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日本各発祥説について

 
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色絵陶磁の発祥

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色絵陶磁の発祥

日本色絵陶磁の発祥について:

日本の色絵陶磁の発祥は正保三年(通説)に柿右衛門によって初めてつくられ、それから、三、四年遅れで古伊万里の赤絵が焼かれ、更に二、三年週ぎた承応年間(異説あり)にこれに関連する古九谷がつくられ、続いて京都で仁清が明暦三年に色絵を焼いたというのが旧来の通説ですが、柿右衛門より仁清など京焼の方がより早く色絵を焼いたというのが新説です。この根本原因は京焼を完成した仁清の生彼や伝記が不明瞭な点などに起因しています。
色絵が京都で焼かれた記録は、金森宗和都古田織部(慶長二十年六月十一日自刃)などを招いた茶会記に『茶碗御室焼赤絵有り、また伊丹屋宗不(泉州堺の茶人で寛永七年九月十八日歿六十五才)の労求茶会記にある宗和の一茶会中に『おむろ焼、はく絵の茶碗御持出、同水指……』とあります。このはくの茶碗とは金箔 銀箔を使用した色絵茶碗のことです。更に『茶碗、御室焼錦牛手丸尽シ』などの色絵の記事が度々出て来ます。これらは柿右衛門が赤絵に成功した正保三年より、前者は三十余年、後者でも十六年以上も前のことです。
有名な金閣寺の鳳林和尚の『隔藁記』(かくみょうき)寛永十七年五月七日の条に『下京清兵衛今日初来……清兵衛為持参焼物香合壱ケ恵之、香合之上二寿字以朱書之香合也』すなわちこの香合は蓋表に赤で寿の字を書いてある赤絵香合です。これは柿右衛門より七年程前の作晶です。また乾山佐野伝書によると、押小路焼の陶法は『異朝の人より相伝候方之由承及侯、最初京都押小路にて焼候即ち押小路高倉の一文字屋助右衛門と申者之家伝にて数代焼候、楽焼其外粟田口、五条清水焼又は御室焼、菩薩焼杯より前に焼出し候申其余流今以交趾焼写たる器物 生類等を地紋にほり緑色、黄色、紫色をいろどりたる器在之侯……』とあり、中国人より伝習した交趾焼の色彩のものが京都で焼かれ、しかもその発祥は楽焼などより古いといっています。もちろん仁清もこの法を三文字屋九郎右衛門より学ぴ、また仁清が前述の御室焼にも関係していたというのが新説です。


 

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