|
<日 記> 私にとって海上の良き好敵手にして、取引先担当者でもあるミスター高橋氏。
高橋氏は常に「気遣いの人」であります。
今朝も出張先で見付けた「熊本生ラーメン」と、北海道の知り合いから贈呈されたという「ジンギスカン用マトン」を私のために持ってきてくれました。
本来であればこちらが気を遣わなければならない立場なのに、逆に気を遣わせているダメな私。
それにしても、ラーメンと肉が大好きな我が家族は、このお土産をタチウオ以上に喜ぶに違いありません。
本日、今期6度目となるルアータチウオ。
私は「口論」「喧嘩」「騒動」「別居」「調停」「離婚」「慰謝料」覚悟で臨む所存であります。
タチウオばかり食べさせられている家内は、涙ながらに名古屋の実家へ電話をして、アホなダンナの無思慮さを愚痴っているに違いありません。ヘタをすると里帰りの準備を進めている可能性すらあります。
一時は「おいしいおいしい♥」と喜んでくれた時期もありました…。
今から思うとあの頃が一番幸せでした。
ところがそれ以降、タチウオを持ち帰るたびに笑顔は減り、会話も途絶えがちとなり、食卓は冷えびえとしたものになっていったのです。
さらに家内は、タチウオに対して拒絶反応を示すようになりました。
ベルトとか電気コードなどの長い物を手にするだけで動悸・息切れ・めまいを起こすのです。
息子たちも銀色に輝く物を見ただけで40度以上の高熱を発するようになりました。
その原因は、体内で作られた抗体が、あらたに入ってきた銀色長尺毒素に対して過剰なアレルギー反応を誘発するためだそうです。そう、タチウオ版のアナフェラキシー・ショック症状なのです。
しかしこれは、釣りバカなダンナおよび父親を持った家族たちが一度は通らなければならない試練であります。
「オマエたちもツライだろうが、私だってツライんだ…」私は心の中でそう励ましたのです。わはは。
■ 秘密のオマジナイ
さて本日、午前5時を回った頃には、渡辺釣船店さんに到着した私たち。
早速、いつもの定位置左舷ミヨシに竿を挿す。
ここでもミスターは気遣いを発揮し、私にミヨシ1番を譲ってくれる。
私は酒類を購入するため、船を降りてコンビニへと向かう。
そのとき、シゲオ船長と顔を会わした。
「具合はどうですか?」と術後の経過を訊いた私に(手術したのは扁桃腺です。前立腺ではありません…)、
「うん、あくびをするとまだ痛むけど、だいぶ良くなってきたよ」と元気そうな笑顔を返してくれる。
やっぱり我々の教育指導係である船長に元気がないと、私たちの士気も高まらない。
その後はいつものごとくミスターと、船上宴会になだれ込む。
チューハイを飲みながら船内を観察していると、続々とアングラーが乗船してきた。
「昨日来ればよかったのに…。8人しかいなかったんだよ…」と、そばを通ったシゲオ船長。
昨日に反して今朝は、明らかに片舷だけで8人以上は乗っている。
これは取りも直さず分配が減ることを物語っていた。
さらには、乗り切れない3人組の若手がスーパーミヨシに入ることになる。これで私たちのポジションは自動的にヒトツずつ降格。
だが、席よりも腕であると自分を奮い立たせた私(腕あったっけか、俺…)。
しかし、本当に必要なものは「腕」でも「経験値」でもないことを数時間後に痛感するのであった…。
定刻の7時に出船し、まずは第二海堡からイナダを攻めることになる。
ミスターはイナダに対して熱い想いを抱いているが、私だって並々ならなぬ期待感がある。
イナダであれば家族たちも大喜びするハズだから…。
ところが期待は外れ、全体的に食いが渋い。
見た限り、私の隣りに立つ若手ルアーマンが1本を釣るにとどまった。
この事態にシゲオ船長は、
「時間が勿体無いからタチウオに行きます。イナダは後半にまたやるから…」
と、移動を決断。
ところが、これが苦難と苦悶のプロローグ。
