利己心は制限するべきか?
【アダム・スミスについて】
アダム・スミスと聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。「アダム・スミスって誰?」という人もいるでしょう。「『国富論』を書いた人」といった就職試験対策の一般常識の問題集に載っていそうなことを思い浮かべた人もいるでしょう。「自由放任」とか「見えざる手」とか「経済学の父」といったことを思い浮かべた人もいるでしょう。ただ、アダム・スミスの著作を(原書はもとより、邦訳でも)読んだことがある人はほとんどいないと思います。「アダム・スミス 『国富論』 見えざる手…」とか覚えていても、見えざる手とはどういうことを指しているのかとか、結局のところ、『国富論(諸国民の富)』の中でアダム・スミスが何をいいたかったのかなどは知らないままというのがほとんどではないでしょうか。実際、経済学者にしても、『国富論』を隅から隅までじっくりと丹念に読みましたという人はむしろ例外的かも知れません。もっとも、事情はケインズの『一般理論』でも同じようなものだと思います。
『国富論』は経済学の古典です。古典というのは、意外と読まれていないものです。そして、読まれていないから、実際に書いてあることとはずいぶんズレたような主張がアダム・スミスの述べたことであるかのように語られることもままあります。実際に読んでみると、「えっ、本当はこんなことだったの?」ということが少なくありません。
例えば、「アダム・スミスは自由放任を主張した」という話は本当でしょうか。高島善哉『アダム・スミス』(岩波新書、1968)では、
「スミスをただの経済学者としてのみみるのは、なんといっても不当であり片手落ちであるといわなければならないのである。スミスは『国富論』の著者となる二十年も前に、『道徳感情論』の著者としてその名声は全ヨーロッパにひろがっていた。彼はすぐれた経済学者となる前にすぐれた道徳哲学者であったのである。
つぎに、アダム・スミスという人は人間の利己心の意義を説き、自由放任主義の元祖だったのではないかと、このように思い込んでいる人にたいしては、それは一知半解のアダム・スミス観であって、現代のスミス像としては、もはや古くさいかびの生えてしまったものだということをあらかじめいっておきたい。なるほどスミスは利己心の意義を強調した。経済に限らず、政治でも教育でも文化でも、すべて人間社会の幸福と繁栄は、個人の自由な活動が認められたときにもっともよく実現されるという思想を熱心に説いたにはちがいない。しかしながら、スミスが利己心の意義を強調したからといって、彼が人間をガリガリ亡者のように考えていたわけではなく、またそのような人間をモデルとして推奨したわけではさらさらないのである。スミスについては、このような馬鹿げたイメージがいまなお案外通用しているおそれがあるように思われるので、けっしてそういうものではないということを、まずもってここでいっておかなければならないのである。
スミスが自由放任主義の元祖であったみたいに思いこんでいる人の数はもっと多いかもしれない。こういうスミス像にたいしても私はやはり前もって痛撃を加えておきたいと思う。スミスの著作を丹念に読んでみていただきたい。『道徳感情論』ではいうまでもなく、『国富論』でさえも、どのページを開いてみてもただの一度も
自由放任という文句にお目にかかることはないのである。(中略)
利己心にしろ、
自由主義にしろあるいはまた
個人主義にしろ、これらの言葉をただ言葉だけのものとして受けとったり、あるいはただ自分の気もちや感情だけで早のみこみしたりすると、たいへんまちがったことになり、スミスのような大きな思想家の言説をいともたやすくとりちがえ誤解することになる。日本にいまなお残っている一知半解のスミス像は、この辺でもうきっぱり清算されてしかるべきではないだろうか」
と述べられています(強調は原文)。もちろん、高島善哉先生がいっているから無条件に正しいとはいえませんが、アダム・スミスの思想を長年研究してきた専門家がどういっているかは、アタマの隅ぐらいには置いておくべきでしょう。専門家に対してその程度の最低限の敬意は表するべきです。少なくとも、アダム・スミスの著作を読んだこともなく、想像だけであれこれいっている人たちの主張と高島先生のような専門家の見解とが全然違うということだけは知っておきましょうね。
以下では、ネット上でもしばしば見られる「利己心は制限されるべきだ」といった主張がアダム・スミスの説いた利己心の場合に正しいといえるかどうかを検討してみたいと思います。
【アダム・スミスの略歴】
ここでアダム・スミスの経歴をざーっと見ておきましょう。アダム・スミスは18世紀の人です。1723年に生まれて、1790年に亡くなりました。当然ですが、アダム・スミスの見解は彼が生きていた二百数十年前の社会を背景として書かれたものです。二百数十年前といえば、産業革命の前夜とでも呼ぶべき時期でした。事実、『国富論』では、工場ではなくマニュファクチュアの作業場を念頭に置いて議論がなされています。このことを無視して、アダム・スミスの言葉をあたかも現代の社会について述べたものであるかのように扱うことはできません。とはいえ、「アダム・スミスは古い」の一言で済ませてしまうのもやはり誤った態度であるといわざるを得ません。現代の我々もアダム・スミスから学ぶことはできるのです。
アダム・スミスの父親は税関吏をしていたようですが、スミスが生まれる半年ほど前に死亡しています。スミスは4歳の時に誘拐に遭ったりもしています。スミスは生涯独身であり、収入の相当部分を慈善事業に寄付していました。
グラスゴウ大学に14歳で進学したスミスは哲学者フランシス・ハチソン(1694−1746)の下で道徳哲学を学びます(この「道徳哲学」というのは、moral philosophyの訳ですが、ここでいうmoralにはいわゆる「道徳」という意味はなく、「社会」といった意味なので、moral philosophyは「社会哲学」とでも訳すのが本当なのでしょう。経済学で機械の「物理的磨耗」に対して「道徳的磨耗」というときの、「道徳的」も同じ意味ですね)。大学の講義は従来ラテン語で行われるのが慣習となっていましたが、ハチソンはグラスゴウ大学で初めて英語で講義を行いました。ハチソンはモラル・サイエンス学派の代表者であり、「スコットランド哲学の父」とも呼ばれている人物です。ハチソンに影響を与えた人物の1人がシャフツベリであり、風刺作家マンデヴィルが『蜂の寓話(The Fable of the Bees)』で念頭に置いていたのはシャフツベリの主張でした。ハチソンは、人間は生まれつき他人の幸福への、利害を離れた根源的欲求の感情を持っているとし、道徳的善を他人の幸福の促進としたり、善悪に関する知識を神に基づかないとした点で、教会の長老会議からウェストミンスター信仰告白に反するとして糾弾されたりもしています(カルヴァン派では、人間は腐敗堕落しており、神の恩寵によってのみ自分の感情の支配から抜けだせるとしました)。ハチソンは、神は神秘なしるしによって知られるものではなく、人類の幸福のために存在すると考えていました。スミスはハチソンのプライベート・クラスにも参加し、多大な影響を受けます。
