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記憶を紡ぐSEED SEEDの戦争は舞台設定でしかない。 下村エッセイ |
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9.11のテロ事件で、生涯を通じても2度とは目にすることが出来ないような映像を見せられた。 また米国の対ムスリム戦争も、日本国内では何となく終結してしまったような気がする。 等のアメリカでも局地的な戦闘やテロはまだまだ続くと見られるが、一応の決着を見たのであろうか。 ザラやエザリアの演説も、もう少しはショーアップすべきだったろう。 特にイザークママ。あれでは取り残された共産圏だ。 (演出意図どおり三石琴乃さんの演技も加わり、大本営の胡散臭さが良く出ていた。) その面を言えば、娘を国内の象徴として傍に置いて国事に参加させていたクラインの方が長けていた。 許しても(敗者は泣き寝入り)忘れない。「記録」でなく「記憶」なのだ。 キラに「戦争だから仕方ない」と割り切ったバルトフェルドだって、いつかコーヒーを飲みながら戦時中のことを思い出し、 在りし日のアイシャとともにキラに恨み言の一つも呟くかもしれない。 許されないのは無意味な「殺人」なのだ。 (35話や39話の死体の描写は戦争というものが 「死」によって構成されているという考えから、 えげつない表現を確信犯的に採用した) C.E.における「ナチュラル」と「コーディネイター」の殺し合いの根源は双方の「差別」と「被差別」感情だと思う。 ナチュラルは身体能力に劣等感を抱き、文字通り遺伝子がナチュラルだという事実に縋る。 コーディネイターは自らの出自に負い目を持ち人種としての優位性を誇る。 たとえ両者が協定なりを結んで、終戦となっても、しこりは残る。 どこかの田舎の酒場に行けば、「けっ、あいつら頭の良さひけらかしたって、何十年後かにはいなくなっちまうだろうが。」 であり「文化程度の低い奴と同じ空気を吸うと遺伝子が穢れる」と顔を背け合うだろう。 SEEDは親友であるキラとアスランの別れと闘いの物語であった。 戦争は舞台設定でしかない。 アークエンジェルの戦闘行為はヘリオポリス、バナディーヤ、アラスカ戦ですら戦争の大局にはさして影響をもたらすものではなかった だから39話で再開した時に、全てが終わっても良かったはずなのだ。 しかし、キラはなおも戦い続けている。 敵MSを戦闘不能にするという戦術は彼なりに出した結論の一つではあろうが、それはやはり幼いヒューマニズムに過ぎないのではなかろうか? 下手をしたらフリーダムを頼りに、世界中の戦場に出没し続けていたのかもしれないのだ。 クサナギ、エターナルと合流した現在ですら、もっぱら趣味で戦っているとしか思えないアズラエルが相手の戦闘に終始している。 それが今崩れようとしている。 フレイによってもたらされたNジャマーキャンセラーによって連合は再び核を手にした。 彼らは容赦なくそれを使用する。 キラとアスランならばそれに対処できるかもしれない。 表舞台での正念場である。 そして螺旋の因縁で絡まったラウ。 ヒトに甚だしい恨みを持つ彼と対峙する資格を持つのはキラしか居ないのではないか。 そうならばその時、本当に彼を葬る決意を持ってトリガーが引けるか? 福田監督、両澤千晶両氏は子を持つ親という一面を持って 視聴者に最終回以降のキャラクターの 在り方を考えて貰うために、SEEDを世に送り出したのではないかと最近思うようになった。 野坂昭如氏の言葉だが、戦争の渦中にいると爆撃による死も天災に感じられるようになったという。 理不尽さは変わらないのだ。 恐らく我々が戦争を経験することはないだろう(特にサンライズは町内会がしっかりしているので北や南から攻め込まれても大丈夫)。 だからSEEDはそんなことを話題にするキッカケにもなってくれればと思う。 ―ガンダムエース10月号(角川書店)より引用
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「サンライズ入社のきっかけは劇場版のファーストガンダム!
