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| 拓殖学校の校長官舎は、校舎の新築とほぼ同時期である昭和10(1935)年ころに建設されたと見られる。写真の通り、軒の出がほとんどなく、昭和期の樺太庁土木課が提唱していた「軒を詰めた」官舎の現存例である。 |
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| 外壁上部はモルタル塗り、下部は下見板張りとなっている。北海道の公共住宅などでもよく見られた形式である。間数の違う切妻屋根を並行・垂直に並べた構成は、当時の樺太庁報で紹介された設計図の通りである。 |
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| 内部はロシア風のライフスタイルの影響で改変された部分も多いが、居間部分の窓廻りなどオリジナルの部材も随所に残されている。天井の棹縁も白い塗装の下に塗りこまれながら、往時の姿をとどめている。、 |
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| この住宅は現在、ユジノ‐サハリンスク在住の人物がサマーハウスとして利用しているが、彼女は旧居住者と親交があり、現在も文通を続けているという。写真は、旧居住者の女性からもらったという竣工間もない官舎である。右が校長官舎・左が副校長官舎で、右奥には校舎の姿も映っている。 |
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| 隣にあるのが副校長官舎である。屋根や外壁下部を見る限り、保存状況は校長官舎よりも若干落ちるようであるが、往時の状況を想像することは可能である。 |