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<日 記> 今でこそ、「外房の女番長」「ヒラメに一生を捧げた女」「飯岡の青年団団長」と呼ばれ、外房方面の女性アングラーで知らない人はいないとまで言われているあねごさん。
私がそのあねごさんと初めてお会いしたのは今から3年以上前のこと。
当時から素敵な笑顔を周りに振りまく、気さくでチャーミングな方でした。
ご自身の釣りサイトを開設して間もない頃で、まだこの業界で(どの業界よ?)彼女の名前を知っている人は限られておりました。
その頃からあねごさんは女性釣り師を増やすことに積極的で、彼女のおかげで沖釣りの楽しさを知った女性がどれほどいるかは想像もつきません。
女性にとって敷居が高かった船釣りの世界を身近なものにした立役者の一人があねごさんなのであります。
持ち前の面倒見の良さと体育会系ノリのツッコミは、彼女の魅力のヒトツ。これからも、そのパワフルな言動で海陸問わずに活躍されることを願っております。
さて、そのあねごさんから「外房のシロギス釣り」のお誘いを受け、はや数年が経過しました。
シロギスは私が一番好きな釣り物。
当然、釣行回数も群を抜いて多い魚種であります。
私にとってシロギス釣りの魅力は、「近場で」「手軽に」「楽しく」「数が釣れる」こと。
我が地元の鶴見にもキス釣りを楽しめる船宿があり、船着場まで徒歩10分少々というお手軽な環境に恵まれております。
ですから、「外房」とか「夜中出発」とか「東関東自動車道」などという言葉とは一番縁遠い魚なのです。
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「タカギーさん、一度でいいから飯岡でシロギス釣ってみなよ!」
「東京湾のキスと違って飯岡のは本当のパールピンクなんだから!」
「それに外房のキスは大きいんだよ!」 |
このように、あねごさんは飯岡のキスの魅力を熱く語っておられました。
しかし、女性からキスのお誘いを受けると私はどうしても別のキスを連想してしまい、何故か照れます(はい、バカです…)。
ですから上記のお誘いも…、
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「タカギーさん、一度でいいから飯岡で私とキスしてみなよ!」
「東京の人と違って私のは本物のピンクなんだから…(どこがだ!?)」
「それに私のは大きいんだよ…(だからどこがよ!?)」 |
と、頭の中で勝手に変換されます(こんな私の上の子供も来年には中学生。思春期を迎えたとき自分の父親のバカさ加減に気が付き、非行に走ったらどうしようと今から心配でなりません←ちょっとウソ…)。
そんな、せっかくのお誘いにも関わらず、私が地元で手軽に釣れる魚をわざわざ外房まで行って釣ることに難色を示していたため、実現には至らずじまいでした(もちろん、あねごさんのクチビルが怖かったわけではありません…)。
それに、横浜のベイブリッジ周りや八景島周辺に生息するスレたシロギスを相手にしている私が、九十九里あたりでのんびり暮らす純朴なシロギスを狙うのも二の足を踏ませる理由のヒトツだったのです。
どうもですね、田舎の娘っ子をだまくらかす(この場合「騙す」ではく、あくまでも「だまくらかす」です)みたいで気乗りしないわけです。
相手を疑うことを全く知らない素直な人に、布団とかお鍋とか印鑑とか売り付けるような後ろめたさを感じるんですね。
もっと分かりやすく例えるなら…。
 見知らぬ他人
昨年、地元の千葉県立南富里高校を卒業した裕子は、洋裁の専門学校に進む予定だった。ところが、母親の持病のリューマチが悪化し、親の面倒をみる必要から進学をあきらめた。
裕子の父親は、彼女が中学一年生の時に戸籍から外れていた。残された母親と弟を合わせた三人家族の家計は、裕子がスーパーのレジ打ちと新聞配達で支えているのが実情である。しかし心根の優しい裕子は、不平不満など一言も漏らさず、家族のためになればと献身的に働くのだった。
