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薬害エイズでは、多くの患者が直接の死という殺人行為に巻きこまれ、今もその被害が
進行しつつある。この経過に対して、国の責任が明確になり、厚生省では、わずか一官僚だけが
逮捕される結末となった。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 岡光序治をかばい、不正官僚などまったく存在しないかのように、言葉に迷彩を ほどこし、とぼけたこの男は、一体何者であろうか。小泉純一郎の父・純也は1964年の 防衛庁長官であり、60年代には高額所得者として名を連ねていた。祖父・又次郎は、正確には 純也の養父にあたる人物で、満州事変を起こした1931年の若槻内閣で逓信大臣をつとめ、戦後は 公職追放となった。 さらに小泉厚相の義兄・豊島格が、資源エネルギー庁長官として、80年代の 原発推進政策を大きく前進させ、その後、実業界でアジア石油社長、コスモ石油副社長を 歴任したのち、93年にはついに日本貿易振興会の理事長として君臨するまでになった。 小泉純一郎の一族には、このほかにも薬物利権に関連する職業の者が目につき、昨96年に 発覚した医療業者からの献金問題と、91年に医療基本問題調査会長であった彼の履歴は、かなり 根の深いものであると考えられる。さらに、祖父時代から郵政業界につながりがあり、92年に 宮沢内閣の郵政大臣となったことを考え合わせれば、背後に壮大な人脈がみえる。 岡光序治が収賄容疑で起訴されたのは、彩福祉グループから6000万円を受領したためで あった。この福祉グループの大株主だったのが、日本病院寝具協会の理事長・村田士郎であり、 その協会の会長が小泉純一郎本人であった。この協会傘下の政治連盟から、小泉と橋本龍太郎が 多額の政治献金を受け取っていた。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 彼らが大臣になったのは、能力があるためではなく、背後に大きな力が あったからである。しかもそれは、歴史的に奥の深い姻戚関係から出てきたものである。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - |
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