|
<日 記> ええっと、先日の11月2日分のヤリイカ釣行記で、私がKOBUさんのことを「天才肌の釣り師」と書いたことに関し、KOBUさんの奥様がご主人に、
「あなた、タカギさんにナニか渡したの!?」
と突っ込みを入れたとの話を伝え聞きました。
しかし奥様、私はKOBUさんから一切の現金・金券・有価証券・高価な品物・接待・援助交際等は受け取っておりません。
悪しからずご了承の上、今後ともこの日記へのご理解とご協力を賜れば心より幸甚に存じます。
ところで、来年2月のご出産を私は心より楽しみにしております。そのときは元気な赤ちゃんの写真を是非とも見せて下さいな。
大きなお腹は不便でしょうが、その中にはたくさんの喜びと数え切れないほどの幸せ、そしてお二人の未来と夢が一杯詰まっています。風邪など引かないよう、どうぞご自愛下さいませ。
■ 家内の希望
「ねぇ、そのうちにフグを釣ってきてくれないかしら…」
釣りに関して、まったく興味を示さない我が家内。
当然、釣り物に対してもアレが食べたいコレを釣ってこいなど、ほとんど口を出さない。
そんな家内が珍しく、私に向かってそう言ってきた。
「フグ!?」唐突な願いに意表を突かれた私は、思わず訊き返した。
「ええっ。ほら、今年のお正月にアナタのお母さんがウチに遊びに来たでしょ。そのとき出したフグの唐揚げを『おいしいおいしい…』って喜んで食べてたじゃない。だから今度のお正月に見えたときにも食べさせてあげたいの…」
「あのねぇ、そうやって簡単に言うけど釣りっていうのは結構ムズカシイの!特にフグは!!」とショウサイフグでは何度も苦い経験をしている私はブスっとした表情で応える。
「それは分かっているんだけど…」
「ったく、釣りしたこともないクセになにが一丁前にフグ釣ってこいだ!」
「俺だってな、釣れるもんならたくさん釣って母親とか親戚とか隣りの家のバアチャンとかに食わせてやりたいよ!」
「そんなにフグが欲しいなら築地にでも行ってこいっての!」
私は晩酌のビールを飲みながら胸の内でそう呟いた。
しかし、家内の発言の真意は自分自身ではなく、私の親にフグを食べさせたいというもの。
その気遣いは親不孝ばかりしている私にとって大変にありがたいのも事実。
確かに今年の正月、冷凍庫で眠っていたショウサイフグを唐揚げにして食卓に出したら、私の母親は非常に喜んで食べていた。
「そのうちにな…」
私はあやふやな返答をして、グラスに残っていたビールを一気に飲んだ。
■ 大原への準備
そんな会話があってしばらくした頃、KOBUさんから外房は大原でショウサイフグを釣らないかとのお誘いを受ける。
そのKOBUさんとまっちゃんは先月の24日、大原にある長福丸にて人生初のショウサイフグ釣行を敢行し、まっちゃん53尾、KOBUさん46尾の好釣果を叩き出していた。
本来であれば、私もその釣行に同行する予定だったのだが、どうしてもキャンセル出来ない仕事が入り、泣く泣く辞退したのだった…。
その二人の釣果を知っているだけに、私はチャンスがあれば「外房大原フグ対決」に参加したいと思っていた。
KOBUさんから提出された条件はただヒトツ。
「配分の多い平日に休みを取って行きましょうよ」
つまり、いわゆる平日釣行。同僚や友人たちが仕事をしているウイークデーにコッソリと釣りを楽しむ背徳と甘美な魅力に彩られた蠱惑(こわく)的な企画である。
