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MOLOKAI キャストについて

David Wenham 主演作品 MOLOKAI・・・なかなかすごいキャストなので、少しばかりまとめてみました。

こんな錚々たる顔ぶれの俳優に囲まれて仕事が出来て、役者冥利につきたのでは・・・


でもまず、Davidの、この役に関するコメントを。
Australian Catholic誌の、The Petrol in his engineという記事より。

神父について:「非凡な事を成し遂げた、ひとりの非常に素朴な人。( a very simple man who achieved extraordinary things.」 「彼は激しい気性を持った、心優しい人間だった。(he was a gentle man with a ferocious temper)」

David Wenhamはこの映画撮影のために4ヶ月をモロカイ島で過ごしました。そこでは世界で最も高く切り立った断崖と、強風の吹き荒れる苛烈な地勢に強い印象を受けたそうです。しかし最も彼の演技に影響を与えたのは、カラウパパのハンセン病療養所に今も住む約50人の患者の方たち(ずっとここで生活をしてきたので、ここに住みつづける事に決めたのだということです。)との間に築いた友情だったとのこと。
その患者さんたちの中に、ケンソーという名のお年寄りがいたのですが、この人はDamien神父の友であり後継者であるジョーゼフ・ダットンを知っていたそうです。(別の資料によると、このケンソーと言う患者さんは、映画の中でリリウオカラーニ王女が訪問したシーンで、手を振って"Hello,Princess″と呼びかけていたひとだそうです。)

David Wenhamはこの映画撮影のために過酷なスケジュールをこなさなければならなかったようです。
『技術的にも難しかった。ぼくはハワイに来たオーストラリア人の俳優で、フランダース地方のアクセントで話し、ラテン語でミサ曲を歌うベルギー人の国民的英雄を演じたのだから。感情面から見ても、消耗する経験だった。自分自身をぎりぎりのところに置く事が必要な役だったんだ。ひどく自分を傷付きやすい状態に置かなければならなかった。』

「俳優たちが休みを取れるのは日曜だけだったが、Wenhamはかならず毎日曜朝早く起きて、カラウパパで、通ってくる司祭が行う7時からのミサに参加した。『患者のひとたちはみんな教会に来ていた。彼らの歌声は全く素晴らしいものだったよ。ケンソーは、長年ミサの侍者を務めていたので、"リトル・ビショップ″として知られていた。(スピカ注:劇中にもリトル・ビショップという少年が出てきますが、年代からも別の人です。)彼は八十歳台だった。悲しい事に、彼は僕らがそこにいた間に亡くなってしまったんだけれど。』」

『監督のポール・コックスは、本当に人の心を動かす映画はとても稀だと言った。シュワルツェネッガーやチャック・ノリスタイプのキャラクターがあがめられがちだけれど、ここに真の英雄である人間がいたんだ。彼は他者を愛する人だった。自分自身のことを全く考えようとしなかった。「全く」だよ。かれはモロカイに来た時、33歳だった、僕の今の年と同じ。僕も彼のようになりたいと思う。』



では、他のキャストについて・・・


ピーター・オトゥール・・・(元医療に従事しながら、ハンセン病に感染し、モロカイ島に隔離されたイギリス人ウィルアムソン)
1932年、アイルランド生まれ。イギリス演劇界名門校のRADA(王立演劇アカデミー)に学び、卒業後ハムレット、リア王、じゃじゃ馬ならしなどのシェイクスピア劇の舞台にたつ。アラビアのロレンス(62)のタイトルロールで一躍注目を集める。ベケット(63)、ロード・ジム(65)、将軍たちの夜(67)、冬のライオン(68)など多彩な役を演じわけ、高い評価を受ける。チップス先生さようなら(69)、ラ・マンチャの男(72)などミュージカルも。近年はラスト・エンペラー(87)、フェアリー・テイル(97)など。
何度もアカデミー賞にノミネートされながら今迄無冠に終ってきました。今年の特別賞授与に対しては、まだ現役だから本当の賞をあきらめてはいないとして、特別賞は受け取りに来ないのではとはらはらさせてくれました。舞台に現れたこの名優の姿に、全員惜しみない拍手を贈っていましたね!


