テキスト論用メモ(論理)

2002/02/01
●アルオ語録
アルオ「当たり前だろ! 前提という石橋は叩いてから渡るものだ。
    前提が間違っている場合、その後に展開される論理はすべて否定されてしまうからな」


2002/02/14(3−604まで消化)
●理論と論理
何を今更感が漂うのですが、念のため。これは辞書をひけば一発なのですが。

大辞林第二版から引用(goo)---
りろん 【理論】
[一]
(1)科学研究において、個々の現象や事実を統一的に説明し、予測する力をもつ体系的知識。狭義には、明確に定義された概念を用いて定式化された法則や仮説を組み合わせることによって形作られた演繹的体系を指す。「―を確立する」
(2)特定の研究領域や個々の学者の学説や見解を指すこともある。「批評―」「湯川―」
(3)実際の経験から離れて純粋に思考の中で組み立てられた知識。「実践」に対立し、否定的意味で使われることが多い。空理空論。「―倒れ」
[二]物事の道理・筋道などについて論じ合うこと。また、その議論。「可否は通と不通の―を待つのみ/人情本・辰巳園(序)」
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ろんり 【論理】
(1)思考の形式・法則。議論や思考を進める道筋・論法。
(2)認識対象の間に存在する脈絡・構造。
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一般に理論は[一](1)を指し、論理は(1)を指すと思います。理論は様々な事象からある傾向を割り出し(すなわち抽象化)それを体系化したものであり、論理は思考するための一つの手法です。

しかし、改めて見ると理論も結構な意味合いをもっているものですね。

まあ、敢えて理論[一](3)を採用して、「そんなの机上の空論だろ!」とか「何を小難しい理屈をこねていやがるんだ、こん畜生!」とか「あーい、頭デッカチンは…」とか言いたい時に、ちょっとしたアイロニーを込めて「君って理論派だね」という風に使えるのかも?(w 

そう言った意味じゃ、今回の斬鉄剣での「理論」という言葉の使い方は間違えてないのかもしれません(w

●論理の有効性
上記に挙げましたが、論理は一つの「計算法則」と言っても良いでしょう。その説明に良く使われるのが三段論法でしょうか。

ソクラテスは人間である。
人間は皆死ぬ運命にある。

故に

ソクラテスは死ぬ。

「ソクラテス=人間である」で、「人間=皆死ぬ運命」とすると、「ソクラテスは死ぬ」ということが推論できると。こんな感じで記号化し、ある種の計算式にして体系付けたのが論理学なのかな。そこら辺は論理学の本を読んで頂けると(w

論理を成り立たせるために、いくつかのルールというものが存在します(Let's Learn−−論理学に、それっぽいものがあったので、ご参考まで)。そんなルールの組み合わせで、論理は思考を深くまで突き詰めさせようとします。無論、矛盾を許しません。それを許すと計算も何もあったものではないので(w

そんなわけで、論理は色んな事象から真理を割り出す場合に結構有効だったりします。科学の発展も論理があってこそ(と、言ってよいのかな)。そんな思考手段です。

でも。。。実は、色んな問題も含んでいます。

ちょっと眠たくなったので、続きは明日以降に回させてください。以下、メモ。

・論理はある角度からの分析は得意。逆に言えば、前提という土俵上のみ有効。
・前提条件の重要性。(有効範囲を狭めるということ。全体が見えなくなる時がある。)
・人間の心を論理で割り切るのは難しい。(感情と理性の葛藤?)


2002/02/15(3−604まで消化)
●論理(2)
論理では前提(命題)どうしを計算して、結論を導いていきます。簡単なところで「かつ(and)」

(前提Aが真)かつ(前提Bが真)ならば結論は真
(前提Aが偽)かつ(前提Bが真)ならば結論は偽
(前提Aが偽)かつ(前提Bが偽)ならば結論は偽

論理で話を展開していく場合、その中に一つでも偽があるとマズイ。

1:(((真かつ真)かつ真)かつ真)→真
2:(((真かつ真)かつ偽)かつ真)→偽

残念ながら、たった1個の偽の為に導かれる結論は簡単に否定されてしまうのです。そのため、攻撃側は一個一個の前提を入念にチェックします。そうならないように、我々は丹念に前提の真偽を確かめる必要があるのです。

●論理(3)
果たして、

1+1=2

なのでしょうか?

例えば、小さな粘土が2つあります。それをくっつけると大きな1つの粘土になりました。この場合、個数で考えると1+1=1であると言えます。そしたら上記の式は嘘じゃん、ってことになりますよね。

なので、範囲を絞る。前提条件として「ユークリッドの原論を基礎とする数学上において」というものを付加することによって、1+1=2は正しくなり、もうツッコミどころが無くなってしまいます(ユークリッド云々は嘘かもしれないけど。。)

論理において前提条件というものは非常に重要なものということです。

まあ、結論を真にするために(穴が無いように)、バシバシと前提条件を付加していくものなのですが、それにより、対象範囲を狭めて行く傾向はありますね。そういう性格上、論理は細かいことを分析するのに向いているといった具合です。

それはそれで素晴らしいことなのですけどね。結構辛いところもあります。ある角度から細かく切り込むのは得意なのですが、全体が見えにくいのです。

例えば、人間の心。人間は様々な気持ちを同時に持てる。「好き」なのに「嫌い」。「辛い」のに「楽しい」。「面白い」のに「悲しい」。不思議ですよねぇ。

論理的な人はそれにそれぞれ理由を付けて分析しようとする傾向にあります。「好き」な点は○○の理由だからで、「嫌い」な点は××の理由だからである、と。そして割り切ることで、自分を納得させるのです。

でも、たったそれだけでしょうか? 実際はそれらの気持ちはもっと複雑に絡み合っているようです。そんな単純ではないように思える。

勿論、論理で割り出せる部分もあるでしょう。が、時にそれは心の総体とはかけ離れることもある。内なる感情との葛藤。そんな時、人は苦悩するのでしょう。

「悲しいけどこれ、人間なのよね」
なんか段々嫌になってきたので、スレッガー中尉っぽい発言を残し、お茶を濁して寝たいと思います。では。


2002/02/16(3−604まで消化)
●論理(4)
昨日、「ユークリッドの原論を基礎とする数学上において」と言いましたが、それが当たっているかどうか不安だったので、友人Y君に聞いてみました。彼もあやふやだったようですが、代わりに独自のネットワークを駆使して調べてくれました。サンクス(w
これは彼の友人が送り返してくれたメールだそうで、ご参考まで(w

> 1+1=2
>
> という前提の元に成り立っている
> 数学を何数学って言いましたっけ?
> ユークリッド数学でしたっけ?

 代数のことか?
 とはいえペアノの公理に上記のような内容のものはない。和(足し算)と 積(掛け算)はペアノの定理からの数学的帰納法による定理だそうだ。

あはは、よく分からん(w

追記:
さっきちゃんと調べてみたら、ドンピシャ! ナイス>Y&Yネットワーク!
なるほど、自然数を定義したのがペアノの公理で、和・積はその公理から数学的帰納法によって導き出された定理なわけね。(カニさんの部屋−−ペアノの公理辺りが分かりやすいかな)。

つまり、ペアノの公理上において、1+1=2は真である

というように言っておけば、間違いなしと言うことか。後で直しておきます。これって数Tくらいで習うのかな? すっかり頭から抜けている。というか、元々頭に入ってなかったように思える(w

●論理(5)
昨日、一昨日と論理のことばっかり考えていたら、今日の打ち合わせで2回ほど「論理」という言葉を口走ってしまい、妙に笑えました。


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