私の勤める会社は例年、11月後半から12月下旬まで繁忙期を迎える。
実際ここ数週間、私が仕事中に釣り具屋を巡回する機会も激減していた(オイオイ…)。
しかし、一人の人間が一日休んだだけで会社の運営やその基盤、貸借対照表等に大きな影響を与えるとは到底思えない(特に私の場合は…)。
そんな理由から即答でそのお誘いにオッケーの返事をした…。
さて、その大原でのショウサイフグ、本当なら今年の2月下旬にまっちゃんと「天の清栄丸」にて外房ふぐデビューを果たすはずであった。
ところが、遠路はるばる大原まで行って乗船し、あとは出船するだけの段階まできて、大荒れによる出船中止の憂目を見た切なくて甘酸っぱい思い出のある釣り物なのだ…。
つまり私は外房フグ童貞。
例えるなら、合コンの席でなんとか口説き落とした女性とホテルまで行ったはいいけど、ムリムリ飲ませたスクリュードライバーが彼女の大脳皮質にダイレクトアタックをお見舞いし、酒乱に化けるわベッドで吐くわ挙句の果てに昏睡状態に陥るわで本来の目的を完遂出来なかったばかりか、自宅までタクシーで送り届けてあげようと親切にしたらその車内でもズボンとシートの上に吐かれたみたいなものである(ええもちろんフィクションですよフィクションに決まってるじゃないですかなに言ってんですかチクショー!)。
そんな外房フグ童貞クン(私のことね)がまず最初に気にするのは当然、竿。これがなければ童貞過失もままならない。
まあ、カワハギ竿で代用出来るのだろうが、せっかくのこのチャンスに代用品では相手に対し失礼である(分かりやすく言えば初エッチのときにいきなりローター使うのと同じだよね)。
私は外出先の近くにあったキャスティング日本橋店に立ち寄ってみた。
目の前には何種類か並ぶフグ竿。
小物用の竿はサクラ製のそれを好む傾向のある私は、迷わず「金剛ふぐ竿」を手に取る。サクラカラーともいえる赤茶色のカラーリングが物欲をそそる。
その隣りに、ケースになんの表示もされておらず、メモ用紙状の紙に「キャスティングオリジナルカットウ竿」と書かれた紙が貼ってあるだけの竿を発見。
箱から出して全体を鑑賞する。
トップガイドから第8ガイドまでの範囲はアタリが見えやすいように白く塗られ、ガイドの根元だけ蛍光のオレンジが配色してある。
他の部分は黒っぽいこげ茶地に細かいラメが散りばめられていた。
パイプシートには握りを安定させるトリガーが装着され、グリップの素材は布袋竹(ホテイチク)。
竿には「関東作」と明記してあるだけ。
全体的に入っているラメのせいで一見、俗っぽく映るが、布袋竹部分には和竿の如き伝統美を感じる。
値段は財布に優しくない19,800円…。
 |
「これってKT関東の竿だぜ!ワンピースのオールグラス製だぜ!くぅ〜っ、渋いぜ高いぜオリジナルだぜ!」
私は逆上して「だぜだぜ化」していた…。
「どうするよ、俺!?給料前でカネなんか無いぜ…」
私は先日、会社の女の子たちと五反田のビッグエコーで飲めや歌えのドンチャン騒ぎをやって、酔った勢いでこの竿と同じくらいの金額を奢っていた…。
「だけど、年に何度もやる釣りじゃないしな…」
私は突然、現実的になり、逃げるように店を出た…。
しかし、どうしてもその竿のことが忘れられず、結局は釣行前日の昨日、私のヘソクリ口座からお金を下ろし、再度キャスティングに向かうのであった…。
■ またしても出船中止か!?