サム・ニール・・・(ハワイ共和国の首相、ギブソン)
1947年9月14日北アイルランド生まれ。(軍人だった父の赴任先なので、本来ニュージーランド人)
代々ニュージーランド最大の酒卸会社を経営する家系に生まれ、8歳の時ニュージーランドに帰国。
カンタベリー大学で英文学を専攻し、シェイクスピアに傾倒するうち学生劇の舞台に立つようになる。演劇学校での正式な訓練は受けた事が無いのにもかかわらず、卒業後はプロの劇団に入り、国内を巡業する。77年に映画デビュー。オーメン3 最後の闘争(81)の主役に抜擢され、テレビドラマケインとアベル(85)出演などが続く。レッド・オクトーバーを追え!(90)でハリウッドに招かれ、ピアノ・レッスン(93)の演技で高い評価を受ける。近年の出演作ジュラシック・パーク(93)、革命の子供たち(96)、モンタナの風に抱かれて(97)、スノーホワイト(97)ジュラシック・パークIII(01)など。


デレク・ジャコビ・・・(Damien神父に無理解な上司レオノール神父)
1938年10月22日 イギリス ロンドン生まれ。
ケンブリッジで学び、バーミンガム・レパートリー・カンパニーにいた時にローレンス・オリヴィエに認められ、誘われてナショナル・シアター・カンパニーに参加。名優の評価を受ける。サーの称号をもち、ケネス・ブラナーの師でもある。

映画・TV出演には、オセロ(65)、ジャッカルの日(73)、ハムレット(・TV。80)リチャードを探して(96)愛の悪魔・フランシス・ペイコンの歪んだ肖像(98)グラディエイター(00)ゴスフォード・パーク(01)他あり。



クリス・クリストファーソン・・・モロカイ島の監督を政府から任されている牧場主ルドルフ・メイヤー。(本来はマイヤーなのかもしれません。)
1937年、アメリカ テキサス生まれ。
陸軍で軍務に服したり、英文学の教師を務めるなど、いろいろな経歴を積んだ。ローズ奨学生としてオックスフォード大に学び、1960年代にはカントリー&ウェスタンの歌手としても活躍。デニス・ホッパーのThe Last Movie(71)で映画デビュー。バーブラ・ストライザンドのスター誕生(76)、アリスの恋(74)。天国の門(80)他に出演。



トム・ウィルキンソン・・・晩年の神父を助けるブラザー・ジョーゼフ・ダットン
1948年12月12日、イギリス ヨークシャー州リーズ生まれ。
農家の息子として生まれる。より良い暮らしを求めて一家でカナダへ移住するが彼が11歳の時にイギリスに帰国。ケント大学で英文学とアメリカ文学を専攻し、卒業後王立演劇アカデミーで演技を学ぶ。いくつもの劇団を転々とし、王立シェイクスピア劇団のリア王で絶賛された。76年映画デビューし、テレビ映画第一容疑者で顔を知られる様になる。出演作:司祭(94)、フル・モンティ(97)、オスカー・ワイルド(97)パトリオット(00)他。



エイデン・ヤング・・・神父の親友となるカルーウィス医師。
1972年、カナダ生まれ。9歳でオーストラリアに渡る。映画デビューはブルース・ベレスフォード監督Black Robe(91)。MOLOKAIの監督ポール・コックスのExile(94)、Cosi(「ハーモニー・96)、Cousin Bette(98)、Crocodile Hunter(02)にも出演。



レオ・マッカーン・・・メグレ司教
1920年、オーストラリア生まれ。1946年イギリスに渡り、オールド・ヴィク座、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーに参加。Murder In The Cathedral(52)で映画デビュー。HELP!(65)、我が命尽きるとも(66)ライアンの娘(70)、オーメン(85)、レディーホーク(85)他に出演。



ケイト・セベラーノ・・・ハワイ王朝のリリウオカラーニ王女(後の女王)
1980年代なかば、わずか15歳で、歌手としてデビューし、以来オーストラリアで5枚のプラチナ・アルバムを出し、ロックオペラジーザス・クライスト・スーパースターに出演、トークショーの司会をするなど、活躍を続ける。エンターテインメント関係の賞を、多数受賞。


アリス・クリーゲ・・・マザー・マリアン
南アフリカ生まれ。1972年ローズ大学卒。心理学と演劇で修士号を持つ。イギリスのTVでデビューし、炎のランナー(81)、キング・ダビデ(85)などに出演。スタートレック:ファースト・コンタクト(96)ではボーグの女王を演じる。





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