「すわてのメモ」ページ

http://homepage3.nifty.com/p_swkt/

私の聴いたCD 新譜

02/12/28 『カシス』井上陽水(FORLIFE FLCF-3906 2002.7.24)

マイク・オールドフィールドの新譜と同じ日に出てたんだなと改めて考えてみたら、キャリアも二人とも同じくらいなんだな。『氷の世界』の頃の陽水は、シュールな歌詞のフォークというような位置づけだったが、そういう、日本のフォークとか−今こういう言い方をする人はいないだろうが、今でいうと、なんというのかな、日本のなんとかという枠組を取っ払ってしまったら、結構やってることは、マイク・オールドフィールドあたりととむしろ近いのかも知れない。もうとっくにシュールとかそういう次元を越えて、空恐ろしいところまで来ていて、それは歌詞が何をいっているのか聞き取れないで、それでも歌詞ブックレットを見ずに聴いていて、あらためて歌詞を見ると例えば「夜を急ぐ国のエキスプレス」と思っていたのが「夜を急ぐ恋のエキスプレス」だったりして、しかし、そういうことも、もうあんまりどうでもよくて。一体歌詞はちゃんとあってないがごとし。それは、陽水なんかだと相当な数の根強いファンがずっといるわけだけど、その大多数のファンがどういう聴き方をしているんだろうか。陽水が直接、聴き手から、あの××という曲はいいですね、あの歌詞はいいですねと言われることもよくあると思うのだが、その聴き手が実は何も分かってなくて、しかし、全然分かってないことへの怒りとか、失望とか、あきらめとか、とっくにそういう次元の問題ではなくて、結局、このアルバムの写真の陽水の風貌で連想するのだが、一種のポップ・アートのアーティストみたいな。ただ、自分のアートを美麗なサウンドとともに構築完成させることが生きる目的であるという、そういう姿勢なのではないか。意味のあるはずの言葉が意味を伝えることなく音となって、サウンドと溶け合い消える間際の一瞬の美。美、というだけではあまりに生真面目な印象だが、同時にポップ・アート的なナンセンス。否定も肯定もしない、ただそういうふうに自分たちは生きているんだなという感触。

 

02/12/14 『トレス・ルナス』“TRES LUNAS” マイク・オールドフィールド MIKE OLDFIELD (wea WPCR11229 2002.7.24)