SEEDも皆さんに何かきっかけを提供できると嬉しいですね。」 サンライズプロデューサー 古澤文邦 |
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ファーストの持っていた「1年戦争」の匂いを感じた「SEED」企画
関わったきっかけですか?企画書が上がってきたので、それを僕が社長から見せられ、 誰も担当するプロデューサーがいなかったから「いいですよ」と引き受けたんです。 まだ キャラもメカも入っていない、その企画書を作った監督の福田己津央さん、シリーズ構成の 両澤千晶さんというスタッフは決まっていました。 ファーストガンダムのリメイクではなく、リイマジネーションである「1年戦争」の匂いが 漂っていて、これは面白いんじゃないかな、と思いましたね。それに、新しい設定として 入っていた「遺伝子操作」というコンセプトも。 昨年からガンダムも「連邦VSジオン」のゲームや、高額商品に到るまで裾野が広がって、 また復活の兆しらしきものが見えている。だから初心に戻って「21世紀のファーストを 作る」ということだったら、すごくタイミング的い時期じゃないかな、と思いました。 社長とも、この点は合意してましたね。 でも、社長以外はみんな反対。だから決まった理由は社長の鶴の一声です。今時めずらしい話ですよね(笑)。 結果的にはMBSさんの良い時間帯の枠、というのが大きかったと思います。 蓋を開けたら新しいファンもつきましたし。それに、TVシリーズのガンダムも、放映期間が だいぶ開いていたので、あまりガンダムに関わったことのないスタッフが多かったんですよ。 そういう人達が集まってくれた、というのも大きいと思います。 今年は大阪発のものが強いですね。ガンダムは阪神タイガースと「砂漠の虎」を応援します(笑)。 「機動戦士」をのせた「SEED」タイトルへのコダワリ?
「機動戦士」というタイトルへの反対もありましたよ。あれは富野監督のものですし。 ただ、これ以外のタイトルだと、どうしてもニセモノっぽくなちゃうんです。いろいろ組み合わせてみたんですが、 やっぱりどこかで見たようなものになるんですよね。だったらストレートに「機動戦士」にしよう、と。 富野さんからも「別にいいんじゃない」と言っていただいたし。周りで勝手にダメ、と思い込んでいる 人たちの方が多いのかも。福田監督自身は、そんなにタイトルにはこだわりませんでしたよ。 むしろ営業の方がこだわっていましたね。 「SEED」は、毎日放送の竹田プロデューサーと、川崎の遺伝子研究所に行った帰りに、 福田監督の口から最初に出たんです。「種子、種の意味のSEEDが良いんじゃないかな」と。 その後、「種子」だけじゃなく「発端」の意味も込めたい、と言ってましたね。僕自身は、10体も ガンダムが出るんだから「ガンダムズ」でもいいと思ってたんですが、すでにその名前でお店が あるから止めてくれ、と言われまして(笑)。 この時点でも、まだ先は「未定」!? 今後の展開で今は沸騰、」です
玩具のこともあるし、ビデオのこともあるし、それに視聴率のことも考慮しなきゃならない。 そういうことを考え合わせると、シナリオが全然上がらないんです。 やっぱり出来上がりは「両澤スタイル」にならないと駄目なんで、とりあえずシナリオライターさん から受けとって、もう一回練り直して、書き直してますね。後半に脚本の連名が多いのは、 そういう理由なんですよ。直しに出す時がなくなっちゃうんで。だからその分絵コンテでは、 大幅な変更がないんです。シナリオで、かなり煮詰めてますからね。監督が全てセリフまで分解して 再構成する方法もあるんですけど、今回はそれを両澤さんがやってくれてるので…… シナリオは監督との二人三脚、という形ですね。 現時点では、まだシナリオが残ってるんですが、SEEDの秘密は明かされるかどうか、 微妙ですね。アラスカでのサイクロプスの報復もまだありますから。パナマでグングニールによる 復讐戦をやってますし、憎しみの連鎖というか……ずーっと戦いに入ってますよ。 ええ、そういう意味ではバルトフェルドはいい味を出してますね。そう、彼はまた登場しますよ。 アイシャがかばったおかげで助かったんだけど、かなり負傷し、最強の敵として宇宙で再会します。 それにキラとアスラン、2人の主人公を含めた展開、特にクルーゼの正体とか仮面の下などがわかれば、 ミッシングリンクが解かれて、一気に全体が見えてくると思うんです。 「らせん状の秘密」がありますから。 本来の悪役であるラウ・ル・クルーゼが背負ってきたものも見えてくるし、ブルーコスモスの アズラエルも動きだすし……まだまだ、隠しネタがありますから、そのへんは大いに期待していてください。 ―SEEDオフィシャルファイル 『SEEDジャーナル ドラマ編』より引用
