-アクティの思い出-
雪国特有の道路の融雪剤に悩まされていた'65年での2度目の冬、偶然通りかかった中古車屋で3万円のプライスタグを付けたこの車を見つけた。'65年のフロアパンやサイドシルその他の錆が進行中で、できるだけ融雪剤のシーズンは乗りたく無いなあと思っていたのと、ちょうどボーナス時期だったので小金を持っていたのとで速攻で買う事を決めたのでした。軽自動車で車庫証明は要らないし、4WDだったし(ワンボックス型の4駆は雪道に非常に強いのです)、車検切れだけど安いし、いい買い物だった、と思う。ツナギを着ていた僕を店のおっちゃんは同業者と間違えたらしく、「業者でしょ?だったら2万でいいよ」と、何も言わずに1万円まけてくれたし。
本当に初めは、まあ冬場だけ乗れればいいや、これで'65の錆の進行も止められるなあ(結果的には手後れだったみたいだけど...)位にしか思ってなかったんだけど、自分で車検を取り、バッテリーを交換し、解体屋でスタッドレスタイヤを買ってきていざ乗り始めてみるとこれがまた、いいんだ。小回りは利くし、荷物は積めるし。そもそも「高級な」物にはあまり興味がない僕には、このクルマのポンコツ具合が逆に魅力的だったのかも知れないけど、それこそ通勤にも、買い物にも、
デートにも、高速道路を使った帰省にも、引っ越しにも、月曜日のゴミ出しにも大活躍!バイクは、原付はもちろん、125ccのトレール車も積めた。ボード4枚と人間4人を乗せて滑りにも行った(雪道の強さは今まで乗った車の中で最強で、本当にABSの必要を感じなかった)。結局冬が終わっても僕はメインの'65年そっちのけでこの軽の箱バンに乗り続ける。そしてその頃には、このクルマは僕にとってただの便利なクルマではなくなっていた(ちょっと大袈裟です)。
「アメリカ人は、トラックを差別しない」って話を何かの雑誌で読んだ事がある。事実、アメリカ映画なんかではボロいトラックをすごく自然に、それこそ買い物からお出かけまでなんにでも使っている場面がよく出てきたりして、なんていうか、そういうクルマの「まっとうな」使い方が本当にかっこいいなってずっと思っていた。自分もクルマとこういう付き合い方をしたいなあ、と。で、僕はこのクルマを、これ以上は無いってくらいの自己満足なんだけど、「日本でクルマとああいう付き合い方するなら、これだよな」なんて気持ちで乗り回してた。ある意味、狭くて雨の多い日本でアメリカ製のフルサイズのピックアップを乗り回すのは、それだけでもはや自然な事では無いでしょ?それはそれでかっこいい事だし、'70年前後のC-10かなんかで自分でもいつかはやってみたいと思っているんだけど、憧れの、「クルマとの自然な付き合い」ではないなあ、って。#だからそこでアクティ!、ってなるのもなんだかよく分からなくはありますが(^^;;;
まあ、このクルマは結局、、結婚を機にアシグルマの必要が無くなったのと、引っ越しで置き場所が無くなってしまったのとで、1年半位乗って手放してしまったのだけれど、引き取ってもらった人にもらわれていく時はちょっと寂しかったなあ。あの後ろ姿は当分忘れられません。モノを擬人化するのはあまり好きでは無いのだけれど、妙にセンチになっちゃったりして。全然クルマに興味が無いうちの奥さんも、「なんか寂しいね」とかって写真撮ったりしてたっけ。
このクルマには、いろんな事を教えてもらったように思う。「物事、外見で判断してはいけない(見た目がボロい事さえ気にしなければこんなに便利なクルマは無い)」「偏見を捨てれば世界はグンと広がる(200万円のセダン、なんかよりも行動範囲はずっと広かった筈)」「欲しがれば欲しがっただけ必要になる(パワステも、エアコンも、無けりゃ無いでなんとかなるもんです)」等々・・・。みんな基本的な事だよね、生きていく上で。しかもすごく大事な事。なーんて事を、今出来の国産車よりもずっと細くて大きなステアリングを握りながら色々考えましたよ。いい勉強させて頂きました。先人曰く「じゃがいもの皮むきにも哲学はある」とは、ほんとによく言ったものですな。
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