長崎県三川内焼をたずねて

皿山三昧
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三川内焼の窯元
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三川内焼窯元めぐりガイド

長崎県佐世保市の東部の玄関口に位置する三川内は古くから"やきもの"の郷として400年近い歴史を持つ陶芸の里です。 また、車でハウステンボスには20分、西海パール シー リゾートには40分と佐世保観光にも非常に便利な所に位置しています。400年の伝統を次代に繁ぐ三川内焼の主な窯元を紹介します。


窯元 特徴
宝珠 木原地区公民館のすぐ近くにある。木原に皿山代官所がおかれた創生期の頃を初代とし、代々受け継がれてきた、由緒ある窯元。染付け中心から色彩豊かで、色調を大切に染付けとの調和を考えたものが開発されている。
臥牛窯 「臥牛」という名はその昔、平戸藩主「松浦鎮信公」が元祖の営む窯の形が牛の臥せた姿に似ていたのを見て「臥牛かな」といわれた事が由来だそうです。臥牛窯は「現川焼 刷毛目」を受け継ぐ窯元。現川焼とは元禄の頃に長崎郊外の現川村で焼かれた陶器(土物)で、風雅で秀でた刷毛目の技法は現在でも愛陶家の間で「東の仁清 西の現川」と称され親しまれています。
白光窯 江永地区の流矢橋の川沿にある白光窯。白磁の白さと玉の様な輝きを持ち合わせている三川内焼の磁器から名付けたという白光窯。商品は割烹食器がメインで天草陶石を使った磁器から土物まで趣に合わせた素材の商品が並んでいます。
嘉平窯

江永地区の消防団の近くにある嘉平窯。葭の本窯は三之丞や妙永、宗金が来て焼いたとされる古窯です。その流れを汲む嘉平窯の陶土や袖薬は窯近くから採掘した独自のものだそうです。その土で型を作り、細工をし、熟練した手技からは「山土の素朴な温かさと安らぎ」を感じさせます。「自さぎの象嵌」はその素地に、十代政雪さんが長年の工夫と研鎌によって成し遂げた苦心の作品です。その異なる陶土を埋め込んだ「象嵌」の技法は、日本でも数が少ない稀のものです。
網目焼 伝吉窯 江永地区の保育園の右手にある工房は所狭しと数々の網目の作品が完成を待ち、たな板に乗せられ出番を待っているかの様です。それはまさに五感で感じることができるまでの長い経験と感による匠の世界であるようです。三川内伝吉窯は「白磁に網目を施した染付」の器で知られた窯元です。
白泉製陶所 江永地区中央に位置する白泉窯。先代の厳しさに若い時は反発したそうですが、それが今では心の支えになっていると語る窯主、浅井利嗣さん。商品も時代、時代で変わって来たとのことで、今は染錦の割烹食器がメインだそうです。割烹食器は色合いが大切で色のバランス、色調には特に気を配っているとのこと。器は趣向性の強いもの。
宝嘉 江永地区の中央にある宝端窯。平戸藩御用窯の陶工であった立石利ヱ門を祖とする窯元です。以前は祖父時代に宝山窯として開窯していたとのことで秀れた陶工さん達が上物づくりに励んでいたそうです。今は当主自ら全ての工程を手がけるというエネルギッシュな窯元です。素材の選別や焼成技術など隠れた所に力を抜かないのが肝心と焼物づくりの基礎をしっかり見つめられています。
呉福窯 江永ダムの下に位置する呉福窯。先代の祖父の溝上伍平と先代の父である溝上福市の名を取り、福を召く様にと名付けた窯元です。商品は割烹食器が主体で、形状や色彩に趣向を凝らしたワンランク上の商品づくりを目指しています。袖裏金彩や袖彩を施こしたものから土物まで多種多用な幅広い商品が特長。しかも、品質の高さには定評があり、そのため厳しい商品管理がなされています。染付には深い憧慣があるようです。
恵山 その窯名は「自然の恵みから生まれる陶器づくり」ということで名付けられました。三川内中学校の山手側にある窯は、伝統的な平戸焼の染付を守り、主に茶道具や書道具それに呑炉や洋燈などの商品を作られている窯元です。粕薬や呉須、陶土など近くの山から採集し、生成したもので、白磁の鳥型の香炉の出来は素晴らしいものがあります。追求されているのは詩的な味わいや余情であり、文化的に高い評価を受ける長崎の亀山焼の再現です。
東原窯 三川内から柚木へ抜ける道沿いにある東原窯。渋緑色に塗られた工房が印象的です。商品は日用食器が主で、コップ、飯茶碗がずらりと並ぶショールームは三川内の伝統的な白磁に呉須の染付とは違うカジュアルな染付やファンシー的なものなど現代的な感覚の器が多く、若い女性のファンが多いそうです。温かく、素朴な感じで食事が明るくなる手助けになればという想いで商品を創られているそうです。これからも形にとらわれず、色んな物を作っていきたいとチャレンジ精神旺盛な窯元です。

