
満月の日は祝日、というめちゃくちゃ休日の多い国スリランカ。
モルディブからは飛行機で1時間のお隣さんです。
半年に一度、モルディブ青年海外協力隊員はわざわざ飛行機に乗って、健康診断の為コロンボに乗りこみます。
日本料理屋に行きます。韓国焼肉屋に行きます。カジノに行く人もいます。
スリランカ隊員とソフトボールの対抗戦もします。(勝率はスリランカに分があった)
日本大使にお呼ばれして、うまい飯にもありつけます。
基本的に任地からは勝手に離れられない協力隊のきまりがある為、1周5kmのマーレ島から逃げ出せる、唯一の合法的手段なのでした。
近くて遠い国だったスリランカ。
象の孤児院で生まれて初めて象に乗った。なんとも頭の毛はバリバリしていた。
河野隊員の活動地は田舎も田舎、畑と林の中に生活している農家が点在しているのであった。
可愛い姉妹。
任地はこんな感じ。菅原(野菜)隊員と2人で農業開発センターみたいな所で奮闘していた。
時間を作ってシンハラ語に励む河野隊員。
アヌラダプラにいく途中、キャンディーの女子高生
鉄道ファンの方、スリランカの鉄道です。コロンボから南へ伸びている線路。
海岸を走る列車の窓から、線路脇で海を見ながらたたずむアベックに向って投石をするというのが、その辺で無賃乗車をして乗ってくる小僧達の遊びでした。
シンハラ語はインド南部の言葉(タミール語かな?)と形が似ている。
コロンボの街で私達が泊まるホテルはランカオベロイホテルがいつの頃からかの常であった。
ホテルを出て目の前の海岸線に沿った道を北に向かって歩いていくと、よく観光客目当てに物乞いの人間がやってきた。
その中でも、私が勝手に「関節はずし君」と名づけた肢体不自由の男の人は見事に逞しく生きていた。
私たちは、半年に一度健康診断の為にコロンボを訪れていたため、行った時、ホテル近くで関節はずし君が頑張って働いている姿を見ると、 「ああ、頑張っているな。」 と安心したりもした。
関節はずし君は両足が不自由なため両腕を使って移動せざるを得なかった。
しかしながら、一度金を落としてくれそうな「お客さん」を見つけると、その両腕を使って一目散に先回りし、左の不自由な足の関節を自分ではずし、首の後ろに巻きつけ、さも、悲しそうな表情で、右手をその「お客さん」に差し出すのである。
悲しそうな表情はピカ一。
今にも泣き出しそうなくらいなのである。
一仕事を終え、素顔に戻った関節はずし君は何事もなかった様に、次のお客さんを探すのであった。
逞しきかな、関節はずし君
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とにかく、驚くほどコロンボの裏通りは臭い。
やし実ジュースが路上にこぼれて腐敗するとこんな匂いになるのではないかと想像してしまうほど鼻につく強烈な匂いである。
協力隊時代、半年に一度飛行機に1時間のってやってくる、コロンボでの健康診断は、モルディブ協力隊員にとって実に楽しい黄金時間であった。
イスラム国モルディブには、豚肉が存在しないし、日本料理屋もない。
よって、いやでもトンカツやカツ丼、果てはインスタントラーメンを「ラーメン」と銘打ったものにさえ,唾がドクドク出てくる飢え飢え状態で乗り込むのが常であった。
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