『トレス・ルナス』とは、スペイン語で三つの月という意味なんだそうだ。マイク・オールドフィールドは、新しい契約をワーナーミュージックのスペインの会社と契約したりして、すっかりスペインづいているらしい。本作CDにはマイク自身がプロデュースしたPCゲームの体験版がCDエクストラとして入っている。音楽作品と連動してゲームとかのヴィジュアルを発表するという企画は、1994年の『遥かなる地球の歌』からあったと思うのだが、確か、当時の“キーボードマガジン”か“サウンド&レコーディングマガジン”に載っていた、インタヴューによると結局、当時のコンピューターの性能が、マイクの着想に追いつかなかったとか、そういう話を読んだ記憶がある。今回の、体験版、一応、私も1台Windows98の入っている機械を持っているから、インストールしてみたが、どうも、私の機械ではすでに処理速度が遅すぎるのか、地球そっくりの異星の荒野で、マウスをクリックして、地に潜ったり空に上ったりするのだが、うまく制御出来ない。全然動かないと思ったら、動きすぎてたり。ゲームがメインではないし、ふだん私はゲームをしないので、それはそれでいいとして、音楽の方はCDのパッケージについているカードによると、ジャンルが「チルアウト/アンビエント/プログレ」。プログレは分かるとして、「チルアウト/アンビエント」とは、いろいろ新しく出てくるもんだなあ。今回、最初の方で、いかにもブルージーなジャズといった、いい感じのサックスの音が聴かれて、えっ、今誰の音楽聴いてるんだっけという気になる、これは解説によると、マイクがギター・シンセで弾いているのだという、驚き。ハウスだ、最近はレイヴだと、結構大胆に新しいものに接してゆくマイクの姿がまた微笑ましい。しかし、結局、マイクの音楽というのは、1枚ごとにアプローチは違えども、その中に見える姿勢は常に同じだなと思う、最初の『チューブラー・ベルズ』から。『チューブラー・ベルズ』などはLP のA面で1曲、B面で1曲、CD時代になっても1990年の『AMAROK』など、CD1枚、60分が1つの曲だった。最近は、今回のような長編でも1つ1つの曲が短く区切られているが、しかし、常に変わらず、マイクの長編というのは、1つのトリップ、旅であって、その旅というのは、『AMAROK』が彼自身によって−これも何かの雑誌のインタヴューで読んだと思うのだが−ギターが自分自身の音を発見する過程だと言われていたように、常に彼の分身が自分自身を探して−こう書くと、最近流行「自分探し」なんて俗にまみれた言葉が浮かんできていやなのだが−音の世界の中での旅が描かれているのだ。ギタリストである彼の作品には、常にギターの多様で自在な音が聴かれるのだが、一方、今回特に後半の盛り上がってゆく場面でのバッキングやリズムで、いかにもシンセという音をそのまま使ってうまく効果を上げていて、こういうすべての楽器に通じるようなセンスがまた魅力である。唯一女性ヴォーカルの入る、中盤7曲目の“To Be Free”は、そろそろ世の中へ出てゆく年齢になっている彼の子供たちへのメッセージだというが、そうなのだなあ、何しろ聴いている私が40歳過ぎてるのだから、かつて『チューブラー・ベルズ』の頃の、ナイーヴな長髪の青年のイメージであったマイクも50過ぎてるはずなのだ。しかし、いくつになろうと常に旅はある。クライマックスのラスト1曲前のナンバーは“SIRIUS”、解説によると、マイクの飼っている馬の名前だそうだが、それで思い出したのが、1979年発表の『プラチナム』のA面「プラチナム」組曲のラスト、4曲目の「北極星」での盛り上がりだ。マイク・オールドフィールドというと、長編のプログレで一見とっつきにくそうな感じがあるが、こうして日本盤は常にきちんとリリースされるという一定の支持を受けている魅力の1つに、その「ポーラースター」や今回の「シリウス」あたりで聴かれる、キャッチーに盛り上がってくれるメロディーがあると思うが、それも1つの旅の帰結として必然的にそうなるのだろう。

 

02/07/06 『幾つになっても甘かあネエ!』遠藤賢司(MIDI MDCL1427 2002.6.26)