海堡を越えると、折からの強風が影響して、海上ではウサギがピョンピョン跳ね回る。野毛山動物園の「なかよし広場」もビックリである。
ミヨシ側に座る私たちなどはその小動物に翻弄された。
波によって持ち上げられる舳先。
それを越えると海面にドスンと打ちつける船底。
その衝撃は私の臀部を直撃した。
「い、いかん!このままではケツの穴が裂ける…」
私と私の尻に緊張が走った。
シゲオ船長は安全を考慮し、スロースピードで航行するが、それでも我が菊部分は容赦なく座席に叩かれた。
「ホモじゃないもん、ホモじゃないもん、ホモじゃないもん…」
私は自分が考えた、「痔よけのおまじない」を思わず唱えた。
■ 痛恨の断絶
どうにかこうにか下浦沖に到着。
海上は各港から集まったタチウオ船でゴッタ返している。
「はいどうぞ。水深約100m、タナは底から30m」とアナウンス。
「ヒャ、ヒャクメートル!?」私は自分の耳を疑った。もしも底で食った場合、リールを200回も巻く工程が待っているのだ。果たして自分のような根性無しに出来るのだろうか…。
まず最初に選んだジグはSALTIGA SACRIFICE
Stick(赤金)の100g。
通常のジグよりもボディが長めでアピール度が高いと判断。
早速、ジグを沈めて着底を待つ。もちろん、フォール中のラインを注意して見守る。落とし込みで食ったことに気付かず、タチウオの歯でPEが切れることもあるからだ。
着底後、気合を入れてハイピッチ・ショートジャークでタナを攻める。
それを何度か繰り返すとボトムでフッキング。100mの距離を置いても明確に伝わる力強いシグナル。
やっぱりその後がツラかった。
しかも、スレでフッキングしているらしく延々と重いまま。食い上げる等のタチウオ側のサポートは一切なし。
だからといって、途中でヤメるわけにもいかず(当たり前です)ずっと我慢のリーリング。
ようやく上がったのは中型サイズの本命。疲労対効果の点で問題あり。とほほ…。
私はすぐにジグを落とす勇気がなかった。この修行にも似た苦行に対して怖気づいていたのだ。
その姿を見た私の保護観察官シゲオ船長から教育的指導が飛んだ。
「タカギさん、休むのまだ早いよ!」と。
「スミマセン…」私は泣きながらルアーを放った(ウソです…)。
 |
| ▲ヒーヒー言うミスター高橋氏 |
そんな私を尻目に、相方のミスターもヒットした様子。
「食ったけど、深い…」リールを巻きながら苦悶する高橋氏。
「つ、疲れる…」歯を食いしばるミスター。
「ね、疲れるでしょ」何故か他人事のような私…。
抜き上げられた銀色の魚体は、先ほど私が釣ったサイズと同級。
ミスターの顔にも「これだけ苦労したのにこのサイズか…」との無念さがにじみ出ていた。
だが、私と違うのはすぐ戦線に復帰するところ。氏は根っからのスポーツマンなのだ。
4本を取り込んだところで、私のラインが胴の間の人とオマツリ。
相手方のフックに私のPEが絡んだようだ。
成す術もなくその様子を見ていると、
「糸、切れてますよ…」と私に向かってその方が一言。
「ホントだ。タカギさん、道糸ないよ…」ミスターも教えてくれる。
先ほど、着底したばかりだった私のルアー。
今、ロッドの先から出ている道糸は胴の間までは伸びている。
その箇所から切れているということは…。
「うわっ、100mもロストしたのか!?」
私は腰が砕けそうになった。
実は朝イチのイナダでも、5m近くPEを失っていた。
さらに、過去の釣行で10mは短くなっていた。スプールに巻いたのは200m。
暗算が苦手な私でもすぐに答えが出た。
100mダチでリールには85mしか残っていない今の現状。
その驚愕の事実に呆然として、思わずワンカップ大関に手が伸びた…。
■ 85メートルの真実
「いや、これでいいんだ…。きっと神様が俺のためを思って切ってくれたんだ…」
「カミさんが悲しむことを心配してくれたんだ…」
