
| ●1・17事件 2002/01/16〜18(第6版) |
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もともと、斬鉄剣(ナミ氏)と無題(マサムネ氏)の局地戦であったこの戦いに、無情な日常(マサ氏)は「斬鉄剣擁護」を掲げて突如として参戦を表明する。1月16日未明、「俺的テキストサイト論 」(テキストは「裏!無情」に移動、ログはこちら)と銘打った日記の中で、無題(マサムネ氏)、WEB SITE(いがらし氏)、三国志探訪(ニセクロ氏)に対し、アンチという悪意の籠もったレッテルを張り、奇襲ともいえる文中リンク攻撃を仕掛けたのだ。
もっとも、以下のくだりを見る限り、マサ氏にそれほど悪意は無かったように思える。彼にとっては、軽くネタにしたという程度の意識でしかなかったであろう。
無情な日常からアンチ的直リンされていることを知ったニセクロ氏は「リアクションしようがないので気にせずダブルブリッドVII(中村恵里加/電撃文庫)を読んで寝る。」(1/16付)と放置。マサムネ氏は「何ら具体性の無い頭の悪い感情論の羅列を公開することに、何の意味があるのでしょうか?」(1/15付)、いがらし氏も「無情な日常ってバキャですか?」(1/16付)と、軽く煽り返す程度の反応しかしなかった。 しかし、マサ氏は無謀にも無題のBBSに乗り込み、以下の反論をする。
相手の本拠地に飛び込んでいき、反論を突きつけるのは、あまりにも分が悪すぎる。にも関わらず、いとも簡単にそれを実行してしまうのは、マサ氏の若さ故の行動なのかもしれない。それに対して、マサムネ氏は軽く煽りを加える。
その反応に恐れおののいたのか、マサ氏は、早々に無情TOPに撤退宣言及び失態に対する弁明(現在は消去)を掲載するも、逃げる獲物を追う狩人のごとく、マサムネ氏は日記(1/16付)にて反撃。そして、イチヅカ氏をはじめとする何人かの論者が無情BBSに進入し、マサ氏の論理的矛盾を付いて論争を開始する(ログ流れ)。以降、無情BBSでは、テキストサイトにおける文章力「肯定派」と「否定派」、ひいては論理派と情緒派の戦場ともなった。そして第一報がテキスレに入る。
これ以降、テキスレでは無情祭りが催され、無情BBSはヲッチ対象に昇格する。そんな折り、冷静に事態を見つめる男が居たことも明記しておく。その男の名は、地獄の番犬・獄氏である。
が、マサ氏の弁明、及び無情BBSへのマサムネ氏の降臨、マサ氏とマサムネ氏の直接対話(無題ログより)と、事態は矢継ぎ早の急展開を迎え、祭りは一気に佳境へと向かう。 17日夜、無情BBSのレス応酬は一向に衰える気配を見せず、無情BBSは山のようなレスが飛び交う。矛盾したマサ氏の発言に対する反論、真っ当で真摯な意見、そして応援、擁護のレスで溢れかえっていた。マサ氏は懸命にレスを続けるも、一人で全てにレスを付けられるような状況には無い。最後の方のマサ氏の発言はもう悲鳴にも近い。
この状況に一種のパニック状態で、通常の精神状態では無かったようにも思える。彼は過敏になり過ぎてしまい、もう普通の意見すら攻撃としか映らなかったのかもしれない。 彼は、逆ギレ的にTOPに1/18付(実際には17日中)で正式謝罪及び反論を掲載することになる。そこでは、当事者であったはずのいがらし氏、ニセクロ氏を完全に無視し、ターゲットをマサムネ氏のみに絞ったのだった。尚、いがらし氏は1/17付日記でその心境を語っている。 次に、「法の盾」発言で威嚇して荒らしを黙らせ、納得の行かない人のために日時と場所を指定して「直接会いましょう」発言も同時に行った。だが、結果として、逆にそれらの発言は火に油を注ぐ結果となってしまう。 「直接面会」発言は、マサ氏にとっては善意の行動であったのだろう。だが、相手の事情に対する配慮が欠如しており、それは指摘の材料となった。 また、「法の盾」発言には、さすがに呆れた人も多かった様子である。BBSには鯛氏を始めとする何人かの閲覧者から「冷静になれ」というレスが繰り返され、名指しを避けているが荒廃の歌からも注意を促すコメントを入れている(現在は消去。ログはこちら)。 多少の冷静さを取り戻したマサ氏は、無情BBSにて、「18日0時頃に無情な日常にて公式なコメントを行う」と発表する。
そして、18日の1時過ぎ、TOPに謝罪文が掲載されることになる。無情BBSにて、マサ氏の謝罪に対して、マサムネ氏は以下のようなレスをする。