裕子は母親に似て、色が白くスラっとした体型であったが、3年以上続けている毎朝の新聞配達のおかげで足腰は鍛えられていた。それでも、シャープな顎のラインや細い首、ふとした瞬間に見せる戸惑い気味の眼差しに19歳という大人の一歩手前の未完成な脆さが垣間見られた。
梅雨前線が関東地方を覆い始めたある日、裕子がいつものスーパーでレジを打っていると見慣れない男が彼女の目の前に買い物カゴを置いた。
「いらっしゃいませ……」
「あのぉ、こちらは特売日とかありますか?」
「はい、毎週火曜日が特売日で生鮮食料品を中心に扱ってます」
「このあたりの野菜はきっと美味しいんでしょうね」
「ええ、毎朝契約農家から直接野菜が届くんですよ」
そんな会話をしながらレジを打ち終わった裕子。金額を告げ、マニュアルどおりにポイントカードの有無を訊く。
「ポイントカードはお持ちですか?」
「いや、おととい東京からこちらに越してきたばかりなので…」
「お作りしましょうか?」
「そうですね…。うん、お願いします」
「はい。では、こちらのカードをお持ち頂くと合計金額の……」
裕子はそのとき、物腰がソフトで気取りのないこの客に好感を持った。年齢は30歳前後だろうか。しかし、都会からこんな田舎に引っ越してくることが裕子には奇異に感じられた。
それから毎日のようにこの男はスーパーに顔を出した。そして大概、裕子の立つレジに並んだ。手にするカゴの中身は、いつもレトルト食品や冷凍食品が中心であり、彼が一人暮らしであることをほのめかしていた。
「この人、彼女や奥さんっていないのかしら…」
裕子は自分がこの男の暮らしぶりを想像していることに気付き、恥ずかしくなった。
鬱陶しい梅雨が明けた7月の下旬。すでに30度近い気温の暑い朝。
同じ新聞配達員の一人から夏風邪をひいたので休むとの連絡が入った。そこで、欠勤者が担当しているエリアを残りの配達員が分担して受け持つことになった。裕子は配達先リストを見ながら豊町3丁目にある「白樺荘」の前に立った。ここは101号室と202から204号室までの3部屋に配ることになっていた。まずは101号室の玄関ポストに新聞を差し込もうとした瞬間、突然扉が開き、寝癖で乱れた髪の毛の眠たげな男が顔を出した。
「あれ、牛乳まだ来てないのか…」
「あっ!」
「ん!?あらっ、キミってマルタカスーパーの!?」
「お、おはようございます…」
「ここでなにしてるの?」
「あの、これ、新聞。です…」
「キミは新聞配達もしてるの?」
「え、ええ、はい。朝だけ…」
「働き者だね。ご苦労さん」
「あ、ありがとうございます。それじゃ…」
男が新聞を受け取り扉を閉めた。玄関の横には「鈴木康治」と書かれた紙が貼ってあった。
「あービックリした!あの人ここに住んでたんだ…」
「鈴木康治さんって言うんだ。だけど表札見るとやっぱり独身なのかな」
「それに、ドアが閉まる間際に見えた玄関には、男物の靴しかなかったし…」
裕子の気持ちが少しザワザワしていた。
自転車にまたがり次の配達先に向かう途中、背中を伝う汗も、ムッとする熱気も、将来に対する漠然とした不安もこのときだけは感じなかった。そして何故か、遠くに見える高鶴山の頂の上にせり出した入道雲が、微笑んでいるように見えた。こうして裕子の10代最後の夏は静かに始まった。
 一人暮らし
「やっぱ今年の夏って忙しいよね?」理香が訊いた。
「うん、スーパーの仕事もお盆に入ると他の人たちが休むからその分忙しくなるんだよね…」裕子はそう言って、目の前にあるアイスティーの氷をストローでつついた。
「だよね。裕子が働かないと大変だもんね」
「ごめんね」
「いいのいいの。美紗子と三人で10代最後の思い出に旅行したいねって話してただけだから」
この理香とは高校時代からの親友だった。同じ弓道部に所属し、県大会の団体戦で一緒に戦い3位にまで進んだ仲間だった。
大人しくてあまり感情を表に出さない裕子とは対照的に、理香は活発で言いたいことはズバズバと発言する性格だった。高校を卒業後、都内の私立大学に進み、今は夏休みを利用して帰省している最中なのだ。
「ところでどう、東京の大学は?」裕子が訊いた。
「うん、どうってことないよ。まあまあかな…」裕子が親の面倒をみるために進学をあきらめたことを知っている理香は、裕子の心情に配慮して学生生活に関してあまり語ろうとしなかった。
