
木の根峠〜叶津
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木ノ根峠越えて、明治27年に開削が完了した道を進むでござる。
福島県側は主に3つの道筋が作られました。
明治14年開削の中道と呼ばれる道はこの新道の少し上の山腹を通り、
江戸時代の古道は中道と別れて尾根伝いや、尾根の反対側を通ったりしているようです。
現在は、両方とも通り抜けは困難でござる。
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さすがに明治期の交通の発達を反映してか、道幅も広く快適な作りとなっておるな…
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道の周辺には広大なブナ原生林が広がっているのでござる。
歩いても歩いても現れるブナの大木には圧倒されるばかりでござるよ。
そんな森を背景に2005年には只見町で、世界ブナサミットがで開かれましたよ。
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呆れる程多くの沢を渡らなければならないのでござる。
全てに橋が架けられていたとすれば、その管理だけでも大変な労力であり、
この道が通商路として長続きしなかった理由も納得できます。
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沢を越えてブナの森…
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今度は深い沢…
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広く長い直線もこの道の特徴でござる。
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西を向くと緑の隙間から見える山の鞍部が木ノ根峠でござる。
写真左の山腹をぐるっと回ってきました。
峠の向こうに残雪を抱いているのは黒姫でござるか?
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尾根が張り出して眺めが良い所があり、松ヶ崎と言います。
山神様の石祠もあるのでござる。
道中に点在するこれらの祠から感じるのは、この道に生きた人達の自然への恐れ、敬いの念でござろうか…
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途中、道が少し細くなり、高度感のある箇所もあります。
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沢の対面には迫力のあるスラブが展開します。
この下もあんな感じなのでは?と考えると、ちと寒気がするのでござる。
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また長い直線。
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泥濘地です。
基本的に、良い道→泥濘地→沢→泥濘地→良い道の延々繰り返しと思ってくだされ。
汚したくなければ長靴か、ロングスパッツは必須ですね。
(作者は蒸れ対策でスパッツのファスナー半開けにしてたらドロドロでした…)
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全体的に遺溝の少ないこの道ですが、石組みを見つける事ができました。 |
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窪地を渡るところの道の補強でござる。
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これは一等水準測量石標。尾根の張り出し部分にあたります。
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福島県側で渡河する一番大きな沢、名香沢です。
滑床状の川底に橋げたを入れたと思われる穴が見られます。
ウォータースライダーの様に滑って行けそうでござる。
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深い森を幾ら歩いても麓が近づいているのか分からんの〜。
この辺りで化物谷地と呼ばれる場所を通ります。
昔は化物が出そうな鬱蒼とした谷地だったそうだが、今はそうでもない様でござる。
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道は平坦に見えても谷側は切れ落ちているので崩落箇所もあります。大きなものは2箇所ほどありました。
ここは高巻きを迂回します。
しかし全体的には新潟県側に比べればとても良い道である。
明治期の付け替えが功を奏したのでござろうか?
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新八十里越である289号線のトンネル上を通過すると九十九折れでゆっくりと下ります。
そろそろ国道でござるな…
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おっと、その前に運搬車。
山仕事の為だが、八十里越の道筋を修繕してくれている人の物でござる。
保護区に指定されている為に、修繕の扱いは意外にデリケートなようです。
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お、前方に法面らしきもの!
緑の先に明るく開ける空間…
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抜けた〜!
青空にも恵まれ最高でござる! |
国道からの入口には立派な石柱が建っておるよ。 |
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叶津へと向かう国道でござる。
抜けたとは言ったものの、実は地図上では叶津までの半分程度しか来ていません。
この辺りを大麻平と言い、後は国道をひらすら歩くしかありません。
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北海道なみの直線道路…
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直線的な国道は、蛇行する叶津川を何度が橋で渡っていきます。
明治道はこの叶津川の右岸につけられていて、道跡も確認できますが、決壊箇所の周り道などは作られていないようです。
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ようやく村が見えて入叶津でござる。
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更に進めば叶津、252号線との合流地点のT字路でござる。
252号線は会津からの沼田街道で、左へは会津若松、右は尾瀬を通って上州沼田です。
また、只見から田子倉へいくと六十里越で越後へ戻る事もできます。
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T字路付近にある叶津番所の建物でござる。
叶津の番所は当初は会津藩士が勤めましたが、
享保13年(1728)からは地元の名主、長谷部家が一切の執務を仰せ付けられました。
長谷部家は名主と番所役人を兼ねる身分で、建物は大型で風格のある構えとなっています。
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