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Vietnam
- Jottings -
(2000年10月)
1. Vietnam に入ったのは1991年2月にホーチミン市(サイゴン)に行ったのが最初。その後は周辺国に駐在していながらTimingが合わず1996年にCambodiaより入国しただけ。なぜかまだHanoiに行ったことがない。但し,Vietnam人とは1990-95年のLaos/Cambodia駐在時接する機会が多かった。現在Cambodia
には約10万人のVietnam人がいるが,一方,南部ベトナムにはクメールクラオムと言われているCambodia人が90万人以上居住している(以前Cambodiaの領土だった為)。
2. フランスによるインドシナ支配が始まって後,ゴムのプランテーションの労働者として多くのVietnam人がCambodiaに移住させられ,更にフランスによるCambodia間接統治政策で,下級官吏などにVietnam人を雇用した為Cambodia人の反ベトナム感情は今も根強くある。
3. 1975年のサイゴン陥落以前のVietnam駐在員は商売の相手が華僑が多かった為か広東語は覚えてもVietnam語を話せる人は少なかった由。
4. 北ベトナムには雲南省出身の華僑も多かったが,特に1979年の中越戦争後少なくなっている。以前は昆明にもVietnam領事館があった。 Vietnamより雲南省に戻った華僑はフランス語も話せる。
5. フランスは約100年前にHanoiより昆明迄鉄道を敷いたが,当時の軍需物資たる雲南省の錫などを運ぶのが目的の一つだった由。現在は雲南省産の燐系肥料がこの鉄道を利用し,陸路Vietnamに輸出されている。
6. Cambodia向けODAの最初のNon Project Grant (1994年) でガソリンを受注し,SingaporeよりVietnam経由Mekong河を逆登りPhnom
Penh港迄運んだが(同時に受注した
Indonesia の丸棒や 日本の亜鉛鉄板も このルートで運んだ),今は主としてCambodiaの シアヌークビル港より輸入している由。