「カレシ出来た?」
「それがさぁ、東京の人ってやっぱりオシャレでスマートでイケている人が多いんだよね!」照れ笑いをする理香。
「じゃあ出来たんだ、カレシ!」裕子もいたずらっぽく微笑んだ。
「うーん、ところがさぁ、コレっていう人はいるんだけどまだ告白するまでいかないんだよねぇ」
「なーんだ。理香らしくないな」
「まあ、付き合うのはいいだけど飽きたらすぐ捨てそうじゃん、東京のオトコって?」
「うーん、そうかなぁ。よく分かんない…」
「ていうかさ、結婚するならちょっとサエなくても地元の子がいいな、アタシ」
「斉藤君みたいな?」
「ダメダメ、あいつ今なにしてるか知ってるぅ?短大中退して千葉の栄町でホストやってんだよ!」
裕子が東京の若い男性に対して抱いているイメージは、今、理香が言ったことと大差はなかった。外見はカッコよくて優しくても、女は遊びの道具としか見ていないのだという偏見を持っていた。
「でも、鈴木さんはどうなのかな…」
最近、裕子と鈴木は少しずつ会話の時間が長くなっていた。とはいってもレジを打ち終わるまでの限られた時間ではあったが。それでも、この短い会話が裕子にとっては毎日の楽しみになっていることも事実だった。
「東京の人といっても出身は案外千葉だったりして…」
裕子は残りのアイスティーを一気に飲み干した。そして「ズズズッ!」と大きな音を立て、思わず頬を赤らめた。
午後5時45分。そろそろ鈴木が来店する時間だった。
鈴木は、いつものように3台ある内で裕子が立つレジカウンターを選んだ。例え他のレジが空いていても裕子のレジの列の最後尾に付くのだった。
「いらっしゃいませ…」
「こんちは。今朝の新聞もキミが入れてくれたの?」
「いえ、あの時はヘルプであの区域の配達を受け持っただけなんです」
「なんだそうか…。あ、そういえば明日って特売日だよね」
「朝獲りのトマトとかナスが結構人気ですよ。でも、開店と同時に売り始めるからお昼前には売り切れちゃうんです」
「そっか。まあどっちみち俺一人暮らしだから野菜たくさんあっても腐らしちゃうしな…」
「……」
そのとき、裕子の心臓がドキンと一回大きく鳴った。
「やっぱり鈴木さんって一人なんだ…」
「1,825円です」
「はい。2,000円丁度とポイントカードをお預かり致します」
「本日は『3』の付く日ですからポイントが倍になります」
「はい。175円のお返しです」
裕子は、いつもと同じ口調で話すことに努めた。
次の客の品物を打ち込みながらも、平台で商品を袋に詰めている鈴木の後姿を覗き見た。
中肉中背の体躯。日焼けをした浅黒い顔に白い歯が眩しいどこにでも居そうなありふれた顔。だけど不思議に惹かれるものを感じた。でもそれは、恋愛感情ではなく未知の人への好奇心なのだと自分に言い聞かせた。
 思いがけない誘い
8月15日の終戦記念日。この日は母親を病院に連れて行く日だった。
真上から照り付ける太陽は、日傘を突き抜けて二人の頭や肩を容赦なく焼いた。
市立長谷川総合病院に向かうこの通りは、春になると見事な桜並木になるのだが、この季節はアブラゼミが鳴声を轟かせる賑やか通りへと変貌する。
「裕子、病院が終わったら山田屋さんでカキ氷でも食べない?」母親の良枝が言った。
「うん、賛成!私、練乳が食べたい!」
「お前は小さい頃からカキ氷といえば練乳だったもんね」
「え、そうだっけ?私ってやっぱり進歩がないのかなぁ…」
「そんなことないわよ。お料理の腕も上達したし、お裁縫だってお母さんよりもずっと上手よ」
「えへっ。人間なにかヒトツくらい取り柄がないとね!」
「お前の取り柄は優しいところ。でもね、優し過ぎると傷つくことも多くなるのよ。人に優しくすることはとっても素晴らしいこと。ただ、裕子にはもっと自分を大切にしてもらいたいの」
「自分を大切に?」
「ええ、誰かのために何かをするのではなく、自分のためになにかをして欲しいの」
「自分のためにナニか…」
「まあ、裕子に面倒をみてもらっているお母さんがエラそうに言うことじゃないけどね」
「……」
何故かそのとき裕子の脳裏には鈴木の笑顔が浮かんだ。それは唐突のようであり、ごく当たり前のようでもあった。
「いらっしゃいませ」
「こんちは!」