題名の『幾つになっても甘かあネエ!』というのは、自分が自分に、自分が世間に、世間が自分に、とそういういろいろな意味があるんだろうなあ。でも、まさにハードな音を展開させながらも、繰り返し、エンケンは自分は甘ったれだと歌っている(1.「純音楽の道」)、(9.「史上最長寿のロックンローラー」)。このように一見矛盾する概念、イメージ、言辞が渾沌としてトータルにエンケンの音楽世界を作っていることはまあ、今さら言うまでもない。今さら言うまでもないとなどというと、いかにも以前からエンケンを聴いてましたということになるのだが、エンケンを語ると、そりゃ日本のロックの歴史が云々という側面はある。その歴史のうちで、このアルバムでも「熱血参加!国宝級50代ロッカー!」というコピーがあったりするのは、かつて、エンケンが大スターとまではいかなくても、例えば泉麻人がフォーク少年だったとエッセーに書いてたりするが、そういうフォーク・ブーム、1970年代初期の人気者の一人だったエンケン、こんなフォークやロックの音楽を支持する若者たちがいれば日本は世界はどんどんといい方に変わってゆくだろうと思ってたのが、いつの間にか歌う方も聴く方も、どっかに行ってしまって、それでも歌い続けているごく少数の連中がいるという歴史的な側面がある。一方で、若い人がなんだか1960年代から70年代を情報として知って、当時がえらく盛り上がった時代で良かったみたいな言い方をされたりするらしいが、しかし、今現在、2002年6月26日発売の新譜が今ここにある。鈴木清順監督は2001年に『ピストルオペラ』を作った。今この音を聴いているということでは、みんな同じだ。1.「純音楽の道」、2..「男のブルース」、かつてどでかいジャケットの20分あまりの作品として発表された(ジャケットの表は今回、歌詞ブックレットにある写真、裏は根本敬のマンガ)9.「史上最長寿のロックンローラー」などのギター、ドラムなどのこの音、みんなそれぞれに好きな、聴いてきたミュージシャン、バンドはそれぞれに違うだろう、違う道のりを通ってきても、やっぱりこの音、こういう音が好きなのだいうことだ。しかし、派手なハードな音だけでもない。「いいな君が僕のお嫁さんになってくれたら」、「ごめんね」のやるせなさ。コルグ、ポリシックス使用「ネコラ」のあくまで真剣な戯れのロマン。やるせなさをまとって、一層にハードになり、そして日常に戻る。エンケンに直接関係ないが、20世紀に確立された商業音楽のスタイルというのは、これからそれこそインターネットを媒介にどんどん変わってゆくと思う、いろいろと。いろいろと思うところはあるが、しかし、今は私はエンケンをこうして聴いている。

 

02/06/30 『アキラ4』小林旭 (日本クラウン CRCN-40569 2002/02/21)

