な賄賂を受け取ったかという理由が判明する。間組は、間猛馬が創業した土建会社だったが、 三代目の、間平馬が取締役となった当時は、平間の義父にあたる神部満之助が間組の社長となって 会社を経営し、特に電力会社の受注によって佐久間ダム、黒四ダムという巨大工事で 「ダムの間」の評判をとり、大成長をとげた。原発の熊谷組と同じである。 ところがこの神部満之助の手腕には、ダム建設だけでなく、"政略結婚"という秘策があった。次女の結婚相手には、東京新都市建設公社の理事長である黒川清雄の息子が選ばれた。この結婚は、建設事業を手がける黒川家の側にとっても、重要な姻戚関係であった。そして、黒川が1961年に同公社の理事長に就任した翌年、東京の建設事業を取り仕切る総理府の首都圏整備委員会で重要人物と出会うことになった。それが、委員会で計画第一部長をつとめる竹内藤男という人物だったのである。東京新都市建設公社や首都圏整備委員会とは、何のための"新都市"や"整備"だったのだろうか。 その事業の目的は、巨大な利権 - 東京オリンピックであった。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 同じ茨城県出身の建設大臣・中村喜四郎が、"竹内知事に闇献金した鹿島建設"から 1000万円を受け取った容疑で94年3月に逮捕されていた。中村喜四郎の容疑は、 公正取引委員会が調査を進めていた建設談合事件について、鹿島建設の副社長から 「公正取引委員会の委員長に、検察当局への独占禁止法違反での告発を見送るように働きかけて ほしい」と依頼され、これを引き受けて、鹿島建設から1000万円の現金を受け取ったという 斡旋収賄罪であった。しかも鹿島建設の社長だった渥美健夫の長男・直紀が、中曾根康弘の 娘ムコであり、問題の公正取引委員会の委員であった。 この事件では、中村喜四郎が逮捕される前に、地検特捜部が、「本丸は、小沢一郎と 梶山静六だ」とにらんで捜査を続け、巨大疑獄に発展する様相をみせながら、小物の 中村喜四郎逮捕だけで事件を収束した裏には、政界から地検に対する大きな圧力があったと みられている。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 梶山静六は、建設族のドン金丸信の側近だった人間であり、竹下派の経世会で 事務総長をつとめながら、闇から闇に流れる竹下や金丸の金を監視し、金庫番を果たしてきた 男である。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 東京湾横断道路から東京オリンピック、ダム、無数の公共工事、東海村の 原子力利権などに群がったゼネコンであり、それとまったく同じ企業が、茨城県知事への贈賄と 闇献金で名指しされたゼネコンだったことになる。 そこに、資金を投入する大蔵事務次官と、日銀総裁、開銀副総裁、地元の常陽銀行頭取、 三井不動産社長たちが血縁関係を持っていれば、この算術は、誰にも容易に解けるはずである。 日銀総裁の収入は5年間で3億円を超えると述べたが、ほかの経路から無数の収入があるので、 彼らの実質的な収入は、それほど"小さく"ない。 さて、さきほど述べた97年春先に開催された"財政構造改革会議"には、中曾根康弘の顔が あった。中曾根は"鹿島ファミリー"だが、同時に中曾根の姪は、大昭和製紙の社長・齊藤了英の 息子と結婚していた。その了英の弟・齊藤滋与史が、静岡県知事であり、鈴木善幸内閣の 建設大臣であった。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 宮城県のかつての副知事が、ハザマ、清水建設、西松建設、三井建設の四社から 1億円の収賄容疑で逮捕された仙台市長・石井亨であり、その石井の市長選で選挙対策本部長を つとめたのが、やはり三塚博であった。逮捕された石油業界のタニマチ泉井純一から接待を 受けていたのも三塚博である。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - この金の流れは、ゼネコンから仙台市長・石井亨を経て、その賄賂1億円のうち 1000万円が三塚博に渡った、と仙台市長本人の語った言葉が報じられていたはずである。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - しかも仙台で計画されていたLNG基地の整備事業では、清水建設45パーセント、 鹿島33パーセント、ハザマ22パーセントという受注配分まで、石井市長が決定して、 ゼネコンへの利権が割りふられていた。 不思議なのは、一連の事件でこれほど疑惑が濃厚でありながら逮捕されない大蔵大臣と、 最大手の鹿島・清水建設の最高幹部たちである。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 日本の検察・司法そのものを、黒い霧がおおっていると見なければならない。 日本を腐敗するがままに放置してきたのは、検察と司法の内部にひそみ、捜査を妨害する 人脈である。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 今日のように、ゼネコンが悪の代名詞となったのは、限度を超えた土木事業や 公共工事が、建設会社のごくひと握りの幹部によって動かされ、単なるヤクザが国会議員の バッジをつけるところまで国を腐らせてきたからである。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - |
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