旧樺太庁豊原乾溜工場
ユジノ-サハリンスク市 ペースチナヤ通6番地

 乾溜工場は、森林資源の活用策の一つとして、樺太庁が試験的に建設した工場で、明治43(1910)年から明治44(1911)年にかけて建設された。施工は大蔵組と遠藤米七で、機械はドイツ・マイヤー社製の最新型が導入されたと、『樺太日日新聞』は報道している。写真の3層の煉瓦造が竣工当初から存在する乾溜室部分である。
 現状では写真左手、および右手の2階部分はロシア時代の増築だが、煉瓦造部分は窓廻りを含めてほとんど手付かずで残っている。大変丁寧な施工がなされていたことは写真でも見て取れる。大正11(1920)年以降乾溜工場としては機能しておらず、長年の間廃屋同然で放置されていたことを考えれば、この部分の現存状況は驚異的である。
 当時の建設された煙突も敷地内に現存している。建設後80年以上放置されているにもかかわらず、現状においても破損個所がほとんどなく、大変に美しい状態を保っている。乾溜工場はサハリンで最初に建設された近代的工場施設であり、その現存はきわめて重要な意味を持っている。しかしながら、ユジノ-サハリンスク市民はその現存や重要性をほとんど認識していない状況である。





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