鈴木とのいつもの短い会話が始まった。
「ここの仕事は何時までなの?」
「私のシフトは夕方の6時半までなんです」
「朝はいつも何時起き?」
「う〜んと、4時ですね」
「4時か…。大変だな…」
「でも若いからヘッチャラですよ」レジを打ちながら裕子はペロっと舌を出した。
「あの、歳を訊いてもいい?」
「19です」そう言いながら裕子は一瞬だけ鈴木の顔を見た。
その意図を察した鈴木が言った。
「僕は29歳。キミよりもだいぶオジサンだなぁ」
裕子はどう言ったらいいのか分からず返事に窮した。
「1,175円です…」
タイミングよくレジの打刻が終わった。
「私より10歳年上か。予想どおり…」
「でも、29歳ってオジサン?私にとっては大人って感じかな…」
「鈴木さんって仕事なにしている人なのかしら…」
ヒトツの疑問が解決するとまた新たな疑問が湧き上がってきた。
その翌日。
「いらっしゃいませ!」
「こんちは。今日も暑かったね…」
「ええ」
「ところでお休みっていつなの?」
「ここは土日がお休みです。朝のほうは…」
「休刊日だけ?」
「そうです」
「あの…」打ち明け話をするかのように鈴木は声をひそめた。
「あの、今度の土曜日もお休み?」
「はい。ええ…」心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
「水族館のチケットがあるんだけどどうかな?よかったら…」
「スイゾクカン…」裕子は鈴木が言った言葉を反芻してゆっくりと咀嚼した。
「賀茂山水族館。取引先の人から入場券もらっちゃって。ムダにするのもアレだと思って…」
「……」裕子は何をどう答えていいのか分からなかった。
「あ、いや、返事はいつでもいいからね…」
「裕子にはもっと自分を大切にしてもらいたいの…」
あの日、母親の言った願いを思い出した。
「自分のためになにかをして欲しいの…」
母の優しくて温かい言葉がすぐそばで聞こえたような気がした。
「あ、あの、大丈夫です私」
「えっ?」
「多分行けます。きっと。だから大丈夫です」
「ありがとう。急に誘ってごめんね。じゃあ詳しいことはまた明日」
「はい。えっと、1,340円です」
鈴木から受けた突然の誘い。ついさっきまで全く予想もしていなかった進展。驚き半分、嬉しさ半分が正直な気持ちだった。
「どうしよう。なに着て行こうかしら…」
裕子が最初に心配したことは洋服のことだった。
 防波堤の記憶
約束の時間より30分も早く到着した裕子。
待ち合わせ場所の南豊里図書館の前は、生い茂る広葉樹の葉が強烈な陽光を遮断していた。もうすぐ9月だというのに周囲ではなおも蝉が鳴き、遠くに見える電信柱は地面からの熱気でユラユラと揺れていた。
裕子はこめかみに浮かんだ汗をハンカチを押し当て拭った。
いろいろ悩んだ結果、今日の服装は薄手の木綿で出来たワンピースに決めた。白地に水色のストライプ柄のそれは、スラッと伸びた裕子のふくらはぎの半ばまで届く着丈である。足元は今年買ったローヒールのサンダル。少し地味な格好かとも思ったが、普段はGパンしか穿かない裕子にとって余所行きの服はこれくらいしかなかった。
日々の忙しさにかまけて美容室に行ってなかったこともあり、髪の毛がいつの間にか腰のあたりまで伸びていた。それをいつもは後ろで束ねていたが、今日に限ってはストンと下ろし、つばの広い帽子をかぶった。
母親の良枝には友だちと水族館に行ってくるとしか言わなかった。だが、家を出るとき自分を見送る母の目に好奇心が滲んでいたような気がした。
午前9時50分、目の前に白い軽自動車が停まった。
「おはよう!」車から降りて鈴木が手を振った。
「おはようございます」裕子も笑顔で返した。
「ずいぶん早いね!」
「はい。朝の4時から起きてますから」
「あっ、そうだったね…」気まずそうに鈴木が言った。
「大丈夫です。早起きは得意なので」
「よぉし。こんなボロい車だけど良かったらどうぞ!」
裕子が乗り込むと鈴木は、国道128号線を南に向けて車を進ませた。
「そういえばまだ僕の名前言ってなかったよね?」
「鈴木さん、ですよね?新聞を届けた日に表札を見ました」
「そっか」
「私は…」
「田辺裕子さん、だよね?毎日名札を見てます」と、鈴木が言い、車の中を二人の笑い声が満たした。