『アキラ4』は「ユーモア・ソング集」で、『アキラ1』から『アキラ4』までで、この1枚だけ、クラウンレコードから出ていて、移籍してからの作品集。クラウンレコードの小林旭というと、復活と言われた1977年頃の「昔の名前で出ています」から、演歌の印象が強いのだが、こんなにコンスタントにユーモア・ソングを出していたとは驚いた。そしてラスト・ナンバーはコマーシャルで、これはさすがに私もリアルタイムで見ていた「赤いトラクター」である。「ユーモア・ソング集」の内容は大きく二つに分けられて、一つは『アキラ1』のラスト・ナンバーである「恋の山手線」路線の強引な駄洒落ソング。その中では1曲目の「自動車ショー歌」が一番知られている、代表曲の一つといっていいと思う。1964年の秋に録音、発売のこの曲になると、バックはジャズバンドなんだけど、流行の最先端だったはずのビートルズなどのロック風リズムを取り上げている。駄洒落ソングはさらに1965年のワルツの「名酒節」(酒の種類や銘柄)、1966年の流行のエレキ・サウンドを取り入れた「野球小唄」(野球の用語や選手名)、1968年の「恋の世界旅行」(世界の地名)、1975年、ハードロックのディストーションの効いたギターの音がギンギンに入る「ゴルフショー歌」(ゴルフの用語や選手名)まで続く。それから1976年には「恋の山手線」のアップテンポのリメイクまである。ここまで延々とこのシリーズを続けてきたというのにはおそれいる。もう一つは駄洒落ソング以外のユーモアソングだが、これがヴァラエティーに富んでいて一口ではくくれない。演歌っぽい「グングン節」、「たすけられたりたすけたり」。「ほらふきマドロス」は「自動車ショー歌」と発売日が同じ、ほら男爵風のほらふき話なのだが、こういう趣向を、特に子供向けにすることなく、面白く歌い上げているのに深い味わいがある。かと思うと1966年「雑俳ソング」は落語の世界、雑俳(駄洒落の句)に凝ったご隠居と八つぁん、熊さん、与太郎を演じ分ける。1965年の未発表曲「スピード違反」はチャチャチャ。「宇宙旅行の渡り鳥」は「自動車ショー歌」とこれも発売日が同じなので、「ほらふきマドロス」かこの曲のどちらかが「自動車ショー歌」のB面だったのだろうと思うが、タイトルから分かるように一連の渡り鳥シリーズのキャラクターであるところの小林旭のセルフ・パロディーである。マカロニ・ウエスタン風のトランペットのイントロから一転、これも当時の流行の最先端だったはずのヴェンチャーズ風エレキのロックになる。狭い地球に飽きた渡り鳥がついにロケットで宇宙に出るという歌なのだが、歌詞の「バイバイ」から音のつながりで「バーバババーババビュー」、ロケットが飛んでゆく様を現す擬音らしい、それから「ツートトツートト……」これは通信のモールス信号だろうけど、このマンガ的なくだりをあくまで大真面目に歌いきっているところが、なんともカッコいいと思う。大真面目に歌いきらないと、とても絵にならない。小林旭、名前だけのビッグスターではなく、分かってるなあと思う。1976年の「ショーがないね節」、当世風の人情を皮肉った歌で、サウンドは当時の例えばキャンディーズなどに伺える、軽快なテンポのポップ・ロックのサウンドなのだが、考えてみれば、当世男女気質を風刺するというのは、かつての演歌の源流、書生節と変わらないんだね。この歌にも「夜がまたくるショーがないね」とセルフ・パロディーの一節があったりするが、この歌、面白おかしいのだが、特に恋人に出て行かれて、夜店で彼女が買ってきたサルのオモチャのネジを巻いて、いっしょに騒いだという一節は、可笑しい中にしみじみとしたものがあり、秀逸だ。そしてラストは「赤いトラクター」、私はこれはずっと「昔の名前で出ています」の前だったろうと思っていたのだが、シングルが出たのは1979年の春となっていた。あざやかなアレンジ、コマーシャルですでにおなじみのメロディーで導入するイントロ、そして1コーラスと2コーラス目の間の間奏で転調するところが特にいい。これはそもそも、小林旭という大スターを、トラクターのコマーシャルに起用する、かつてのマイトガイがカッコ良く農作業をするという、コマーシャルが作られたときのコンセプトからしてスマートなのだが、この歌も、可笑しさとともにうむを言わせぬカッコ良さがある。仕事に燃えろとか、歌詞の仕事こそ命、なんてそこらの校長先生みたいな人に言われたら反感を覚えるだけだが、旭が歌うと、とにかくカッコいいので納得出来るのだ。それこそがスター。しかし、『アキラ3』の魅力というのは多くの人が分かるだろうが、この『アキラ4』を受け入れられるかどうかで人が大きく分けられると思うね。監修の大瀧詠一、さすが「ナイアガラ音頭」を作らずにはいられなかった人だけに、この「ユーモア・ソング集」だけで丸ごと1枚というのが出て来るのは納得できる。そして、マイトガイと言われた旭がここまで本気で、駄洒落その他のユーモア・ソングに取り組む姿勢のカッコ良さ。テレビの人気者の二枚目がちょっとお笑いもやってみる、とかいうのとは違うのだ。違うといったら違う。カッコ良さとともに耽溺というか鬱屈というかそういう言葉も浮かぶ。マンガでいうと、ギャグマンガというのは一冊の雑誌の中に必ずあるわけで、笑いというのはみんなが好きなものである。しかし、ただ好き、ではなく、特にギャグが、笑いがなくては生きていけない、そういう人が何パーセントかはいるわけで、『アキラ4』はそういう人が作ってそういう人が聴くアルバムなのだと思う。4枚のうちでも、特に発表年代を感じさせない新鮮さがあるアルバムだ。

 

02/06/25 『アキラ3』小林旭 (日本コロムビア COCP-31759 2002/02/21)

