Rシュトラウスとドボルザーク


■団体: アンサンブル・フラン(パンフ中曲目解説)
■日時: 1999年6月27日
■曲目: Rシュトラウス/メタモルフォーゼン、ドボルザーク/弦楽セレナーデ、武満徹/a way alone2 (指揮:高関先生)
■コメント:ドボルザークの曲目解説だったが、後半はメタモルフォーゼンに重点。


「ドボルザーク曲目解説」


ドヴォルザークを生んだチェコは中欧・東欧最古の小文化国家であるが、欧州最古の大学が設立されたり、宗教改革を欧州諸国に先駆けて実現するなど、その革新的な国民性が15世紀以来かえって諸国の干渉を招き、苦難の道を歩いている。

1620年から1918年までは独立を失い、その前半1世紀半の間はオーストリア/ハプスブルグ家の完全な植民地として、ドイツ語を公用語とするなど民族の自主性を剥奪された暗黒の時代を経験している。

   しかしチェコの民族性とその文化の蓄積は18世紀に民族復興の動きとともに再び芽を出し、19世 紀には芸術全般に及び、さらに政治的な独立運動へと発展していくのだが、そうした流れから、チェコ音楽史はしばしば芸術運動と政治運動の連動によって特長づけられることが多く、ドヴォルザークが登場したのはまさにそのような時代であった。(音楽室の年表に「国民楽派」なんて書かれていたのをご記憶の方も多いと思う)
しかし一方でこの暗黒時代にチェコを支配したドイツ貴族が領民に器楽教育を 施したことが、チェコが「ヨーロッパの音楽院」と呼ばれる下地を作り、農村からも大音楽家が生まれていく伝統の一因を生みだしている。そしてまた、近年のチェコの変転については説明を省くが、その 歴史を越えてドイツ以上に「ドイツ的な」町並みを現在も残しているのは大変興味深い。

この弦楽セレナーデはまさにチェコの民族自決の運動が急速に進展していた1875年に作曲されている。当時ドヴォルザークは33歳。この年国家奨学金の受賞者に初めて選ばれ、それまでの年収の倍以上の 金額を5年に渡り受け取る権利を得た。それまで見た事もないような大金を手にし、後顧の憂いなく作 曲に打ち込めるようになったドヴォルザーク が上機嫌で書いた曲の一つがこの弦楽セレナーデである。

 「恋をした者が愛人に寄せる想い」をムード豊かに歌い上げ、気取らない陽気な気分を表す仕掛けも随 所に盛り込まれている。楽章の数は5つあるが、第一楽章をソナタ形式で始めていないことから格式張らない作曲態度が伺われる。またどの楽章もカノンのような模倣を巧く使い効果をあげている。尚、この曲の作曲はわずか11日間で完了している。

片や激動するドイツの中で、同じく34歳にして洗練された技巧とユーモアをもって、葬送行進曲をもたず、自然の中で人生を回想しつつ余生を送るという将来への空想を結びとする自画像「英雄の生涯」 を作曲したR・シュトラウス。そんなR・シュトラウスが晩年、戦火の中でドイツの文化・風土が失われることに心を痛め、「愛するものたちへの追悼」としてやはり半月ほどで、書きあげたのが、本日後半に演奏するメタモルフォーゼンである。

そのスケッチの中に「世の中がどのように歩むかは誰にも解らない。そして現在に至るまでをだれも理解しない。まさにその日々が手を差し伸べるのを信じなさい。これまでのものは全て過ぎ去り、最後にはまたよくなってくるだろう」とのゲーテの詩を引用している。

2人の人生、祖国、時代、その音楽。連続する歴史の中で「何が変わり」「何が変わらなかったか」といった事に想いを馳せつつこの2曲を聴きくらべるのもまた一興ではないだろうか。





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