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私の聴いたCD 新譜以外

02/10/10『4人はアイドル』“HELP” ビートルズ BEATLES (東芝EMI TOCP-51115 1988.3.11-オリジナル 1965.8.6(日本盤 1965.9.15)発売)

僕が小学校にあがる前の年の夏に出たアルバム。1970年代、ビートルズのヒット曲はラジオでしょっちゅうかかっていたし、私はとぼしいお金の中からLPを買うならまずディープ・パープル、そしてレッド・ツェッペリンという順序だったから、ビートルズのアルバムをいくらかでもちゃんと聴けたのは、友だちのビートルズ・ファンであり、中でもジョン・レノンのファンであるS君のおかげである。しかし、S君にビートルズのアルバムを貸してもらうにもまず『サージェント・ペパーズ……』そしてホワイトアルバムといった順序だったので、まったく前期のアルバムをちゃんと聴きだしたのは、この数年なのである。その頃、まだジョン・レノンが生きていた頃、NHKのFM番組の特番なんかで渋谷陽一も言ってたりしたし、S君も言っていたと思うのだが、アイドル・バンドとして絶好調に見えた頃、実はジョン・レノンはそういう自分たちのショー・ビジネスの中で消耗品として使われてゆく精神的に危機的な状況に追いやられてゆくのに対して発した助けを呼ぶメッセージ、それが「ヘルプ!」だという。そしてその「ヘルプ!」的メッセージはさらにソロで『ジョンの魂』を作るまでに至る。そして……まさかその頃というのは1978年に初めてS君に『サージェント・ペパーズ……』を聞かせてもらったとき、それから2年あまりでジョン・レノンが悲劇的な死を遂げるとは予想だにしなかった。しかし、ジョン・レノンが亡くなったときの雑誌か何かに載ったコメントだったと思うのだが、永六輔が言った、今の芸能界で誰がジョン・レノンと同じようになっても不思議ではない。その通りだと思う。そして、当時、FM番組などで、どこがロックやねん、どこがロックンロールやねんというようなきれいでおしゃれでこの悲劇を産んだシステムについてなど何も考えてないようなDJが、私もファンでしたなどと言ってビートルズの曲をもっともらしくかけたりしているのには強い違和感を覚えた。そしてジョン・レノンの悲劇の後、無自覚無反省に今さらにロック・ヒーローを再生産してゆく商業音楽業界には強い怒りを覚える。このアルバムを聴くと、生き生きとしてしかも以前のアルバムからさらに進化したビートルズのスタイルが伺えるのだが、ハードな曲でもどこかしら微妙に哀感が感じられる部分がある。そして「イエスタディ」、このアルバムでこの曲が出てきちゃったんだなあ。しかし、ラストは「ディジー・ミス・リジー」、ロックンロール、これだよね。

 

02/09/14 『筒美京平 ULTRA BEST TRACKS ビクター ’60s RARE TRACKS』(ビクター、VICL60191 1998.3.21)

