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最新更新日:2007・11・4


エッセーのようなもの:第48話

湾岸戦争前のクウェートで

 協力隊の任期も後半に入った頃、選手たちと共に約50日間、海外試合の旅に出たことがあった。

 南アジア大会(パキスタン・イスラマバード)、イスラミックオリンピック(クウェート)、アジア陸上選手権(インド・ニューデリー)と事前の合宿などを含め、出場メンバーは若干入れ替わりながらも、私自身は一度もモルディブに帰ることなくひたすら旅の途中にあった。

 初めて訪れた中東の国クウェート。ペルシャ湾のどんつきには、淀んだ海水が音もたてずに小さな波を作っていた。選手村には5つ星の高級ホテル「メリディエン」が選ばれ、私たちは上層階の部屋をあてがわれたため、クウェートの町並みを一望することができたのだが、ホテルのすぐ横には不自然すぎるほど大きな空き地があり、周りが建て込む中、異質なことこの上なかった。いたるところに石が転がり、土の表面がでこぼこしている。上から眺めていたため、最初そのでこぼこの大きさがぴんと来なかったのだけれど、ひょっとすると、とモルディブ選手に尋ねるとやはり土葬された墓だと言う。5星ホテル横の巨大な墓場。死に対する観念が日本人とは明らかに違っていた。

 移動する車の中からみる道行く人に、ガットゥラと呼ばれる頭布に黒い輪留めというアラブ人特有の姿をしている人を探すことはできなかった。暑くて到底外は歩けない、と言う理由から、クウェートの人たちは飲料水よりも安いガソリンをガンガン使い、高級大型車を走らせ移動する、ということであった。

 逆に、金を稼ぐための人々が世界各国からオイルダラーの国クウェートに集まってきていて、土木作業員、清掃業、ベビーシッターなど、ありとあらゆる部門に従事し、その存在が認められないとクウェート人の通常の生活が困難になると言われる程、いびつな国家のありかたであった。

 イスラム教の国対抗陸上競技大会。薄暮の中での開会式で電光掲示板に映るアラビア文字が、実に美しく神々しいものに見えた。参加国はアフリカの国が多く、戒律上、顔や肌を人前に出してはいけない女性の参加種目は最初から設定されていなかった。

 生まれて初めて海外に出たモルディブ選手がこの大会に5人参加していた。サイード、ザヒーン、マネージャル、スジャ、トリーク。彼らは15歳から21歳の高校生と社会人で、一周5kmのマーレ島からほとんど出た事のない、少しばかり行動範囲の広い「ひきこもり」状態でここまで暮らしてきた若者たちばかりである。パスポートを持つのも初めてなら、飛行機に乗るのも初めて、まして5星ホテルに泊まることも初めての、なにからなにまで初めてづくしの彼らに、陸上競技の「記録」まで要求するのは酷であった。食べたことのない豪華な食事に胸を躍らせ食べまくり、空調設備の整った部屋では裸のままエアコンをつけっぱなしにして早々に風邪をひいてしまう。試合までの夢のような生活に慣れるだけで精一杯で、心身ともに疲労してしまい、夢の途中で全ては終わってしまっていた。

 でもわたしは、そんな経験をさせるために、記録的には低くても真摯な態度で練習に取り組んできていた彼らを代表選手に選んだのであった。自ら体験した外の世界に対する心の反応を持ちかえり、モルディブの将来のために少しでも役立てることができたら、陸上競技の記録以上に有意義な国際大会出場になるはずであった。

 旅をすると新しい自分に出会うことがある。日常ではなかなか気づくことのない、自分の知らなかった自分。そこに住む人たちとの距離が近いほど、また異質であればあるほど、そこに自分をどうなじませていくことができるか、どう折り合いをつけて楽しむことができるか、旅の醍醐味は様々である。

 アジアは面白い。アジアを旅して新しい自分に出会う頻度はかなり高い。


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第42話・「ルワンダの涙」を観て(07.3.10):
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