
面積は淡路島とほぼ同じ。北に上がればすぐにマレーシアとなる
マーレに到着してたった1ヶ月しか経っていないにもかかわらず、選手一人を連れてシンガポールまで出張となった。
第2回アジアジュニア陸上に出場するためである。
アブドウル・ラティーフは19歳。
5000mに出場するため初めて国外に出た。
彼はこのあと、ソウルオリンピック出場のため日本で合宿をはっている本隊に合流し、生まれてたった2回目の公認競技場でのレースはオリンピックということになる運びであった。
それよりも自分自身の事である。
いかんせん、英語も頼りない状況下での選手引率。それも国際大会である。
どんな流れで技術会議がひらかれ、重要な事柄が話し合われるのか、聞き漏らしたら、選手が試合に出られなくなるかもしれない、などと不安満載の心理状況で英和辞典をカバンにしのばせ、出席したのであった。
「マレー語で位置については、クガリサン、用意は、スディア、です。」
なんて知識をいれながら、緊張感一杯の中会議は進行していった。
耳ダンボ状態で英語を必死に大脳に入れながら、和訳を高速回転で続けていると、スリランカ人コーチがやおら立ち上がり、
「うちの選手は100mと200mに出るんだけど、レースとレースの間が短すぎるから、なんとかしてくれい。」
なんて、ばかばかしい質問を声高にしたのであった。
するとまた、それに丁寧に答える議長。
「結局、英語しゃべってるからって別にえらいわけではないのだな。」
と実感できた面白い瞬間でもあった。
結局は何分前に出走のチックをし、何分前に2回目のそれがあり、といった、日本での試合となんら変わらない話だけでテクニカルミーティングと称するものは終わってしまった。
ほっとして、今後の海外遠征時でもなんとかなるかなという少しばかりの安心感も生じた。
協力隊員でありながらも遠征と称して様々な国を訪れ、他の隊員からうらやましがられりもしたけれど、それはそれで、いろいろ苦労もあったのである。
アジアジュニア。今から開会式なのだ!
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