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>>21世紀のファーストガンダムを<< サンライズプロデューサー 古澤文邦 |
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『SEED』には多くの意味が含まれています
――SEEDはまずどのようにスタートしたのか、をまずお聞きしたいのですが。 『SEED』の企画はまず福田監督と両澤(千晶)さんが出発点です。01年の12月ごろだったんじゃないかな。 最初に考えていたのは「21世紀のファーストガンダム」を作るということで、まずは戦争を描くということ。 そして10機のガンダムが出るという事。 コーディネイター対ナチュラルという構図もかなり早い段階から決まっていたと思います。 ――10機のガンダムが出ることも決まっていたんですね。 そうですね。最初に5機あって、そのうち4機が敵に盗まれてしまう、と。 残りの5機をどう出すかは見えてなかったんですが、とにかく10機出すという事は決まっていました。 ――「21世紀のファーストガンダム」というコンセプトについては、どう感じましたか? ファーストガンダムがまもなく25周年ということもあって、もう一回、現代的な要素も入れ込んで、一年戦争のような物語をちゃんとやるのは面白いんじゃないかと思いました。 福田監督から出てきたのは遺伝子操作を受けたコーディネイターとナチュラルの対立が、経済的な原因から戦争に発展するということ。 今は、戦争に対して、こっちが悪い、あっちが悪い、と一概に言えない時代になっている。 そんな時代に戦争について考えさせられる作品を作りたいと監督が言って、僕もそれはいいコンセプトだと思いました。 ――現代的な戦争とか、遺伝子操作とか、テーマとしては、なかなかテレビアニメでは扱いづらいものだったと思うのですが。 戦争を描くということではテレビ局側の理解があって本当に良かったと思います。 竹田(青磁)プロデューサーが、「戦争を描くんだったら、徹底的にやってほしい」と言って下さったので、リアリティをもって描く事ができました。 戦争ともなれば、当然残酷なシーンも出てくる。 そこを逃げないで描く事で、戦争の悲惨さが伝わると思うんです。 一方の遺伝子操作に関しても、微妙なテーマなので「きちっと調べた上で描いてほしい」と言われました。 ――『SEED』というタイトルには遺伝子というテーマが込められているのでしょうか? 『SEED』というタイトルにはいろいろな意味が含まれていますね。 もちろん種という意味もあって、遺伝子操作のことも匂わせているし、その他に、発端とか始まりとか、 そういう意味も持たせたいと福田監督は言ってました。 実は『SEED』というタイトルに決まるのはけっこう時間がかかったんですよ。最初の頃は『SIN』というアイディアがあったのかな。 ――罪という意味の『SIN』ですか? そうですね。たしか『SEED』というのは、取材に行った川崎の遺伝子研究所からの帰り道で、 福田監督が「『SEED』というのもいいかもしれない」と。 しかし、遺伝子とか戦争というものは あくまでキャラクタードラマに味をつけるもので、SF設定にとらわれ過ぎないように エンターテイメント作品を目指すというのが、我々の最大の目標でした。 結果的には、キラとアスランを中心に、少年少女の群像劇になったということですね(笑) ――『SEED』において群像劇というのは大切な要素だと思いますし、ファーストガンダムのドラマを
踏襲している部分でもありますよね。 ファーストガンダムを改めて見ると、いかに『ガンダム』における富野(由悠季)さんの 功績が大きかったか、ということが分かります。 今回の『SEED』については富野さんも応援してくださっているというのがありがたいですね。 富野さんが監督した作品以外で、『機動戦士』という冠が付いたのは、今回が初めてなんですよ。 ――そのことだけでも「21世紀のファーストガンダム」という感じがします。
それに加えて、『SEED』は10代の若いファンも多くて、ファーストを知らない世代にも