筒美京平のこのシリーズも、最近は注文しても入手できないものが出てきたが、ずいぶん面白い思いをさせてもらったので、品切れなら品切れでもういいかなと思う。今回、1960年代のビクター、レア・トラックス。アーティスト的にはGSのオックスから中尾ミエ、佐良直美、吉永小百合まで登場して、ちっともレアではないのだが、楽曲的にはレアな雰囲気の選曲である。トップのオックスの4曲にしろ、「ガールフレンド」「スワンの涙」(コロムビア編にジュディ・オングのカヴァーが収録されている)といった代表曲は収められていない。1曲目「オックス・クライ」はライヴ風に、女の子たちがバックで合いの手を入れるという、当時の雰囲気を伝えるようなもの。GSブームの当時、私は小学2年から3年の頃だったが、ブルーコメッツは「ブルーシャトウ」でレコード大賞という、すでに大人の大物、タイガースやテンプターズはもっと若者という感じだが、こちらもテレビでは大物、スパイダーズ、ワイルドワンズ、ジャガーズあたりも名前は良く知っている。同級生の女の子でも、少女雑誌の付録の写真みたいなのを集めたりしてた子がいた。そこへオックスというと、GSブームすでに後期になって、いきなり大人気登場という感じで、子供の私でも新聞の芸能週刊誌、女性週刊誌の広告あたりで最初は目にしたのか、「オックス」「赤松愛」「失神」(コンサートで女の子たちが失神するという)といったフレーズが印象的に飛び込んできた。そういう、大人気なんだけど、ブームの爛熟期を告げるような、そんな人気の出方だったと思う。収録された4曲、全部ラヴソングのつもりで最初聴いてたので、4曲目の妙な雰囲気、歌詞にびっくりしたが、これは当時の北九州の電電公社がキャンペーンソングとして非売品として製作されたという「ひとりの電話」。当時も電電公社がキャンペーンソングを作るなんてことがあったんだね。確かにこれはレア、留守番してる男の子が家族や友だちに次々に電話をかけるという歌。このオックス、特に最初の3曲は、今聞くとどうしてもジャニーズ事務所的なものを感じてしまうが、歴史的には逆にこれらのグループのノウハウがジャニーズ事務所のタレントに取り入れられたということだろう。キャンディーズなどの作曲家として有名な穂口雄右や、こちらも作曲家、編曲家として活躍している水谷公生がアウト・キャストというグループにいたとは知らなかった。このグループや次のザ・ワンダーズなど、当時でも名前を知っていたのはごく限られた人のはずだ。チコとビーグルスは「帰り道は遠かった」のあのグループと言われると、思い出す(「帰り道は遠かった」はボヤキ漫才の人生幸路がいつもネタにしていたなあ)。「新宿マドモアゼル」、タイトル、歌詞、曲といい、当時のそれなりのビートの効いたバンドのサウンドとどうにも演歌的な雰囲気の混ざった世界が今聴くと、なんとも面白い。このあたりのミックスされた世界の面白さが一連のこの筒美京平作品集の魅力の一つだ。中尾ミエの2曲などもそんな雰囲気。木の実ナナは彼女のデビューであるとともに、筒美京平のもっとも初期の作品の一つ「真赤なブーツ」、独特のセクシーさを持ったパンチの効いた歌なのだが、なんだかブーツ・フェティシストのための歌みたいでちょっと可笑しい。吉永小百合はもちろんのこと、中尾ミエ、山本リンダといった、それぞれヒットを持った歌手がその後の路線で迷っている時期に、筒美京平の曲を提供されている。佐良直美は当時(まだ新人に近い)フォーク風歌謡曲の歌い手として人気者だった。筒美京平と直接関係ないが、当時、人気者としてテレビなどで普通に当たり前の存在として接していた芸能人を、今改めて距離を置いてみると、この人がこれこれこういうわけで人気者だったんだなあと、なんだか不思議な感じがする。オックスと並んで歌詞ブックレットの表紙になっている黒沢明とロス・プリモス。GSに対し歌謡ムード・グループというわけで、そのコスチューム、オックスの少女漫画の西洋の騎士風のセーター(カーディガン?)、対してタキシードに蝶ネクタイで腕組みする黒沢明とロス・プリモス。城千景という人の「真夜中のピエロ」というボサノバ調の曲は、当時の筒美京平の歌謡曲の洋楽的なセンスの良さをこれでもかと感じさせる曲の一つだ。そういう具合に、この曲は、この曲はと取り上げてゆくとそれぞれに尽きぬ面白さがあるのがこの作品集だ。

 

02/05/19 “12 x 5”ROLLING STONES(ポリドール(販売・ポリグラム) 1997.12.3 オリジナル原盤発売 1964.10.17)

この数年あまりのこと、ビートルズのファースト・アルバムから1枚ずつ聞いていったり、今回レコード屋に入ったが、特に目的も欲しいものを見当たらなかったので、こうしてローリング・ストーンズのアメリカでのセカンド・アルバムを聴いたりしてるのは。大体、70年代初めから洋楽を聴き初めて、ロックにのめりこんでいった私のようなロックファンというのは、ビートルズなら『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハート・クラブバンド』あたりから後期ばかり聴いてたり、プログレッシヴ・ロック、ヘヴィメタルとなどにジャンル化していっているアーチストが、なんだかすごいことやってるように思えて、聴いててカッコがつくように思えて、ビートルズやストーズなどの初期のアルバム、アルバムの半分ほどが初期の1950年代のアメリカのR&RやR&Bをカヴァーしてるようなものは、無理して聴くようなものではないと敬遠してたのだ。それが今日まで生き延びてこういうアルバムを聴くようになった。アメリカ黒人のR&RやR&Bを60年代になってイギリスの若者たちがコピーしたもの、これが黒人ブルースの表現したものを現代世界共通の感情として再認識したロックの基本という歴史的意義を持つだけでなく、今聴くと、実にしっくりくる。この、R&RやR&B発祥の地とも言えるメンフィスのサン・スタジオでレコーディングされたアルバムも半分ほどはそういったカヴァーもの、1曲目チャック・ベリーの'AROUND AND AROUND'から始まって、やはりカヴァーものの'SUSIE Q'で終わる。しかし、注目されるのは、センスのいいカヴァー同様のフィーリングで'EMPTY HERAT', 'GOOD TIMES, BAD TIMES'といったオリジナル曲が並んでいるところだ。このセンス、解説によると「アーシーな」という表現、ザラついた感じで、悲喜こもごもの生命感の伝わってくるようなロック、これがそのまま1968年の名作『ベガーズ・バンケット』に伝わっていることが分かる。余談だが、1970年代の人気ポップ・ロック・シンガー、スージー・クアトロの名前って、'SUSIE Q'から取ったのだろうか。カヴァーの曲目で面白いのは、レコーディング当時ヒットしていた、ドゥワップの人気グループ、ドリフターズの「渚のボードウォーク」を取り上げていること、'UNDER THE BOARDWALK'。私はこの曲は、日本のキングトーンズが歌っているCDを持っているのだが、いわゆる典型的なR&RやR&Bとはまた違って面白いし、こういう曲を取り上げるところがストーンズの常にコンテンポラリーなセンスなのだろう。