1740年にスネル奨学金を得て、スミスはオックスフォード大学ベリオル・カレッジに入学しますが、その当時のオックスフォード大学は金持ちのどら息子たちの遊び場といった雰囲気のところであり、大学の教師たちもやる気を失っていました。スミスは「オックスフォードでは教師たちは教えるふりすらしない」と不満を漏らしています(スミスは大学の授業料について、大道芸人が観客からおひねりをもらうように、教師に自分の講義を聴いた学生から授業料を集めさせるようにすれば、教師も真剣になり講義の内容もよくなるだろうと後に論じていますが、そうした主張の背景にはオックスフォード大学で経験した教師のやる気のない授業ぶりもあるかも知れません)。当時危険思想と見られていたデイヴィッド・ヒュームの『人性論(人間本性論)』を読んでいたことを理由に大学当局から厳しい叱責を受けたことなどもあり、オックスフォード大学に嫌気が差したスミスは1748年にベリオル・カレッジを退学し、その後2年ほどは郷里で読書などして過ごしました。この間に『天文学史(The principles which lead and direct philosophical enquiries, as illustrated by the history of astronomy)』を書いたと考えられています。『天文学史』は、天動説から地動説への移行に関する彼の見解を示す貴重な資料であり、ニュートンの体系を方法論的に検討したものです。地元の名士であったケイムズ卿の計らいもあってスミスは修辞学や純文学を教えるようになり、1750年ごろ、生涯の友となる哲学者ヒュームと出合ったようです。エディンバラ公開講義においてスミスは「国家を最低の野蛮から最高度の富裕に導くためには、平和と低い租税とある程度の正義以外には何ら必要なものはない」と述べています。1751年に母校であるグラスゴウ大学の論理学講座の教授となり、翌1752年に道徳哲学講座の教授となります。スミスの道徳哲学は、自然神学、倫理学、法学、および法学の一部としての経済学という4つの部門に分かれていました。グラスゴウ大学での講義を踏まえて、1759年にスミスは『道徳情操論(The Theory of Moral Sentiments)』を発表し、名声を確立します。
1763年にバックルー公の家庭教師になるため大学を辞めます。バックルー公とともにヨーロッパ、中でもフランスに長く滞在し、ヴォルテール、テュルゴー、ダランベール、ケネーら知識人と親交を持ちました。バックルー公の弟スコットがパリで病没したため1766年に帰国してからは郷里でバックルー公からの年金を受けつつ著述に没頭し、1776年に『国富論(An inquiry into the nature and cause of the wealth of nations)』を公刊しました。1776年はアメリカ独立宣言の年でもあり、スミスの親友であったヒュームがガンで亡くなった年でもありました。スミスは父親と同じ税官吏となることを望み、翌年エディンバラの関税委員に任命されます。1782年に母親マーガレットが亡くなってからは奇行が目立つようになり、税関職員の制服を着て街を徘徊する姿が目撃されるようになりました。1787年にグラスゴウ大学総長(とはいえ、名誉職)となりました。そして、1790年に67歳で亡くなります。スミスは死の直前に遺言執行人に「わたしの未完成の原稿をすべて焼き捨てるように」と依頼したので、彼の膨大な遺稿はほとんど残されていません。『天文学史』を含むスミスの『哲学論集』は焼却を免れた遺稿をスミスの死後5年経ってからまとめたものです。
【『道徳情操論』におけるアダム・スミスの思想】
アダム・スミスといえば、『国富論』が代表的な著作であるとされているわけですが、スミスが『国富論』で何をいいたかったのかを正確に理解しようと思えば、やはり『道徳情操論』を踏まえておく必要があるでしょう。
『道徳情操論』において『国富論』との関係で重要だと思われる論点は、普通の市民の徳、不偏不党の傍観者、自然の欺きの3つでしょう。以下、順を追って見てみましょう。
『道徳情操論』の中でスミスは「徳」を問題としていますが、「他人のためには大いに感情を動かし、自分のためにはほとんど感情を動かさないこと、自己の我執を抑制して、仁愛に満ちた性向を発揮すること、それが人間性の完成を作り上げる」といった高徳は彼の主要な関心事ではありませんでした。高徳については、スミスは仁愛や愛他心によって動機づけられていることを認めています。
スミスが念頭に置いているのは高徳の士ではなく、ごく普通の市民でした。スミスが取り上げている徳は「最も下らない人間が持っている平凡で普通の程度の感覚力または自制力しか必要としない」ような徳でした。具体的には、「慎慮、警戒心、周到なる用心、節制、恒心、断固たる決意といったような下等な徳」について、それを動機づけるものは何なのかを論じ、「節倹、勤勉、分別、注意、思考傾注というような習慣は、一般的に利己的な諸動機(Self-interested motives)に基づいて涵養される」と述べています。徳は必ずしも愛他的な動機に基づくものばかりではなく、利己的な性向に起因するものでも、徳になり得るとスミスはいっているわけです。いいかえれば、スミスが問題としたのはいわば市民のモラルとでも呼ぶべきものでした。
元々、スミスにおいては利他心と利己心とは対立するものとして捉えられていたわけではありません。徳は利他心のみから出てくるわけでもなく、かといって利己心のみから出てくるわけでもなく、「共感(Sympathy)」が基準となっているとスミスはいいます。例えば、他人が殴られそうになるの見れば、「我々は自然に身を縮め、自分自身の足や手を引っ込める」わけですが、これが共感の基本です。スミスのいう共感は「注意深い、事情に精通した不偏不党の傍観者(attentive well-informed impartial spectator)」の共感的性向が道徳に適っているか否か、いい換えれば、モラルに反しているか否かをはかる、「自然で本源的な尺度(natural and original measure)」ということであり、憐憫の感情としての同情ではありません。あえていえば、合理的共感とでも呼ぶべきものでした。この点についてスミスは「ある事柄の主な当事者の本源的な情感が、傍観者の同情的情緒に完全に一致する場合には、それらの本源的情感はこの傍観者にとって必然的に正当であり、適正であり、それらの情感の起こった動機に適合していると考えられる。これに反して、その傍観者に詳細な事情が判明した結果、それらの情感が彼の感ずるところと一致しないということが明らかになると、それらの情感はその傍観者にとって必然的に不正であり、道徳的に不正であり、そうした情感を起こした原因に適合していないものと考えられる」と述べています。他人に共感することや他人から共感されることを人々は欲するとスミスは考えました。スミスによれば、人間は「相互的な共感」に喜びを感じる存在なのです。「何かの出来事の主要な利害関係者が、我々の共感によって喜び、共感がないことによって傷つけられるのと同様に、我々が彼に対して共感し得る場合には、我々も喜び、そうでない場合には、傷つけられるように思われる」とスミスは述べています。他人からの共感を求めて、共感を得られるように行動しようとする、換言すれば、他人の視点を自分に内面化して生きていくようになるところに社会的な秩序が自ずと形成される端緒があるとスミスは見ているのです。注意すべきは、スミスが共感というとき、それは見知らぬ他人の共感だということです。この点は、スミスが「我々は普通の知人からは、友人よりも少ない共感を期待する。(中略)見知らぬ人々の一集団からは、我々はさらに少ない共感を期待する。そこで我々は、彼らの前ではもっと多くの平静さを装うのであり、我々の情念を、我々がその中にいるある〔見知らぬ〕集団がついてくること期待できそうな程度にまで下げようと努力する」と述べていることからわかります。見知らぬ他人の共感を考慮することで、人々の行動や感情は自ずと抑制されていくことになり、社会に受け容れられる行動が形成されていくことになるとスミスはいいます(経済学の教科書に登場する「経済人」はもっと単純な存在です)。
