
| 旧王子製紙豊原工場 社宅群 |
| ユジノ-サハリンスク北東部、住所は各写真下に記載 |
豊原工場の社宅は、工場敷地の東部と南部に建設され、社員用の甲社宅地と職工用の乙社宅地に分節されていた。昭和16年現在での社宅数を工場配置図上で確認すると、甲社宅43棟90戸、乙社宅33棟234戸となっている。また、乙社宅地のさらに東には、樺太電気株式会社や樺太鉱業株式会社など関連企業の社宅群が建ち並んでいたと見られるが、これらを含めた総数は不詳である。ここでは、便宜上、両者をふくめて「豊原工場社宅群」として扱っている。 現状を見ると、現存している社宅は半壊状態のものを含めて15棟前後と見られる。工場の市街地に近い甲乙社宅地よりも、樺太電気などの社宅群の方がまとまって現存している感が強い。ただし、東部社宅地(現在のミール大通りの東側)には、ソビエト時代以降の木造住宅やダーチャ(簡易別荘つきの小菜園)が相当数建設されており、旧社宅の確認は外観の観察だけでは難しいのが実状である。 参考のため、以下の写真のいくつかには、『王子製紙豊原工場配置図 昭和16年1月現在』中の社宅番号を併記した。 |
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| ↑現住所:ファブリチナヤ通24番地。旧市街地のほぼ東端に位置しており、関連企業の社員用住宅と見られる。この界隈の社宅は、緩勾配の寄席棟屋根を持ち、主棟北側の西端か東端に下屋を張り出しているのが特徴である。 |
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| ↑現住所:オクチャブリシイ3番地。住所表記の関係でわかりにくいが、上の写真のすぐ近くである。張り出し部分が東西逆のほかは、上の社宅と外観上ほぼ同じ構成をとっている。軒下部分を漆喰で固めた外壁は日本時代のものと思われる。 |
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| ↑現住所:ファブリチナヤ30番地。やはり関連企業の社宅と見られる。玄関部分の造作がよく保存されているほか、全体的に旧状を良くとどめていると思われる建物である。 |
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| 現住所:ソダーバヤ通7番地。奥の建物はオクチャブリスキイイ通9番地。 これも関連企業の社宅の一つと見られる。2戸が左右対称の平面構成で並んでいるのが面白い。外壁や屋根葺材などは改変されているらしく、一見するとロシア建築と区別がつかない。 |
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| ↑現住所:フィズクリトゥールナヤ通50番地。旧社宅番号は甲社宅50号。写真奥の建物は甲51番。ほかに52番も同種の社宅であったようだが、現存していない。1戸建で、幹部社員用の社宅の一つと見られる。番号と位置から推して比較的新しく建設されたものであろう。なお、近傍には甲48・49号社宅の一部と見られる家屋も現存している。 |
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| ↑ボマージナヤ通12番地。新しいタイプの職工用社宅で、旧社宅番号は「に2棟」。居住者の話でも「これは日本時代の王子の建物だ」ということである。1940年代には、8戸1棟タイプの職工社宅を改変して、このような中二階をもつ4戸1棟社宅に多数改築されていたと見られる。写真の背後にも同タイプの社宅「に1棟」(現住所:フィズクリトゥールナヤ通34番地)が現存しているが、中二階部分は大きく改変されている。なお、近傍には「は22棟」の一部や、半壊状態の「は20棟」も現存している。 |
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| ↑ボマージナヤ通45番地。旧社宅番号は甲社宅42号。工場施設の近傍に残る数少ない1戸建社宅である。外壁・屋根材ともに改変されているが、どうにか往時の状況をしのぶことができる。なお、周辺には「貴重品倉庫」、「No.1製品倉庫」なども現存している。また、No.2製品倉庫の煉瓦防火壁、旧鉄工室あるいは溶鉱炉などの一部分も確認することができる。 |