広く受け入れられている作品だと思うのですが。 『ガンダム』というものを全然知らないで、キャラクターの魅力から『SEED』に 入りこんだファンも多いみたいですね。 これは多分、放送の時間帯が良かったからだと思います。あの枠でオリジナルの恋愛ドラマや、青春群像劇をやったら、きっとみんなハマるんだろうな、と。 もちろん、魅力的なキャラクターとアニメーション制作をする現場スタッフの努力あってのことですが。 ――『SEED』から過去の『ガンダム』へと遡って見ている人も多いみたいです。 『SEED』をやるにあたっては、カンフル剤になればいいかな、と思うところがありました。 この作品によってファーストガンダムをもう一度見ていただいたり、『Zガンダム』やその他の作品に 改めて興味を持ってもらえるんじゃないか、と。 『SEED』には、初めて『ガンダム』を体験する人を惹き付ける、ケレン味がありますよね。 ――それは、どういう部分が? ガンダムの動きに、スーパーロボットに近いカッコ良さがあったり、 それぞれのガンダムに美少年パイロットが乗っていたり。 ――ある意味、『ガンダムW』のような。 そうですね。その美少年たちが、だんだんキラの味方になっていくというのも、面白いと思います。 ――親友だった二人が、敵味方に分かれてしまうという設定も、ファーストガンダムにはないものでしたね。 あの設定は福田監督と両澤さんの構成で始まりました。 ストーリー的にも新しいものがほしいということで、考えたアイディアですね。 いくらファーストガンダムを目指すといっても同じ事をやるだけならリメイクになってしまう。 そうさせないために、サムシング・ニューが必要だったんです。 そして、最初は敵だった連中がだんだんキラの方についていくことになりました。 ――物語が進むにつれ、一人また一人と味方になっていく展開には、ワクワクさせられました。 当然のことですけど、ファーストガンダムの伝統を引き継ぎながら、『SEED』は『SEED』で 一つの作品として成立しているということですね。 ありがたかったのは、ファーストガンダムみたいな作品をやるつもりだと話したら、たくさんの人がスタッフとして集まってきてくれたことです。 とても恵まれた状況でスタートを切ることができたのは、嬉しかったですね。 銃のデザインにも注目してください ――そんな中で、メインスタッフはどのように決められていったのでしょうか? キャラクターデザイナーとメカニックデザイナーは、オーディションで決めました。 キャラデに関しては、5・6人の方にオーディションに参加していただいたんですけど、 その中で平井(久司)さんの絵が、今までの彼のキャラにない雰囲気を持っていていいんじゃないか、 ということになりました。 ――平井さんの描く『SEED』のキャラには、キラキラした、少年らしい輝きがありますよね。 平井さんには『無限のリヴァイアス』とか『スクライド』で、影のあるキャラクターを描いたという イメージが強いんですが、今回は少年っぽさを出していただこう、と。 キラやアスランに関しては、少し、いのまたむつみさんの描くキャラクターを参考にしていただいた部分があります。 もちろん、あくまで平井さんのキャラクターですが。 ――メカデザインについてはどうだったんですか? 敵MSメカは大河原(邦男)さんにお願いすることが先に決まっていたんですが、 メインのガンダムをどうするかということで、オーディションをやりました。何人かの絵を見て いろいろと考えた結果、最終的にはガンダムも大河原さんにやっていただくことになりました。 ――メカデザインにはもう一人、山根公利さんの名前がクレジットされていますね。 山根さんには、モビルスーツ以外の様々なメカをデザインしていただきました。 戦艦やスペースシャトルや戦車など。世界観に広がりを出すという意味で、山根さんの仕事は 重要だったと思います。特に戦艦はそうでしたね。モビルスーツを搭載する艦ということで 登場頻度が高いし、世界観の広がりを出すのに必要不可欠なメカだったので。 もう一つ、今回は銃のデザインも、きっちりと作っているんですよ。 ――銃はどなたがデザインされているんですか? 平井さんがガレージキットの大日本技研の協力を得て、デザインしています。 平井さんは銃器に詳しいので、そうとうこだわってデザインされていますね。 セリフに「オープンボルト」なんて言葉が出てくるアニメはそうそうないですよ(笑) ――シナリオライターに関してはいかがですか? シナリオについてはファーストガンダムっぽいことをやるということで、特に「やりたい」と 手を挙げて下さった方が多かったんです。 その中で、キャラクタードラマが得意な方と、 メカアクションが得意な方がいたので、バランスを調整しながら話数を割り振っていきました。 ――脚本に関しては大詰めに入ってきていると思うのですが、これから先の『SEED』は