KOBUさんとの待ち合わせ時間は午前2時。
空模様はあまり芳しくないが、雨はほとんど降っていない我が街、横浜市鶴見区。
マンションの入り口に下りると同時に、KOBUさんの車が到着。
助手席にはもう一人の平日釣行者、まっちゃんが乗っていた。
彼らの嬉しそうな笑顔を見ていると、私を含めたこの3人組は相変わらずの釣りバカだとシミジミ実感する。
師走間近のこの時期に揃いも揃って仕事を休み、深夜に外房を目指そうとしているのだから…。
私を拾ってくれたKOBUさんの愛車は、大黒インターから入り、アクアラインを時速180km/hで駆け抜け、大原までの道を爆走した。
その車内…、
「この間、ボジョレーヌーボーが解禁になったじゃないですか。私、あのバカ騒ぎを見ていると非常にムカつくんですよね…」とKOBUさん。
「普段、ワインなんか飲みそうもないヤツまで飲みだして、味がどうのこうのと言うじゃないですか」
「ああいった人たちは『今年はフレッシュだけどしっかりとコクがあってフルーティ!』とか知ったようなことを恥ずかしげもなく抜かしますよね!」と私。
「そうそう、『じゃあオマエらは去年の味を覚えているのか!?』と言ってやりたいですよ!」
「しかも口に含んでから噛むように飲んだりすんですよ。お前は川島なお美かっての!」
「目とかつぶっちゃってさ…」
「でも、実はまっちゃんのクーラーの中にそのボジョレーが入っていたりしてね…」
「あのぅ、昨日買っちゃったんです。フグを食べながら飲もうと思って…」とまっちゃん…。
そんなどうでもいい会話をしていた私たちだが、目的地の大原が近付くにつれ、車体を叩く雨音が激しくなっていることが気になりだす…。
何軒もの宿が建ち並ぶ大原港に着く頃にはバケツを引っくり返したような豪雨になっていた。
KOBUさんは車を船着場に乗り入れ、私たちは席を確保するため、真っ暗な港に飛び出した。
しかし、出船まで1時間半もあるというのに第2長福丸の両舷オオドモは他の人の手に渡っていた…。
仕方がないので左舷のトモ2番目から4番目までをキープ。
速攻で車に戻るが、ほんの少し車外に出ただけで頭からつま先まで雨でビッショリ…。
車を宿の駐車場に入れ、転がり込むように店へお邪魔する。
誰もいない長福丸の店内。
KOBUさんとまっちゃんは先日もお世話になっているので勝手知ったる他人の店。
電灯のスイッチを入れ、まっちゃんがコーヒーメーカーに粉を投入し、水を注ぐ。
戸外ではますます強まる風と雨。さらには雷まで鳴る始末。
雨に濡れた下半身が冷たくて肌寒い。
まっちゃんが出来上がったホットコーヒーをカップに注ぐ。
「タカギさん、ミルクと砂糖は?」とまっちゃん。
「うん、いる…」と私。
甲斐甲斐しく私とKOBUさんにコーヒーを淹れてくれるまっちゃん。ちょっと家庭的な一面を垣間見た瞬間だ。
その出来たての熱いコーヒーは少しだけ身体を温めてくれた。
「まっちゃん、俺とまっちゃんのコンビって大原では相性が悪いのかもね…」私がコーヒーを飲みながらボソっと言う。
「うん、確かにね…」
私たち2人は、またしても大原でのショウサイフグ出船中止が繰り返されることを懸念していた。
時計の針が4時を回った頃、ようやく女将さんが出勤してくる。
明るくてハキハキし、若い頃は美人だったことを想像させる人だ。
「あら、コーヒー淹れてくれたの?」と女将さん。
「ええ、私たち慣れてますから」とKOBUさん。
今年の2月5日、小湊にある小沢丸でKOBUさんとヒラメ釣行に臨んだ時(この日も平日でしたっけ…)、まだ開店してない店先で車に乗って待機していた私たちの目の前をあるオジサンが通りかかった。
そのオジサンも小沢丸に乗船するらしく、まだ明かりすら灯っていない店に入り、電気を点けた。
「じゃあ、私たちも店に入ってお茶でも飲んでますか」とのKOBUさんの提案に従い、玄関をくぐる。
「おはようございます!」と私たち。
「まだ船長が来てないから、お茶でも飲んで待っていて下さい」とそのオジサンが私たちにお茶を出してくれる。
