房総石造文化財研究会
10号
昭和57年05月06日

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 <目次>  
1。定期総会終る 57年度 事業計画決定
2。57年度研究会(計画)
3。研究誌「房総の石仏」
4。見学会の記録・・・長生地方
追悼 塩崎辧仁氏 4月25日急逝

6。第六回研究会 6月20日(日)関宿町で
7青麻権現塔について
8。事務局から
9。振替講座開設・御礼・新会員紹介
  
復刻注:文章を、会員苔華氏が入稿して下さいました。ありがとうございます。
カラーカットは、IBMホームページビルダーから適当に補いました。
縦書きを横書きにしておりますので、漢数字の一部を算用数字に変えます。 また、新会員の住所は省略し、○+1.2.3は、(1)、(2)に変えました。

1。定期総会終る 57年度 事業計画決定
  当研究会発足以来、第2回目の総会を3月28日(日)午前10時より、茂原市綜合市民センターで開催しました。
 当日の出席者は次の通り(順不同・敬称略)
一色勝正 竹内重之 高橋良助 榎本正三 村井稔彦 積田幸夫 綿貫啓一 早川正司 遠山 肇 村田一男戸向朝夫 塩崎辧仁 海保四郎 川戸 彰 沖本  博 (計十五名) 
 会議は海保会長の挨拶に次いで、56年度事業報告及び決算報告が行われ、ひきつづき57年度事業計画と予算案を協議しましたが、いずれも異議なく原案通り決定しました。

2。57年度研究会(計画)
 第6回 6月 関宿町・野田市
 第7回 7月 山形県・出羽三山
 第8回 10月 市川市・行徳地区
 第9回 3月 成田市(総会を兼ねる)
  6月の関宿町は別項の通り、
  第7回の出羽三山は、對馬郁夫氏の先導で実施するもので、宿坊に泊めてもらうようすでに手配済です。
  目下、7月末ごろ二泊三日の予定で乗用車に分乗して行きますが、細部は追って公表します。
  なお、総会の席上、希望者を募ったところ8名の参加希望がありました。
  総会に欠席された方で参加希望の方は、出来れば事務局へ意志を御連絡下さると計画がたてやすく
  なります。

3。研究誌「房総の石仏」
 昨年より企画中の研究誌は、5、6月頃創刊することで承認されましたが、会員数が少ないため、会員より特別会費2,000円を出して頂き、刊行物を四部づつ配布する方針としました。
 すでに原稿は一部届いていますので、6月ころには刊行したいとおもいます。 


4。見学会の記録
飯尾寺 寛文10年狛犬
 平岩 毅氏撮影
 総会終了後、海保会長から長生地方の石造物について説明があり、昼食を取ったあと車に分乗して見学会に出発しました。
 1.茂原市茂原(鷲巣)鷲山寺 元禄津波供養塔ほか
 2.長柄町桜谷熱田神社 享保4年庚申塔
 3.長柄町飯尾 飯尾寺 明暦石灯籠 寛文10年狛犬
 4.長柄町 六地蔵 元禄馬頭観音 寛文8年地蔵
 5.長柄町長柄 眼蔵寺 伝上杉朝宗墓寛文2年地蔵
 6.長柄町 眼蔵寺近く路傍 元禄5年聖観音(道標銘あり)
 7.長柄町刑部(三ツ又)年紀不明 六地蔵石幢(車付)
 8.長南町 笠森観音
 9.長南町長南 長福寿寺 万治3年 融通念仏塔(地蔵)寛文3年融通念仏塔(聖観音)
 ここで予定時刻の午後4時となり、あと2ケ所の予定を割愛しました。
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 長柄町飯尾寺の明暦2年の石灯籠をみんなで見学している時、台石部分から地中に埋まっていた「石や□右衛門」という銘文を掘り出しました。
 また、長柄町刑部の石幢調査中、傍に埋まっていた石造物を掘り出し、これが地蔵の台石で(車部)、これが車地蔵であることを確認しました。
 後日、海保会長が長柄町教委の教育長にその点連絡し、復元を助言された由。
 また、ここはむかしから「車道」という通称があるそうで、この車地蔵から由来するのではないかということでした。

57.4.27 朝日新聞
 房総版
5。追悼 塩崎辧仁氏 4月25日急逝
 会員塩崎さんは、4月25日逝去されました。
最後の塩崎さんのハガキ
(4月1日受信分)
 去る3月28日の総会には、自分で自動車を運転して来られ、いつものように元気な姿で活発な意見を述べておられました。本当に残念です。
 会として会員を代表して海保会長名で御霊前に御香典をお届けしました。
 ここに謹んで哀悼の意を表します。
  塩崎さんとはじめて会ったのは、昭和54年県石造物調査員会議の席上でした。
 日蓮宗寺院の住職ということもあって、いろいろ日蓮宗関係のことでご教示を頂きました。
 本会についても、いつも励ましのお便りを頂き、昨年8月館山、11月木更津研究会にも参加され、その時に七面大明神のことをお聞きしたところ、早速原稿を送って頂いて会報第8号に掲載しました。
 総会のあと、すぐハガキで流山(関宿のあやまり)の研究会のこと書いてこられ、電話でお話しましたが研究意欲満々で、これからいろいろ御願いするつもりだったのですが、本当に惜しい方を失ってしまいました。
  (沖本記)



