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現代日本陶芸の旅 |
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| 萩焼の旅 | |||||||||||||||||
| (参照:日本各地の諸窯(歴史と特色)「中国地方:山口県萩市」) | |||||||||||||||||
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所在地:中国 山口県 萩市 |
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| 紀行説明: 萩焼は山口県萩市を中心として焼かれる。萩萩には大工場はなく、町は美しい。公害にはほど遠く日本海の萩の海岸は汚染されることもない。澄んだ水に魚影をみる。日本海にそそぐ松本川と橋本川の流れも美しく、この橋の上から跳めた海と空のはてしない夕焼の華麗さが、川を渡るたびに思い出される。この町は京都と趣が似ていて、町角ごとに史蹟がそのままひっそりと息づいている。堀の内とよばれる武家の屋敷町はものさびた築地塀がつづき、夏みかんが植えられ、江戸時代の情緒が漂う。毛利藩の学校のあとの延女とつづく土塀、明治のそのままの役場の建物、吉田松陰をまつる松陰神杜、町のゆきずりにも明治維新がそこここに感じられ、底に流れるものは長州人の誇り高い気風である。萩焼は、坂窯、三輪窯の松本焼と、坂倉、坂田、田原、新庄の四窯の深川萩の二つの系統に分かれている。両系統とも作風は共通していて、当然のことながら高麗茶碗に近い。井戸、粉引、熊川(雨漏り手)、筆洗、俵形などを写すものが多く、茶人の好みに合致し、珍重されてきた。"萩の七化け"といわれるのは、使っているうちに土に吸水性があるために粕調が大いに変わってくることと、高麗ものに化けているという両方の意味がある。萩焼の土は、現在は三田尻の大道村の大道土を主にして、見島の赤土、萩の奥の金峯土(みたけつち)たどが合わされて使われている。大道土の発見は従来の説では享保年間とされていたが、これはもっと古くから、萩焼の開窯当初から使われていたという説が妥当のようである。萩焼茶碗の種類には、古萩井戸茶碗、鬼萩、萩三鳥、俵茶碗、萩刷毛目、割高台茶碗等がある。萩茶碗には概して、切高台、割高台が多く、高台に変化が多い。特殊なものに接高台がある。また萩土には御本(紅斑)がでるものがあり、総体に赤みに焼き上がるものもある。いずれにしても高麗茶碗に通う雰囲気をもち、さらに茶情の豊かなものが萩茶碗である。音から茶碗は「一楽、二萩、三唐津」という言葉がある。萩の茶碗はそれほどに茶にかなう好ましいものとして、国焼の中の筆頭におかれてきた。とても土味がよく、茶碗は鑑賞されるものであるとともに、手にとって茶を飲む器物である。萩の茶碗のみた目にもやわらかく、手にもった感触のやわらかさ、吸水性のある茶慣れのよさ、そして手どりの重すぎないこと、ざんぐりした土肌の魅力ということになる。利休の指導によって、茶のための茶碗としての理想を実現したのが楽茶碗とされるが、本焼きの本格的なやきものの美しさを備えつつ、茶の茶碗として萩焼は楽につぐものである。昔もそうであるように、現代にも同じことがいえる。萩の現代の陶芸作家の生活には、長い茶の湯の伝統が生活の中に先祖代々浸みこんでいる。体で、茶の湯と、茶碗をつかんでいる。土がよくて、窯が薪窯で、作る人に茶情があるのが、萩のよさである。萩には、伝続工芸展に属する作家が多い。伝統工芸展に茶碗を出品して入選することはむずかしい。その中で入選した茶碗はそのほとんどが萩の作家によって占められる。年齢的にも萩の代表作家たちが円熟の域に達せられたことにもよるが、今日の大寄せの茶会で、新しい茶碗が使われる回数は萩の作家のものがもっとも多い。現代の茶碗では萩が志野とならんで魅力のあるものとなっている。恵まれた環境にある萩焼の伝統を今日に生かしつつ、新しい美の創造を、若い世代の萩の作家方に期待したい。 |
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| 周辺の探索: 備前焼:日本6古窯のひとつとされ、中でも特に古い。 |
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| (参照:日本各地の諸窯(歴史と特色)「中国地方:岡山県 備前焼」) | |||||||||||||||||
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