一大事件となったこの祭りに参加した人数は数千人にものぼるであろう。その人々は、このレス以降、それぞれの居場所へと戻っていくのであった。テキスレでは、この事件を「1・17事件」と名付けた。ひとつの伝説が生まれた瞬間であった。
果たして我々にこの覚悟というものがあったのだろうか。閲覧者は100人だろうが、数千人だろうが変わらない。web上では、日常生活では有り得ないような大人数の前で意見を発表しているということを、いったいどれだけのサイト管理者が真面目に意識していただろうか。この件をマサ氏のみの問題とするわけにはいかない。対岸の火事としてしまうわけにはいかないのだ。 また、テキストサイト閲覧者の層の違いというものを改めて実感した。あまりにもwebに対する前提条件が違い過ぎるのだ。決して埋まることの無い溝がそこにはあった。99式の宮本氏も仰っているが、小さなコミュニティであった頃に共有していた意識というものは、巨大に成り過ぎた現在のテキストサイト界には通用しないということなのだろう。 例えば、if氏は、 02/01/17【ちなみに私はアンチ剣です。】において現状を憂いている。そして、「無駄な体力を消耗せずにいざこざを起こさない最良の方法は、「住み分けてお互いに干渉しない」ことだ。」と述べている。争いは純粋にサイトの文章を楽しむ方にとってはウザいだけであろう。至極もっともな意見だと思う。 ただ、私としては閉じて交流を無くす必要はない。それほど悲観する必要はないと考える。 web上では、年齢も性別も社会的立場も関係ない。ある意味、それぞれがフラットな関係にいる(という幻想を抱いている)。これは現実社会ではあまり有り得ない状況である。様々な立場の人間が同等に位置し、様々な意見の交換をしやすいwebという環境は、今までに無かったような非常に面白い環境なのである。 対話や議論について言えば、ギリシャ思想以来、西洋思想では対話や議論からより高次元な思考を生み出そうとする意識がある。例えばヘーゲルの弁証法では思考を「即自」(定立)、「対自」(反定立)、「即かつ対自」(総合)という三段階での発展で捉えている。「即自」とは思考が一義的な状態であり、即自を否定する立場の「対自」(アンチテーゼ)の出現により矛盾を孕んだ状態に陥る。その対立する二つの思考を、より高い次元で統合しようとしたものが「即かつ対自」(アウフヘーベン、止揚)なのである。 これらを考えた場合、いろんな立場の人間が同列に位置して発言を行うことのできるwebでは、それらの人々の対話や議論、交流の中で、いくつもの対立が、そしていくつもの高次元な止揚が生み出される可能性があると言って良いのではないだろうか。 が、対話や議論は、感情論をベースにしたような、あまりに浅薄な即自(定立)である場合、矛盾を指摘されても自覚することも反論することも出来ず、防衛のためにひたすら意固地に固まってなってしまうこともある。そのような場合には、今回のような悲劇を生むことになるのかもしれない。これを回避するためにも、我々は常に自分のスタンスというものを把握し、その責任と限界を自覚しなければならないのだろう。
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追記
nanasi537 2002/02/10 第6版 参考資料: 無題(マサムネ氏)--日記1.15〜17,VS 無情な日常,BBS 無情な日常(マサ氏)-- 日記1/16(テキストは「裏!無情」に移動),正式謝罪及び反論,謝罪文,BBS,謝罪 WEB SITE(いがらし氏)--日記1/16〜18 三国志探訪(偽黒武堂氏)--日記1/16〜18 テキスレ12 ケルベロス(獄様)--1/16,18 荒廃の歌(猫氏)--黒猫の「私の今日の想い」(現在は消去。ログ) 鯛ページ(鯛氏)--無常祭り・考察 Mチカ伝説(Mチカ氏)--テキストサイト理論@ if→itself(if氏)-- 02/01/17【ちなみに私はアンチ剣です。】 はるのネット一人旅(はる氏)--日記2002.1.17 99式(宮本勇次郎氏)--2002年 1月17日(木) ニンジャくんのテキサイニュース3 斬鉄剣(ナミ氏)--1・17事件 デマゴーク--「斬鉄考」
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