「でも、あと15mくらい残してくれても良かったのにな…」
初秋の青空を見上げながら私は思った。
飲み慣れたワンカップの味が不思議とホロ苦く感じられた。
周りでは順調にタチウオが上がっている。
「後半のイナダに賭けよう…」
「ここでムリしてまた高切れでもしたら目も当てられないし…」
「残りの85mを大切に生きていこう…」
私の隣りには好調なミスター高橋氏。
疲れると言いながらもどこか楽しそうである。
「底まで届く人」と「15m足りない人」では雲泥の差があった。
「でも、底ばっかりにいるとも限らないよな…」
「シゲオ船長のタナには30mの幅があるもんな…」
「中には上昇志向のタチウオだっているかも知んないし…」
プラス指向と言うべきか、ご都合主義と言うべきか。私は物事を前向きにとらえ始めた。
「どれどれ…」
再度、ジグを放り、全ての道糸を出し切る。
計算は合っていた。残存量はキッチリ85mだった。
10mほどジャークしてはクラッチを切るを繰り返す。
タナの上層部分をピンポイントに狙ったタイトなアタック。
悪あがきかも知れないが、これが今、自分に出来る最善の方策なのだ。
「あきらめず、腐らず、おごらず」私は、そんな生き方を目指したい。
「ガツン!」
いきなり、シャクっていた手が止められた。
ジャスト70mでフッキングしたのだ。
「信じている限り夢は叶う」手にしたタチウオは私にそう教えてくれた気がする。
少しだけ光明が見えてきたことでモチベーションが復活。
BLANKA タチ魚SP(シルバーパープル)の100gを付け、期待をこめて投入。
贅沢は言わない。ツ抜け出来れば御の字である。
どんどん糸が送り出され、リールのスプールが見えてきた。
先ほどまでのそれは、私の心と同じように細く見えた。
しかし今は違う。残された糸を信じて強く、たくましく生きていこうと決めたのだから。
突然、ジャークを繰り返す私のロッドのテンションが消えた…。
イヤな予感を抱きつつ、リールを巻く…。
ジグは消えていた。そして、残ったPEは30mになっていた…。
■ 船長の気遣い
「タカギさん、やらないの?」後半、いつものように船内を巡回するシゲオ船長が声を掛けた。
「道糸が切れちゃって届かないんですよ、エヘヘ…」
「なんだ、早く言ってよ!貸し竿あるんだから!」
「あっ、知らなかった…」
「貸してあげるよ。使うでしょ」
「いや、もう十分ですから…」
しかし、しばらくして操舵室からお呼びが掛かる。
「はい。これ使って…」シゲオ船長がタックル一式を差し出してくれた。
それは貸し竿にしては豪華なセットだった。ワンピースのロッドにリールはミリオネア。もしかするとシゲオ船長のマイタックルかも知れない。
私はその優しい心遣いに、目がウルウルしそうになる。
ところが、こちらが万全の態勢になったというのに、皮肉にもタチウオからの魚信が無くなる。
そして、残り1時間は再度、イナダ狙いに転戦したが、こちらも同様に食わなかった。
 |
| ▲そろそろシーバスもやりたいミスター |
午後3時、ゲームセット。
私と同じように高切れに苦しみながらもミスターは16本を釣った。
ご本人は20本を目指していたそうだが、私に比べたら十分な釣果である。
新山下を目指して戻る途中、KOBUさんにメールを入れる。
いつもKOBUさんから魚を貰っている私は、いつかそのお礼をしたいと思っていたのだ。
本当なら10本くらいは差し上げたかったが、その半分しかないのが悔まれた。
陸に揚がり、しばらく経つと「横浜そごう」にいたKOBUさんが駆けつけてくれた。
5本全部を進呈すると、思っていた以上に喜んでくれ、こちらまで嬉しくなる。
KOBUさんに別れを告げ、家路を急ぐ私たち。
クーラーの中にはミスターからもらったお土産がある。
私は家族の喜ぶ顔が目に浮かんだ。
ラーメンと肉、そして空っぽのクーラーに。
|