スミスが「不偏不党の傍観者」(公平な傍観者)というとき、「不偏不党」というのは行為の当事者と何らかの利害関係を持たないといった意味です。親戚や友人、あるいは敵対者などは、行為の当事者を意識的か無意識的かを問わず弁護するような立場に立ったり、逆にことさらに悪く捉えるような立場に陥ってしまうことがあり、それでは公正な判断にならないとスミスは述べているわけです。そうした広い意味での利害関係から離れた第三者の目で見るということが「不偏不党」ということの意味です。
では、利害関係を持たなければ誰でもよいかといえば、そうではないとスミスはいいます。「注意深い、事情に精通した」人物でなければならないというのです。傍観者が行為者と身分、階級、階層、職業などの点で極端に異なってしまえば、やはり事情に精通することはできないとスミスはいいます。傍観者ということは当然ながら当事者ではないわけであり、いわば「外にいる人」ですが、傍観者は想像上の共感を通じて自分の「内にいる人」となり得ます。スミスはそうした場合を「理性」「原理」「良心」「胸中の半神」あるいは「内なる裁判官」などと呼んでいます。簡単にいってしまえば、「世間ではどう考えるだろう」とか「お天道様に顔向けできない」というときの「世間」や「お天道様」に当るのがスミスのいう「不偏不党の傍観者」だと捉えられるでしょう。スミスの言葉を見ておきましょう。
「対立する諸利害の、何か正当な比較をなしうるには、我々は立場を変えなければならない。我々自身の場所からでも彼らの場所からでもなく、我々自身の目からでもなく彼らの目からでもなく、いずれにも特別な関係を持たず、我々の間で公平性をもって判断する第三者の場所から、第三者の目から見なければならない。その第三者は、いずれとも特別のつながりを持たず、我々の間で不偏不党性をもって判断するものなのである」
「もし各個人が、不偏不党の観察者が彼の行動原理に入りこむことができるように行為しようとするならば、(中略)彼は自愛心の傲慢をくじかなければならないし、それを、他の人々がついていけるようなものにまで引き下げる必要がある。その限りでは観察者たちは、自分の幸福を他のどんな人の幸福よりも切望し、それをいっそう真剣な精励をもって、追求するのを許す程度には寛大であろう。(中略)富や名誉や地位を目指す競争で、すべての競争者を追い抜くために、できる限り力走してよいし、あらゆる神経や筋肉を緊張させていい。しかし、もし誰かを押し倒したり、投げ倒せば、観察者たちの寛大は完全に終了する。それは、フェア・プレイの侵犯であって、観察者が許し得ないことなのである」
以上のように、スミスは利己的な行動を是認しますが、他方で他人に対する愛情(利他心)は社会を成立させる上で別段必要不可欠なものではないとします。例えば、「慈恵(beneficence)」はあれば確かに好ましいかも知れませんが、「それは建物を美しくする装飾であって、建物を支える土台ではない」とスミスはいいます。
「〔社会の構成員の間で〕必要な援助が、そのような寛大で利害関心のない諸動機から提供されないとしても、またその社会の構成員の間に相互の愛情と愛着がないにしても、その社会は幸福さと快適さは劣るけれども、必然的に解体することはないであろう。社会は様々な人々の間で、さまざまな商人の間でのように、それの効用についての感覚から、相互の愛情や愛着がなくとも存立し得る」
もちろん、人間は不偏不党の観察者の視点を生まれながらに持っているわけではありません。生きていく中で経験を通じて、不偏不党の観察者の視点を自らに内面化できるようになるのです。
最後に、「自然の欺き(deception of Nature)」について取り上げましょう。ここで「欺き(あざむき)」と訳されているdeceptionは、小学館の『プログレッシブ英和中辞典第4版』によれば、「1 だますこと、うそ、ごまかし;だまされていること」「2 ごまかし行為、ぺてん、だますもの、まやかし物」という意味であり、「だますことを広くさす語で、悪意があるとはかぎらない」とされています。スミスは自然の欺きについて、動力因(the efficient cause)と目的因(the final cause)とを区別した上でいくつか例を挙げて説明しています。時計のメカニズムを例とすれば、時計を構成するさまざまな部品(歯車その他)はそれぞれ機械の動力因によって動いています。歯車その他の部品自体はその結果がどうなるかについて何らの意欲を持っているわけでもありません。しかし、その目的因は時計が時間を指し示すことになります。時計において動力因と目的因とを結び付け、目的因を意志するのは時計を作った時計職人となります。スミスはいいます。
「懐中時計の歯車は、すべてそれが作られた目的すなわち時を示すということに見事に適合している。それらのさまざまな運動のすべてが、素晴らしい仕方でこのような効果を生み出すのに協力しあっている。もし、それらに、それを生み出そうという意欲と意図とが与えられてたとしても、よりうまくそれを果たすことはできなかったであろう」
時計のような機械の場合、そのメカニズムは観察可能であって、動力因と目的因とが混同されることはまずないでしょう。しかし、人間の精神作用や行為を通じて同様のメカニズムが働く場合、動力因と目的因との混同がしばしば見られるとスミスは述べています。さらに、ときとして人々は目的因を忘れてしまい、動力因の追求自体に全力を傾けることすらあるといいます。人生において富や権力は幸福とは区別されます。しかし、富や権力の追求に血道を上げて、肝心の幸福はどこかにいってしまったような人も実際います。昔、中島らもさんが「朝日新聞」に連載していた「明るい悩み相談室」で当時ブームだった健康について取り上げたとき、「『健康のためなら死んでもいい』という覚悟でがんばりましょう」みたいな言葉で締め括っていたのを読んで大笑いしたことがあります。健康はあくまでも手段であって、目的ではありません。健康になって何をするのかが問題なのに、健康であること、健康になること自体が自己目的化されていた風潮を中島らもさんは「健康のためなら死んでもいい」といってみせたわけです。スミスも「富や権勢のもたらす快楽は、このような複雑な観点において考えられるときには、何か大きな、美しい、高貴なもののように想像されて、それへの到達は、我々が当然費やしてよいと思われる労苦や心配に十分値すると考えるのである」と述べています。
