蒐 書 記

Libris novitas lenocinatur 新奇さは書物に魅力を與ふ


New 1/4更新

Jean-Claude Vrain (ed.), Catalogue, Paris, 2008
(ヴラン書店『カタログ』)

 タイトルをどう表記したらよいのかも分からないが、フランス・パリのヴラン書店の古書カタログ。しかし並の古書カタログではない(もちろん市販品ではないので、ここで紹介するのはあくまでも例外ということで)。まずは、掲載されている書物群がどれも一級品ばかり。インクナブラから始まって、主に文学を中心に、ヴィヨン、ヴォルテール、ボードレール、プルーストなど、挙げるのも憚られるような大文字の著者の初版本、しかもそのほとんどに自筆サインなり手紙なりが添えられ、書物本体も新旧のスタイルのルリュール(美術装幀)で仕上げられている。ユーゴーの絵画帳(もちろん現物)や、王室外科医のアンブロワーズ・パレの自筆文書なども、現代美術の作品と見まごうような帙に収められて掲載されている。プルーストやアポリネールの作品は、20世紀の美術装幀家ボール・ボネや、現代活躍しているジャン・ド・ゴネなどの手になる。そんな名だたる名品が50点以上、百科事典サイズで、全112頁フルカラー、索引付きといったあまりにも豪華なカタログ。昨年末に届いていたのだが、正月休みに改めて眺めて、驚嘆を新たにする。なんと、このカタログ、全頁アート紙にもかかわらず、糸かがりで製本してあった! 
 英国の老舗古書店バーナード・クォリッチなども、基本的にはネット上でのカタログ配信になって、わざわざ頼まないとペーパーのものは手にできない。もはやこの時代、そんな具合にペーパーベースのカタログがほとんど絶滅しかかっているなか、これだけ豪華な書物を集めて、カラーカタログの大盤振る舞いをするとは、ヴラン恐るべし。昨年神保町での特選古書市でも、ヨーロッパでも最近は本が払底していて、良書が出てこないと古書店主が嘆いており、私も同じ印象をもっていただけに、そんな情況を尻目に、これだけのカタログを出すというのは、返す返すも底力を伺わせる。
 初期インクナブラのアウグスティヌス『神の国』なども大判のカラー写真とともに掲載されているが、これなどを見ると、初期のグーテンベルク刊本は、けっして活字メディアの新たな特性を強調しようとするものではなく、むしろいかにして手写本を忠実に再現し模倣するかという点に腐心していたらしいことが実感できる。
 くわえて、さすがにフランスでは、現代にまでルリュールの伝統が息づき、職人・芸術家が途絶えることなく続いているさまも知ることができる。ちなみに、20世紀前半のルリュールについては、ダンカン&バルタ『装幀の美 ―― アール・ヌーヴォーとアール・デコ』(同朋舎 1990年)という力の入った図録でかなりたっぷりと見ることができるが、それが現代にまでしっかり続いているのは驚きである。調べてみると、ゴネの属するアトリエなども見つかった。いろいろと考えさせられること多く、眼福となるお年玉であった。新年早々縁起が良いというべきか、彼我の差を見せつけられたといういうべきか。ただ、経験上言えるのは、ここ10年ばかり(特にEURO以来という云うべきか ―― そう言えばユーロも今年で10周年だ)古書の値段が上がったうえに、本当に書物自体の姿が見えなくなってきた。ネット上の書店にどんどん吸収されているのかもしれないが、そうなるときちんと書誌的知識を固め、立派なカタログを作ることを誇りとしていた古書界の伝統が失われていくように思える。


1/2更新

M. Treml, K. Barck (Hgg.), Erich Auerbach. Geschichte und Aktualität eines europäischen Philologen, Kultur verlag Kadmos: Berlin, 2007
(トレメル/バルク『エーリヒ・アウエルバハ ―― ヨーロッパ文献学の歴史と現代性』)

 アウエルバハと言えば、あの名著『ミメーシス』を、イスタンブールでの亡命生活中に「満足な図書館も使えない」状態で書きあげたというだけでも恐るべき人物。2007年は、クルツィウスと並んで、20世紀の汎ヨーロッパ的文学史(「世界文学の文献学」)を構想したこのアウエルバハ(1892-1957)の歿後50年だった。本書はそれを記念して公刊された論文集。ギンズブルグ、ジェフリー・ハートマンを始め、20名を越える執筆者が寄稿している。ダンテとヴィーコから始まるアウエルバハの出発点を論じる第一部、レーヴィットやクルツィウス、ベンヤミン、クラカウアーなどとと比較して論じる第二部、アウエルバハの亡命を扱う第三部、figuraやミメーシスといった基本概念をめぐる考察をまとめた第四部、ポストコロニアル批評などへの影響史を論じる第五部といった、考えられた構成になっている。付録として、講演、手紙などの資料が約100頁付されている。何よりも、CDが一枚付録になっていて、アウエルバハの肉声の残る唯一の講演(1948年、ペンシルヴァニア大学のダンテ講演)が聴ける(テクストも付録部分に収録)。最初の紹介者のスピーチ部分はかなり録音状態が悪いが、アウエルバハ自身の講演の部分は音質良好。やや甲高く、外国人らしく、聴き取りやすい英語。彼自身によるダンテのイタリア語原詩の朗読も聞き所。
 サイードによる言及を通して、アウエルバハの名前は一旦甦りはしただろうが、はたしてその意味がどれほど浸透したかははなはだ疑問である。サイード自身が『さまざまな始まり』でヴィーコを理論的支柱としたのも、このアウエルバハ抜きでは考えられないはずだが、ポストコロニアル批評に入れ揚げる人々がその辺についての事情を射程に収めているとは到底思えない。



リスト:2008年, 2007年, 2006年, 2005年, 2004年, 2003年, 2002年(2), 2002年(1)


[PR]話題の《あのゲーム》の世界へ:今なら無料で遊び放題のチャンス中だよ!