ずばりどうなっていくのでしょう? 詳しいことはお話できませんが、種蒔きしたものは、きちんと収穫していこうと思っています。 時間がない中でも、じっくり腰をすえて作っていきたいですね。 SEEDロマンアルバムより引用
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ガンダムseedはあなたに戦争を仕掛けている 〜ファースト世代がseedを見なければならない理由〜 |
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「機動戦士ガンダムseed」は、あなたに戦争を仕掛けている。 あなたとは、誰か。 あなたの事である。つまり、ファーストガンダムを見、ガンプラを作って育ち、ガンダムに対して普通以上の愛着を持っていながら、しかしseedは見ていない。 そしてseedに対して無意識的に、あるいは意識的に反感を抱いているあなたの事である。(そうでない心広い人には、ここから先の話は意味がないかもしれない) どういう意味か、これから説明する。 『ガンダムseed』は、9・11テロに代表される現代線に着想を得て書かれている。 現代の紛争を最も特徴付けているのは、それがイデオロギー同士の衝突であるという点だ。極端な民主主義や、宗教における原理主義。 そういった排他的イデオロギーの火薬庫にある日火がつき大爆発を起こす。 己が信じ属する物が絶対であり、それ以外は認めない。そういった抜き去り難い人の心性が現代の戦争の根底に存在する。『ガンダムseed』におけるプラントという共同体は、ある種のエリート主義、民族主義によって成り立っている。 また、地球側陣営にも「ブルー・コスモス」と言う、現在も根強く活動を続けている選民思想者たちが登場する。 何故人は、互いに「ちがい」を認め合えないのか。何故自分の信じるものを他人に押し付けずにはいられないのか。 何故自分と異なる思想で生きる者を恐怖するのか。 何故多様性を認められないのだろうか。ガンダムseedはそこをテーマにしている。 主人公キラはそういうむなしい非寛容と戦おうとしているのである。 さて。ところで世間には「ファーストガンダム原理主義者」というものが明らかに存在する。 ファーストの体験があまりにも圧倒的であったがゆえに、ファーストガンダム、あるいは富野ガンダムが規範として絶対化してしまい、そこから逸脱するものを容認できなくなってしまった人達の事である。 『seed』制作の発表当時、主にネット上で起こったバッシングの荒らしは、それはそれは苛烈な物であった。 別に『seed』スタッフは、ファーストガンダムを否定したわけでもなんでもないのである。ただ「こういう新しいガンダムを提案しますがいかがですか」と言っただけなのだ。なのに挙がった声は 「否!」「否!」「否!」。 これを原理主義的排他性と言わずしてなんと言うべきだろうか。 そう言えば「今回はガンダムが10機出ます」と言うアナウンスがされた時に挙がった声も非常に示唆的であった。 「ガンダムはただ1機の絶対的、象徴的存在であるべきだ」という主張がそこかしこで聞かれた。一歩下がってみれば多様性の容認と、一神教敵原理主義との対立そのものではないか。 もうおわかりだろう。『ガンダムseed』は、「非寛容と戦う」と言うドラマを選択した事により、「結果的に」ファースト原理主義と真っ向から戦争する作品になっているのである。 勘違いして欲しくないのだが、これはあくまでも結果的にそうなったのである。 福田監督以下製作スタッフが、意図的にファースト世代に戦争を仕掛けたわけではない。現代性のある作品を作ろうと彼らが努力したことで自然にそうなってしまったのだ。 言うなれば、時代というものが彼らにその道を進ませたのだ。 『ガンダムseed』という作品はあなたにビームサーベルの一太刀を浴びせる為にこの世に出現したのだ。だからあなたは見なければいけない。 あなたを挑発し、あなたの敵として立ちはだかるかもしれない この恐ろしい作品を。 「サンライズエイジ」(芸文社刊)より引用
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富野氏インタビュー >>「ガンダムSEED」をめぐって<< |