もっとも、スミスは人々が手段と目的とを取り違えているのだと単に指摘したわけではありません。スミスは上記のような「自然の欺き」こそがこの世界の「造り主」の意図に他ならないと見ていました。スミスは「そして、自然が我々にこのように強いることはよいである。このような欺きこそ、人類の勤勉を発動させ、それを不断に働かせるところのものである。(And it is well that nature imposes upon us in this manner. It is this deception which rouses and keeps in continual motion the industry of mankind.)このような欺きこそまず最初に人類を促して土地を耕作させ、家を建てさせ、都市や国家を建設させ、人間生活を高尚にし、美化するあらゆる学問や芸術を発明させ、改良させるところのものである。すなわち、このような欺きこそ、地球の全表面を完全に変貌させ、未開の自然の森林を、豊かな平原と化し、人跡未踏の荒漠たる大洋を新たな食糧資源となし、またそれを地球上の異なる国々を結ぶ偉大な交通路となすところのものである」「富裕な人は、生まれつきの利己心と貪欲とにかかわらず、彼らは自分たちのすべての改良の成果を、貧乏な人たち分割するのであって、たとえ、彼らは自分たちだけの便宜を目指そうとも、また彼らが使用する数千人の全ての労働によって目指す目的が、彼ら自身の空虚で飽くことを知らない諸欲求の充足であるとしても、そうなのである。彼らは見えざる手に導かれて、大地がそのすべての住民の間に平等に分割されていた場合になされたであろうのとほぼ同一の生活必需品の分配を行うのであり、こうして意図することなく、それを知ることなしに社会の利益を押し進め、種の増殖に対する手段を提供するのである」というのです。
自分のためだと信じて(錯覚して?)行動した結果、それはそうした行動をした本人の意図とは無関係に人類の福祉・公共の利益を増進してしまうというのがスミスが「自然の欺き」と呼んだものでした。「自然の欺き」は、社会における、とりわけ近代市民社会における主客の転倒について述べているわけですが、そうした転倒は『国富論』における「見えざる手」のロジックにも見出せるものです。「自然の欺き」と「見えざる手」とを単純に同一視することはできないにせよ、行為の当事者の意図と行為そのものが社会に及ぼす結果とを区別し、当人にその気が全くなくても結果として社会にとって有益な作用を及ぼしてしまう、しかも、よいことをしようと意図した場合よりも効果的に及ぼしてしまうのだとした点において両者のロジックは共通のものといえるでしょう。
『道徳情操論』の最初の数ページを読めば、「自然の欺き」がスミスの主要な思想に付随するオマケのようなものではなく、彼の思想体系の基本にあることがわかります。スミスによれば、道徳的な感情の全部の構造がいわば幻想の上に築かれているのです。道徳の基礎は、共感、つまり、他人の感情に共鳴する限られた範囲での我々の能力ですが、他人の痛みや喜びを感ずることは、想像力によってのみ成し遂げられます。我々が共感する人々の痛みや喜びの具体的な原因とは別のことです。我々の共感は、文学作品の中に登場するような架空の人物や死者に及ぶことさえあります。スミスのいうように、共感は「想像力のまさしく幻想(very illusion of the imagination)」なのです。我々は想像の中で自分を実際には自分がそこにいないところの、そして、しばしば自分が決してそこにいることができないような他人の位置に置くことができます。スミスによれば、それは神が我々に与えた衝動であって、常習的な犯罪者といえども、この衝動から完全に免れることはできないのです。
*
ところで、スミスは「正義」という徳については他の徳とは異なった性格を持つと指摘しています。スミスは「単なる正義は大抵の場合に消極的な正義に過ぎず、隣人に害を与えるのを妨げるだけである。(中略)我々はただ座って、何もしないでいることによって、正義の諸規則のすべてを満たしていることがあるだろう」とし、正義は徳といっても別に賞賛に値するようなものではないとします。いってみれば、正義は消極的な徳なのです。しかし、正義という徳は社会という建築物を支えるいわば土台であって、正義がなければ社会は崩壊してしまうとします。そこで、「正義の遵守は、我々の自由意志に任されず、権力によってそれを強制することができ、そしてその侵犯は憤激の対象となるにとどまらず、刑罰の対象にもなる」「自然は、正義に対する注意力を強化するために、人の心の中に、正義を犯した場合に感ずる悪いことをしたという意識、相当の罰に対する恐怖などを植え付けて、弱者を保護し、乱暴者を抑制し、犯罪者をこらしめるために、人類における偉大な防壁となした」と述べています。正義を侵犯する不正行為に対しては、不偏不党の傍観者は、見えざる存在から見える法という形態をとるのです。
上記のようなスミスの正義論は「消極的正義論」と呼ばれることがありますが、彼が意図したのは商業社会を肯定する論理を導出することでした。スミスの説く「正義の諸法」は、ロックらが説いた自然法とほぼ同じ内容です。ロックらが神を根拠として説明した自然法を、スミスは共感論に基づいて説明したということができるでしょう。
スミスは「正義の目的は侵害からの防止にある」とし、人間がその身体と名声とを侵害から守る権利が自然権であるとし、財産を侵害から守る権利が取得権であるといいます。ホッブスやロックは支配(統治)の基礎が原契約であるとしたわけですが、スミスは所有権の維持と所有物の不平等が政府形成の根拠であると見ました。明け透けにいってしまえば、私有財産を守るために、法なり政府なりが作られたのだという主張です。スミスは「人々を導いて市民社会に加わらしめる原理は2つあるが、我々はこれを権威および功利の原理と呼ぶであろう」と述べています。スミスによれば、「すべての統治にはある程度この2つの原理がともに行われるのであるが、しかし君主政治においては、権威の原理が主として行われ、民主政治においては功利の原理が主として行われる」のです。
ここでスミスがいっている権威の原理というのは、力があるとか知恵があるとか、年上だとか、財産があるとかいう理由で特定の人間が支配力をふるうということです。一方、功利の原理とは社会における正義と平和を維持するために、全体の利益のために政府の決定に従おうとすることです。
スミスは『グラスゴウ大学講義』の第2部「治政」の中で、治政(行政や政策)と安寧との関係について次のように述べています。
