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鎌倉室町時代 | ![]() |
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鎌倉時代: 鎌倉時代に入る頃、有彩陶は全く姿を消し、灰釉陶系のものは、多少その様式を異にしながらも、さらに印花、割花などの装飾文様を加えて、一段と進展の道を辿っていきます。これは中国(宗時代)から、その全盛を誇った青磁などが大量に輸入され、これに刺激されて、これを模倣したからです。これらは、灰釉陶と同じ方法で焼かれ、破損しにくいように実用性を充分考慮し、その上美観の点にも重点をおいてできたものです。この方法は強く焼くことによって、自然に薪や焚木などの灰が炉内で高温のため溶解し、器自体に降り掛かり、丁度肩の所や胴の辺りに彩釉したのと同じ状態、つまり灰釉の技法が自然に行われたわけです。また、中国青磁の影響を受け初めは肩のあたりに櫛目文(くしめもん)が僅(わづ)か二筋程度施されたものがあらわれ、さらに時代が下がるに従って、次第に文様は複雑精巧味を加えた、唐草文や牡丹文、菊花散し、柳文等を箆彫(へちぼり)したもの、或いは劃花文(かくかもん)や型で押した、印花文が多くなってきます。
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室町時代: 室町時代に入り闘茶(茶を飲んで、原産地などを当てあう競技)の風習や、僧侶の間で喫茶の風習が流行(足利義政の時代には、極に達する)、外国産の青磁茶碗や各種の天目茶碗ならびに唐物茶入れなどが愛用されました。この需要を満たすために輸入だけではとても間にあわず、これらを模倣した瀬戸天目や伊勢天目、或いは茶壷などの高級品が瀬戸地方で焼きはじめられた。しかし中国製品と比べると、まだ技術が低く、施釉陶器は全国的ではなく、尾張(瀬戸)に限られ、しかも僅かに黒飴色(濃茶褐色)のものが焼かれ、美しい陶器は全く焼かれてはいなかった。南北朝より室町時代の中期までの作品はいわゆる暗黒時代とも称される無為無作の時代で、殆どが日用雑器だった。そして鎌倉時代のものに比べ、文様はなく形が崩れ、暗く単調で、明るさ豪華さなど、何の技巧や変化もなく僅かに落ち着いた幽玄さを感じるものだった。
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