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<日 記> 「せっかくの新鮮なキスだからお刺身にしたの…」
家内はそう言いながら夕飯の食卓に今日、私が釣ってきたシロギスを刺身にして出した。
透き通るように白いその身は見るからに上品そうな味と歯応えを想像させる。
「こっちが子供たちの分で、こっちが私たちの分よ…」
我家の刺身はいつもこうだ。
子供用と大人用を分けて盛っておくのだ。そうしないと食欲に任せて愚息は私たちの食べる領域まで侵食するからだ。
「おっ、旨そうだな…」
私は風呂上りで濡れた髪の毛をタオルで拭きながらそう応えた。
「ええ。ちょっとしかないけど…」
私は家内のその言葉の中に若干のトゲとか毒を感じたが聞き流すことにしてビールを注いだ…。
シロギスの刺身はポン酢におろしショウガで食べるのが私の好みだ。
箸先で慎重にその一切れをつまみ、口へ運ぶ…。
ポン酢とショウガの風味がその淡白なシロギスの味と調和し、さらに上品な味へ昇華させる…。刺身は口の中でとろけるように無くなっていった…。
「どうだ、旨いか!?」
隣りで黙々と食べている息子に訊いた。
これも我家の恒例の行事みたいなもの。私が釣ってきた魚の刺身を食べている息子にその感想を訊くのだ…。
「うん、おいしいよ!」
その言葉を聞くと私はいつも息子の髪の毛をクシャクシャにして頭をなでる。
週末になると新鮮な刺身を食べている息子は将来、魚の味にうるさくなるだろう…。すでに、スーパーで買ってきた刺身はマグロ以外は口にしない…。
「でも、今日は釣れなかったんだね…」
何気ないその一言が私の胸を刺し貫いた…。
「父ちゃんの分も食べるか?」
「ううん、いいよ。お肉を食べるから…」
「今度はたくさん釣ってくるからな…」
「師匠さんも釣れなかったの?」
「ああ、2匹しか釣れなかったよ…」
「TAKEさんは?」
「ゼロだ…」
「他にたくさん釣っていた人いた?」
「いや…」
そんな会話をしながら息子は最後のキスの小片を口に入れ、豚肉のしょうが焼きへと手を伸ばした…。
一尾のキスの刺身を家族4人で食べていると気持ちが貧寒となる…。
父親の威厳とかの部分でも問題があるような気がする…。
家内が取った「1尾のキスを刺身にする行動」も彼女なりの声無き非難にも感じられる…。
私は努めて平静を装った…。
しかし、その姿は家内からすれば「反省」「悔恨」「内省」「懊悩」しているように見えたかもしれない…。
さらには自分の不運を呪い、落胆し、疲弊しているようにも映ったかもしれない…。
でも、仕方ないのだ…。
今日は強風と波に翻弄され、アタリを取りづらく、キスを釣る状況ではなかったのだから…。
きっと底荒れもしていたことだろう…。
進丸の正船長は明日、胃カメラを飲むそうだ…。
胃痛が慢性化しているようである…。
きっと船長なりに私たちには分からない悩みがあるのだろう…。
そして今日、そんな正船長の痛んだ胃に最後のトドメを刺した私たち…。
「正船長、ごめんなさい…」
そう、内心つぶやいて私はビールを一気に飲み干した…。
その味はいつも以上にホロ苦く、込み上げる炭酸が涙腺を刺激した…。
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