「我々の見るところでは、最大の治政があり、それに関して最も多くの規制が行われている諸都市に、必ずしも最大の安寧が存在するわけではない。パリでは、治政に関する諸規則は数冊の書物に収録し切れないほど多いわけだが、ロンドンにおいてはただ2、3の簡単な規制があるだけである。しかも、パリでは殺人の行われない夜はなく、これに反してロンドンはパリより大きな都市であるにもかかわらず、殺人は年間にわずか3、4回しか起こらない。この点から人は、治政の大規模なほど安寧が少ないと考えやすいが、しかし、それがこの原因なのではない。(中略)犯罪行為を防止するものは、治政であるよりも、むしろ他人に依食する者を可能な限り少なくすることにある。従属(dependency)ほど人間を腐敗させるものはなく、しかし、これに反して、独立(independency)は人々の正直をさらに増進するのである」(高島善哉・水田洋訳『グラスゴウ大学講義』日本評論社、pp.314−315)
社会の土台としての正義を侵害させないためには、法的規制が必要です。しかし、法をいかに整備してみても、正義の侵害を防止し切れるものではありません。ロンドンと比べてパリにより多くの法的規制があるのは、むしろ、それだけの規制を必要とする現実がパリにはあるからです。「廊下を走るな」と貼り紙があるのは、廊下を走る人がいるからです。誰も廊下を走らなければ、そんな貼り紙をすることはないでしょう。正義を守るためには、人々を従属的な地位から解放し、独立させる方が効果的だとスミスはいいます。スミスは『グラスゴウ大学講義』の第1部「正義」において、古代の民主制から貴族制、君主制、そして国民の自由回復へと段階的に跡付けながら、統治形態の歴史的な発展、市民社会の歴史的変遷を見ていきますが、そうした考察を通じてスミスは社会の大多数の人々が独立した人間となり得るための歴史的な条件がいかにして可能となるかを追求していたのです。
スミスはそうした考察を通じて、社会の大多数の人々が独立を達成するためには、経済問題がいかに重要なものであるかを認識せざるを得なくなります。「商工業の樹立は、この独立をもたらすものであって、犯罪を防止する最善の治政である。そうすることによって、一般民衆は他のいかなる場合よりもよい賃金を得て、その結果として一般的に誠実な態度が全国に行き渡る」(『講義』p.315)とスミスが述べ、第2部「治政」の大部分を「低廉または豊富」と題して経済的な諸条件の考察に充てているのはそうした事情を物語るものです。
1763年の夏ごろ書かれたといわれる『国富論草稿』の中で、スミスは「普遍的富裕(universal opulence)」の社会について論じています。普遍的というのは、富裕が社会のほとんどあらゆる人々まで行き渡っているということを意味します。この場合の富裕とは、単に物質的な面で豊かであるということではなく、依存と隷属から解放されて個々人が自主的に行動し得る独立が達成されているまでに経済的な条件が整っていることを意味します。スミスの普遍的富裕についての議論は、不平等を理由として文明社会(商業社会)を批判した『人間不平等起源論』(1755)で示されたルソー(1712−1778)の見解への批判という意味も持つものでした(ルソーの見解は自然法によって商業社会を擁護したロックに対する批判でもありました)。
スミスはそうした普遍的富裕の社会の実現はいかにして可能か、その実現を妨げる現実の条件は何かといった課題に答えるため、経済問題の研究に向かうことになります。道徳哲学者として出発したアダム・スミスはこのようにして「経済学の父」アダム・スミスとなったのです。アダム・スミスが道徳哲学から経済問題の研究へと進んでいったのは、スミス個人の思想形成の過程であると同時に、道徳哲学から経済学が分離・独立していく過程でもありました。
【『国富論』におけるアダム・スミスの思想】
こちらはアダム・スミスの言葉を引用し、ごく簡単にみておくことにしましょう。
「同胞市民の博愛心に主として頼ろうとするのは 乞食をおいて他にはいない。乞食ですら それにすっかり頼ることはしない。なるほど 好意ある人たちの慈善によって この乞食が生きていくのに必要なもののすべてが用意されるかも知れない。だが たとえこうしたやり方で 彼の必要とする生活必需品のすべてが結局ととのえられるとしても 彼の望みどおりに必需品がととのえられるわけでもないし 同じく 合意により 交易により 購買によって 充足されるのである。彼は ある人がくれる貨幣で食物を買う。もっとよく自分にあう古着と交換したり 一夜の宿や衣食住のどれかを買うことのできる貨幣と交換したりするのである」
「ところが、すべての社会も年々の収入はその社会の勤労活動の年々の全生産物の交換価値とつねに正確に等しい、いやむしろ、この交換価値とまさに同一物なのである。それゆえ、各個人は彼の資本を自国内の勤労活動の維持に用いかつその勤労活動をば生産物が最大の価値をもつような方向にもっていこうとできるだけ努力するから、誰もが必然的に社会の年々の収入をできるだけ大きくしようと骨を折ることになるわけなのである。もちろん、彼は普通社会公共の利益を増進しようなどと意図しているわけでもないし、また自分が社会の利益をどれだけ増進しているのかも知っているわけではない」
「文明社会では、人間はいつも多くの人たちの協力と援助を必要としているのに、全生涯を通じてわずか数人の友情をかちえるのがやっとである。(中略)ところが、仲間の助けをほとんどいつも必要としているが、その助けを仲間の博愛心にのみ期待しても無駄である。むしろ、それよりも、もし自分に有利になるように仲間の自愛心を刺激することができ、そして彼が仲間に求めていることを仲間が彼のためにすることが、当人自身の利益にもなるのだということを、仲間に示すことができるのなら、その方がずっと目的を達成しやすい。 (中略)我々が自分たちの食事をとれるのは、肉屋や酒屋やパン屋の博愛心によるのではなく、彼ら自身の利害に対する彼らの関心によるのだ。我々が呼びかけるのは、彼らの博愛的な感情に対してではなく、彼らの自愛心に対してなのである」
この辺りは教科書でもときどき引用されるところですね。
「贅沢が最下層の人々にまで広がっているとか、今では労働貧民たちは以前に満足していたのと同じ衣食住ではもはや満足しないだろう、という不平をよく耳にする(中略)。下層の人々の生活条件がこのように改善されたことは、社会にとって利益と見るべきか、それとも不利益と見るべきか。答えは明らかである。さまざまな使用人、労働者、職人はすべての巨大な政治社会の圧倒的大部分を構成している。この大部分の者の生活条件を改善することが、その全体にとって不都合と見なされるはずはない。どんな社会も、その構成員の圧倒的大部分が貧しく惨めであるときに、隆盛で幸福であろうはずはない」
社会の圧倒的多数を占める人々が貧しく惨めな生活を送っているとき、その社会が繁栄しているはずがないとスミスはいうのです。「アダム・スミスは自由放任で弱肉強食」なんて主張がいかにいい加減なのかこれだけでもわかりますね。ああいうデタラメを平気で口にする人たちは、『国富論』を読んだこともないのです。
「豊かな労働の報酬が〔人口〕増殖を刺激するように、庶民の勤勉も増進させる。労働の賃金は勤勉の刺激剤であって、勤勉というものは(中略)それが受ける刺激に比例して向上するものである。生活資料が豊富であると労働者の体力は増進する。また、自分の境遇を改善し、自分の晩年が安楽と豊富のうちに過ごせるだろうという楽しい希望があれば、それは労働者を活気づけて、その力を最大限発揮させるようになる」