「やはり常連ともなると船長よりも先に来て、ポットにお湯を沸かして、私たちみたいなフリーの客を温かく歓待するものなんだなぁ…」と感心していた。
その後、ようやく小沢丸の親父船長が顔を出す。
しばらくの間、KOBUさん・私・お茶を出してくれたオジサン・船長の4人で会話をしていると、突如そのお茶オジサンが驚愕するようなことを言い出した。
「ところで船長、ここは駐車場どこなの?」と…。
「げっ、このオジサンは常連じゃないんだ!っていうかこの宿初めてなのか!?」
「それなのに、勝手に店に上がり込んで勝手に電気点けて勝手にお湯を沸かして勝手にお茶淹れて勝手に飲んでたんだ!」
「相当な手練れだな…」
そのとき私は心底、このオジサンに畏敬の念を抱いたものであります(まあ、まっちゃんも初めて長福丸を訪れた際、無人の店に勝手に入って勝手にコーヒーメーカー使ったそうですが…)。
さて、話は戻ります。
長福丸の女将さんが着いてから天候は劇的に好転した。
あれほど激しかった雷雨もすっかりと収まり、外はありふれた普通の夜明け前の景色へと変貌していった。
私たちは安堵の思いで受け付けを済ませ、船に乗り込む。
さあ、ついに私の外房ふぐデビューへのカウントダウンが始まったのだ。
■ ウネる大原
釣り座はトモ2番目からKOBUさん・まっちゃん・私の順に決定。
まだ、暗い船上で準備をする私たち。
この3人の他にはまだ誰もいない。
街灯に照らされた船内で全員、雨具を身につける。
私は防水・撥水能力が絶望的なくらいに低下したいつものそれを着込んでいた。
ふと、トモ側に目を転じると、2人がヤケに水色っぽいことに気付く。
それは、ヤケに水色っぽいがヤケに仲乗りっぽくもあった。
なんとKOBUさんとまっちゃんは、2人して船宿業界人御用達のゴム引きのカッパを着用しているではないか…。
 |
| <納竿直後に撮った輝かしい笑顔の業界系の二人…> |
それはまるでわはは爆釣隊のオフィシャルユニホームのようである…。
なんとなく釣りが上手そうな人たちに見える…。
私は内心、「してやられた…」と悔しがる…。
その後、船長の息子さんらしき方が現れ、私たちにエサを配り、出船の準備が粛々と進む。
出船時間の5時を回った頃、男前で女性にモテそうな藤井敏昭船長が遅れたことを詫びながら登場。
午前5時20分、私たちを含め7、8名を乗せた大型船は外房の大海原へと出港していった。
ところが港を出た途端、船は大きなウネリにローリングとピッチングを繰り返す。
私は以前、同じ長福丸であねごさんとビシマに臨んだ際も波にハゲシク翻弄されていたのを思い出す。
そのとき、あねごさんは「大原の海はいつもこれぐらい波が高いの」と言っていたっけ…。
東京湾や相模湾とはまったく別物である雄大で力強いウネリ。
私はちょっとKOBUさんのことが心配になってきた…。
航程20分少々でポイントに到着。
船長からそろそろ準備をしておいてとのアナウンスで席に戻る私たち。
私は、まっちゃんにエサのアオヤギをどれくらい付ければいいかを尋ねる。
「4個か5個くらいですよ」とまっちゃん。
KOBUさん曰く、「エサをケチっては釣れません」とのこと。
なるほど、外房ショウサイフグの要点はエサの量にあるらしい。
早速、教わったとおりアオヤギを5個ほど縫い刺しにしてハリに通す。大粒で旨そう…。
開始の合図とともに仕掛けを海に沈める。
水深は20数メートル。
釣り方は東京湾のショウサイと同じであろう。
とりあえずタナはベタ底で様子を見る。私はナツメオモリが海底の上ギリギリをキープするようにした。
しばらくすると、「コツン…」としたアタリ。
私は反射的にスウッと聞き上げた。
カットウにフグが乗ったことを知らせる重みを感じ、リールを緩めずに一気に巻く。
取り込まれたのは20センチをわずかに下回るサイズの本命。
まずまずの出だし、まずまずのサイズ。この調子でいけば本日の釣果は大満足なものになると確信し、私の頬は思わず緩んだ。
その後、KOBUさんやまっちゃんも型を見て、一同の釣果はほぼ横並び。
しかし、思っていたほどアタリがあるわけでもなければ、エサの肝部分がかじられるわけでもない。