 

02/02/14 『筒美京平 ULTRA BEST TRACKS コロムビア編 Vol.3 GS & GUYS』(コロムビア、COCA-14811 1998.1.21)

もう一昨年の夏になるのだけど、コロムビア編の60年代〜70年代の感想を書いたとき、堺正章の「さらば恋人」が入ってないのはなぜだろうと思ったんだけど、今回のアルバムに入ってたんですね。そういえば、堺正章ってモロ、GSでガイだもんなあ。うちには姉などがいなかったので、GS時代の堺正章ってあまり記憶にないのだけど、でもスパイダース=マチャアキというくらいの知名度はあった。その堺正章はこのアルバムのラストに「さらば恋人」(作詞が北山修とは知らなかった)をはじめ、5曲収録。「さらば恋人」が大ヒットしただけでなく、アルバム製作などで筒美京平が当時力を入れていたらしい。当時は全然意識してなかったが、今聴くと、「さらば恋人」なんかもアレンジに微妙にソウル風のテイストが入ってるんですねえ。さて前半はGS、ビッグネームとしてはブルーコメッツなんだけど、ドゥワップのコーラスが入るソウル歌謡「なみだの糸」、確かにいいメロディーなんだけど、ブルーコメッツが歌う必要あったのか、キングトーンズやクールファイブが当時ヒットしてたからだろうなあ。まあ、ここらへんのわけの分からなさがGSなのだが。みんな、もともとはジャズ喫茶でビートルズやローリング・ストーンズあたりのバンドのコピーやR&Bをやってたのが、ヒットしてテレビに出だすととたんに歌謡曲、少女マンガの王子様風のいでたちをさせられたり。そんなGSの中でもタイガースやテンプターズは当時、テレビで見て、いかにも若者だったが、ブルーコメッツは背広着て、すでに大人という感じだった。GSの分けのわからなさというと、大メジャーなブルー・コメッツなどはまだましで、3曲収録されている井上宗孝とシャープ・ファイブなんて、スプートニクス風なエレキのイントロから一転すっかりマイナーな歌謡曲気分のナルシシズムに浸ってる「夜の六本木」を歌うかと思うと、フォーク・クルセダーズ風の「孤独な少女」を歌い、橋幸夫のムード歌謡演歌ポップス?「京都・神戸・大阪」まで歌ったりしている。ズー・ニー・ヴーの「ひとりの悲しみ」は阿久悠作詞の、尾崎紀世彦「また逢う日まで」の元曲。こちらはヒットしなかったがいい曲なのでもったいないと、歌詞を変えてリリースしたのが「また逢う日まで」なんだそうだ。ズー・ニー・ヴーはもう一曲、やはり阿久悠作詞の「未成年」というマイナーな曲が収録されているのだけど、阿久悠ってほんと思い切った歌詞を書くなあ。内田裕也とフラワーズは、そのわけの分からないGSノリに対し、欧米のロック・シーンを見てきた内田裕也が日本はこんなことじダメだ、今海外はすごいことになっているといって結成したらしい。このアルバムでは唯一、女性ヴォーカルが入る、麻生ルミだっけ、名前をはっきりと覚えていないのだが、とにかく今でも受けそうなはぎれよく色気のある声で、「フラワー・ボーイ」はちょっとサイケ入ったマイナー調アップテンポのポップスで実にキャッチー。スローな「夜霧のトランペット」はそのまま、当時の人気作家、五木寛之の世界みたいな。佐川満男と人は、名前を聞くだけで、当時を思い出すような歌手の一人。子ども向けではなく、曲自体は覚えてないのだが。「フランス人のように」解説で筒美京平サウンドの60年代三大シングルの一つと書いてあるが、確かになんとも小粋な洒落たナンバー。ちなみにその三大シングル、他の2曲はヒデとロザンナ「粋なうわさ」、西田佐知子「くれないホテル」だそうだ。桜木健一は当時「柔道一直線」を私も毎週見ていた人気者だが、歌手としての印象は全然ない。もちろん人気者だったから、こういう曲が出ていても不思議は。「恋はうそつき」、ウクレレをフィーチャーして、加山雄三的なさわやか青春が、なぜか柔道部風にこぶしがまわってしまってる的な普段着感覚が案外好ましい、可愛い学生の恋の歌だ。この筒美京平シリーズ、各アルバムに、とんでもない曲があって、いわゆる珍曲なのだが、それでもってやはり素晴らしいという曲なのだ。今回は松浦健という人の「思いきらずにいられない」がそれで、演歌によくあるトランスジェンダー歌謡というのか、男が歌詞の上で女性になって歌うという歌で、軽い演歌プラス微妙にソウル・テイストという感じなのだが、松浦健という人の声が(三橋美智也風?)いかにもミス・マッチで、またそのミス・マッチ感がたまらない。女性が、どうせ私は捨てられるから恋なんてダメダメという、橋本淳の作詞なのだが、ダメダメ、ノーノーでなくて、ノンノンなのだ。これはクセになります。