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―ここで話題を変えまして、ガンダムシリーズの最新作である 「機動戦士ガンダムSEED」について、原作者の立場からお話をいただきたいと思います。 僕の見たところ、「SEED」のスタッフは、かなり「キンゲ」を意識しているのではないでしょうか。 それも、1プロデューサーや1ディレクターのレベルではなく、スタジオ全体としてです。 基本的にこの作品を支持する立場になったことについて、僕はとても嬉しく思っています。 もしかしたら半分は悪口と取られるかもしれませんが、僕は「SEED」を プログラムピクチャーだと思っています。それがいけないという意味ではありません。 その土壌があるから、スタッフも食べて育っていけるし、そのためにプログラム化した システムがあるのは、とてもよいことだと思います
―プログラムピクチャーという例示は、若い世代にわかりにくいと思いますので、
もう少しご説明をいただけますか。 (編注:TVが台頭してくる'60年代までの日本映画は娯楽の王者の地位にあり、 その量産システムの中で、効率よく大衆向けにパターンの決まったジャンル・ムービーが 量産された。その総称を”プログラムピクチャー”という) プログラムピクチャーの自体には、会社が人材を丸抱えしていましたから、 スタッフが連続して映画を取れる土壌がありました。そこではそれなりの作品も できていました。そういう体力もあったし、だからこそ世界に巣立つこともできたのだと思います。 昭和20年代後半では、それなりの監督であれば、年に5本とか10本の映画を消化していたものです。 もちろん、"プログラムピクチャーしかとれない無能な映画監督"という言い方もありましたが、 本数をこなせば間違いなくスキルは上がるのです。 でも、ここ最近の日本映画は、具体的に映画監督という職業自体を成立させていません。 監督業を名乗って成立させている方でも、年に1本撮れたら御の字でしょう。 その本数では何も試せないし、何も覚えられません。 だから僕は昔の監督のほうがスキルがあると思うし、尊敬もしています。
―確かに日本映画界も、その時代は黒澤明、小津安二郎と世界的に
評価された監督を輩出していましたね。
ですから、今のように後生大事に"映画を撮るぞ、撮らせるぞ"と 3〜4年も企画を寝かせていることは、まずいと思います。 そういう状況下では、たとえプログラムピクチャーかもしれないといわれても、 決して卑下することはないのです。実際、「ガンダムSEED」でも、 プログラムピクチャーとは言い切れないものを見せてくれるかもしれないわけですから。 今回の場合はガンダムのかんばんを背負っているからこそ、 そういったことをプロデューサーにしてもディレクターにしても、 スタッフ全員が意識してると思うし、何度も話し合いをして、 それを承知した上で何をつくるかということを積み重ねていると思います。 きっとそのおかげでしょうね、"初めこそ嫌悪感があったけど、面白くなったね"というファンも たくさんいることを知っています。なによりも、キャラクター人気が上がってきましたよね。 それを含めて、TVアニメ番組としてきちんと成立してきたと思っています。 スタッフがそういう土壌を作ってこられたのは、間違いないでしょう。 あとは好き嫌いは誰でもありますから、全員が好きになるかどうかはなんとも言えませんが、 スタジオワークとしては、かなり良くなってきているのではないでしょうか
―あらためてスタッフに望むことはなんでしょうか。
若いスタッフには、”ガンダムだから”という理由で鬱屈してつくらないでいって欲しいと願っています。 むしろ”プログラムピクチャーにはこういう良い所もあるぞ!” ”まさにこういうものがあるから、飽きずに次をつくっていけるんだ!”と 意識して欲しいのです。 そういう気持ちを持っていれば、「SEED」は1年間しっかり保つでしょうし、 継続だってあり得る話だと思っています。 ですが、僕の立場を考えるとこれ以上のことは言えませんし、 これ以上のことは言ってはいけないとも思っています。 「SEED」をベースにして、3〜5年後にはどういう仕事をしたいか、 スタッフにはそういうことをぜひ考えて欲しいのです。 先ほど申し上げたように、時代が変わってきていますから、 来るべきときに対応できるよう、ここで体力をつけておくべきなのです
―作品として、トミノ監督からごらんになるとどうでしょうか。
あえて「SEED」で気になる事を挙げれば、物語は良いと思いますが、 キャラクターや作画が少し時代に迎合し過ぎているかな・・・・・・ そのままで突破口は見えるのだろうか、という多少の心配はあります。 とは言うものの、それで人気を得ているのですから、 もっときれいにつくって欲しい、そういう心掛けを忘れないで欲しいと思っています
―”きれいにつくる”というのは、絵柄のことですか?
