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祖国を救うストライカー。彼は一夜にして欧州を席巻するストライカーに変貌した。
クロアチア代表FWダド・プルソ。ASモナコがCL記録となる8得点(8-3)でリーガの強豪デポルティボ・ラ・コルーニャに圧勝したとき、彼はこの試合で4得点を記録。敵将イルレタを凍りつかせ、恩師デシャンに最高の夜をプレゼントした長髪の男。
この日、「ASモナコvsデポルティボ」はフランスのケーブルTV・CANAL+(カナル・プリュス)での放送だったため視聴料を払っていない者はこの試合を視聴することができなかった。自分もこの範疇に入っていたためスクランブルの映像を余儀なく・・・街にくりだし、この試合を放送しているカフェ等のお店に潜入することにした。アウェイでPSVを、そしてホームでAEKアテネを倒し2連勝スタートながら、第3節でアウェイのリアソールの試合を0-1で落としたASモナコ。「まぁ、前半では試合は動かないだろう」との予測で家を飛び出したのだが・・・その時点でこのときのASモナコを想像することができなかった。
いきなり前半間もなく得点を決めたASモナコ。珍しく客の入りが良さげなルイ2世スタジアムも試合の絶好な滑り出しにご機嫌。しかしこの試合のエスカレートぶりたるや・・・最初の驚きはCLを放送しているイタリアンレストランを見つけ、入ったときに目に飛び込んできたTVの映像。「えっ!?4点!?」 試合開始から30分も歩き回っていないはずなのに・・・前半ですでに4点を決めているASモナコ。
このイタリアレストランでウェイターにTVから最も遠い窓際の席を案内されて、よく目を凝らしてみたのだが見間違いではない。デポルの選手が青ざめていた。その後前半のハイライトが流れると映っているのはプルソのゴールシーン。それまでCL得点ランキングのトップを走っていたディディエ・ドログバ(マルセイユ)に一気に追いつく4ゴール。もちろんこのゴールラッシュはジュリ、ロタンというASモナコが誇るサイドプレーヤーにもよるものであるが、とりわけプルソのサラサラなキューティクルの長髪・・・ではなく、ゴール嗅覚の素晴らしさを感じた。
後半になってもASモナコの勢いは止まらない。すでに夕食を済ませながらCLを見るために入ったイタリアンレストランで、食べたくもないペペロンチーノと飲みたくもないイタリアワイン(白)をしぶしぶ注文。チーズをたっぷりかけて食べていたとき、ウェイターがつぶやく。「BUT!」、その2分後・・・また「BUT!」、また3分後・・・「BUT!Ha-ha!Tres Bien!」宵のお酒を楽しむラテン系のお客が皆TVに釘付けになる。「BUT」とはフランスで言う「ゴール(目標)」、ASモナコは後半もゴールを量産し終わってみれば8-3というとんでもないスコアに・・・。この試合をモリエンテス(この試合は不出場)に招待され見に来ていたR.マドリッド主将のラウールもただただ唖然。「こりゃ明日のL'EQUIPEは大騒ぎだなぁ・・・」と案の定、翌日の新聞の一面が写真のものである。
このプルソ、翌月のEURO2004プレーオフ「クロアチアvsスロヴェニア」では、DFトゥドルの退場で10人になり劣勢に追い込まれたスロヴェニアでの2nd Leg、”プレーオフのスペシャリスト”スロヴェニアの3大会連続の夢を打ち砕くゴールを決めている。神がかりとはこのことか。かつての祖国の英雄ボバンやスーケルへ近づく足音が今にも聞こえてくる。とかく絶好調である。本大会でも期待したい選手の1人。うらやましい限り。同じく苦境に立たされたオランダにも「こんな選手が出てきたらなぁ・・・」と思わされた。結局、「クロアチアvsスロヴェニア」と同日に行われた「オランダvsスコットランド」ではスネイデルが大活躍したんだけど。(嬉)オランダ代表から今年のMVPを選出するとすれば誰になるのだろうか。全体を通してみると・・・うーん。コクーかな?いわんや、この手の話題にコクーの名が出てくるということは、「さして目立った選手も居なかった」ということの裏返しにもなるのだが(爆)
話はCLに戻るが、ASモナコがデポルに圧勝した同日、フランス王者リヨンもアウェイでバイエルンを破ってL'EQUIPE紙翌日一面の半分を占有している(写真)フットボール熱は周辺国と比較するとややおとなしめと言われるフランスであるが、さすがにこの夜は車のクラクションが鳴り止まずヒートアップしていた。オランダがEURO2000でユーゴに勝ったとき、また先日のEURO2004プレーオフ・・・やはりフットボールはヨーロッパを熱狂させる。素晴らしいスポーツである。2004年のポルトガルなんて・・・どうなるものか!?
ちなみにこの試合で・・・初めてプルソがクロアチア国籍であることを知った。
それまでイメージでなんとなく、プルソはチェコの選手と思い込んでいた。
プルソがもしチェコ国籍だったら・・・2004年、2006年、オランダの未来は閉ざされる(爆)
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