アダム・スミスは高い賃金は労働者のやる気を高めるとして肯定的に評価しています。働けば働いたなりに生活が豊かになるという実感がなければ、勤労意欲が沸いてこないのは当然でしょうね。
「しかしながら、商業や製造業のどんな特定部門でも、商人たちの利害は、常にいくつかの点で公共社会の利害と違っているし、それと対立することさえある。市場を拡大しかつ競争を制限することは、常に商人たちの利益である。市場を拡大することは、公共社会の利益と十分に一致することがしばしばあるが、競争を制限することは、常に公共社会の利益に反するに違いないしまたそれは、商人たちが、自然の率以上に利潤を引き上げることによって、自分たちの利益のために、他の同胞市民から不合理な税を取り立てるのに役立つだけである。商業上の何か新しい法律か規制について、この階級から出てくる提案は、常に大いに警戒して聞くべきである。また、その提案を採用するにあたっては、最も周到な注意ばかりか、最も疑い深い注意をも払って、長く念入りに検討しなければならない」
もっともらしい理由で提案される規制も、それが誰に利益をもたらすのかを慎重に検討すべきだとスミスはいいます。「世のため人のため」みたいなことをいいながら、私利私欲を満たそうとするのです。確かに、規制によって競争相手を阻むことができれば、競争を勝ち抜くよりも楽でしょう。しかし、彼らが楽をしているということは、競争が働いていればよりよい製品が場合によってはより安く手に入ったのかも知れないのに、その機会を失うということです。むろん、規制が全部悪いわけではありませんが、既得権を守るためだけに存在しているような競争制限的な規制も多々あります。そうした規制は撤廃されるべきでしょう。
「外国の産業よりも国内の産業を維持するのは、ただ自分の安全を思ってのことである。そして、生産物が最大の価値を持つように産業を運営するのは 自分自身の利得のためなのである。だが 他の多くの場合と同じく、この場合にも 見えざる手に導かれて 自分では意図していなかった一目的を増進することになる。彼がこの目的をまったく意図していなかったということは、その社会にとって、彼がこれを意図していた場合に比べて必ずしも悪いことではない。社会の利益を増進しようと思い込んでいる場合よりも 自分自身の利益を追求するほうがはるかに《効果的に》社会の利益を増進することがしばしばある。社会のためにやるのだと称して商売をしている連中が社会の福祉を本当に増進したというような話は未だかつて聞いたことがない。もっとも、こうしたもったいぶった態度は 商人のあいだでは通例あまり見られないから、彼らを説得してそれを止めさせるのは、別に骨の折れることではない」
有名な「見えざる手」が登場しました。『国富論』の中で「見えざる手」という言葉が出て来るのはここ(第4篇「経済学の諸体系について」の第2章「国内でも生産できる財貨を外国から輸入することに対する制限について」)だけです。「世のため人のため」とかエラそうなことをいっている連中が本当に世の中のためになることをやったという話を聞いたことがないとスミスはいいますが、この辺りの事情は現代でも変わっていないように思えます。
「それゆえ、特恵あるいは制限を行なう一切の制度が、こうして完全に撤廃されれば、簡明な自然的自由の制度が自ずからできあがってくる。そうなれば、各人は正義の法を侵さない限りは完全に自由に自分がやりたいようにして自分の利益を追求し、自分の勤労と資本をもって、他の誰とでも、他のどの階級とでも競争することができる。そうなれば、国の主権者は、私人の勤労を監督して社会の利益に最も適合する事業に向かわせるという義務から、完全に免れることになる。もし主権者にしてこの義務を遂行しようなどとするならば、常に必ずや限りない妄想に陥るのであって、しかも人の智恵と知識の限りを尽くしても、これを正しく遂行することは不可能なのである。自然的自由の制度によれば、主権者が配慮すべき義務はわずかに3つである」
ここで「国の主権者」と呼ばれているのは政府のことです。スミスによれば、政府の義務は国防、司法、公共事業(および公共施設)の3つとされます。国防および司法は商業社会の大前提です。公共事業は社会にとっては有益ですが、「個人または少数の個人ではそういう事業からの収益で費用を償うことができない」ため、政府が行わなければならないとされます。
「分業の発達とともに、労働で生活する人々の圧倒的部分、つまり国民大衆の就く仕事は、少数のしばしば一つか二つのごく単純な作業に限定されてしまうようになる。(中略)努めて理解力を働かせたり工夫を凝らしたりする機会がない。こうして、自然にこうした努力をする習慣を失い、大抵は神の創った人間としてなり下がれる限り愚かになり、無知になる。(中略)進歩した文明社会ではどこでも、政府が何らかの防止の労を取らぬ限り、貧民、つまり国民大衆の必然的に陥る状態なのである」
分業が進むにつれて労働が単純化され、労働者は人間らしさを失ってまるで機械の歯車のような存在になってしまうことをスミスは見逃しませんでした。スミスはこうした分業の発達にともなう愚民化への対策として、初等教育の義務化を提案しています。
【利己心は制限されるべきか?】
さて、ここまで見てきたことで、アダム・スミスにとって利己心(self-interest)はごく普通の市民の徳(スミスの言葉を借りれば、仁愛に基づく高徳に対する下等な徳)の基礎をなすものであり、利己心の追求によって本人が意図していなかったような社会全体の利益が効率的に増進されてしまうとされてきたことがわかるでしょう。アダム・スミスにとって利己心は不偏不党の傍観者(公平な第三者)が共感できる範囲において何ら制限されるべきものではなく、むしろ貫徹されるべきものとして捉えられていたのです。この点で個人の快楽追求と社会全体の幸福の調和をめざす上で利己主義には制裁が加えられ、社会的利益を促進する必要があるとベンサムがいうときの「利己主義」と、アダム・スミスが説いた「利己心」とは異なるものです。アダム・スミスの説いた利己心は、単なる貪欲とか自分勝手とかとは違います。何をやっても勝てばいい、儲ければいいというのは、言葉の悪い意味での利己主義であって、スミスの説いた利己心とは無縁のものです。それはいってみれば、利己心の履き違えです。「利己心は制限されるべきだ」といった主張はネット上でもしばしば見られるものですが、少なくともアダム・スミスが用いた意味での利己心については的外れな見解であるといえます。言葉の悪い意味での利己主義は確かに制限されるべきでしょうが、スミスが説いた利己心は制限されるべきものではないのです。不偏不党の観察者はフェア・プレイを侵犯するような行動を容認することはありません。利己心は不偏不党の傍観者の共感を得られる範囲で正しく用いられれば、公益を増進するために大きな力を発揮します。スミスは人類の社会的進歩は独立心に裏付けられた創造力によって成し遂げられるという確信を持っていたのです。
ホッブスは、利己心を持つ諸個人からなる社会では「万人の万人に対する闘争」が生まれ、そうした闘争の果てに絶対権力が生じるとしました。ルソーは、利己心そのものが社会制度から説明可能だとし、ホッブスのように利己心を人間の本性であるとするのは説得的ではないとしました。