いえ、とてもわかりにくいんですが・・・・・・作画のこととかそういうことでなく、 簡単に言うと”もっとメジャーを意識しろ”ということです。 「ガンダムSEED」としての”きれいにつくる”ということを発見できれば、 完璧にメジャーになれますよ。そのためには、単なるメカ好き、キャラ好きだけではダメです。 それが乗り越えられれば、宮崎(パヤオ)さんの後釜だって狙えると思っています
―今後気をつけなければならないようなアドバイスがありますか?
ファン投票でキャラクター人気が上がったからといって、ファンに媚びたりしないで欲しいですね。 そうなる可能性もあると思っています。でも、ファンというのはとても恐ろしい存在ですから、 そうなると必ず見放します。これだけは、スタッフ全員自覚して欲しいことです
―次回作の構想などがあれば、ぜひお聞かせください。
僕は失業状態ですよ(笑)。また、時期が来たら聞いてください 「ガンダムエース5月号」角川書店刊より引用
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| セックスシーン批判に対する局の回答 |
ご指摘のシーンは、敵の攻撃を受けた主人公の少年キラ・ヤマトが反撃のために戦闘態勢に入るというシーンで、キラと15歳の少女フレイ・アルスターの2人が関係を持ったことを暗示する映像になっています。放送のなかで、父親を目の前で敵に殺されたフレイは、復讐するために、戦いの無意味さに悩むキラを何とか敵との戦いに向かわせようとしますが、その過程で、フレイの中で大切なものがどんどんと壊れていくようすを描きました。このように、フレイは「戦争が人々を破壊していく極限状況のもとでは、人は如何にもろい存在なのか」ということを表現するのに必要なキャラクターであります。 今回のシリーズに制作者が込めた思いは、「戦争そのものがいけないんだ。戦うことがいかに不毛で虚しいか」ということであります。そして、番組をご覧の若い世代の人たちが登場人物に対して痛みを感じてもらうことで、「戦争は対岸の火事なんかではない」、「差別や憎しみが対立を生み出し、終いには戦争という異常な事態にまで発展してしまうことの悲惨さ」を伝えたいと思っています。 とはいえ、このような制作側の意図は別にして、今回視聴者の皆様から寄せられた「フレイの行動を表現するにあたっては、もっと映像に配慮があってしかるべきではないか」というご意見につきましては、まさにご指摘どうりであります。 今後は、低年齢の多くのこどもたちがテレビの前にいる時間帯の放送であることを十分念頭において、ご意見を、これからのストーリー展開に反映させる とともに、映像に関しての充分な配慮をする考えです。 最後に、制作意図を視聴者の皆様にきちんと汲み取っていただけるように、今後作画などに鋭意努力していく所存なので、何卒ご理解くださいますようお願いいたします。 放送と青少年に関する委員会 より
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ガンダムSEEDオフィシャルファイルメカ編 メカニック作画監督 重田智インタビュー抜粋(1) |
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(監督から「チビッコが見てかっこいいというふうにやってくれ」という注文があって) カッコイイという意味の解釈がじつは難しいのですが、お互い離れてビームを撃ち 合っておしまいというよりは、斬り合うとか殴る蹴るという格闘をしたいと。その辺 がソードパックとかアサルトナイフという設定に出ているのだと思います。 プロモーションビデオの福田さんのコンテを見ても監督の意図が発揮地わかりました。たとえ ばソードに関しては、きれいにスパッと切るというより、実剣で敵を叩き潰すとか力 感のあるアクションをしたいんだと。とにかく馬鹿でかくて長くて重いやつを満身の 力を込めて振り下ろすという、かっこよさをソードでは出したいんですよね。 でも、 武器の性能の使い分けを上手に表現できる舞台設定が、シナリオ上で難しいみたいで、 エールはともかく、ソードやランチャーはなかなか使いづらいみたいですね。 