茶入れの鑑賞


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茶入れの分類

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茶入れの分類

茶入れの分類と名物茶入れは古来の慣習に従うとつぎのように表示されます
茶入れの分類 唐物茶入れ 茄子 珠光、紹鶴、国司、作物、玄哉、北野、富士、京極、出雲、利久、兵庫、松本、七タ、物相、博多、朱張、種子、宗悟、福原、豊後 茶入れ四品
肩衡 松屋、初花、新田、田、大友、木村、竹中、治部少、木丸、勢高、長束、有田、筑紫、玉堂、六条、平原、星、残月、種村、実休、日野、久我、宗薫、小野、伊木、道阿弥、酒井、青木、宗半、佐伯、油屋、木津、屋、味噌屋、木村屋、丹下紅屋、鍋屋、佗助、松山、大隅、鳥丸、朱衣、木辺、円座、不動、宮王、薬師院、白雪、丸、富士山、蛙、八雲、瘤、平手、常陸帯、本願寺、松飾、繁雪 
文琳 吹上、珠光、宗久、博多、本能寺、天王寺、九鬼、困村、酒井、織田、佐竹、永井、高山、横山、葉室、筑紫、宇治、平野、大文字屋、水戸、三島、奈良、白玉、玉壇
丸壷 利久、寺沢、金森、橘、土田、二村青山、志野、石河、天下一、時鳥、唐、竜王院、天下一 
大海 山桜、唐物大海、八重桜、打曇
鶴首 志野、養老、利久、漱芳、漢鶴、本願寺、竜光院、鶴子等
尻膨 利久、大尻膨
ろ締 鴻池
瓢箪 上杉、稲葉、玉津島
アンコウ 酒井、小堀
絃付 冬木、茜屋 
飯胴 宗春
胴高 紀伊、溝の口
円座 紹鴎
和物茶入れ 本窯 古瀬戸 肩衝 在中庵、白、松前、女郎花、浪花、弥牛検校、長谷川、鎗の鞘、奈良、浅野、徳永、出雲、生駒、山の井、林、神谷、筒井、高根、畠山、浅茅、中川、除夜、古郷、可中、舟、雲井平手、朝寝髪、山内、平野、大島、成高、茶屋、本阿弥、横田、八重桜、臨月、浅井紹高、黄河、六条、麻地、山名、加藤小、金森
文琳 藻塩、霜夜、破被
丸壼 相坂
夫海 節季、敷島八重桜、谷、置紋、金森
茄手 雨宿、勢至、山桜
尻膨 伊予簾
胴高 古瀬戸
春慶 文琳瓢箪、鶴首、玄、播座、柿、鼠十王口、丸壷、絃付、蓬莱、雪柳県、飯胴、閨、螢
真中古 橋姫、恐、布引、常夏、御濯裳川、鈴鹿山、面影、猿若、月迫、宮城野、山桜、川菜草、古郷、清水、初風、小川、思河、岩波、泡沫、比丘貞、、初雁、玉村、染色、佐久間吸江、転合庵、引貯、面取、糸目藤四郎、蛙声、青柳、清水、虫食藤四郎、貯日、国、塞、常如院、下枝六尺
金華山 飛鳥川手 飛鳥川、木枯、鷹羽屋、三笠山、竜田川
滝浪手 面影、白浪、志賀
青江手 村上肩衝、浜松
夫淳手 大津、白露、打出、松島
藤浪手 藤浪
玉拍手 玉柏、常磐、村雨、一本、増鏡、玉藻、谷陰、盧垣
生海鼠手 三輸山、木本深美、岩藤、妹脊山、桑山、薬師
広沢手 広沢、春雨、呉竹、松陰
真如堂手 真如堂神楽岡、竜田、鏡川、神無月、藤重、響灘、鏡山、七タ、玉柳
盤余野 盤余野
二見手 二見、即色
天目手 小茄子
破風窯 皆の川手 皆の川、玉霧、腰蓑、忘水
音羽手 音羽山、児手柏
翁手 翁、増鏡
市場手 忘水、宮島、月草、卯花団
口広手 口広、稲葉口広、天筒山、紹高、豊後
渋紙手 潮路庵、寛、山桜、垣根、藻塩、藤袴
凡手 凡、玉津島、撰屑、蓬生
与市手 米市、布引、戸奈瀬、箕面、時雨
玉川手 玉川、小島
正木手 正木、大正木
橋立手 橋立
後窯 瀬戸物 俊伯   瀬戸六作
新兵衛 老茄子、空也、弁舌、山雀、佗助、張果郎、遠山、黄初平
景春  
宗伯 キカ猿
茂右衛門 吉野山
景光  
利休窯 地蔵、谷川、鏡山、育王山、因幡堂 
鳴海窯 餓鬼腹
織部窯 溝標、喜撰、不二、山本
坊主手 存滅不明
正意 初祖、二祖、六祖、面壁、岡辺、千草
茶臼眉 存減不明
源十郎 皆の川
万右衛門 振鼓、鳥羽田、田面、嵐山
吉兵葡 小塩
その他  
国焼 膳所焼 大江山、白雲 遠州七窯
高取焼 染川、秋の夜、横嶽、腰蓑、耳付、玉川、玉柳
朝日焼  
赤膚焼  
志戸呂焼 口広
古曽部焼  
上野焼  
京焼(仁清) 御室焼、鷲の山
備前焼 布袋、サビ助、鏡山、春雨、関寺、走井
丹波焼 生野、老阪、細枕、柴の戸、紅葉、山桜
唐津焼 思河、松山
薩摩焼 忠度、後藤、亀の尾、古薩摩、文琳、甫十、玉水、残雪顔回、残雪
伊賀焼  
八代焼  
その他  
 