アダム・スミスは、人間は利己心(self-interest)を持つが、共感(sympathy)する能力も持っているとし、利己的な諸個人が集まっても「万人の万人による闘争」が生まれるわけではないとして、市場が成り立ち得る条件を示しました。自分が得することを最優先で行動するというのが利己心です。しかし、これだけなら、例えば、他人の無知につけ込んで粗悪な品を法外な値段で売りつけて暴利を貪るような行動になるでしょう。それでは継続して取引することはできず、市場は成り立ちません。「あいつは粗悪な品を法外な値段で売りつけて暴利を貪るとんでもないヤツだ」という悪評が立てば、誰も取引に応じてはくれないのです(むろん、現実にはそうした悪評が社会の隅々にまで知れ渡るには時間がかかりますし、悪評の有無を調べる手間隙もかかります。そのため、次から次へと「カモ」になる人たちが現れることとなり、悪徳商法もある程度の期間続けていくことができるわけです。しかし、ここでは話を単純化する上で悪評は速やかに知れ渡ると仮定しておきます)。では、どうすれば取引に応じてもらえるのでしょうか。自分だけではなく、相手も自分が得することを最優先して行動するだろうと想像できるというのがアダム・スミスのいう共感です。共感があれば、自分が取引してもらうにはどうすればよいのかを考えることができ、そのように行動することで市場での取引が可能となります。我々が「まあ、相手も商売だからね」といえるのは、共感の能力を我々が持っているからです。
アダム・スミスにおける利己心と共感との関係については、ネット上で検索してみても誤解されている場合が少なくありません。例えば、ここ
http://www.eco.osakafu-u.ac.jp/~tsuto/gakusi_q.htm#h11a1
には、大阪府立大学の経済学部で「経済学史」を担当している津戸正広教授と学生とのやり取りが載っていますが、このやり取りを読むと、アダム・スミスの説いた利己心を言葉の悪い意味での利己主義と混同する誤りが別に珍しいものではないことがわかります。
(問)自己の利己心を重視すると,他人の利己心などには配慮できなくなるのが,普通ではないか。
(答)やっぱり出てきますね。このような根本的な疑問が。たしかに普通は,他人の立場などに配慮できないから,「利己的」だというのでしょうね。しかし,スミスは「利己心」をひとひねりして,言わば「一段高い利己心」を登場させます。そこで,「スミスの言うようなバランスのとれた利己心などというものが,現実にあるのか」という疑問が,常に出てきます。それでも,利己心を持った人間は,他人も利己心を持っていることに何らかの形で気づくでしょうから,むき出しの利己心とは違ったバランスのとれた利己心を考えてもいいはずです。スミスのすごさは,それを「利他心」と言わずに「利己心」と言い切ったところにあります。
(問)利己心・自愛心を持つ人間は,他人の自愛心をも尊重できるか。
(答)スミスがそう考えたのは,スミスの人間的甘さか,人間的洞察力か。スミスのところで,また話題にします。
(問)利己心とか利他心とか言っても,結局は両者のバランスが問題ではないのか。
(答)結局はバランスの問題が重要ですが,いきなりバランス(平衡,均衡)と言うのではなく,人間の豊かな機微を明らかにしながら議論する点が貴重なのです。「自分の満足のために他人につくす」という形の利他心は,利己心を基礎にしています。スミスは,「他人に賞賛されたい」という欲望を人間は持っているという言い方をしました。
(利己心,利他心についての疑問や質問が数多く見られました。スミスのところで,またこの議論を持ち出して受講生を挑発したいと思います。)
(問)スミスという人は,人間的に甘すぎる(楽観的すぎる)のではないか。
(答)そうだと思います。しかし,その甘さがどのような欠陥につながっているか,どうすればその楽観性を補うことができるのか,いかにしてその甘さを克服するかなどについて,さらに議論を深めると面白くなると思いますが。
(問)《むきだしの利己心》でない利己心なんて存在しないのではないか。
(答)他人と関係して社会を形成する以上,全く他人(の利己心)に配慮しないで行動することができるでしょうか。他人に配慮する程度の差はあるでしょうが。利己心の特徴の一つに,《他人にかまってほしい》という利己心があるくらいです。
|
津戸先生は「アダム・スミスは楽観的すぎるのではないか」との問いに「そうだと思います」と答えているわけですが、アダム・スミスが生きた時代を考えると、アダム・スミスが今日の我々から見て楽観的過ぎるようにみえてしまう理由もわかるように思えます。王や貴族との対比でいえば、新興のブルジョアジーは明らかに「進歩的」だったのですから、アダム・スミスが勤勉や正直や正確さを彼らと結びつけて理解したのはむしろ自然なことだったでしょう。
また、「利己心とか利他心とかいってもバランスの問題ではないか」という学生の疑問は、恐らくは一方に「利己心」を、他方に「利他心」を置いて、両者のバランスを取るようなことを念頭に置いてなされたものであり、アダム・スミスの利己心と共感との関係についての理解としては(教育的な配慮抜きで明け透けにいってしまえば)まるでダメでしょう。
共感については、ここ
http://www.ac.cyberhome.ne.jp/~consumer/page027.html
にわかりやすい話が載っていましたので、紹介しておきます。
関西消費者協会『消費者情報』2005年1月号で、惣宇利紀男氏が興味深いことを言っている。利己心からなる経済主体が自己の利益追求に奔走しても、「神の見えざる手」によって社会は全体として繁栄する、というアダム・スミスの言葉がその本来のスミスの意味するところと違った形で跋扈しているとし、スミスの「道徳感情論」を紹介している。
同氏は「たとえていうならば、われわれが豆腐屋さんに行って、豆腐を購入するのは、豆腐屋さんの慈愛を受けるためではない。豆腐屋さんの利己心とわれわれの利己心が、豆腐とそれへの正当な代金を交換することで、双方が満足させられるからであるが、よりスミス的に言うならば、豆腐屋さんが正当な値段で豆腐を売って、生計を立てるという利己心は、他人からみても‘ 同感できる利己心’であり、同様にわれわれが少しでも良さそうな豆腐を探し求めて代金を支払おうとする利己心も前者に劣らず‘ 同感できる利己心 ’なのである」としている。他者の同感を勝ち得ない悪質な取引方法や欠陥商品は本来スミスの想定した市場とはおよそかけ離れたものと同氏は結論づけている。
|
むろん、世の中には共感能力の乏しい人もいるでしょう。読解力や表現力に乏しい人がいるのと同じです。とはいえ、世間相場から見て割高な値段で売ろうとしても他にも売り手がいれば、割高な品には買い手がつきません。逆に、世間相場より割安に買おうとしても他に買い手がいれば誰も売ってはくれません。共感能力の乏しい売り手や買い手は取引することができずに市場から排除され、結果的に世間相場で取引が成立します(むろん、この話も、ある品の世間相場について売り手や買い手がよく知っているという前提がありますし、目の前の売り手や買い手以外とすぐ取引できるということも前提した上での話です)。自分以外に売り手や買い手がいるという状況では、いくら世間相場から外れた値段で自分に有利に取引を行おうとしても、世間相場での取引がいわば強制されることになります。いい換えれば、結果として等価交換が成り立つのです。これがアダム・スミスが説いた「正義の法」の貫徹ということです。
