![]() |
房総石造文化財研究会 07号 昭和56年07月20日 |
| 1。第三回研究会 8月22(土)・(日) 館山市で計画 今年度の計画の中で、先般お知らせした通り、第三回研究会は泊まり込みで館山市において実施すべく準備中です。概略次のような要領で行いますので、奮って御参加下さい。 記 一、日時 八月22(土)・23日(日) 一、場所 館山市及び周辺 一、日程 ・8月22日 午後1時 館山市 安房博物館集合 ・研究発表と討議 会員で館山市文化財保護協会長の松本久先生をはじめ、早川正司氏ほか地元会員の発表を中心に、会員の研究発表を予定。同日午後6時 宿泊場所へ移動 ・懇親会 館山市塩見 民宿「七郎兵衛」(予定) ・8月23日 午前8時―午後3時 館山市を中心に、現地見学 館山市大網大教院の元和10年銘名号塔(県文化財)、同市安東千手院にある文和2年銘地蔵、千手観音、日待塔、鋸南町下佐久間・寛永19年銘の県下最古の庚申塔など、見るべき石造文化財があります。 一、会費 6,000円 宿泊料、懇親会費、昼食代含む 第3回の研究会は、年1回計画している宿泊研究会です。今までの研究会は、やヽもすれば時間に追われて会員相互の親睦交流の機会が少なかったようにおもいます。その点、今回は親睦会を予定していますので、お互いの体験交流や歓談ができることとおもいます。県北部の方にとっては、かなり遠距離ではありますが、又とない好い機会でありますので思い切ってお出かけ下さい。諸準備の都合もありますので参加希望の方は7月31日まで 0472-44-7901 ハガキ又は電話で事務局までお申し込み下さい。 申し込まれた方には8月上旬くわしい案内状・スケジュールなどお送りします。 2。佐原市での研究会 好評のうちに終了 ―研究会の記録― 第2回研究会は、5月31日予定通り佐原市で実施されました。当日、午前10時、佐原市中央公民館小集会室に集合。 ・出席者(順不同)敬称略 一色勝正、戸向朝夫、早川正司、森耕一、村田一男、積田幸夫、村井稔彦、磯部大暢、川戸彰、服部重蔵、竹内重之、石井保満、綿貫啓一、高橋良助、榎本正三、山口芳利、天羽正博、沖本博 18名 海保会長、大野政治先生も当日急に都合が悪く欠席されましたが、30名の会員のうち、18名までの方が参加されるという熱心さであった。 ・研究発表 (1)佐原の下総板碑 佐原市 石井保満氏 石井氏は、670基もあるといわれる下総板碑を丹念に調査されているが、会場に拓本も準備され、文献などのコピーを配布され、その成立から主要な板碑を解説された。 (2)下総式板碑の石材について 佐原市 磯部大暢氏 磯部氏は石造文化財を研究する一方、古墳の発掘調査も手がけられており、その体験から下総板碑に使用している石材の多くは石棺に用いたものではないかという見解を発表された。 材質、形状および板碑分布と古墳群との関係などから考求されたもので、今後の研究に対する傾聴すべき見解とおもわれた。 このあと、佐原市社会教育課長あいさつと「磯花遺跡」外多くの資料を頂いた。 ここで正午となり、全員車に分乗して香取神宮傍へ移動して昼食。 昼食後、石井保満氏の案内で下総板碑の見学に出発。 @惣持院跡(香取) ここには最も古い正元元年の板碑があるが、現在大利根博物館に展示中。文安五年の文字阿弥陀仏が目をひいた。 A引地路傍( 香取) 惣持院跡から歩いて、山陰の路傍にある双式板碑(文保三年)を見る。 B又見神社(又見) 神社境内および本殿下に石室(石棺)があり、磯部氏の研究発表のあった後なので 興味深く見学する。 C地蔵院(新市場) ここには、板碑のほか天正2年、元和6年銘の石幢があった。 D新福寺(香取) 90基にものぼるという板碑が墓地に造立されており壮観であった。 E観福寺(牧野) 伊能忠敬墓に詣で、歴代住職墓地内の板碑をみる。 F西福寺及び山辺公民館(山之辺) 不動□像板碑および、巨大な永和板碑。ここで予定時間となり見学を終了。 最後に御世話頂いた石井保満氏、磯部大暢氏及び佐原市社会教育課に深く感謝の意を表します。(沖本記) 3。印西町石造物第二集 小林地区調査報告書刊行さる このほど印西町教育委員会より主題の調査報告書が刊行された。 B5版、123ページ、アート紙を使った立派なもので、第一集「板碑」に引きつづくものである。 この資料は調査会の組織によって行われ、この会の会長は本会会員の高橋良助氏。 