
房総石造文化財研究会![]() |
71号 平成13年4月12日 HPトップへ |
| <目次> 1。平成十三年度定期総会 2。 山田町の調査結果 吉田文夫 3。 石川博司氏講演速報 4。 房石研ホームページ制作中 吉村光敏 5。 宣伝 会員のホームページと掲示板 吉村光敏 6。 続・三十番神塔 沖本 博 7。編集後記 |
| 平成十三年度定期総会 三月に総会日程の変更をお知らせ致しましたが会場及び講演講師の都合により再度左記のように変更致します。五月十二日(土)会湯 県立中央博物館会議室総会 午前十時〜十二時講演会 午後一時〜三時会費五〇〇円で昼食は用意します。議事内容一、平成十二年度の事業及び決算報告一、平成十三年度の事業計画及び予算案一、調査活動の報告一、その他(自由討論)年に一度の総会ですので会に対する事柄や情報交換等を自由に討義しながら今後の会の運営に生かして行きたい。 山田町の調査報告 吉田文夫 四月一日快晴の中、長岡・仁良・山倉の各地を調査した。調査には遠方からの参加者を含めて、戸向・石田・早川・對島・吉村・小菅・西岡の各氏と吉田の八名であつた。採集は八十点におよび、特に山倉は山倉大神や一地区では寺院も多く今回は二寺院のみで他は次回に調査する。時間の都合で未調査の神生・大角及び山倉の残りは次回以降にした。残りと落ち穂拾いは吉田が行う予定であるが、状況によっては六月十日に予定している山田町調査に回すかもしれません。山田町の調査結果は会の事業として実施していますので、結果は各地域毎にまとめてコピー製本して会員及び山田町の教育委員会に配付する予定にしております。 石川博司氏講演速報 吉村光敏 五月十二日の午後一時からの予定で、ご存じ石川先生の講演が行われます。レジメを送って頂きましたので、ご紹介します。題名『青面二手とホームページ』内容は一、青面二手を追う二、青面二手を歩く三、ホームページの話四、各種の検索エンジン とのこと。今回の講演のきっかけは、会員の吉村や、石仏協会員の中村氏が、東葛飾の二手青面金剛について、中村氏や吉村のHPに載せたことに始まります。それがきっかけで、石川先生が、一ケ月の間に、『二手青面金剛を追う』『庚申塔とホームページ』の二冊の本を書かれ、それをもとに、今回の講演をして項くことになりました。二手庚申の件でも、ホームページと石仏の件でも、お聞きのがしなく、ご参加ください。会員外でも可。 房石研ホームページ製作中 吉村光敏 年頭、会長の所感でありました、房石研の会式HPは、5/12の総会にお披露目しようと現在作成中です。まだ、作りかけですので、お見せできませんが、すでに、アップしてあります。 http://members.tripod.co.jp/sekiou/ 当HPの狙いは、売りのあるHPを目指していきたいと思っています。 定番の、入会案内、規則、沿革、出版物紹介、房石研の行事予定・行事記録などの他に、石仏関係論文や本の出版・発表案内、石仏関係展覧会・行事案内。石仏新発見情報など。 現在までで70号を数える会報で紹介された、千葉県内各地の石仏情報を紹介したいです。 情報交換としては、質問と回答欄を作りたいと思います。掲示板は、会員運営の掲示板『千葉の石仏掲示板』を使いっていきたいと思います。 http://game.gaiax.com/home/douhyouoyazi/ 宣伝 会員のホームページと掲示板 会員の吉村(道標おやじ)が、会員の小菅俊雄(八千代の翁)氏の写真を恵んでもらって、房総石仏百選めぐりや、二手庚申めぐりの記録を載せています。あわせて、石仏掲示板を併設。房総石造文化財研究会の会長や会員の町田氏、石田氏、西岡氏ほか、日本石仏協会の人達も参加して、情報交換や石仏めぐりの相談をしております。会員の皆様是非おいで下さい。去年9月から のべ4000回以上の見学がありました。 ホームページアドレス:http://chiba.cool.ne.jp/douhyouoyazi/ 続・三十番神塔 沖本 博 前号で流山市の三十番神塔のことを書いたのに、肝心の石塔の紹介を忘れてしまい、後から気が付きました。あらためて所在場所など紹介します。 1.向小金新田 香取神社 天明四年辰二月吉日 笠付型 2.長崎一丁目一六五地先 天保六乙未年十一月吉日 角柱型 会報が配付されて程なく千葉市の福田まんじさんからFAXが入り、松戸市松戸一一三六 帝釈天堂横に二基の三十番神塔があることを知らせて項きました。 1.南無妙法蓮華経三十番神 明和四丁亥二月吉日 角柱型 2.奉勧請三十番神 享保七壬庚歳九月朔日 駒型 なお、佐原市佐原イ一九七二浄国寺には、角柱型の「清正公大神祇」と刻まれた文政十二年己丑九月の塔があることも付記されており、千葉県にも加藤清正の石塔があることも判明しました。