さて、大瀧詠一監修の小林旭ベスト・シリーズ、『アキラ3』はお待ちかね「主題歌&ヒット集」、ここで改めて言うと、私は小林旭が大人気の1950年代末から60年代初めにかけては、まだ生まれない、やっと生まれたかという頃で、私の家庭には映画や流行の音楽の好きな年長者もいなかったので、幼い頃、小林旭の歌を耳にするということはなかった。一時、小林旭と結婚していた美空ひばりは、「真赤な太陽」が私が初めて好きになった歌謡曲の一つであったり、ときどきはテレビの歌番組やコマーシャルに出ているのを見たりしていたが、小林旭についてはテレビ・ドラマでその姿が印象に残ったということもない。それでも名前はいつしか知っていたのだから、そこは大スターである。70年代になってラジオでその代表曲のいくつかを聞いていた頃、1977年になってだと思うが、その頃、日本版“PLAYBOY”が集英社から出たのを皮切りに、各出版社からいろいろと若い男の子向け月刊誌が出ていて、その一つに“映画fan”という、半分映画関係の話題、あとが女の子のグラビアやらその他若い男の子向け記事という雑誌があって、そこで小野耕世が「立体特集 ジャパニーズ・グラフティ ぼくだけのらくがき帳」という記事を書いていた。今もその記事は手元にあるのだが、そこで60年代の日活アクションや怪獣映画、東宝の独立愚連隊シリーズなどを紹介していて、おそらく、これは当時、加山雄三がちょっとリヴァイヴェル・ブームになっていたので、それに触発された企画ではないかと思うのだが、その小野耕世の文章で初めて映画スターとしての小林旭がどういう位置にいたか知ったのだった。その記事を読んでまもなく、ラジオでは「昔の名前で出ています」が良く流れ始めた。さて、その記事中に〈北海道の原野のなかに立ち、「ダイナマイトが150トン」とうたった。〉〈日活の活劇ものは、無国籍映画だと、悪口も言われた。〉とあるが、その「ダイナマイトが百五十屯」はこの『アキラ3』で初めて聴いた。マイトガイのテーマというような小気味よい曲だが、これがデビュー曲ではなく、発表年代を見ると、3曲目の「女を忘れろ」が最初らしい。この「女を忘れろ」はヒカシューの巻上公一が1992年に発表した、歌謡曲を取り上げたセカンド・ソロ・アルバムで歌っているのだが、旭のオリジナルを聴くと、巻上公一の声質はけっこう小林旭と似通っているように感じた。この『アキラ3』の前半のヒット曲は、当時のジャズ・ブームを背景にした、いかしたアレンジ、日活ニューアクションのノワールな感じと、そして旭ならではのキャラクターが充実している。しかし、その枠に収まらず、『アキラ1』『アキラ2』で民謡から童謡、洋楽ポピュラーまでというスケールに相応して、このヒット曲集もアメリカ西部風の「ギターを持った渡り鳥」から独特の歌謡曲ブルースな「さすらい」、旧制高校的な?ロマンあふれる「北帰行」、そして島崎藤村の詩「惜別の唄」……と、その世界はどんどんと広がっている。これらの曲が並んでいる様を見ると、不思議にも思うが、それでいて納得させるのが小林旭の世界であり、魅力ということだろう。

 

02/06/16 『アキラ2』小林旭(日本コロムビア COCP-31758 2002.2.21)

