[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック

  房総石造文化財研究会

  72号
  平成13年5月25日



        HPトップへ
 <目次>  
 1。平成十三年度定期総会 
 
2。 石川博司氏の講演会
 3。 データベースのお話
 4。 参加者募集  山田町の悉皆調査
 
 
。 江戸川べりの十二日薬師女人講  石田年子
 
。 一石七体の百庚申   小倉 博
 7。 会員の動向
 8。編集後記
平成十三年度定期総会終わる

五月十二日に十七名の参加者をえて総会を開催しました。
 総会の議案は平成十二年度の事業及び決算報告及び平成十三年度の事業計画及び予算案について、議案書に従い報告・審議した結果全ての議案は承認されました。
 前年は予定した山田町調査と一泊の見学会は天候等の都合で中止ましたが、今年度の一泊の見学会は日光方面に、予定通り、九月二十九二二十日 (土・日) に実施すべく、町田氏が現地との調整に着手している旨報告がありました。大勢の方が参加されるよう望みます。
 「房総の石仏』 十三号は綿貫氏が印刷屋さんと校正中です、年内にはお届け出来ると思います。今号は寄せられた原稿も多く予算を若干オーバーしますが期待してお待ち下さい。
 昼食後に中山氏の庚申塔調査結果や平岩氏の千葉市緑区調査資料等の情報調示や情報の交換会がそこここで行われ総会ならではの風景でした。
 前号で紹介したホームページが完成しました。入会案内や会報の七十一号も見られますので是非アクセスして下さい。

石川博司氏の講演会

午後一時からの庚申懇話会の石川博司氏の講演が行われました。 聴講生は当会員十六名と石仏協会及びその他の方が四名、計二十名でした。
 内容は別紙レジメ表紙に沿って、氏が永年調査研究された報文や豊富な資料を基に分かり易く講演されました。
 インターネットによる検索は吉村氏の協力によりプロジェクターで投影しながら、国会図書館のホームページにアクセスして検索絞り込みの実演等も行い、有意義な講演会でした。

データベースのお話 

講演会後に、吉村氏より今まで蓄積した調査データの利用や検索の方法についてパソコンを使用しての特別講義がありました。
 表計算ソフトで作成したデータなら何でも良く、「桐」のソフトに変換して写真が在ればスキャナーで読み込み一枚一枚の調査カードを完成する迄を実演しました。これは、使えると思います。

参加者募集  山田町の悉皆調査

六月十日 (日) に五回目の調査を実施致します。今回で山田町は終了の見込みで、調査地点は大角.神生.山倉の三地と仁良の一部です。 昨年の六月は雨の為に中止しましたが、今回は梅雨時の晴れ間を縫って実施したいと思います。
 集合場所 小見川駅 午前十時
 参加して頂ける方は事務局までご一報下さい。

江戸川べりの十二日薬師女人講    石田年子

柏寺  宝暦10年 
親野井 寛文9年
関宿町東宝珠花の北に位置する親野井地区と柏寺下地区で行われていたと思われる、小さな女人講の話である。
 柏寺地区の江戸川土手そばの竹林を背にして数基の石仏が並んでいる。延宝の青面金剛、元禄の延命地蔵、准堤観音など江戸前中期のものだが、それと並んで宝暦九年九月十二日造立の「十二日薬師講」と刻まれた薬師供養塔が立つ。何故か上部に刻まれた浮き彫りは如意輪観音でチグハグな感じがするが、柏寺村同行二十八人による造立である。
 又、近くの寮の墓地にも宝暦十年十一月十二日の供養塔があり、これも光背型に満面笑みの如意輪観音が刻まれている。当初は十九夜講と思っていたが、後に十二日薬師講であることに気が付いた。周辺で十ニ日薬師講は他に見あたらず、極めて珍しい事と思ったが調べて見ると、これは遡って百年も前から続く女人講だつたのである。

 柏寺地区の南に位置する親野井地区の鎮守八坂神社の脇に、今も数人のおばあゃん達が細やかだが念佛供養を行っている観音寮があり、その又脇に寛文九年造立の光背型薬師如来座像を奉る小堂が建つている。 総丈百五十p、幅六十p、像高七十p程の堂々とした塔で、風雨に晒された形跡がない事から、造立当初から堂内に奉られていたと思われる。
 寛文期いや、それ以降も周辺にこの様な大型の薬師如来の石仏は存在せず、さぞかし眼病に苦しむ人々の信仰を集めたであろうと推察されるのだが、新しい堂内には大正十五年の大願成就の額一枚しか残っていない。そして残念な事に私はまだこの薬師の昔を知る人に出会えないでいる。
 しかし、この薬師如来の光背に崩し字で刻まれた十一人の女人名(おはる、おきく、おさん等)が、造立者は女人講中であることを教えてくれている。世話人の男性三名が関わつてはいるけれど、寛文期にこの様に大きな石仏を造立できた女性達とは一体どの様な人達だつたのだろう。
 そういう訳で、寛文九年(一六六九)には十二日薬師女人講は存在しており、柏寺地区に残る件の石塔はそれから九十年を経た造立ということになる。その後、この地区には薬師講による造塔はなく、次第に十九夜講に移行していったものと思われる。
 一石七体の百庚申 小倉 博