「今日はよろしくお願いします…」裕子はペコリと頭を下げた。
賀茂山水族館は、昭和40年に建てられた歴史のある施設だった。今の時期は夏休みということもあり、館内は子供たちでごった返し非常に賑やかだった。
「本当はシャチやアシカのショーを見たかったんだけど、早くから並んでないとダメみたいだね…」
「夏休みだから仕方ないですね」
「ところで、お腹空かない?」
「えっ、さっきからお腹が鳴ってたの聞こえてました?」
「よぉーし、ちょっと早いけどこの中のレストランに行こうか!」
ところが、館内のレストランはお昼前だというのに大変な混み具合だった。入口の外には、親子連れや若いカップルがずらりと行列を作っていた。
「あちゃーっ、これじゃ食事にありつけるまで相当時間がかかりそうだぞ…」
「あの、鈴木さん。もしよかったら外へ食べに行きませんか?」
「このあたりに食べる所あるの?」
「昔、両親と一緒に行ったお店があります。潰れていなければだけど…」
「よし、じゃあそこにしよう!」
水族館を一旦出て、海沿いにしばらく車を走らせると「黒潮亭」というレストランがあった。
「よかった!やってた!ここです!」
「お店の名前からして新鮮な魚料理が食べられそうだね」
「ここ、私が小学6年生の時に一度だけ来たことがあるんです」
腕時計に目をやるとすでに12時を過ぎていた。しかし、意外にも店内は空いておりウエイトレスが見晴らしのいい窓際の席へと案内してくれた。
二人ともここの店のお勧めメニューである「黒潮海鮮丼」を注文した。
料理が来るまでの間、二人は外房の海を眺めていた。穏やかな海には漁船や釣り船、そしてサーフィンに興じる若者たちが浮かんでいた。そして砂浜には、たくさんのカップルが寝そべったり、はしゃぎあったりして終わり行く夏を楽しんでいた。
「さっき、小学生の頃に来たって言ってたけどそれからは来てないの?」鈴木が訊いた。
「はい。そのあとしばらくして両親が離婚したんです…」
「そっか…」
「家族揃って最後に過ごした場所で思い出すのって、何故かこのお店なんです…」
「もしかして、こっちの方に誘って迷惑だった?」
「ううん、そんなことないです!それにこのお店に行こうって言ったのは私だし」
「……」
「親が別れたとき、最初は物凄くツラかったです。母は朝から夜遅くまで働き通しで、私は弟の面倒をみたり慣れない家事をしたり。でも、一番キツかったのは父親が居なくなった事実でした。私や弟には結構優しかったんです。お給料日にはケーキを買ってくれたり、お休みの日にはいろんな場所に連れていってくれました」
「お父さんのことが好きだったんだね…」
「はい、好きでした。でも今は分かりません。お母さんや私たちを見捨てたんですから…」
「お待たせしました。黒潮海鮮丼でございます」
「あっ、ごめんなさい!何か暗い話になっちゃいましたね!」
「いや、全然気にしないで。それよかさ、食べよう!」
食事が済んでから水族館に戻るつもりだったが、またあの喧騒の中に身を置くことを考えると多少気が重くなった。
「水族館じゃなくて別の場所に行こうか?」
「……」裕子は、遠くを見詰めて何か考えごとをしている様子だった。
「どこか行きたい所、ある?」
「鈴木さんって、釣りをしたことあります?」
「いや、釣りは今まで経験ないなぁ。魚は大好物なんだけど」
「昔、あそこの防波堤の先端で父と釣りをしたことを今、思い出したんです!」
「そのときは何が釣れたの?」
「たしかキスとかイワシが釣れたような気がします。まだ弟が生まれて間もない頃でした…。そうだ!あの防波堤まで行ってみませんか?」
「いいよ」
防波堤の突端に着くと、あたりには花火の燃えかすや、カラカラに干からびたヒトデ、コンビニ弁当の器などが散乱していた。太陽に照らされたコンクリート製の防波堤は、不気味なほど殺風景で雑然とし、裕子が留めていた昔の印象とは程遠いものだった。
「ここがお父さんと釣りをした場所…。もっと広くてもっとキレイでもっと居心地が良さそうに思ってたけど…」
その背後で鈴木は、戸惑い気味に海や空に目をやり、彼女になにか言ってやるべきかと考えていた。だが、気の利いた言葉も思い浮かばず、仕方なく裕子の背中を見詰め続けた。
