- 低髄液圧症候群と区別
脳脊髄液減少症は低髄液圧症候群と区別される、新たな疾患概念として注目されつつある(このページ別稿参照)。東京都で開かれた第1回脳脊髄液減少症研究会(会長=平塚共済病院脳神経外科・篠永正道部長)から同症の病態、診断・治療についての知見を紹介する。
- 〜EBP無効例〜
・血液凝固第XIII因子低値が関与か
会長を務めた篠永正道部長によると、これまでに平塚共済病院(神奈川県)で診療を行ってきた脳脊髄液減少症は約600例で、そのうち約 7 割は数回のEBPで症状改善が得られたが、残りの 3 割は無効か部分的な改善にとどまった。また、EBPを 2 回以上行い、かつ半年を経過しても効果が得られない症例を難治例とした場合、その頻度は脳脊髄液減少症と診断された全症例の約10%であった。さらに、これら難治例には血液凝固異常を呈する例、あるいは胃腸障害や自律神経異常、精神的要因などを有する例が少なくないこともわかってきた。同部長は、これら難治例への対応を通して得られたEBPの効果を阻害する可能性のある因子について報告した。
・脳脊髄液の産生能にも障害か
脳脊髄液減少症に対するEBPの有効性は髄液漏出を止めることにある。逆にEBPが無効となる要因としては、(1)髄液漏出が止められない場合と(2)なんらかの理由により髄液産生能が低下している場合−とが考えられる。
難治例を検討した結果、髄液漏出が止められない場合の例として、髄液漏出部位(特に頸椎、胸椎からの漏出)が複数存在する症例、血液凝固第XIII因子が欠乏している症例がしばしば見られた。そのほか、胃腸障害、特に逆流性食道炎を有する症例、交感神経優位の自律神経異常を有する症例、うつやストレス、神経症などの精神的因子を有する症例も多く、こうした症例では髄液産生能低下がEBPの効果を阻害していると考えられたが、篠永部長は「脳脊髄液の代謝機序がまだ明らかではなく、推察の域を出ない」と述べた。
一方、難治例に対する対策としては、診断における頸椎・胸椎MRIミエログラフィー、凝固第XIII因子の測定、食道・胃内視鏡検査の実施、治療においては造影剤添加自家血を用いた透視下での頸椎・胸椎部位へのEBP施行、乾燥濃縮人血液凝固第XIII因子投与、プロトンポンプ阻害薬投与の有用性が考えられた。同部長は、十分な睡眠やストレス回避、適度な運動、十分な栄養・水分摂取を目的とする生活習慣の改善にも効果があるのではないかと指摘した。
- 〜注入自家血への造影剤添加〜
・より的確なEBP治療が可能に
EBPは脳脊髄液減少症に対する代表的治療法だが、効果を左右する条件として髄液漏出部位への的確な血液投与の成否が考えられる。しかし、硬膜外投与血液の広がりや至適投与量について検討した報告はない。福山光南病院(広島県)麻酔科の石川慎一氏は、造影剤を混入した自家血を用いて腹臥位で硬膜外穿刺とEBPを行い、自家血の投与量を検討。胸部では 1 椎体当たり約1.7 mL、腰部では約2.7mLの血液が必要だと述べた。
・髄液漏が広範囲の場合は複数部位からの投与を
昨年 2 〜10月に同科で脳脊髄液減少症と診断され、EBPが施行された29例について、胸部から自家血注入を行った胸部群、および腰部から自家血注入を行った腰部群各18例に分類し、注入自家血の広がりを透視下に確認して拡散範囲、左右への偏位、椎間孔からの漏出の有無を観察した。自家血の注入量は最大限で20mLとし、注入時痛の訴えにより投与を中止した。
その結果、胸部群では 5 例で注入時痛を認めたため投与量は18±3.3mL、腰部群では全例とも20mLを投与しえた。最大量注入時点における胸部群での広がりは平均10±2.6椎体、腰部群では平均6.9±1.2椎体であった。
硬膜外腔での血液の広がり方では、穿刺部位から頭側への広がりが尾側への広がりに対して約 2 倍であった。また、腰部群では上部胸椎周囲に、逆に胸部群では腰椎周囲にまで拡散させることは困難であった。
さらに、胸部群では椎間孔からの漏出は 4 例(22%)で認められたが、偏位は認められなかった。これに対して腰部群では、椎間孔からの漏出を11例(66%)に認め、偏位は 8 例(44%)に認めたが、うち 5 例(28%)では偏位が改善されず、追加穿刺と注入を必要とした。(図)
(右図『注入した自家血』参照 ※クリックすると大きくなります。)
