
世の中には、色々なトンデモ説を唱える人がいる。これは歴史についても同様。そして昨今の日本、特にネット上の言論で目につくのは、必死になって「日本は正当だった」という論をでっち上げようとする、トンデモ諸氏である。
ただしそれは、単に無知と非常識に起因する思い違いでしかない。ここでは、それについて論じてみたいと思う。
で、とりあえず一言、申し上げておきたいことがある。
言論の自由という観点からは、どんなトンデモを吹聴しようと自由である。だから、「日本は正義だった」と主張したいなら、そうすればいい。それは現代の日本国民に与えられた権利の行使であり、非難には当たらない。
なのだがしかし、筆者個人としては、このような妄想の横行は日本人の知性の貧弱さを示すものであり、日本の恥であると感じている。
だからこのような拙論をしたためているのであり、そして筆者としては、きちんとした常識が日本に広まってほしいと念願している。
<1:「清室優待条件から正当」というトンデモ>
そのようなトンデモ説の一つとして、こういうものがある。
「中華民国は、清帝国との間に結んだ契約であるところの清室優待条件を、破った。したがってその満洲の領有権は無効であり、だから満洲国建国は正当だ(あるいは日本の満洲支配は正当だ)」
これまた馬鹿馬鹿しい限りの珍論なのだが、ここは真面目に論じておきたい。
それではまず、清室優待条件についての説明から始めたい。
要するに、辛亥革命の幕切れとして、ラストエンペラーの溥儀は退位した。ただし単に退位したわけではなく、袁世凱に対し、共和制政府を樹立することを命じたうえで。そして袁世凱政権は直後に革命派も吸収、そうして誕生したのが中華民国と言うことである。すなわち、その誕生の経緯からして、中華民国とは、清帝国が帝政から共和制に移行した国家と言うことができる。
そして清室優待条件である。つまり溥儀は、無条件に退位したわけではなく、清室優待条件の履行を命じた上で、退位した。それは、退位後も皇帝という尊称を用いる、紫禁城への居住、清朝の墳墓の保護、年金、といった条件である。
なのだが、それは後に破られる。
墳墓が暴かれるという事件が起き、年金も全額は支払われない(ただし筆者が調べた限りでは、初年度以後は全く支払われないという記述の本と、減額されて支給されたという記述の本がある。どっちが正しいのか、筆者にはわからない)。
そして1924年には、修正清室優待条件を強制的に受諾させられ、皇帝という称号を廃止され、紫禁城からも追われることになる。(ただしこれについては、とにもかくにも溥儀は受諾しているので、「破った」とはいえないはずである)。
歴史の事実としては、だいたい以上のようなことである。
そして「日本は正当だった」な一部トンデモ論者氏は、それをことさらに取り上げトンデモな主張をするわけである。
「清室優待条件は、溥儀が退位する条件として、中華民国との間に結ばれた契約である。そして中華民国がそれを破った以上、中華民国の満洲の領有権は無効であり、したがって日本の満州事変は正当だ」
と、そういった馬鹿げたことを。
で、どこが馬鹿げているって、そもそもその主張、話の前半と後半が食い違っているんである。
つまり話の発端は、「退位する条件として〜〜」だろう。そしてそこから、「それが破られたから〜〜」って論理に展開する。ならば結論は、「退位自体が無効であり、中国全土を支配するところの清帝国を復興させなければならない」という主張になるのが自然だろう。もちろんその当否はまた別だが、話の筋道としては。
にもかかわらず、そういうトンデモ論者は、「満洲の領有権だけが無効である」っていうねじ曲がった結論を主張するわけである。それはすなわち、「だから日本の満洲事変は正当だった」という論のねつ造であり、ここだけみても彼らの真意が<日本は正当だった論>のでっち上げにあること、明白だろう。
だが、それはさておき、ここは真面目に論じておきたいと思う。
つまり、なぜ以上のような事情があっても、中華民国の満洲の領有権(正確には、中国全土に対する領有権)は、失われないのか?
