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旧樺太守備隊衛戍病院
ユジノ-サハリンスク市 サハリンスカヤ通32b番地
日本時代の衛戍病院は こちら

 サハリンスカヤ通のクルーゼンシュテルン像付近にある木造?長屋は、日本時代の初期に建設された樺太守備隊衛戍病院であった。往時の意匠が残っているのは、写真の正面玄関部分のみである。ここは現状では共同トイレとして利用されている。当時の新築請負契約書から、明治41(1908)年11月に建設されたことがわかっている。守備隊司令官邸と並んで現存する日本期建築の中では最も古いものの一つである。
 大正期に撮影された古い写真を見る限り、外壁は赤煉瓦であったと考えられるが、現状では防水シートとモルタル外壁で覆われており、外見上で衛戍病院の建物と識別するのは難しい。しかしながら、開口部位置は古写真と一致しており、基本的な平面構成に変化はないようだ。
 基礎部分は一見するとコンクリート造のようだが、実際には煉瓦造モルタル塗りである。日本時代でも後期に入ると基礎に煉瓦造を用いるケースはあまり見られないので、これが非常に古い建築であると考える根拠の一つである。
 内部は十字型に廊下が入って4つのブロックに分節されており、それぞれのブロックを2戸が共同で利用する集合住宅になっている。写真は長手方向の廊下部分を撮影したもので、典型的なロシア風アパートの廊下に改変されている。
 廊下壁体の破損部分。居住者の話によれば、この建物は1934(昭和9)年に建設され、1960年代に現状のようなアパートに改変されたとのこと。室内にペーチカを建設する時に屋根裏などにも入ったが、その時には純粋な木造建築であったと証言している。
 当初、この建物は外見の古写真から煉瓦造と想像されていたが、上記の証言から検証して、創建当初は木骨煉瓦造、周辺に憲兵分隊兵舎1934年ころの改変時に木造モルタル塗に改変され、さらにソ連時代の1960年代になって、現状の集合住宅として改造されたのではないだろうか。
 住戸部分の一部を撮影したもの。1戸あたりにはキッチン・居間・寝室1〜2の3〜4室程度で構成されている。内部空間はほぼ完全にロシア式のライフスタイルに適応するように改変されているのは仕方があるまい。





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