
『平和はいかに失われたか 大戦前の米中日関係もう一つの選択肢』(ジョン・アントワープ・マクマリー原著。アーサー・ウォルドロン編著。北岡伸一監訳。衣川弘訳。原書房)
おすすめ度。初学者向けでは無いと思うが、内容的には悪くない。
正直、私としては、読んでいて参考になるところが多かった。拙論「基礎からの満州帝国」を書くとき、参照した本のひとつである。
内容は要するに、「当時の中国の国権回復運動は、他国の既得権益や国際協調を無視した、あまりに急進的なものだった。だから、日本は満州事変を起こしたのだ」であり、また「アメリカは、中国以外の各国に対し、あまりに冷淡だった」である。
その後、今後(1935年時点の「今後」)のアメリカのとるべき方針について言及する。
もっとも、マクマリーは、だから日本の行動が正当だったなどとは書いておらず、それどころか侵略と明記している。ので、歴史歪曲のためにこの本を利用することは出来ない。不当に日本を美化しようとする歪曲のためには。
また、その結論部分、アメリカの今後の対日政策に関する部分は、どうも混乱が見られるように思う。
原著のマクマリーは本職の外交官で、だから当時の状況については詳しく記されている。また、説明が必要と思われる部分には、欄外に編者の注釈がつけられている。決して悪い本ではない。
なのだが、やはり、初心者にはお勧めしかねる。ある程度腰を据えて歴史を学んでいこうという人向けの本だろうと思う。
というのは、原著であるマクマリーのメモランダムが書かれた時期である。これ、1935年で、満州事変以降の日中の戦いが一段落した頃なのだ。
しかしその後、状況は激変する。
まず、1937年7月7日に、盧溝橋事件が起き、日中戦争が始まる。「満州までは日本に支配させても良い」と各国は考えていたのだが、万里の長城以南の中国全域となると、話は別となる。だからイギリス・アメリカは、日中戦争の激化とともに、中華民国への支援と日本に対する経済的圧迫を加えていく。満州事変の時点では、特に何もしていなかったのに。
そして1939年、ドイツがポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が始まる。翌1940年になってドイツはフランスを降伏させ、イギリス以外のヨーロッパのほぼ全域を支配下ないし影響下とする。
アメリカとしては、アメリカ自身の安全保障上の問題から、その状況を看過できず、ドイツを軍事的に打倒することを決定する。そして日本は、その時期になってわざわざドイツと同盟し、これで日米も敵同士となってしまう。
しかし、1935年に書かれた原著に、上記の事柄はもちろん記されていない。なので、今日の我々が歴史を学ぶために適しているかというと、少々疑問である。やはり「素人にはお勧めできない」ような気が、私はする。
そして、もうひとつ。
正直、この私は、昭和前半の歴史に関する本は、かなり読んでいる方だと思う。もちろん、本職の研究者の方にかなうわけはなく、アマチュアとしてはということだが。
そして私としては、なんとなく感じるようになった。
歴史は繰り返しているのではないか?と。
表面的な事象はもちろん変化したが、その根本的な部分は変わっておらず、そして変わっていない部分は今も昔も繰り返されているのではないか?と。
この本の中でマクマリーは、日本との戦争は回避すべきであると説いている。もちろん、それはアメリカが日本に負けるからではない。そのためにコストがかかりすぎるから、である。
ただしそれは、1935年当時の状況において、だが。
2006年現在、アメリカは1935年当時と同様、世界一の強国である。いや、唯一の超大国として、より強い地位にあるといえるだろう。
そして唯一の超大国であるアメリカは、やろうと思えば、かなりのことが出来る。ロシアや中国を打倒することは無理でも、アフガンやイラクには軍事的に侵攻できる。
ただし、「いかなる代償を払おうとも」という覚悟があるならば。アフガンはともかく、イラクについては、当のアメリカ自身がそれを実感しているはずだ。果たしてその代償を払うに値する戦争だったのか?と。
またアメリカは、イランや北朝鮮の核問題とも直面している。そしてこちらも、アメリカの思うようには進んでいない。イランと北朝鮮自身はもちろん、諸外国も、必ずしもアメリカの意志に同意していない。
つまり、唯一の超大国であるアメリカも、世界を自分の思うままには出来ないのである。1935年当時と同様、それに必要な代償を考えた場合には。
これもまた、確かな現実である。
ただし、だ。
忘れてはならないのは、アメリカには「いかなる代償を支払おうとも決行する」という選択肢が常にあるということである。
<代償を考えれば、とてもできない>ということは、<代償を度外視すれば、実行できる>に他ならない。
そして、かつての日本は、それを見誤った。見誤った結果が日独伊三国同盟であり、それによる決定的なアメリカとの対立であり、惨憺たる敗戦だった。
願わくば、特に日本の近隣にある北朝鮮には、そのような誤りを繰り返してほしくないのだが……
(2006年6月16日)
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