以上から、石川氏は「EBP治療に際し腰部では胸部に比べて多くの血液を必要とし、これには硬膜外腔の容量の違いに加え、plica mediana dorsalisと呼ばれる正中隔壁の存在、腰部硬膜外腔での脂肪密度の高さなどが血液の広がりに影響すると考えられる」と指摘。髄液漏が広範囲に認められる場合には、複数部位からの投与を推奨した。また、造影剤を混合して透視下に行うEBP治療は、硬膜外針の位置や血液の広がりを確認できるため、手技を確実にする有用な方法だと述べた。
- 診療ガイドラインの素案を提示
脳脊髄液減少症には、髄液圧は正常で体位による頭痛の変化も著明ではなく、症状も多彩で不定愁訴のようでもあり、正確に診断されず看過されている例も少なくないと予想される。さらに、同症が医療従事者よりも一般の人々に知られている状況も、臨床の場における混乱と問題をより複雑なものにしている。このような状況のなか、日本医科大学脳神経外科学の喜多村孝幸助教授は、診療ガイドラインを早期に作成提示して病態をより多くの医師に正しく理解してもらうことが急務だと指摘。同症の診療ガイドラインづくりのための素案を提示した。
- 症状は診断の決め手とはならない
喜多村助教授は脳脊髄液減少症の臨床症状は多種多彩で診断の決め手とはならないと指摘したうえで、それらを列挙した。疼痛では頭痛、頸部痛、背部痛のほか、腰痛や四肢痛。脳神経症状では嗅覚障害、視力障害、複視、聴力障害、味覚障害などのほか、顔面違和感、耳鳴、眩暈、咽頭違和感。自律神経症状では微熱、動悸、発汗異常などのほか、腹痛や便秘、下痢といった胃腸障害、手足の冷感。さらに高次大脳機能・精神症状では記憶力低下、睡眠障害のほか、思考力低下、集中力低下、うつ状態などの訴えも見られる。そのほか、内分泌障害や全身倦怠感などもしばしば見られると述べた。
このように、同症の症状は非常に多岐にわたっているため、単に列挙するだけでは逆に混乱を招くことになり、ガイドライン作成に当たっては、諸症状を適切に分類、取捨選択し、重要度に応じた順位付けを提示する必要があるという。また、症状を判断する際の参考事項として、発症に先駆けての軽微な外傷の存在、臥位での症状軽快、発熱・下痢での脱水による症状悪化、少なくない正常髄液圧例の存在などを挙げた。
画像診断では、ガドリニウム(Gd)造影による冠状断・矢状断脳MRIで硬膜造影効果、脳静脈拡張、硬膜下腔拡大、脳下垂体腫大、小脳扁桃下垂、脳幹扁平化のうち 3 項目以上の該当によって診断できることとする。また、脳脊髄液漏出の診断では、CTミエログラフィー、RI脳槽脊髄髄液腔シンチグラフィー、MRAミエログラフィーなどで髄液漏出像、膀胱内早期集積像、早期クリアランスのうち 1 項目以上の該当によって診断できることとする。
一方、治療法としては、(1)約 2 週間の安静臥床、経口による十分な水分補給、さらに可能なら入院での治療で電解質輸液による1,500mL/日の水分補給を行う(2)これらが無効の場合、EBPを施行する。(3)さらに(1)、(2)が無効で、漏出部位が同定されている場合には手術適応とする。
同助教授は「現時点では、脳脊髄液減少症は多くの医師に認められた病態とは言えないが、今後、同症の病態解明とともにEBMに基づいた診療ガイドライン作成によって、同症への理解を広めたい」と述べた。
- 「脳脊髄液減少症」と「低髄液圧症候群」
開頭術や脳室シャント術、腰椎穿刺後の脳脊髄液漏出による激しい頭痛を特徴とする低髄液圧症候群については、以前から神経内科、脳外科、麻酔科などの医師の間では認知され、腰椎穿刺後の起立性頭痛に対する硬膜外腔自家血注入療法(epidural blood patch;EBP)の有効性も知られていた。一方、比較的軽微な交通事故やスポーツ外傷を契機とする頑固で慢性的な頭痛やその他の多彩な症状については、心理的なものとされ、看過されることも少なくなかった。近年、これらの症例が低髄液圧症候群と同様か類似の機序による病態との認識のもとにEBPが行われ、著明な症状改善が得られることが報告された。ところが、その後、こうした症例では脳脊髄液漏出が認められても髄液圧はむしろ正常な例が多いことから、低髄液圧症候群とは区別して脳脊髄液減少症と捉えるべきことが提唱された。昨年、脳神経外科、整形外科、麻酔科などの医師を中心に低髄液圧症候群研究会が開かれたが、このような事情から名称を脳脊髄液減少症研究会と改めた。