偉大なるマンネリズム


■団体: アンサンブル・フラン(パンフ中コラム)
■日時: 2001年2月11日
■曲目: ベートーベンSQ14番、16番3楽章、スーク弦楽セレナーデ(山口先生、指揮者なし)
■コメント:弦楽合奏団長寿の秘密。後期SQチクルスへの思い。


「偉大なるマンネリズム」


とある演奏会の打上げでのこと。海外に赴任するK夫人のスピーチに「唯一の心残りは昨日の最後の練習で S団長の"男性の衣装は黒黒のスーツ上下、女性は黒の...ビキニでしたっけ"といういつものジョークを交えた 衣装確認が聞けなかったこと」という締めくくりがあった。その場は大笑いしていたが、その次の演奏会直前には その「寒い」と感じていたいつものジョークがなく、不覚にもふと一抹の寂しさを感じてしまった私である。

こうしてみてみるとフランには何年経っても変わらないことや、知らぬ間に定着していることが多い。

十年一日のごとくO氏(Vc)の足の大きさやM氏(Vn)の転職回数(片手では到底足りない)、そして山口先生の 超人的に短い睡眠時間などが常に宴会の話題となり、練習中、チェロの情熱的なフレーズでは休団中の K氏(Vc)を思い出し、変拍子ではA氏(Vn)の運動神経が語られる。 かくいう私も入団後相当期間が過ぎ、30面さげているにも関わらず相変わらず「ベースのお兄ちゃん」扱いである。

5年ぶり10年ぶりにフランに登場していただく指揮者やソリストの先生の第一声も「皆さん本当にお変わりない ですね」というものが圧倒的に多い。

「まあ20年以上もやっているんだし」とスタイルの確立を誉められていると受け取るのは簡単だが、 「進歩がない」「いい大人が20年も同じ事してたら飽きるだろうに」というマンネリの指摘と考えることもできる。

物理学では過去に起きたことが一回ごとにご破算にされ、過去が未来に関わらない過程をマルコフ過程といい、 過去の履歴が未来にすべて関わる過程を非マルコフ過程というそうである。

単純に考えると一般的な物理現象は 基本的にマルコフ過程。人間の脳や歴史に関わる現象は非マルコフ過程と捉えられるが、フランではこの両方が 実に微妙なバランスで同居しているのではないかと私は考える。

今回のベートーベンの14番を例にすれば「やべー、10年前にやったはずなのに全然忘れてる。どうしよう」 (マルコフ過程)、「おっ、この文字のクレッシェンドの最後にちょこっと記号のデクレッシェンドが付いてる ヤツは前の15番の時に皆で勉強したヤツだ」(非マルコフ過程)と言った具合である。          

20周年での団長挨拶での一節には、「…団員は20年で優に4,000時間もフランに費やしたことになります。」とある。 確かに4,000時間は気の遠くなるような量であるが、24時間で割ると半年である。この時間のパラドックスが皆の心を マンネリ且つ新鮮に保つのであろう。

23年も飽きずに続けてきた弦楽合奏の感性や技術の蓄積はある。しかし何度やっても訪れる年2回の演奏会 各回ごとの新鮮な刺激もまた多いのである。そして何度注意されてもやがて忘れてしまう揮発性のメモリー…。

これらがマンネリ地獄からフランを救っている。だからこそ冒頭の「寒い」ジョークのようなマンネリをマルコフ 過程として楽しめてしまう。時を越えて色々なものを残していけるのは幸せな事なのかもしれない。

そして時は20××年。×回目のベートーベン後期四重奏曲のチクルス。
山口先生の相も変わらぬ高いテンションの 下での練習、老いぼれつつも口角泡して演奏そっちのけで白熱する団員の議論。練習後の宴会での相も変わらぬ 話題、そして本番前の団長のいつものジョーク…てな感じなんだろうなー、なんていう状況を内心一人楽しみに している今日この頃である。







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