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ちょうど1年前に・・・あの試合があった。サンドゥニ、地元で開催された98年W杯でフランス代表がブラジル代表を3-0と下し優勝を決めたスタッド・ドゥ・フランス。このスタジアムが落成されて以来、欧州王者の”トリコロール”フランス代表が負けた試合を見たのはあの試合が2回目だった。1回目はEURO2000予選グループ4、99年6月5日「フランス 2-3 ロシア」、そして2回目・・・親善試合とはいえフランスが完封されたあの試合「フランス 0-2 チェコ」。
昨年の3月29日、EURO2004予選グループ3の頂上決戦第1ラウンド「オランダ-チェコ」を1ヵ月後に控えて、あの時オランダはアルゼンチンを、またチェコはフランスを”スパーリングパートナー”に選んだ。いわゆるアルゼンチンが”仮想チェコ”であり、フランスが”仮想オランダ”。オランダはアルゼンチンをホームに迎えて、ジオのミドルシュートで1-0と勝ちはしたもののさしたる収穫もない現状維持状態。90年代の”遺産”を守り続けるアドフォカート監督、彼自身の無意味な「無敗記録」を伸ばしてしまうのみに終わる。対照的にチェコはアウェイで、しかも難攻不落のサンドゥニで0-2。若手のグリゲラ、バロシュが起用に応えるゴールを決め、さらにジダンを擁するフランス攻撃陣を見事に完封、内容的にも大収穫の試合を演じた。3月の直接対決は「オランダ 1-1 チェコ」。なんとか引き分けで終わったオランダではあったが、この時点で・・・いや、もう既にチェコは完全にオランダ代表の弱点を見抜いていたのかもしれない。今思えばあの3月の試合の後半、既にオランダに攻撃の打つ手が無く、単調なボールの蹴り出しに終始した時間帯があったのだ。94年からおよそ10年も選手の生え変わりがないオランダ代表を丸裸に”してくれた”のもまたチェコ代表だ。2003年9月10日、ご存知の通りオランダはアウェイで「チェコ 3-1 オランダ」と完敗。アドフォカートの無敗記録が途絶えるべくして途絶えた。チェコ代表のブルックナー監督は、オランダの誰に”ターゲット”を向けていたのであろうか。答えはファン・ニステルローイでもクライフェルトでも無く、「F.デ・ブール」であった。DFの要であるCBでありながら、年齢によるスピードの衰えが指摘されていたオランダ代表主将のフランク。確かにオランダ代表が懸念するウィークポイントである。しかしチェコ代表の攻め方はそのフランクの背後にボールを放り込むなどというものではなく、さらに狡猾な手段を講じていたのである。
「F.デ・ブールにボールが渡ったときは、素早くプレスをかけて彼にボールを持たせない。理由は彼がオランダ代表の攻撃のリズムを最後方で司る選手だからだ。逆にスタムにボールが渡った場合にはプレスをかけず、彼にボールをもたせる。スタムはオランダ代表の攻撃の起点には成り得ない”守備の人”だ。中盤へのパスコースをつぶせばスタムは焦って自らミスを起こし自滅する。また、スタムがボールをキープすることにより、うちのFWヤン・コラーはスタムのマークから解放させることができる。スタムがボールを持つことはすなわち、コラーとスタムとの”マッチアップ”を回避する有効な手段なのだ。スタムをフリーにしてチェコ陣内におびきだし、F.デ・ブールにはその分マークを厚くする。これでオランダの攻守のバランスを崩すことは可能であり、かつ、チェコの攻撃の持ち味を最大限に発揮することが出来る。この試合でそれを証明してみせたのだよ。」 敵将ながら見事な戦力分析に感服しました(爆) ダーヴィッツの早期退場うんぬん以上に、オランダ代表には「チェコの術中にはまる」という致命的な敗因があった。さぁ、オランダ代表はEURO2004までにこの弱点を克服することが出来るのだろうか。レアル・マドリッドみたいに”攻撃の鎧”で守備的な弱点を覆い隠すにも・・・もうお金も時間も無いもんね(笑) EURO2004本大会でも、そしてその後の2006年W杯予選までも・・・このチェコとの対戦だけは避けられない事実である。何時如何なる相手に対しても楽観的かつ自信過剰なのがオランダ代表に残された「最大の武器」なのであろう(爆) 11月のプレーオフ・スコットランド戦(H)では思い切ってフランクをスタメンから外したアドフォカート。スネイデルの先制ゴールからあれよあれよと6-0で勝って出場権を勝ち取ったのはよかったが、この試合でも後半にフランクが途中出場しており、やはり攻撃のリズムはこのフランクに依存する部分が多いのも事実。最後方から攻撃の舵を取るサッカーはオランダ伝統のものでありそう簡単には変えられないのもあるんだよなぁ。2002年W杯出場を逃した2001年9月のアイルランド戦(A)から2年余り・・・フランクの後継者も見つからなければ、オランダ代表の戦術も変貌することがなかった。残念なのはアヤックスのDFクリスティアン・キヴがルーマニア人だったということだ(爆) このまま本選に臨めば・・・どうなることやら??明らかにされていないが、ブルックナー監督が描く頭の中にはこの他にもオランダを手玉に取る”良策”が豊富に浮かんでいることだろう・・・(泣)