6。第6回研究会 6月20日(日)関宿町で
 今年度のはじめの研究会は、千葉県の北端の町、関宿町で行います。
 関宿は利根川舟運の宿場でもあり、江戸や埼玉、茨城などの情報や文化のあつまるところ、いろいろ参考になる石造物もあり、また交通の関係から仲々出かけるチャンスも少ない地域でもあります。
 現在、一色副会長、戸向幹事がみなさんの受入れのスケジュールを準備中ですが、当日は見学会中心となる予定です。
 一部、野田市までスケジュールに入れられるかと言うことで、近々実地調査をされるとか。
        記  
 日時 6月20日 午前10時
 集合場所 鈴木貫太郎記念館 関宿町元町
 会費 昼食代500円
 申し込み 6月10日まで事務局までハガキ又は電話で御連絡ください。地域によっては集合場所を考えて車で一緒にまいります。

7。青麻権現塔について
 青麻権現塔は、日本石仏辞典によれば、仙台市岩切青麻沢に祀られている青麻神社を中心とし、その信者が神号を刻んだ供養塔を各地に造立したとあり、東北地方から栃木県千葉県に及んでいるという。
 古くから海上安全と中風病の平癒に効験ありという。
 この塔について、岩手県の研究者より照会があったので、総会の席上、出席者の方に尋ねてみたが、一色勝正、綿貫啓一の両氏より情報を得られたので、その後現地に行き確認したので報告しておきたい。
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 現在わかっているのは、千葉県下で3基である。
 (1)印旛郡栄町酒直 素羽鷹神社
     石祠 銘文「青麻三光宮」  弘化三丙午十一月吉日
 (2)船橋市田喜野井町 子神社
     石祠 銘文「青麻大権現」  嘉永元甲六月吉日
 (3)船橋市東船橋 日枝神社
     石祠 奉祝青麻岩戸三光宮 天保三年卯四月吉日
 なお一色さんの紹介で、我孫子市新木に青麻と伝える石祠があり、実見したが、銘文は全く残されていなかった。
 しかし伝承は確かなようにおもわれる。
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 青麻権現の石塔は、いずれも文化・文政ころ以降のものであるようだが、千葉県あたりにはどういう経路で伝わってくるのだろうか。
 これが、何故中風に効験ありとされるのか、もう少し伝承や事例を集めてみる必要があると思われる。
 もし今後、県内で青麻権現に関する石祠を発見されたり、伝承を聞かれた時には御面倒でも御連絡頂きたい。
 私の憶測では栄町、我孫子市、船橋市と痕跡が残っているので、その周辺地域などに未だ青麻権現塔は存在している可能性が十分あると思われる。
 どうか気をつけて見て頂き、ご一報下さるよう御願いします。

8。事務局から
 ○…この研究会も年度計画を立てて丸一年を経過しました。
この実績に基づいて、これからの一年を地味であっても有意義に着実にやってゆきたいと思います。どうかよろしく御支援ください。
 ○…今年度の新しい仕事は、研究誌の発行です。
私たちの活動を外へむけてPRしてゆくことも社会・前進のため、石造文化財や地域社会への理解の一助となろうかと考えます。 研究誌は印刷の関係もあり三百部くらい印刷の予定です。
 出来ることなら、全員のみなさんのお力で県内の理解関心のある方々に有料(五百円程度)で頒布して頂きたいのです。6月ころには創刊予定です。
 ○…第9号で御願いした「共同研究」。どんなささやかなレポートでも結構です。どんどん送って欲しいと思います。
では、次回6月、関宿町での研究会でお会いしましよう。 多くの方の参加をお待ちしています。

★振替講座開設
   東京3-73769 房総石造文化財研究会
一部会員の方の要望もあり遅ればせながら、この度事務局に振替口座を開設しました。
会費の納入などに御利用ください。

★御礼

 総会終了後、一色副会長より会運営資金にと金一万円御寄付を頂きました。
 紙上をかりて厚く御礼申し上げます。有難うございました。
★新会員紹介
 総会当日、村田一男氏が紹介されて同行されました。
   遠藤 肇 八千代市八千代台北

(注)原本には写真はありません。房総石仏百選の写真を付けました。平岩 毅先生ゴメンナサイ。(^_^;)

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