北総には百庚申が多いといわれるが、成由市内には四か所の百庚申がある。そのうちの二か所が成田市宝田に存在する。
 小字をとつて後の百庚申、桜谷津の百庚申という。一つの地区に全く違う百庚申が二つあるというのほ、珍しいのではないだろうか。
         桜谷津、一石七体の庚申
   105*25*15p  撮影 吉村光敏氏 
 この二か所の百庚申のうち、桜谷津の百庚申は庚申塔の数は二十七基で、造立年号のあるのでもっとも古いのは明和元年(一七六四)十一月のもので、反対に新しいのは明治四十年(一九〇七)六月のものである。
 特に目につくのは明治年間のものが多いことで、年号のある十一基のうち八基もあり、明治になっても庚申塔の造立が盛んだったことがわかる。
 ここで注目すべきことはその形態である。庚申塔の数を二十七基としたが、そのうち十三基は一つの石を横にして縦に六本の線を刻んで七つに区分し、それぞれ上部を駒形にして「庚申塔」の文字を刻んでいることである。つまり一石で駒形庚申塔が七つになるもので、これを七基と数えれば百基を越えることになる。時間と費用をかけずに、一挙に百庚申を造立しようとしたものであろうか。
 こうしたした一石七体の庚申塔はほかにもあると思われるが、ご教示をいただければ幸いである。

会員の動向  定期総会出欠葉書の近況より

[石井保満]
 総会は欠席出来ない行事と重なる為欠席します。浄国寺の清正公碑は熊本が元らしいので、詳しくは、調べて会報に載せます。(六十五、六年の記憶)。三十番神は佐原市本矢作に三十基の碑が建つていたのを記憶していますが、調べて報告します。東関道を造るときに、移動されたようなので。
[小高春雄]
 べ一パー会員ですみません。折をみて行事などにも出席したいと思います。
[川村純一]
 残念ながら診療時間中ですので欠席させていただきます。私は相変わちず疫病と民間信仰のテーマを追いかけております。今後共よろしくご指導下さい。
[米谷 博]
 日程が合わずに行事になかなか出席できず済みません。今年は墓石研究史の様なことを勉強しよう思つています。
〔佐野正行]
 腰痛、ひざの関節痛との付合いで、ご案内いただいた総会には出席出来ません。名目だけの会員で心苦しく思っておりますが、何卒よろしくお願い致します。
[渋谷とめ子〕
 H9〜12年度まで二期続いた区の歴史・文化調査事業に参加し、資料収集や聞きとりをしてきました。疱瘡神と伝えられている石塔とも(?)というものなどあります。そちらへは勉強の場として、出席したいと願って居るのですが……。幽霊会員で申訳けありませんがよろしくお願いいたします。
〔田中英雄〕
 十二日は仕事のため出席できません。とにかく時間がとれず、石仏調査にも出かけられない状態で、申しわけありません。
[榎本正三〕
 日々地方史の研究に没頭しております。社会的貢献を目途にしておりますが、けつこう念願がかなえられ充実した日々の送られつゝあることを感射しております。
〔對馬郁夫]
 山田町の調査は楽しく研修させて頂きました。 石塔の種類が安房地区とは随分異なつており参考になります。出羽三山塔も以外に多いですね。
〔長井明吉]
現在、パソコンに挑戦中、秋までには、情報交換が出来るよう頑張ります。
[中山正義]
 四月初旬両眼の白内障手術を終えて退院。昨年六月の下肢の動脈のバイパス手術と二年続きの入院で、石仏巡りはほとんどしておりません。
 昨年五月、ある雑誌のモデルでアゴ、足付きで吉野ケ里遺跡見学。この二年間での最大のイベントでした。
[福田万次]
 日蓮宗系の石造物、結構面白いものがありますね、これからこの方へも歩いてみようと思っています。
〔宮崎茂夫〕
 四月七日(土)に 「旅の文化研究所」 から団体賞の表彰があり飯田橋のホテルで表彰式に出席して受けましたが、これは永年の「あしなか』の表彰で私ではなく岩科さんたちがお受けするものです。(注 氏は現在「山村民族の会」を主宰)
[谷島一馬]
 市原市内の、中世国衙推定地に所在する石灯籠の調査を進めております。大分風化が進み美術的価値は劣りますが、鎌倉期の遺品と推定いたします。
県内の鎌倉時代まで上る灯籠が他に在るや否や検討中でありますが、皆様の御教示を得られゝば有難いと存じます。現在実測図の作成に取り組んでおります。

編集後記
 
 当会にもITによる関連情報が飛び交う状況になつて参りました。昔ながらの紙情報に馴染みがありますが、しかし調査資料の整理はパソコンに頼った方が楽であり迅速に対応できますし、インターネットでの情報交換や検索等も容易であります。とは言え、私はメールアドレスを持って居りません、取り残されるのではと、焦っているこの頃です。
 今号は石田氏・小倉氏の投稿が有り誌面を飾ることが出来ました。原稿が在れば年四回とか頁数とかに限らず発行したいと意気ごんで居りますので今後も皆様の投稿をお願いします。(吉田)
 発行所 房総石造文化財研究会事務局  四街道市千代田3-29-2 吉田方
 TEL・FAX 043-423-6309
 復刻にあたり、一石七体の庚申写真は都合により編集部のものを使いました。

  72号先頭へ     トップへ