チェコの強みは202cmの巨漢FWヤン・コラー、そして彼へボールを繋げる5枚のブ厚い中盤。この5枚が時には激しいプレッシングを、また時にはコラーを盾に縦横無尽な飛び出しを見せる。そして、チェコが誇るこの中盤の”キラーアイテム”こそ、03年欧州最優秀選手パヴェル・ネドヴェドと”モーツァルト”トマシュ・ロシツキーである。最初は彼ら2人がそれぞれ攻撃の起点になりゲームを組み立てていく・・・と思っていたが試合を見ると相違点に気付く。汗をかいて走り回る、泥臭いネドヴェドが攻撃を組み立て巧み前線を操るチェコの「王様」であり、所属クラブのドルトムントで華麗かつ繊細な、”モーツァルト”と称されるゲームメイクを披露するロシツキーが逆に相手FWの攻撃を食い止め、献身的に守備をこなしチームプレイに徹するのである。チェコ代表の上ではネドヴェドこそが「ジダン」で、ロシツキは「ベッカム」となる。人間、見た目で判断出来ないっすね(笑) ベッカムも実は無尽蔵な走力十分のプレイヤーであったし、ロシツキーも先輩ネドヴェドを立てて、自らは舞台裏に回る。またその仕事をやってのける能力があり自らの感情とは別の”割り切った”プレイができる。”モーツァルト”として指揮棒を振りかざすだけではない、それでいてまだ23歳・・・ロシツキーのような「光」も「影」も知り尽くしたプレイヤーがいると・・・チェコは当分やっかいなチームとしてオランダ代表の前に立ちはだかり続けるんだなぁ。しかも相手の特徴によって如何様にも戦術のヴァリエーションを変えることが出来るのもまたチェコ。EUROに集結する欧州列強の首をどうやって”狩って”いくか・・・野望溢れるブルックナー監督としては本大会が楽しみで仕方がないことと察します。ちなみに義務教育中に「サッカー科」を常設するチェコ、国を挙げての教育システムが絶え間なく産み出すタレント群、供給能力はフランス、オランダに決してひけを取らない。オランダと同じく2002年W杯の出場権を逃したチェコ。プレーオフでベルギーに負けた後に監督就任したブルックナー監督が最初に着手した仕事が代表メンバーの”マンネリ化”の打破だった。これが後に彼の「大英断」を欧州全土に知らしめるものとなり・・・GKツェフ、DFグリゲラ、MFロシツキー、FWバロシュ・・・各ポジションにきっちり80年代生まれの若手が台頭する。オランダ代表とは対照的なフレキシブルな世代交代・・・彼らが既にレギュラーポジションを勝ち取っているのを見ても、ここ数年はチェコの安泰が約束され続けることがうなずける。いや、EURO2004優勝を皮切りに「チェコ黄金時代」の到来をも予感させるのである。
かといって欧州王者フランス。”将軍”ジネディンヌ・ジダンが見せるファンタジックなプレイ、特筆すべきは彼の代名詞ともいえる神技「マルセイユ・ルーレット」。祖国アルジェリアから地中海を渡って対岸のフランス・マルセイユに渡ったマグレブ移民の子供である彼が、少年時代を過ごしたマルセイユ郊外のマグレブ人居住地区ラ・カステリアーヌ地区で磨いたテクニック。バスケットボールのピボットプレイのように片足を軸にして相手DFを背に半転してかわす・・・闘牛場のマタドールをも彷彿とさせる。「大金をつかむにはサッカー選手で大成するか、麻薬の売人になるしかない」というこの地区で”将軍”は”宇宙人”になっていった。実際サンドゥニのEURO2004予選グループ1・「フランス-イスラエル」を観戦したときに生で見ることができた。ジダンが「マルセイユ・ルーレット」を披露するたびにスタンドに地鳴りのような歓声が沸き起こる。人間離れした、まさに宇宙人のようなジズーのプレイ、あまりの驚きに観客は騒げない。声が出ない。唸るしかない(笑) 1人の宇宙人と10人のスタープレーヤー。ジダンのために守る、ジダンのために走る、ジダンのためにゴールする・・・人格的にもチーム、そしてフランス国民の絶対的な信頼を受けるジズー。フランス代表すべての攻撃が彼を経由する、山手線の朝の通勤ラッシュの中でもサッカーが出来るジズー。”ドーハの悲劇”と同じ年、”凱旋門の悲劇”でブルガリア・コスタディノフのゴールに沈み94年W杯の出場権を逃したフランス代表。その後フランス代表監督に就任したエメ・ジャケ、彼もまたカントナ、パパン、ジノラといった当時のスター選手をバッサリとリストラしてチームを作った。