『アキラ1』で、思いっきり、アキラのなんとか節の世界を堪能したと思ったら、ガラリと変わって、『アキラ2』は「ポップス&カバー集」という、この変わりようがこれまたなんというか、しびれる。当時はロカビリー・ブームの後期の頃だったと思うが、「アキラでツイスト」、「東京ツイスト」など最初の1/3がそういうリズムもの。アキラ風ロカビリーという趣だが、なかなかなごむ。1曲目「アキラでボサ・ノバ」、服部良一の名曲「一杯のコーヒーから」を軽快に歌った7曲目もある。8曲目はベレス・プラドの作品だから、マンボ?「恋のチュンガ」。チョンガがチュンガを好きになるという、なんだかユーモラスな楽しい歌。そして9曲目からガラリとまた変わって童謡なのだ。9曲目は未発場の「黄金虫(旭の黄金虫)」だが、その他の曲は発売日が同じだから、そういう企画のアルバムがあったのだろう。しかし、童謡といっても、まったく素直にそのままを歌ったもの(「どんぐりころころ」「ちんから峠」「めんこい子馬」「見てござる」「月の砂漠」)、冒頭にユーモラスな語りを入れた「証城寺の狸囃子」、大人の恋の世界を風刺した「黄金虫(旭の黄金虫)」と三つに分けられるが、どれもそれぞれにいい。「黄金虫(旭の黄金虫)」は、ズンズンチャチャズンズンチャチャという当時のシンプルなロックのリズムに黄金虫のぶんぶんぶんというバックコーラスなどのアレンジが秀逸で、グラマラスですらある。童謡を素直にそのままを歌ったものは、一見ヤケクソのような声の張り上げ方が、突き抜けてて、童謡歌手が優しく歌ったのとはまた違った、やすらぎが感じられる。「証城寺の狸囃子」は、狸が二匹、肩車して女に化けたが上下を間違えて、肩から足が生えて、という、分かったような分からないようなジョークで、エッチな意味でもあるのかと最初思ったが、そうでもないようで、しかし、最近またわりと使われるようになった「いかす」という言葉だが、この語りの最後で、ちょっとドジなタヌキたちを「ホント、いかす」と、ちゃめっぽく言う旭が、「いかす」とはこういう風に使うんだとばかりに実に似合ってる。狸囃子がこんなに楽しいものだったとは。井上陽水も昨年のカヴァー・アルバム取り上げた「月の砂漠」は、真正面から朗々と歌われる。そして16曲目からはまたガラリと変わり、洋楽の、まさにポピュラーというのが相応しいナンバー。16曲目「さいはての慕情」17曲目「落日のシャイアン」の、小林旭に相応しい無国籍なさすらいのロマン、そのスケールのでかい叙情がたまらない。そして「ジャニーギター」「黒い傷痕のブルース」、洋楽の中にまざって浜口蔵之助の「恋の花に気をつけな」、ラストの「ダヒル・サヨ」、それぞれに曲の味わいは違うが、どれも捨てがたい。アルバム全体を通してみると、この多様な世界を自分の世界として歌いこなしているという、なんともゴージャスで、新鮮な驚きに満ちたアルバムである。

 

02/06/11 『アキラ1』小林旭(日本コロムビア COCP-31757 2002.2.21)