 

02/01/22 “THE BEST OF PAUL MAURIAT FRENCH POPS”『恋はみずいろ〜ベスト・オブ・フレンチ・スタンダード』 PAUL MAURIAT ポール・モーリア(PHILIPS、PHCY-3023 2000.7.26)

ポール・モーリアは「恋はみずいろ」で私が最初に好きになった洋楽の一つなのだが、そのわりには、レコードとか持ってないのだ。LP時代は『ベスト・アプローズ ポール・モーリア』という2枚組のベスト盤を持っていただけだし、それも気に入った曲だけテープに収めて売ってしまった。CDのベスト盤も欲しいなとはずっと思いながら、買わないでいた。理由の一つは、イージー・リスニングということで、私の中で常に後回しになっていたこと、もう一つはベスト盤的なものが何種類も出ていて、そのわりには気に入った曲がすべて入っているというものがなかなかないようだったこと。今回、何の気なしに買って帰って(「恋はみずいろ」は当然だが、私としては次に「黒いワシ」が入っているので、これで良しと思って買ったのだった)曲目を見てみたら、これはポール・モーリア自身のベストではなく、タイトル通り、「フレンチ・ポップス」のベストという趣だった。ただ、「ベスト・オブ・フレンチ・スタンダード」となっている通り、シャンソンのアダモやフレンチ・ポップスのシルヴィ・バルタン、ミッシェル・ポルナレフ、シェルジュ・ゲインズブールなど、いわばポール・モーリアと同世代といっていい、フランス発のヒット曲が中心だが、英米や他の欧州の国のアーチストの曲「バン・バン」「リトル・ドラマー・ボーイ」「ラスト・ワルツ」なども、フランスでもヒットした、フランスでも歌われたということで収録されている(各曲ごとの解説を中村稔という人が書いているのでそれぞれオリジナルがどういう曲か、よく分かる)。ジュリー=沢田研二が1974年にフランスで録音した「巴里に一人」も日本のファンへのサーヴィスだろうが入っている。「黒いワシ」というのは、シャンソン歌手のバルバラの曲で、おそらくポール・モーリア版はシングル・カットされたのだろう、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」がヒットしていた1971年の初夏に、ラジオで何度か聞いて、いいなあと思っていたのだ。1970年代まではラジオであまり一つのジャンルに閉ざされることなく、洋楽の番組ならイージー・リスニングやファミリー向けのポップスからハード・ロックまで広くオンエアされる番組が普通にあった。そんな中で、人気のイージー・リスニングの楽団がいくつもあったが、確か『ベスト・アプローズ ポール・モーリア』の解説に書いてあったと思うのだが、ポール・モーリアはいかにもビートルズ世代の新しいイージー・リスニング、ロック的なサウンド(楽器とリズム)を巧みに取り入れているところが魅力といえる。「黒いワシ」でいうと、ピアノの旋律、華麗なストリングス、曲に広がりを与えるブラスに加えて、リズム・ギターとドラムがリズムを刻む。しかし、単にゴージャスなオーケストラにロック・バンドの楽器とサウンドをくっつければいいというのでなく、全体のまとめ方の洗練されたセンスはポール・モーリアならではということになるのだろう。

 


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