一瞬、沖から風が吹いて裕子の栗毛色の長い髪を躍らせた。それと同時にあらわになった華奢なアゴのラインや細い首筋、そして厚みのない肩口が、彼女はまだ19歳であることを思い出させた。それはまるで慎重に扱わなければ簡単に壊れそうな白磁の陶器のようだった。鈴木は、自分が裕子の美しさに見惚れていることに初めて気がついた。
 お疲れ様でした…
えーっと、随分と話が長くなりましたが、以上が私の外房のシロギスに対するイメージなのです(えっ、全然分かんないってか!?)。
これに比べたら東京湾のキスなんて世間ずれして、隙あらば男からカネでもむしり取ってやろうと考えてるような油断ならないヤツなのです(多分…)。
実際、こんな健気でいじらしいキスを釣ってどれほどの満足感が得られるのでしょうか。
どちらかといえば満足感よりも罪悪感の方が勝るのではないかと思います。
「ああ、ヒドイことをしてしまった…」と、一生後悔するかも知れません。
今回の釣行を企画したあねごさは、この催しをいみじくも「うぶなキスちゃん釣り大会」と命名しました。
とはいうものの、キス釣り好きを自称するなら一度くらいは飯岡のシロギスを相手をしてもバチは当たらないだろうと思い、ようやく重い腰を上げることにしたのです。
ああ、うぶなキスよ私を許してね…。
 というわけでようやく釣行記の始まり
驚愕の釣行回数を誇る女性アングラー、かんこさんに自宅の前まで迎えに来てもらった私。
実はその前日、KOBUさんとまっちゃんが聡丸に出張っており、彼らから隣りにかんこさんらしい人がいるとの連絡を受けていた。
しかし、その知らせを聞いた私は…、
「次の日、飯岡に行くのに聡丸で釣りなんかしないだろ普通…」
と思い、他人の空似だと高を括っていた。
でも、ナニか引っかかるモノを感じ、ハンドルを握るかんこさんにそのことを訊いてみた。
「あの、昨日ってもしかして聡丸にいました?」
「乗ってましたよ!あれ、なんで知ってるんですか?」
「実は、KOBUさんとまっちゃんがかんこさんのグループの隣りにいたんですよ…」
「そうか、だからどこかで見たことのあると思った人がいたんだ!」
「港に戻ってからマルゴ鮮魚店に行ったらしいんですが、それもチェックされてたって言ってました」
「そうそう!マルゴでお買い物している人たちいた!なんだぁ、そうだったら声を掛けるんだった!」
ちなみに、元祖わはは爆釣隊メンバーであるKOBUさんとまっちゃんの最近の釣果は、爆釣とは縁遠かった。
好調に釣れている魚を狙って臨んでも、どうしたことか当日は予想外の食い渋りに遭うことが頻発していた。これを私がレポートにまとめ、皆様にご紹介したらきっと目頭を押さえる人がたくさんいるはずである。同行出来なくて非常に残念だ(ホントかよ…)。
さて、次に目指すはまるかつさんのご自宅。ここでまるかつさんの車に乗り換え、一路外房は飯岡に向けて深夜の道を激走した。
港の駐車場に着くと、既にほとんど方が到着していた。
その中に、私と同じ東京湾アングラーで正調小物釣り師のやまやさんの姿を発見。
ところがこのやまやさん、朝イチから私に対して心理戦を仕掛けてきた。
「タカギーさん、これ見て下さいよ…」
「ん、なになに!?」
「これ、ユキさんが京都へ帰るときに撮った写真なんです」
と言って、私の持っている防水型デジカメのひとつ前の古いバージョンのカメラを差し出し、そのディスプレイを見せた。
そこには、満面の笑みを浮かべたやまや氏と心なしか迷惑そうな顔をした「わはは爆釣隊の白百合」ユキさんのツーショット写真が映し出されていた。
さすがは数々の修羅場をくぐり抜けてきた老獪なアングラーである。相手へダメージを与えることに関しては徹底している。中途半端に痛めつけるのではなく、完全に息の根を止める作戦のようだ。
「あら、良く撮れてるじゃないですか!」
しかし、私もこの男の考えていることはお見通しである。この程度の攻撃で大きなダメージを受けるほどヤワではないのだ。
その後、最近私の掲示板にお越し頂くようになった、のんべえさんと初対面を果たした。
しかし、正直言って初めてお会いする人に向かって「ねぇ、のんべえさん!」と呼びかけることに少なからず抵抗がある。