この『アキラ1』に収録されているのは、歌詞ブックレットには書かれてないが、CDの背についているカード?によると「民謡・俗謡集」ということである。1曲目の「ダンチョネ節」は、まだおとなしい感じの、海の男の愛した彼女との別れみたいな民謡的な演歌の世界だが、なぜかそれがマンボのリズムで、間奏で「ウッ(マンボ)」とか言う。次の2曲目の「ズンドコ節」など、小林旭の代表曲のいくつかを始めて聞いたのは、1970年代中頃から後半にかけてのラジオ番組、昼間の歌謡曲がよくかかる時間帯に、すでにナツメロとしてかかっていた。もちろん、そんな機会はそんなにあることではないが、一度聞いたら強い印象に残るのだ。いつかまた聴きたい。特に「ズンドコ節」はドリフターズの歌として親しんでいたので、それとはかなり違うなあと思った。ドリフ版「ズンドコ節」のラスト、いかりや長介が5コーラス目を歌ったあと、元歌が全員で歌われる。詳しくは知らないのだが、その元歌を聞いても、この曲って戦時歌謡というヤツだったらしい(今回、ネットでちょっと検索してみたが、やはりそうで、もとの題名は「海軍小唄」といったらしい)。出征する兵士の悲哀みたいなものを歌ったようだが、それがなぜか都会の夜の当時のヤング男女の「アイラブユー」「グッドナイト」という歌となる。この頃、1960年代初頭でも、なんとか節というのは古くさい、アナクロなものだったと思うのだが、「ズンドコ節」、一体古いのか新しいのか、冗談か本気か、カッコいいのかダサいのか訳分からない。ただ唯一無比にそこに小林旭が存在する。アルバム全体がそうである。そしてそのアルバム全体を聴いて感じたのは、そんな唯一無比の小林旭の歌唱を支える、日本コロムビアのオーケストラ、男性コーラス、女性コーラスのプロの技がまた素晴らしいということだ。オーケストラなんて、戦前の服部良一が活躍を始めた頃からの人なんていたんじゃあるまいか(憶測)。当時はまだジャズ・ブームの頃だったはずだが、ビッグバンドのジャズ的な素養に裏打ちされたいい音。そこに旭が「ズンッ、ズンッ、ズンドコ」。「ズンドコ節」はまだ題名がズンドコ節だから「ズンッ、ズンッ、ズンドコ」なのはまだ分かるが、次の3曲目「アキラのホイホイ節」、これも曲はドリフでヒットした「ほんとにほんとにごくろうさん」で、やはり戦時歌謡らしいのたが、「ホイのホイ、ホイ」。強烈。確固たるヤケクソぶりというか、なんとも痛快。俺も今日からホイのホイで行こうと思ってしまう。「単車飛ばして」なんて歌詞が出て来るところが時代を感じさせて、今ではかえって新鮮かも知れない。また、この曲はオーケストラのハモンドオルガンの音が素敵だ。これら一連の民謡・俗謡、旭版は曲の半分がオリジナルのメロディでもう半分、前半か後半が新しいメロディという構成の巧みな作り。6曲目の「炭坑節」あたりで、雰囲気はもう盆踊りといった感じになるのだが、ここでの吐き出すような「サーノヨイヨイ」がやはり爽快で、これからは「サーノヨイヨイ」で行こうと思ってしまう。「アキラのデカンショ」の「デカンショー」の部分などのテンションの張り具合がやはり気持ち良い。「アキラのデカンショ」では、対して「デカデカデカンショ」という、ドカドカとした男性コーラスが面白い。14曲目「アキラのまっくらけ節」、1961年の曲だが、コーラスによるともうこの頃「ドドンパ」というリズムかあったんだね。15曲目「一筆啓上参らせ候」、これもユーモラスな歌詞、「オリツちゃん」と女の子に呼びかけるところなど、曲の世界は、なんとか節の世界だ。未発売の16曲目からちょっと雰囲気が違って、16曲目「地底の歌」は、地獄に落ちたヤクザ者が、閻魔様にこれからは仲良くやろうと歌いかけるユーモア・ソングで、地上のことを知らない閻魔様に美空ひばりの唄、小林旭の唄を聴かせてあげようという楽屋落ち的なギャグがある。次の17曲目「囚人部隊の歌」、これは歌詞から連想すると、東宝の『独立愚連隊』や大映の『兵隊やくざ』みたいなはみだし兵士ものの戦争映画の歌みたいだが、歌詞ブックレットには何も書かれてない。しかし、このアルバムをずっと聴いてきて、ここらで、この曲調は軍隊の行進曲をコミカルにしたようなユーモラスなものだが、そこに歌われた、俺たちはみだし者という歌を聴くと、泣ける。俺もはみ出し旭部隊の一員だぜと勝手に思ってしまう。最後はまたガラリと雰囲気が変わって、美しい女性コーラスをバックにした「恋の山手線」、強引に山手線の駅名を折り込んだナンセンス加減がたまらない。というわけで、今回『アキラ1』から『アキラ4』まで出たベスト盤だが、『アキラ1』を聴いただけでもう堪能してしまってる。

 


[PR]今週のあなたの運勢は?:精霊が無料診断