福田さんにはあらためて感謝したいとおもいます。 ところで最近届いた「日本の石仏」第九七号を見ていてフト気が付いたことがありました。それは会田秀介氏の「病と石仏」の文章の中で麻疹除けに「スサノオノミコトや加藤清正や鍾馗などがはしか絵として使われた」 というくだりで、日蓮宗の加藤清正の信仰ももしかすると、このような疫病除けの意味があつたのではないか、ということを感じた次第です。 日蓮宗の疱瘡神としては、さきに綿貰啓一さんが 「妙正大明神」 について明らかにされ、なお追跡調査を続けておられるようですが、これはどうも日蓮宗でも中山門流といわれる中山法華経寺の末寺の地域に存在するようで、綿貫さんも静岡など法華経寺の末寺の周辺を探索しているようです。 日蓮宗の宗派前号でもちょつと触れましたが、私は正直なところ日蓮宗に関する知識は全く無知で、今まで省みることもなく過ごしてきました。日蓮宗の中にもいろいろ宗派があることも漠然とは知つていましたが、頭の中では十把一からげで余り区分して考えることはありませんでした。唯一「顯本法華宗」だけは東金市から千葉市東南部にかけて行われたという「七里法華」の宗派であり、千葉県石造文化財調査の時に訪ねたこの地域の寺には題目塔しか存在しなかつた、という経験があり、そのことを同じ調査員で勝滴市の塩崎弁仁さんに話したことがありました。 塩崎さんは日蓮宗の僧侶で、中山法華経寺の系統のようでした。そこで初めて顯本法華宗のことを知ったのでした。塩崎さんは闊達な方で、また石仏のことも勉強したいと意欲満々で、この研究会にも参加され活動しておられましたが、早く病気で亡くなられ、今おられたら随分教えて頂くことも多かつただろうと、残念におもっています。 少し脱線しましたが、昭和四五年ころ庚申懇話会の横田甲一さんが、「千葉県の日連宗系庚申塔年表」を発表されました。 先日懐かしいそのガリ版の資料を引つ張り出してみました。その内容は、八千代市一〇八基、船橋市六二基、市川市一八基、白井町二基、それに松戸市・我孫子市各一基、合計一九二基が収録されています。 これらは、神保領十ケ村といわれる地域がほとんどです。この地域はかつて中山法華経寺の寺領とされた村々だつたようです。 日蓮宗の石仏 以上述べたように、同じ日蓮宗でも中山法華経寺の影響の濃い地域では庚申塔(帝釈天)や妙正大明神、七面大明神などが祀られています。 日蓮宗では本来、法華経と関係のない神を祀ることを「雑乱勧請」と呼び邪神として排除する、と聞いたことがあります。私がこれまでに見た石仏の中でも「妙法 道祖神」もあつたし、以前「房総の石仏」に綿貫さんが紹介したものに「浅間大菩薩」の下に題目を刻んだものもありました。 また、浄行菩薩という石仏が日蓮宗の寺院にあります。「房総の石仏百選」でも佐原市の浄国寺(福田さんが清正公があると教えてくれた寺)の石仏を石井保満さんが紹介されています。 あの石仏は日蓮宗独特のものですが、宗派は関係ないのでしょうか。 妙見信仰 私は最近妙見信仰について調べています。日蓮宗では江戸時代に妙見信仰を積極的に普及させたように見受けられます。 特に江戸では能勢妙見(大阪府能勢町)の御開帳が度々行われて、大変にぎわつたといわれています。 そして、妙見は日蓮宗の中に確固たる地位を占めるようになります。 千葉県は妙見信仰の盛んな地域でしたけれど、それは日蓮宗とは関係なく千葉氏の関係で伝承されたものと思いますが、実は中山法華経寺にも妙見堂があります。 中山法華経寺は千葉氏との関係もあり、その庇護も受けていたようで、三代目の座主日昭は千葉宗胤の孫だとされています。こうなつてくると千葉氏歴代の妙見信仰も、このあたりで日蓮宗と繋がつてくるのか、全く別物なのか」と思ったりします。 三十番神からいろいろ話が拡大しましたが、千葉県は日蓮宗の宗祖日蓮の生まれた土地でもあり、中山法華経寺という本山もあります。石仏にもいろいろ関わつてきていることも少しつつ分かつてきましたので、これからも話題として取り上げて行きたいと思います。気が付いたことがあつたらご連絡ください。 また、ご意見や質問なり気楽にお寄せださい。この会報への投稿ももちろん歓迎します。 (終) 編集後記 総会の日程が二転三転して申し訳有りませんでした。予定の変更は早めにとは心がけて居ります。 発行所 房総石造文化財事務局 四街道市千代田三−ニ九−二 吉田方 TEL.FAX 043-421-6309 |
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