いくらハンドルネームとはいえ、「ねぇ、アル中さん!」と言っているのと大差がないような気がしたからだ…。
そして、主催者兼幹事であるあねごさんに挨拶を済ませ、釣り座を決めるためのクジを引く。
私の座席は左舷胴の間。
なんと、私の右側はちはるさんで、左隣りはかんこさんという熟女に挟まれるポジションとなった。
「やったじゃない両手に花だね、タカギーさん!!」ちはるさんが嬉しそうに笑った。
「そうですね…」私の返事は何故か歯切れの悪いものであった。
午前5時ジャスト、総勢22人を乗せた船は女将さんに見送られ、港を離れた。
ポイント到着までの間、船上ではのんべえさんから提供された焼き豚をつまみ、それをキンキンに冷えた缶ビールで流し込んだ。また、ちはるさんからは京都のお漬物、あねごさんからは一休のモツ焼きを頂き、いつになくゴージャスな宴会船へと移行していった。
航程30分少々でポイントに到着。
まずは、道糸の先にあねごさんから頂いたおかめ天秤(20号)と船宿支給のシロギス仕掛けを付ける。
外房キスの記念すべき第一投目は、船下から攻めることにした。
着底と同時にゆっくりと誘いを入れる。
すぐにプルッとアタリがあったが、針掛かりまでには至らない。どうやら外房のキスは、私が想像していたよりも世知に長けているようだ…。
だが、オモリを底から50cm程度切ったあたりで待つとすぐに魚信があった。
田舎の娘っ子を刺激しないように向こうアワセ気味で最初のキスをゲット。18cmくらいのグラマーな体格をしたシロギスだった。
「そうかそうかお前が外房のキスなのか…」
と、しばらく愛おしんでいたが、相手が身をくねらせ何だか迷惑そうだったため、ハリを外すことにした。
ハリスを軽く引っ張ると、ハリと一緒にエラと内臓の一部が口から出てきた…。
焦った私は、すぐさま海水を張ったタルに入れるが、相当のダメージだったのか件のキスは一度も息を吹き返すこともなく臨終した…。
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| <釣ったキスに逃げられるちはるさん> |
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| <ようやく捕まえて記念撮影> |
その後もポツポツと釣れ続き順調に数が伸びる。
隣りのちはるさんは、私への対抗意識を燃やした。だがそれは魚の数ではなく空缶の数だった…。
「やまやさ〜ん、帰りの運転よろしくねぇ〜っ!!」
そう言って美味そうに缶ビールを傾ける。
私はちはるさんほど達観していないので、酒も飲むけど釣りもしたい。
ある意味、未練がましいというか、煮え切らないというか、男らしくない態度である。また、別の言い方をすれば、「浮気はしたいけどカミサンにばれたくない」「お腹一杯食べたいけど太りたくない」「出世はしたいけど責任は負いたくない」と同義の恥ずべき態度だと反省した(ウソだけど…)。
午前11時30分納竿(おいおい、もう釣行記終わりかよ!?と思ったアナタ、仕方ないのです分かって下さい、途中のワケの分からない物語を書くのに相当な時間と体力を費やしたのですから。読む方も疲れるでしょうが、書く方だって疲れるのです。まったく…)。
終わってみればいつも通りの数であった。
だが、全体的には噂に違わぬ良型揃い。
身の丈よりもその腰回りというか腹回りが東京湾のキスとは違い、まさにシロギスのメタボリックシンドローム。
あねごさんが飯岡のキス釣りを勧めた理由がようやく分かったような気がします。
しかし今度は、是非とも晴天の下で竿を出したいものですね。わはは。
追伸 「玉の浦食堂」という、漢字一文字を間違えたら「アリの門渡り」系になってしまう危ういネーミングの会場で行われた表彰式。私は偶然にも「5匹総重量の部」で入賞を果たし、記念品としてビール1ケースと、のんべえさんご提供のスモークサーモンを頂きました。誠にありがとうございます。釣ったキスよりもこっちの方が嬉しかったことは敢えて伏せておきます…。
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