子供にわかりやすい演出 PS走行の演出も意外とわかりにくくなってしまいました。イージスやブリッツは いいんですが、ストライクは青や赤などの色ついている部分が少なくて、現時点では 思ったより効果が出ていませんね。 ストライカーパックなどにはもともと色がついて いるので、ストライク本体の色の変化が、余計に印象が弱いのかもしれません。 格闘シーンでは金属と金属のぶつかり合いで火花を出しています。リアルさを追求 すると必要ないのかもしれませんが、派手でカッコよく見えるからいいんじゃないか と思っています。 ガンダム同士の戦いというシチュエーションとしてはいいのかもし れませんが、結局はケリがつかないでいつも終わっちゃうんですよ。ジンとかシグー とかがドカーンと爆発して、見ているほうが気持ちよく終わるというのがないので、 子供にはちょっと難しい気がしますね |
| キャラブックより竹田青滋プロヂューサーのインタビュー抜粋 |
>>21世紀を動かすのは「ゲノム」<< (中略)21世紀の新世紀ガンダムをたちあげたいというお話がありました。それだったら 我々が今までやったことがなくても参加出来るのではないかと思い、このプロジェクトが 始まりました。あと、企画内容が遺伝子操作に踏み込んで書かれていて、これはひょっと して面白いんじゃないかと。 僕は20世紀をいちばん大きく動かしたのは「核」だと思うのです。コンピューターや インターネットも、それから生まれたものです。そして21世紀えおいちばん大きく動かすで あろうテクノロジーはやっぱり「ゲノム」だと思うんですよ。折りしもワトソンと クリックが二重螺旋構造を発表してから2003年で丁度50年、5月には日欧米の ヒトゲノムが完全解読を完了する予定です。 戦争のもとになる事柄にナチュラルとコーディネーターというゲノムの要素をバック ボーンに置いているのがおもしろいと思いましたね。そこには宗教や肌の色も違えば しゃべっている言葉も違うという人種の多様性をDNAの多様性に置き換えて、大切なものは 何かと問い掛けているんです。 >>「ガンダム」をつくるプレッシャー<< 「ガンダム」という大作なので、制作スタッフも外野の批判とか批評とか罵詈雑言も 含めてすごく気になってるだろうとは思います。 福田監督のいいところは「見たい奴だけ 見ればいいじゃないか」と思ってないところですね。特殊設定の森田さん、歴史の先生の 吉野さんにしてもメチャメチャ専門的知識で議論して、突き詰めてそれでもオンエアには 出ない。 その辺もはっきり区別されて、おもしろく見てもらいたいという気持ちで一致して います。 セリフが難しくてもいいんですが、見ている子供たちの心にトゲのように 刺さらないとおもしろくないんです。背伸びして見る世代に何か心に突き刺さるセリフが あったりしてなかなか抜けないでしばらく引きずってしまう。いままでの放送分にも そういう部分が随所に盛り込まれていると思います。 >>戦争によって人格が壊れていく<< フレイが一番大きく戦争によって人格が変わっていくのですが、その恐怖感を実際自分の 身になぞらえて考えやすくなっているのではないかと思います。 戦争というのは麻薬や 強盗などの犯罪レベルの暴力じゃないということをみんなにわかってほしいし、圧倒的に 悪なんやでというのとを知ってもらいたいんです。そのために戦闘シーンや殺戮シーンは 酷く描かないと怖さが出ないと思うんです。ガンダムがカッコイイとか主人公がかわいい というキレイごとで終わってはダメだと。 落ちていく救命ポッドにキラが知っている少女が乗っていて、それをイザークが撃って しまうんですが、少女がアップにならないと痛さが伝わらないと。その辺をリアルに 描いてほしいと思っています。 「プライベートライアン」など最近の戦争モノは、殺戮シーンの怖さが昔と違うんですよ。 弾がヒュンヒュン飛んで来る、その音だけでもものすごい恐怖です。人を殺すということは 「こんなことなんやで」ということが伝わってくるんです。戦いというのはいかに不毛で むなしいかということと、どうして人間は戦うんだろう、なぜ戦わねばならないんだろうと いうことを主人公と一緒に考えてもらいたいですね。 |