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第5章 行財政改革とビッグバンの怪


若狭得治と日本船舶振興会の人脈


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日本船舶振興会は、 - 59年に設立され、この財団法人から補助を受ける団体に、 膨大な数の運輸官僚が天下っていた。
 小佐野賢治の弟・小佐野政邦が運輸省の"観光"政策審議会委員を勤める一方、笹川良一の 日本船舶振興会が日本"観光"協会に莫大な補助金を送り込み、運輸省の"観光"局長・津上毅一が そこに天下って理事長をつとめていた。同じく船舶振興会の補助金をもらう 日本"観光"開発財団にも、運輸大臣官房"観光"部長・渋谷正敏が天下って専務理事をつとめていた。 これらの「観光」が、帝国ホテルや航空会社などを意味していたのである。
 戦争中に国粋大衆党の総裁として衆議院議員に当選した笹川良一と、そのころ 上海児玉機関を動かしていた児玉誉士夫は、共にアジア侵略の第一線で活動した仲であったため、 戦後は、ふたりともGHQに検束され、A級戦犯として巣鴨刑務所に入獄した同胞であった。 しかし48年のクリスマス前日に、岸信介ら17名と共に、笹川と児玉もGHQから釈放されていた。 彼らはアメリカに買い取られたのであった。
 若狭得治が総理大臣・岸信介の近親者であり、彼らと共同作業をおこなう運輸官僚で あったため、池田勇人首相の時代に、若狭が事務次官に抜擢されたのである。日米安保騒動で 辞任に追いこまれた岸信介の後継者として、池田勇人が首相のポストを得たのは、当時、 稲側会らの暴力団の力を糾合した児玉誉士夫の闇の活動があったからである。

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 日本船舶振興会は、95年7月に笹川良一がこの世を去ったあと、三男の笹川陽平が 会長職を継ぐ世襲制が世間から激しい批判をあび、12月には、女流作家・曽野綾子が会長に 就任して、「日本財団」という名称に改称されてしまった。A級戦犯容疑者がつくった財団が 日本を名乗るとは、われわれ日本人に対して不快きわまることであり、失礼千万な感覚である。 曽野綾子と上坂冬子と、格は落ちるが木元教子の三人は、官僚によって、しばしば審議会などの 委員に選ばれるので有名なメンバーだ。
 しかもこの日本財団が、逮捕された岡光序治事件で問題となった 埼玉県老人福祉施設「あけぼの」に莫大な補助金を出すことを決定していた。入札では、前述の 厚生大臣・小泉純一郎と寝具業者ワタキューに直結する「ジェイ・ダブリュー・エム社」が、 15社中の7番目の価格でありながら落札していたのである。通常ではありえない不正落札である。

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