茶入れの分類について
一、唐物茶入れ

唐物茶入れとは、古くから中国より伝来したもので、元来は油壷か薬晶用の壷です。 国焼のようにその産地を表示するのではなく、その姿、恰好から名づげられ、分類さ れています。つまり肩の張った物を肩衝、林檎(りんご)に似た形のものを文琳(昔中国で李瑛という人が天子に林檎を献上して大変に喜ばれ、そのお礼に文琳の間を賜った故事から林檎のことを文琳といいます)。茄子、鶴首、尻膨などみなその形からの呼び名です。さらにこの各々を区別するために、その所持者や所在地の名称を冠しています。
▽唐物茶入れの特徴
唐物茶入れの特徴はつぎのとおりです。
@ 姿恰好がすっきりしていて総体に薄作で非常匡上手に形成されている。
A 粕薬は天目粕で濃い柿渋色淋主体でつやがある。
B 土は漉土で、砂気がなく、よく締り、白紫色を呈している。
C 糸切りが左回りである。 
D 和物にくらぺて厳格な姿で貫禄(かんろく)があり、しかも美しくすがすむがしい感じがする。
E 無(む)ぐすりのものはない。
 
二、和物茶入れ

和物茶入とは、日本でつくられた茶入れで、瀬戸の加藤四郎左衛門景正こと、藤四郎を陶祖として瀬戸窯を本窯と称し、四代目の破風窯までを個別に特別扱いとして、それ以降の瀬戸ものは後窯とよんで一括して取り扱っています。その他の国産晶は国焼の名称のもとで、各々その産地を冠して呼び名としています。さらに各カの分類は産地に加えて古歌やその茶入れの所持者発見の地などを冠して、区別しています。
本窯の主な説明
古瀬戸: 初祖藤四郎の作、彼の法号をとり春慶ともいいます。
真中古: 二代藤四郎の作、古瀬戸に似ているが薄作で、稿薬面に黄褐色の斑があり、粕に虫喰手とよばれる虫の喰ったようなはげがある。
金華山: 三代藤二郎の作、稿薬に光沢があり、金色をおぴた感のするところからよばれ、最もよく焼き締り、手持ちが重い感じのする作
破風窯: 四代藤三郎の作
▽後窯の名物茶入れ
後窯の瀬戸物については、たとえば瀬戸六作の各々に対し、その特色を述べ、比較するほどまだ研究はすすんでいませんが、全体として、干利久や古田織部などの指導で彼等の意とした一つの風調が現われています。つまり唐物のような端正な堅くるしい姿、恰好ではなく、自由な箆目や形、それに唐物などには見られない、雅味のある作柄です。利久の指示によってできた作風のものを総称して利久窯といい伝えられています。もちろん利久自身が焼いたものではありません。
 
国焼の茶入れ
国焼茶入れとは、瀬戸以外の各地で焼かれた諸窯の茶入れの総称で、この内で名物となっている品も相当数におよんでいます。
 
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