水田洋氏は『アダム・スミス研究』(未来社、1968),pp.341−345で次のように述べています。
「かつてドイツ歴史学派が『アダム・スミス問題』として提起したような、スミスにおける『利己心』と『利他心=同感』との矛盾(『国富論』と『道徳感情論』との矛盾)は、もはや問題ではなくなった。『同感』が利己心に対立するものとしてではなく、かえって利己的行為を社会的に成立せしめる社会原理として、ただしく理解されたからである」
「難波田春夫氏の批判は、ぜんぜん的をはずれている。というのは、難波田氏は無制限な利己心は万人対万人のたたかいをひきおこすから、これがスミスにおけるあたらしい倫理だとは、とうていかんがえられないことを主張し、スミスは、『正義の法』で、これを制限したとかいしゃくする。けれども、高島教授の指摘のとおり、正義の法とは等価交換の原理なのであって、スミス的『経済人』の利己的な行為は、とうぜんにこの原理にしたがうことになるのである。市民社会においては、等価交換にしたがうことが、利己心を貫てつする道であった」
共感を得られないような利己心は、誰も取引に応じてくれないので、結局満たすことができません。利己心を満たそうとすれば、共感を得られるやり方に従う他ありません。その意味で共感を得られないようなやり方をしている人は、自分の利己心を真剣に追及しているとはいい難いわけです。「カネがほしい」というだけで、何の行動も起こさない人を我々は真剣にカネを儲けようとしているとはいいません。手っ取り早く他人を騙してカネを儲けようと考えるのは、安直でしかなく、そうした行動は不偏不党の傍観者の共感を得られるものではありません。つまり、悪徳商法で一儲けしようと考えるのは、アダム・スミスの説いた利己心と言葉の悪い意味でも利己主義とを混同するものであって、利己心の履き違えとでも呼ぶべきものでしょう。アダム・スミスは悪徳商法を是認しているわけではありません。同様に、悪徳商法を引き合いに出して、「利己心はよくないから制限するべきだ」と主張するのも、アダム・スミスの説いた利己心の解釈としては間違いだといわざるを得ません。
もっとも、利己心を言葉の悪い意味での利己主義だとするのなら、「利己心はよくないから制限するべきだ」という主張はごく常識的な話に過ぎません。言葉の悪い意味での利己主義が公共の利益に反し社会に害悪をもたらすのは当然であり、そのような利己主義に何らかの制限を課すことに反対する経済学者はいないでしょう。経済学を「市場原理主義」とか呼び、経済学者がありとあらゆる規制に反対しているかのように主張する人たちもいますが、あの手の批判は規制の緩和や撤廃によって既得権を損なわれると恐れている人々や彼らに媚びる一部のジャーナリストが唱えているものに過ぎません。教科書を見ればわかるように、経済学では「市場の失敗」について論じており、規模の経済性が存在する場合、公共財の場合、外部性が存在する場合、情報の非対称性が存在する場合などには市場メカニズムはうまく機能できないので、何らかの規制その他が正当化され得るとされています。経済学で規制一般を否定しているかのような主張をする人もいますが、その時点でその人は経済学についてほとんど何も知らないといっているのと同じです。1990年代に規制改革が叫ばれたとき、一部の経済学者がずいぶんと単純な規制撤廃論を唱えたのは事実ですが、彼らにしても規制一般を否定してはいませんでした。経済学者は世間一般と比べれば規制に対して確かに批判的かも知れませんが、経済学者が規制一般を否定しているという主張は事実無根という以外ありません。
「アダム・スミスは利己心を肯定しているが、そんなことだから経済学にはモラルがないんだ」などといったありがちな批評は、無知に基づいてアダム・スミスの利己心を言葉の悪い意味での利己主義だと誤解した上でなされたものであり、全くの的外れだといえます。批判するなら、『道徳情操論』やアダム・スミスの研究書の何冊かぐらいちゃんと読んでからやってほしいものですね。
「BOOK」データベースによれば、ケネス・ラックス(Kenneth Lux)の『アダム・スミスの失敗』(草思社、1996)は、
『国富論』を著した経済学の父アダム・スミスは、人は「利己心」を追求するために行動すると考えた。本書は、ディケンズが描いたイギリス社会やアメリカの大恐慌、環境破壊等を引き合いに出しながら、「利己心」にもとづく社会の過ちを跡づけ、スミスおよびその後継者たちが根本的な誤りをおかしていたことを明らかにする。そして、人は生来「利己心」のみならず「慈愛心」をも備えており、新しい原理にもとづく学問を構築することで、貪欲さよりも「慈愛心」に拠って立つ社会をつくりあげるべきだと説く、画期的な意欲作
であり、「MARC」データベースよると、
金融破綻、環境問題など、現代社会が抱えるすべての問題は、人の利己心を称揚する経済学に端を発すると主張する、経済心理学者による意欲作
だそうです。まあ、はっきりいってバカですね(笑)。
ケネス・ラックスのデタラメぶりは、アダム・スミスに限りません。例えば、ケネス・ラックスによると、ダーウィンはマルサスの『人口論』から生存競争を学んだことになっていますが、ダーウィンがマルサスから学んだのは、人口法則です。ダーウィンはマルサスの人口法則にヒントを得て、生物はその子孫をその生物が生きている環境で養い得る数以上生むが、生まれた子孫の中で生殖可能な時期まで生き延びて子孫を残せるのは子孫の中でも環境により適した形質を持つ個体だろうと考えたわけです。ちなみに、ある個体の環境への適応度は、その個体がどれぐらい多くの子孫を残したかで測られます(この辺りは、「適者生存はトートロジーだ」とかいろいろと議論もありますが)。ケネス・ラックスは恐らくダーウィンの『種の起源』も読んだことはないんでしょうね。きっと進化と進歩との違いもわかっていないと思います。で、ここ
http://d.hatena.ne.jp/champion/200501
http://consumer.seesaa.net/article/2344415.html
みたいに、ケネス・ラックスのホラ話を真に受ける人も出るわけですね。アタマが悪いとしかいいようがありません。アダム・スミスの『道徳情操論』を自分で読もうともせず、ケネス・ラックスのインチキ説を鵜呑みにしているんですから。
既に我々が上で見たように、アダム・スミスの説いた利己心と言葉の悪い意味での利己主義とは別物でしたから、『アダム・スミスの失敗』が全くデタラメな本であることは明白です。ちなみに、著者であるケネス・ラックスが以前から傾倒していたのが、メハー・ババ(Meher Baba)という人物です。あのサイババの弟子であることも指摘しておきます。この事実を最近になって知った翻訳者の田中秀臣さんもご自分のブログで当惑していますが、当然でしょうね。