しかも、やや荒れ気味の海のせいで船が上下し、タナの維持がかなり困難。
ポツポツと姿を見せる程度の釣果に私は、次第にある思いが湧き出してきた…。
「こんな調子だったら東京湾と大して変わらないじゃん…」と。
■ 外房まで来て…
私は過去、東京湾で10回以上ショウサイフグと対戦してきた。
きっと自分の中では好きな釣り物のヒトツに数えられるのだろう。
では何故、好きになったかといえばショウサイフグの旨さもさることながら、釣り自体の面白さに魅了されたことも大きいと思う。
また、一番最初のフグ釣行でお世話になった新明丸の露木船長のアドバイスも良かった。
当時の私は無謀にも一人でカワハギ竿とリールだけを持ち、新明丸のフグ船に乗り込んだ。
仕掛けとエサは宿で購入したが、エサの付け方から釣り方までまったく知らない状態で臨んだのだから呆れる…。
そこで出船前に露木船長に自分はフグ釣りは初めてだと申告し、ゼロから教えて欲しい旨を伝えた。
船長は快く私の願いを聞いてくれ、ポイントの大貫沖に到着してからマンツーマンで私の指導にあたってくれた。
エサの付け方・タナの位置・アワセ方・さばき方に至るまで懇切丁寧に教えてくれたおかげで非常に楽しい一日になった。
それと同時に取材で居合わせた池田健吾氏との激しいデッドヒート(私が一方的にそう思っているだけですが…)も面白さに花を添えた。
結果的には1尾差で池田氏に負けたが、私は正真正銘のビギナーズラックで次頭の栄光を手にした。
以来、幾度となく新明丸のフグ船にお邪魔し、ときには喜びときには肩を落とすことを繰り返して今に至る。
その拙い経験からいうと東京湾のフグは非常にシビアである。
アイツらは一筋縄では釣れない。
私たち釣り人にいつエサをかじったかを悟らせない巧者であり、気が向かないとそのエサすら口にしない気分屋である。
潮先にあるエサには飛びつくクセに、ハズレ席にいる釣り人のそれには見向きもしない。
だから私は外房のフグならスレていなくて、釣れやすいと思っていた。
東京で暮らす世慣れしている女性よりも地方の純朴無垢な女性の方が落ちやすいと判断したのだ。
しかし、今振り返るとその考えはあまりにも安易だった…。
私はいつものようにアタリを捕らえてアワセる釣法で臨んだ。
だが、前半はまだアタリらしいものもあったが、後半になるとそれも無くなってきた。
3パック買ったエサもどうやら1パックで済みそうな気配が濃厚化してきた。フグが口を使ってくれないのだ。
せっかく買ったエサを残すのも勿体無いので、一組だけ仕掛けケースに残っていた胴付き仕掛けをカットウの上に付けてみた。
その2本バリにカワハギ釣りのアサリのように小さく丸めてアオヤギを刺し、食わせとカットウのダブル攻撃に出たのだ。KOBUさんやまっちゃんに言わせると「東京湾スタイル」である。
その東京の仕掛けは大原在住のフグの好奇心を刺激したようだった。
船中、乗り渋る中、胴付き仕掛けで5尾も釣ったことがなによりの証拠。
でも、そんな小手先の小細工を弄しても所詮は焼け石に水…。
結局、午前11時40分に竿を畳んでみると、まっちゃん11尾、KOBUさん8尾、私17尾という厳しい現実が待っていた…。
フグを求めてわざわざ外房まで来たのに結果はその労力に見合うものではなかった…。
ちなみに同日の横浜鶴見の新明丸フグの釣果は、
これを知って余計に切なくなった…。
「朝の大雨で潮に濁りが入ったんだよ。なんか俺らって潮が濁っているとき多いよね…。濁り潮トリオだな」とKOBUさんが悲しそうに顔を曇らせた。
「お土産買って帰るよ!」とまっちゃんが自暴自棄気味に言った。
宿を後にして途中で見付けた鮮魚店に入る。
店先にあるのは魚の干物ばかり、新鮮な魚はほとんど無い…。
店のオバサンが顔を出し、
「今日は天気が悪かったから漁がなかったのよ!あら、釣りの船は出たの…」と一言。
そうなんです、ダメなときはなにをやってもダメなのです。
魚が欲しいときに限って魚は売ってないのです。
はぁ、正月用のフグを買いに築地にでも行こうかな。とほほ…。
 |
| <あったのはイワシとサザエとアワビのみ…> |
|