そのとき新たにチームの中心になったのがジズーであった。ジョルカエフとジズーと”プラティニの後継者争い”と呼ばれていたころが懐かしい・・・EURO96なんて、準々決勝でオランダをPK戦の末下しながら、準決勝でチェコに敗北。世代交代の過渡期にあって得点力不足に苦しんだフランス代表、その司令塔としてプレイしたジダンが、空虚なイングランドを後にしたのは8年前・・・それから時を経て状況はすっかり変わっちゃいました(笑) フランス代表の”キラーアイテム”は言うまでも無くジダンだ。また彼が、ますます激しくなるプレッシングをも掻い潜る 守備サッカーを打破する攻撃サッカーの「シンボル」としても期待される選手。ボランチにヴィエラ、マケレレがいて、サイドにピレスがいて、FWにアンリ、トレセゲがいて・・・アネルカも帰ってくるかな?(笑)ジダンがいてこそ周りのプレーヤーへの相乗効果を生み出す。周りのプレイヤーの笑顔をも生みだす。アーセナルに忠誠を誓いつつも浮上してしまったアンリのレアル・マドリッド移籍報道も、移籍金がどうこうよりアンリ自身がジズーと1日でも多くプレーをしたい感情を抑えられない故なのかもしれない。ジダンの存在自体が、アブラモビッチのオイルマネーよりも大物選手を惹きつけるファクターに成り得るのだろうか。ジダンとプレー出来ることで欧州各国の海外組は、過密な欧州リーグスケジュールの合間を縫いつつこぞって代表召集に応じる。Aマッチのみならずチャリティマッチもまた然り。オランダ代表には付き物の「内紛」の火種もさして見当たらない。フランス代表はまるで"ジダン&フレンズ"であるかのようだ。
最後にわがオランダの”ナンバー10”ラファエル・ファン・デル・ファールト。「EURO2004を最後に代表引退するのですか?2006年W杯、さらにEURO2008まではまだまだプレイ出来るのでは?」との記者の問いに「確かに私はその時期までプレイ可能かもしれないが、後進のためにポジションを譲るよ。」と答えたジダン。オランダ代表で、このジダンの発言のように後進のためにポジションを空けてくれた選手がいる。その選手はいまでも所属クラブでファンタジックなプレイを披露しファンを魅了し続けている。代表復帰を望む声も絶えない。その男は”アン・フライング・ダッチマン(飛ばないオランダ人)”デニス・ベルカンプである。空席となったポジションが埋まるまで・・・監督交代やらゴタゴタで予想以上に時間を浪費してしまった。時折、素人目に「サイド攻撃中心のオランダにトップ下は必ずしも必要ではない」とも感じていたが、フランスやチェコをお手本とすると優れたトップ下がいてこそウィングもサイドバックもセンターフォワードもより生きてくるんだなぁ・・・というのが見えてきた。個人的な考えだが、ベルカンプ引退後にラファエルをすぐに使い続けてくれたらなぁ・・・と願い続けていたのだが、そうすると信じていたファン・ハールが監督辞めちゃって、後任のアドフォカートには使ってもらえず。最終的には国民の猛烈な後押しと実力で座ることが出来た”ナンバー10” 彼が今後オランダ代表で”将軍”の道を選ぶか”モーツァルト”の道を選ぶか、はたまた”ラファエル”という新たな司令塔への道を歩むのかはわからないが、確かなのは今回EURO2004でのオランダ代表チームの成績が良くも悪くも、期待のニュースター候補・ラファエルへ大きな注目が集まること。”将軍”は自らの最後の大舞台に、”モーツァルト”は前回EURO2000で早期敗退した汚名挽回に燃えている。ラファエルにとっては避けられない、対峙すべき相手になるこの2人。ぶっちゃければこの3人にスポットライトが集まるような大会になればEURO2004を大いに楽しめるに間違いないぃ〜と思います。お三方、ケガには十分注意してください。2002年W杯前のピレス、ジダン、そしてEURO2000前のニステル様のようにケガで大舞台を棒に振る選手・・・というのが一番見たくない。監督さん、EURO本大会の”エスプリ”となりえる彼らを親善試合ではなるべくフルタイム使わずに”休養”も取らせてください。彼らはクラブにとっても生命線を担う大切な選手なので”取扱注意”をば(爆)
ジダンは今後の国際大会では特例で、好きな代表を選んでプレイしてもOKってのはどうかなぁ(笑) 祖国アルジェリア代表に入って次回のアフリカ・ネーションズカップを狙うとか、スペイン悲願のW杯優勝を狙って次回W杯予選はスペイン代表に入るとか・・・。彼に特権を与えてしまうというのはどうだろうか。ジズーはもはや国籍を持たない”宇宙人”なんだしさ(爆)
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