ここも徹底して論じようとすると、かなりやっかいなことになる。そもそも領有権とは、どういうものなのか?という根源的な話にまでさかのぼらなければならなくなるからだ。
なのだが、あくまで歴史上の事実だけを追うのなら、そこまで突っ込んだ話、難しい法的な話は、不要だと思う。
つまり、上記のようなトンデモ論者は、要するに清室優待条件を契約であると、主張しているわけだ。実際のところ、それが契約と言うべきものであるのか?については非常に疑問であるが、とにかく彼らの主張するところとしては、そういうことであるわけだ。
そしてこれは一般教養レベルの話だが、契約に基づく権利(もしくは権利の喪失)を主張できるのは、契約を結んだ当事者のみである。だから、清室優待条件が契約であるとして、それに基づく権利(または権利の喪失)を主張できるのは、溥儀のみである。もしくは、溥儀が明示的に指定した代理人。
また同じく一般教養レベルの話だが、契約に基づく権利(もしくは権利の喪失)があるというのなら、その旨を明示的に主張しなければならない。そうしないのであれば、それは存在しないものと見なされる。
そして歴史上の事実として、溥儀(またはその代理人)が、清室優待条件を破られたことに起因する自らの権利(または他者の権利の喪失)を主張したことは、ない。
故に、満洲事変および満洲国建国に関連する満洲の領有権に関する限り、清室優待条件は存在しないのと同じである。
以上、話としては、これでお終いである。
ちなみに満洲国は、「現地住民が自発的に中華民国から独立した」ということを、自らの建国を正当化する建前としている。あくまで、それだけを。そしてそれは、日本帝国も同様である。
それはすなわち、満洲国の建国以前、満洲が中華民国領であったことについては、満洲国も日本も同意しているってことである。そしてそれは、法的には、満洲国の執政または満洲帝国の皇帝であるところの溥儀自身も認めていると言うことになる。ここからしても、やはり<存在しない>ということになる。
<2:「満洲族だから正当」というトンデモ>
世の「日本は正当だった」論者の中には、こういう主張をする人がいる。「満洲族が、自らの土地である満洲に国を建てたのだ。だから正当なのだ」という。
いっちゃ悪いが、これまた無知に起因する戯言である。ま、おおかた本当のところは無知ではなく、日本は正当だったという結論をでっち上げたいという歪んだ願望に起因しているんだろうが。
それでまあ、「満洲族の国を建てた」ということ自体、事実と相違するでっち上げである。トンデモ説を振り回す前に、少しは歴史の本を読んで勉強してもらいたいものだが。
これについては満洲事変を遂行した関東軍、およびそれを追認した陸軍中央と日本政府の思惑について調べれば、このあたりは明らかである。
要するにそれ、「日本の今後の雄飛のため、満蒙を日本の支配下におこう。ただし表面上、独立国という体裁をとっておこう」というものである。満洲族の国を作ろうなど、さらさら考えてはいなかった。あくまで、日本のために満洲を利用しようというものなのだ。
この点についてお疑いなら、たとえば満洲事変を指導した石原莞爾の『満蒙問題解決私見』や、満洲国承認に踏み切った斉藤内閣の思惑等について、調べてみていただきたい。そして現実に、日本の満洲国経営は、その意図に従って行われた。
以上は、いわば公表はされないが公然の秘密であるところの実態についての話である。
しかし看板としての建前に限ってみても、満洲国は満洲人の国家とはされなかったし、また清朝とも無関係の新しい国家とされていた。
確認できる事実として、当の満洲国がそのむね、宣言しているのである。
満洲国の建国について簡単に説明すると、まず関東軍が満蒙を占領し、その有力者を集めて東北政務委員会を設立する。そして建前としては、その東北政務委員会が中華民国からの独立を宣言し、新しい国家、満洲国を建国したということになる。
その独立宣言はいろいろ堅苦しい文言が並んでいるが、要は「中華民国は内乱が続き、軍閥は悪政を強いている。だから、満洲の全民衆の総意として、満洲は中華民国から独立し、新しく満洲国を立てる。満洲国は今後、善政を敷く」という趣旨である。
そこに満洲族なんて言葉はなく、あるのは<全民衆>という言葉である。これは何度も繰り返しているが、当時の満洲人口の絶対多数を占めるのは漢民族であり、しかも満洲族はほとんど漢民族に同化し、満洲族系漢民族という存在になってしまっていた。
つまり満洲国というのは、満洲国自身の宣言からしても、漢民族が絶対多数を占める、多民族国家と言うことになり、満洲族の国家ではない。
故に、「満洲族が満洲に国を建てたのだから〜」なんぞという理屈は、建前だけに限ってみても、成り立たない。それは満洲国自身の宣言に矛盾してしまうのである。
