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8:書籍の紹介

8−9:遊就館(靖国神社)

(2007年7月25日)

 私は先日、10年ぶりくらいで、遊就館(靖国神社)を訪れてきた。今回は、その感想を記してみたい。

 なお、お断りしておきたい。
 靖国神社に関しては様々の議論があるわけだが、ここではそれらには触れない。ここでは、遊就館を見た感想だけを、記したいと思う。
 それから、遊就館内部は撮影禁止なので、見た記憶にだけ頼って、ここでの記述を行う。また、時間的・体力的な制約から、隅々まで入念に見ることは、私には出来なかった。そういう事情から、誤った記述をしてしまっているかもしれない。



 それでは、本題にはいる。

 とにもかくにも私が感じたのは、遊就館の展示には、意図的な取捨選択がなされているということだ。
 すなわち、靖国神社の信仰に合致するもののみが展示され、それに反するものは排除されているということである。
 そしてそれは、科学的・学術的意味において、真実ではない。靖国神社の信仰に基づく、一種の偏向である。



 では、例を挙げてみる。

 例えば、満洲事変である。
 関東軍(特に、それを主導した石原莞爾)は、当初明確に「満蒙を日本領とする」ことを決意し、軍事行動を開始した。結局は日本領ではなく満洲国となるわけだが、しかしそれも、<実態は日本の支配下とし、表面上だけ独立国の体裁をとる>ってことに過ぎない。
 これは確認できる事実であり、そしてこれは侵略と呼ぶべき事柄である。

 しかし遊就館は、そういった点を明示していない。
 日本側の意図はもちろん、日本側が能動的に軍事行動を開始したってことすら。
 だから、その展示を見ると、あたかも満洲事変は自然発生したかのような印象を受ける。あたかも自然災害ででもあったかのような。
 けれども、<日本が満洲国を建国し、その満洲国はこんなめざましい発展を遂げました>という事実の方は、遊就館は誇らしげに展示しているのである。
 この点、意図的な偏向と言わざるを得ない。

 また、その満洲という土地そのものの歴史も展示されていた。
 ただしそれ、清帝国が滅亡してから満洲国が成立するまでを空白としている。
 これもまた、私的には見落とすことの出来ない偏向である。拙論・基礎からの満洲帝国にも記したが、清帝国が共和制に移行して誕生したのが中華民国である。故に、満洲は、満洲国が出来るまでは、中華民国領なのである。なお、中華民国にとって満洲国は存在しない国家であり、従って中華民国にとっては満洲国の時代も中華民国領なのだが。
 しかし、それを明示してしまっては、日本が中華民国領を奪い取ったことも、明らかになってしまう。だから、そこは空白にしておいたということだろう。
 この点、まさしく、自らが直視したくない事実は排除しているということである。

 また、日中戦争の始まりについて、遊就館は「中国側の日本に対するテロと、『北支工作』が原因だった」と簡単に記している。
 しかし、である。
 日本が行おうとしたその北支工作ってのは、まさしく中国の主権と領土の侵害であり、これまた侵略と呼ぶべき事なのだが、遊就館はそこまでは説明していない。
 また、それが正当かはまた別の話だが、当時の中国側の日本に対するテロは、日本の侵略に対する抵抗という一面が、確かにある。しかし遊就館は、もちろんそれには一言も触れていない。
 これ、日本側の非は棚に上げ見ないふりをする、という態度だろう。

 そしてこれは、日米戦争についても同様である。
 まあ、このあたり、非常に入り組んだ話になってしまうので、ここでは説明は省くが。
 とにかく、これについても日本側に非が皆無であるとは、とても言えないわけである。非、もしくは、戦略的な誤りが。それはもちろん、アメリカが絶対正義だったわけでは決してないし、アメリカだって誤りはいくらもしでかしているわけだが。
 しかし遊就館では、やはりその点、日本側の非(もしくは戦略的誤り)は、明示していない。日米交渉などについてもっともらしく展示はしているものの、根本的な部分に、大きな欠落があるのである。



 以上、いくつか例を挙げてみた。
 このように遊就館の展示は、事実の一部分だけを展示しているものである。靖国神社の信仰に合致する、事実の一部分だけを。
 そしてそれは、一種の偏向に他ならない。したがってそれは、学術的・科学的な意味において、真実ではない。

 この点は、はっきり断言させていただく。

 さて。
 話は変わるが、それでは遊就館は悪いことをしているのだろうか?
 というと、そうではないと私は思う。

 これは私流の表現だが、宗教とは魂の平安を求めるためのものである。冷厳な真実を追究しなければならないのは科学の方であり、そして宗教は科学とは違う。宗教が科学と違う振る舞いをし、違うことを唱えるのは、当たり前のことなのだ。すなわち、学術的な意味の真実とは違うことを唱えるのは。
 とはいえ、成熟した宗教であるならば、うまく科学と折り合いをつける努力をするはずだけどね。そもそもの話、信仰で現実をねじ曲げることは不可能なのだから、信仰の方をなんとか現実に合わせるしかないわけだ。そして、例えば今のカトリックは、そういう方向に進んでいると思う。
 もっとも、靖国神社の方は、はたしてどうなんだろうね?