メンバーには会員の榎本正三氏、森耕一氏も加わっておられる。 この資料は小林地区の悉皆調査の記録であって、全対象物(現在までの)が克明に記録されている。 一例を挙げるならば、およそ三百名も人名を刻んである巡拝塔の人名を配列通りキチンと収録してあるのである。これを記録された方は、さぞ大変であったろうとおもわれるし、原稿にし校正する苦労はやったことがある人のみがわかることだとおもう。 この一事のみをみても、正確に誠実に作られた報告書であることが良くわかる。 収録点数は216で、ここの地区では光明寺にある寛文9年造立の十九夜塔をはじめ月待塔で立派なものがあり注目に値する。なお、ひきつづき調査を継続しておられるので、次の成果に期待したい。 4。千葉市文化財調査報告書 第五集 路傍の石仏(56年3月刊) 千葉市文化財調査報告書 第五集 路傍の石仏(56年3月刊)昭和51年度から54年度まで4年間、市文化財保護審議委員・吉田公平氏に委嘱して調査した結果をまとめたもので、B5判200ページ、写真もかなり多く入れ、所在地図を付録としている。 調査点数は577点であるが、社寺奉寶物は除外してある。 末尾に「今回はこれで打ち切り近年の中に補足したい」とあるように、精査すれば未だあるとおもわれる。 千葉市は地域も広く、個人で徹底的に調査するには限界があり、困難な仕事であったこととおもう。 5。館山市文化財保護協会 会報14号(56年3月) 年1回発行の研究誌で、十四年間続けられて来たことに改めて敬服させられる。 会員早川正司氏が「日本最古の日待塔」と題して、安東千手院の塔について論考を発表している。 この塔は会報1号でもふれたことがあり、「巳亥八月日」とあって、年代比定について早川氏は「天文八年」と判定して、その根拠を述べている。 会員松本久氏は「那古寺多宝塔建立について」塔心墨書銘、記録などについて紹介しておられる。 6。史談会報第4号 船橋史談会 会員綿貫啓一氏が「船橋市域石造文化財の概要」と題し、15ページにわたって紹介報告をのせている。同氏や市立船橋資料館の手で、およそ2,400基の石造物の存在が把握されている。これらについて概況を述べたもので、庚申塔372、馬頭観音377などが群を抜いて多い。 7。日本の石仏 季刊18号 ・東総の作神祭(服部重蔵) 「日本の石仏」に活発に発表しておられる会員服部氏が、最近号に(特集・作神と石仏)に主題のレポートを寄せている。 作神という言葉は、大護八郎氏がよく使われるが、服部氏のレポートには、海上町の田の神祭について述べられたものである。 8。事務局から ○情報をお寄せください 事務局で入手した資料などは出来るだけ紹介しますが、各地の研究誌などに発表された レポート、小論などありましたらお知らせ下さい。 ○ …五月末に佐原市での第二回研究会が終わり、アッという間に一ヶ月半も経ってしまい、あわてて第3回の研究会の予告と第2回の報告を一緒にする羽目となってしまいました。省みると、この房石研の結成を呼びかけたのが、昨年の6月頃で、会報第1号を出したのが、昨年の7月15日でありました。 ○…会員のみなさんの積極的な参加意欲に支えられて、本年に入って一月の総会、5月の研究会と順調にすべり出しております。一年前に漠然と考えていたことが、こうして現実になってみると、感慨無量のものがあります。どうか、第3回の研究会には、今までいろいろな都合で参加されなかった方も、ふるって御参加頂きたいとおもいます。 ○…各地の情報を集めてみると、会員のみなさんがそれぞれの地域で活発な、そして地味な研究調査の活動をされていることに、改めて敬意を表すとともに、石造文化財を中心とする調査研究が広まり、地域社会の人々を啓蒙していることに大きな喜びと希望を抱かせます。しかし、未だ研究は緒についたといっても過言ではありません。現在は存在を確認した段階─これからお互いに研究を深め、それらの石造物が語ってくれるいろいろな事実を解明してゆく段階と考えるのですが如何でしょうか。 ○…本年度中に研究誌を刊行する計画もありますが、この会報も一年経った今、より充実した内容にすべきことを痛感しています。提案あれば喜びます。雑文でもお 寄せ下されば幸いです。 ○…新会員紹介します。 山口芳利(船橋市立資料館勤務)千葉県さつきが丘 松本久(館山市文化財保護協会長)館山市船形 |
|
|