ちなみに溥儀は、満洲国の執政に就任しているわけだが。しかし、それは溥儀とも清朝とも無関係に満洲国の建国が宣言された後、満洲の全人民の推戴を受けてという建前の元に、なされた。しかも、単に声望のある人物だから、という建前で。
つまりそれ、満洲族の皇帝だからというわけでも、清朝の皇帝だからというわけでも、ない。宣伝として公表された建前に限ってすら、そうではないのである。
ぶっちゃけた話、別に誰でもよかったってことなのだ。もしも溥儀が執政となることを断った場合でも、(そして事実、皇帝ではなく執政であるという理由で、一度は溥儀も断りかけた)、別の誰かが満洲国の執政となり、満洲国は発足していたってことである。
どうしても溥儀でなければならない必然性など、日本にとって何もないのである。
そして満洲国は、一貫して清朝とは無関係という立場を、公表し続けている。
溥儀は後に満洲帝国皇帝となるわけだが、その際も満洲帝国としては、「それは復辟(清朝の再興)を意味するものではない」と声明している。
付け加えるに、満洲というのは古来から他民族が居住する地域であり、満洲族のみがそこを占有していたことなど、一度もない。
また満洲事変当時、満洲族の漢民族への同化が進んでおり、ほとんど自らを満洲族ではなく漢民族と認識する満洲族系漢民族へ変化してしまっていた。
歴史的・民族的に見ても、実態はそういうことなのである。そもそも「満洲族の独立」というのは虚偽にすぎないわけだが、それを正当化する論拠は、ここにも無い。
<3:その他>
以上、二点詳しく説明したが、「日本は正当だった」論者の「満洲は中華民国領ではない」というトンデモ論は、他にもある。
たとえば、「歴史上、満洲が中国であったことがない。だから満洲は中華民国領ではない」というトンデモ論である。
これについては、先にも述べた通り。中華民国は漢民族国家ではなく、多民族国家である清帝国が、単に帝政から共和制へと移行した結果、誕生した国家である。だから清帝国の領土である満洲が、そのまま中華民国領となるわけなのだ。
いうなれば、1911年の辛亥革命の結果、初めて満洲は<中国>になったってことである。(ただしこれ、それまでの歴史的経緯、あるいは実情を無視した表現であるが。例えば南満洲、遼東半島のあたりには、古来から漢民族が居住していた)。
また、「孫文は満洲を中国の一部とはみていなかった、だから満洲は中華民国領ではない」といったトンデモ論もある。
これは、孫文という人物の実態を知らない世迷い言だろう。
まずひとつには、孫文の思想は不変だったわけではない。孫文は、当初は漢民族国家を建設するつもりだったが、後には漢民族主導の多民族国家に意思を変えてしまっている。で、多民族国家ということなら、満洲を除く理由なんかなくなるわけだ。
そしてまた、孫文は中国を代表する地位についたことなど、一度もないのである。それは確かに、辛亥革命当時、臨時大総統に就任したことはある。が、その時点ではまだ清朝が全中国の半分を掌握しており、中華民国は確立していない。その時点では、もし清朝が徹底抗戦にでて革命派を撃破できていたら、清帝国は正統な政権として存続していたわけだ。
辛亥革命の幕を引き、全中国を代表する政権であるところの中華民国を成立させ、初めてその大総統に就任したのは袁世凱であり、孫文ではない。
そして孫文は、思想的な面に限ってみても、革命派すべてを束ねる指導者となったことなどない。孫文というのは、言ってみれば、単に革命の先駆者であるところの有名人にすぎない。当時の革命派には、種々の思想が分立、そして対立していたのである。そしてその対立が、長い内戦の原因ともなってしまったわけだが。
まあとにかく、仮に孫文が何をどう言ったとしても、それは中華民国を代表する人間の言葉では決してない。なので、その発言を取り上げてどーのこーの言ってみたところで、それには何の意味もない。
あとまあ、「満洲事変前、石原莞爾と蒋介石の間に密約ができていた」というトンデモもあるらしい。
ただし、これは<2ちゃんねる>で見かけただけで、他にこういう話は聞いたことがない。なので、たぶん何らかの思い違いだろう。
それから、『石原莞爾秘録』という本の中には、「蒋介石は石原莞爾の主張(満洲国を独立させること)に同意していた」という記述があるらしい。
なのだが、これもガセ、または何らかの思い違いだろう。
というのは、蒋介石は公的な声明の中では、一貫して満洲国を否認し、満洲の返還を求めているからである。また、満洲事変以降に何度も試みられた日中の交渉中、中華民国はやはり一貫して、満洲国の承認を拒否し続けている。これは、確認できる歴史上の事実である。
なので、筆者自身が確認したわけではないが、もし『石原莞爾秘録』という本に本当にそういう記述があるのなら、その本自体がトンデモ本だろう。