 まあそれはともかく、遊就館の展示が学術的な真実とは相違していても、それはそれでやむを得ないところだろうと、私は思うわけである。
 宗教ってのは、<そういうもん>なんだろうと。靖国神社に限らず、どんな宗教でもね。

 付け加えるに、遊就館の展示は、ある意味、非常に良心的ではないかと、私は感じた。
 つまり、例えば『東条英機宣誓供述書』には、はっきりと「日本は、挑発を受け、やむなく自衛戦争したのだ」という虚偽が記されている。

 しかし遊就館の展示には、そのようなあからさまな嘘はなかったはずだ。だから、言うなれば遊就館の展示は、日本は侵略戦争したとは明言せず、単にうやむやに、言葉を濁しているだけだとも言える。
(注:私は自分の記憶力・注意力に自信がない。たぶん、はっきりと「日本は自衛戦争した」などとは書いていなかったと思うんだが、間違いなくそうだったか、思い出せない。ご存じの方がもしいたら、ご教授をお願いしたい)。

 また、注意深い人物なら、遊就館の展示に欠落があることは、容易に気がつくだろう。そして気がつきさえすれば、そこを後で調べてみることは可能だろう。
 逆に言えば、意図的に欠落を生じさせてはいても、それを虚偽で埋めることはしていないってことである。
(注:ただし、これも「たぶん、そうだったはずだ」ってことだが)。

 以上の点から、私としては遊就館を、頭ごなしに否定するつもりはない。



 なんだけど、ねえ。

 いったいどうして、素直に日本は侵略戦争しましたって、認められないんだろうねえ?

 国家の中枢の偉い人なら、話は別かもしれない。
 けど、下っ端の将兵は、ただただ忠実に、そして単に国家のために、あるいは故郷に残した家族のために、自らの義務を遂行するだけじゃ、ないのかな?
 それが、侵略だろうが、自衛だろうがさ。

 だから、現実には日本が行ったのは侵略と呼ぶべき戦争だが、しかしそれでも、そこに倒れた将兵は、讃えられるべき英霊には違いないのだ。
 私は、そう思っている。
 余所様がどう思うかは知った事じゃないけど、とにかく私自身はね。

 聞くところでは靖国神社は「慰霊」だけでなく「顕彰」を行うそうで、そして「顕彰」のためには侵略戦争しましたと認めることはできず、歴史を美化しなきゃならないそうだけど。
 しかしそういう理屈は、私は納得しかねる。上記の通り、侵略だろうが自衛だろうが変わりはしないというのが、私の思うところである。



 以上は、私個人の信条だが……
 しかし別な理由からも、靖国神社は、遊就館を見直した方がよいと私は思う。

 そもそも歴史についての言及など、慰霊のためには不要だろう。
 しかも遊就館のそれは、上記のように自らの信仰に合致するよう偏向しており、そのため時には政治的波風を立てることにもなる。
 また、歴史に無知な若者等に、「日本はやむを得ず自衛戦争したのだ」という誤った錯覚を抱かせることにもなる。「日本は何も悪くない、悪いのはみんな外国なんだ」という幼児的な責任転嫁というべき錯覚を。
 正面切って、美しいところも醜いところもひっくるめて、歴史を直視する誠意がないのなら、いっそそんな展示など取っ払ってしまった方がよい。そのほうが、よけいな害を及ぼさない分、マシってものだ。

 もうひとつ。
 遊就館は、歴史のきれいな上澄みだけを、展示しているものである。それは、慰霊の施設にはふさわしくないと私は思う。
 つまり、だ。
 戦争中、筆舌に尽くしがたいような無惨な死を遂げていった将兵は、多い。しかるに遊就館は、特攻やバンザイ突撃など、華々しい死を遂げていった将兵について、もっぱら展示されている。
 それは、将兵たちが味わった地獄の苦しみや無念さを、充分にくんだものではない。それは、生者が目にして快い、あるいは不快を感じない、そういったものに偏った展示である。
 しかし、いったい、それでいいのだろうか?
 当時の将兵が味わった苦しみ・無念さを、せめて「そういうことがあったのだ」という事だけでも、人々に知らしめるべきではないのだろうか?
 それでこそ、慰霊というものではないのだろうか?



 さて。
 遊就館の入り口に近いホールでは、タイトルは失念してしまったが、映画が流されていた。もちろん先の戦争をテーマとしたもので、そこではまるで北朝鮮のアナウンサーのように力を込めて、「私たちは忘れない」という台詞が連呼されていた。先の大戦で戦い倒れていった将兵たちのことを、私たちは忘れない。そういうことなのだが……

 しかし私は、その「私たちは忘れない」という台詞を、非常に空虚に感じた。

 いやつまり、遊就館の展示は、上記のように、歴史の一部分だけを選別したものである。しかも、醜いところをさけ、上澄みの部分だけを。
 すなわち遊就館は、自らが忘れたくないと思う部分だけを展示するものに他ならないと、私は感じた。それはすなわち、自らが目にしたくない事柄はあっさり忘れ去ってしまうということである。
 それが、遊就館の「私たちは忘れない」が、真に意味するところなのだ。今現在(2007年)の展示から素直に解釈するに、そういうことになってしまうはずだ。ただし、おそらくそれは、意図せずしてのことだと思うけれど。

 だから、改めて記すが、靖国神社は遊就館のありかたを考え直すべきではないかと、私は思うのである。



<参考>

遊就館ホームページ

Wikipediaの遊就館(必ずしも記述は正確ではないはずだが、色々な記述があり勉強になる)


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