宗明窯

三川内国際カントリークラブのすぐ下にある宗明窯は陶器(土物)専門の窯元です。開窯当所は磁器から陶器(土物)の転換が想像以上に困難で、恋焦れる土物の想いとは逆に、なかなか意図するものが焼けなかったそうです。その分、手の温もりと手技が命。型で勝負したかったと言われる様に多種多用な独創的な器が並んでいます。商品は黒焼締めを始め土物ぱかりで展開されていて、特に黒焼締め互型は代表的なものです。
うさぎ窯 佐世保国際カントリークラブのすぐ横にあるうさぎ窯。自然を愛する窯主、井手勤さんらしい緑豊かな中に工房はあります。全て自ら開墾し、手作りで造りあげた工房の扉を開くと、そこには土の魂が宿るかのように沢山の作品が雑然と置かれています。それは、お互いが語りかけているかのように楽しげな表情をしています。土物は磁器と異なり陶石からではなく土が原料です。三川内の自磁の里にあって異彩を放つ新進作家です。
貞右衛門窯 三川内国際カントリークラブの左に入ったところにある貞右衛門窯。作品は白磁に呉須の山水画の磁器と唐津風のロクロで成形した土物の陶器があり、「磁器の静の美」と「土物の遊の面白さ」を追求されています。
玉泉 JR佐世保線の三河内駅前にある玉泉窯。400年にわたり、繊細優美、精巧織密と称される透し彫り技法を継承保存し、さらに自らの創意工夫を加え、美術装飾から食器まで幅広く製作いました。この窯元の代表的な作品は、白磁に彫りを施した。いわゆる「透し彫り」。犬物になると製作するのに4、5ヶ月間もかかるということです。全ての工程が手作り、しかも熟練した手技がなければ完成しない、まさに至難の技です。特に定規も持たず、へらを手尺がわりに使い、細い剣先でひとつひとつ彫りおこしていく技は「忍耐しかない」と言われるくらいに、完成するまでの時間の長さと難しさを物語っています。
嘉助窯 中国人から学んだと伝えられている長崎郊外の旧長与村皿山にて製作された、緑、黄、紫の三色で施紬し本焼を行った三彩陶を手本に、三彩焼を再現しています。三川内本町の踏切を渡った所にある嘉助窯。主な商品は江戸末期の長与三彩写しの「三彩」と平戸焼に代々伝わる「茶道具」を作られている窯元です。「三彩」は長与三彩の土物と異なり磁器で焼成され、その上に直接彩袖をしていく秘伝の技は長年の熟練した手技でしか表現できない数少ない陶磁器です。また、「茶道具」は三川内焼ならではの純白の磁肌に呉須で描かれた繊細な絵付は、白磁の空間を生かした「間」の小宇宙の世界です。絵付けは古平戸を手本にした狩野派の流れを汲むもので、それだけ絵付は奥が深い。また、ひねり物の細作は平戸焼以来の三川内焼伝統のもので、茶道具で秀作を作りだした三川内焼の伝統を守り続けている窯元です。
佐福窯 三川内の踏切りを渡ってすぐ右手にある佐福窯。日用食器をメインに趣向性の高い器づくりが特長です。器とは何なのか、文化とは何であるのか、人類の長い歴史の上で三川内焼とはどういうものなのかを認識し、これからの器(文化)はどうあるべきかを探究しておられます。
玉峰窯 三川内山の入口にある玉峰窯。主な商品は割烹食器で、味わいを求めて白磁から陶器(土物)にシフト変更され、改めて白磁のおもしろさが見えてきたとのことです。割烹は「用美」使い込まれた美しさが使い込んだ時間を生かしてくれるようなそんな器づくりを求めているということです。それは本物指向へとつながり、物の本質を見つめる目を養うことが大切とのことでした。
喜助房窯  三川内山のバス通りから一歩入った所にある嘉久房窯(平戸悦山)。陶祖神社に祭られる如猿を祖とする由緒ある窯元です。主な作品は茶道具で表千家、裏千家、鎮信流などの各流派の皆具一式を作っています。その材料は伝統の天草陶石で、しかも選り優った陶石を使用した「白磁専門」の窯元です。特に「極薄手白磁」は最高の陶石を使用し、ロクロで成形して、いい出来のものだけを取り上げ1300℃の高温で焼き上げます。だから極薄の透過性の良いものが出来るとのことです。
平戸嘉久正窯 三川内山のバス通りに面する嘉久正窯。平戸藩御用窯の創立に力をなした中里茂右ヱ門を祖とする由緒ある窯元です。作品はこれぞまさに三川内焼といった伝統の白磁に古染の染付です。山帰来(さんきらい)、木薄(きいちご)、萩萢藁(しゅうかいどう)の花など自然の野草にテーマを置き、シーリズ化して描いているとのことです。その筆さばきは古平戸のそれを紡佛させるかのように繊細優美。呉須も微細になるまで擦り込むことで微妙な筆さばきが決まるそうです。その織密な筆致は圧巻の一言。狩野派、淋派の世界が再現されています。上物づくりの精神が脈々と生きる窯元です。
嘉泉窯  その昔、三川内焼(平戸焼)発祥時に今村三之丞を助け、平戸藩御用窯の発足に足跡を残した金氏太左ヱ門を祖とし、代々三川内焼ならではの技を伝承してきた由緒ある窯元です。磁器に目を移すと「一葉」と「千代」シリーズが代表的なもので、また割烹食器は和食界の雄、道場六三郎氏も愛用されているとのことです。美術装飾品、高級割烹として呉須による染付で展開されている「平戸嘉泉作」のブランドも陶磁器愛好家の方に広く支持されています。
竹林窯 三川内のバス通りの谷側にある竹林窯。当主の今村将晴さんが陶器の道に入ったのは50才の時です。至難の技とされている透し彫りを始め、盛上げ彫刻、捻り物などの多彩な技を生かし香炉、花瓶、飾皿、人形などの装飾品を作り、九州 山口陶磁器展、ながさき陶磁展などに見事入賞する実力派で、成形から焼成まで一切を一人で行い、竹林の中に住み「竹林」と自ら名のり、自分の納得のいくものを、土と炎と共に作り出して行く、こだわりの窯元です。
平戸祐祥 三川内山の三川内山児童公園のすぐ近くにある平戸祐祥窯。昭和36年、昭和天皇?皇后両陛下九州巡幸の折には「松竹梅香炉」をお買い上げの光栄に浴した名誉ある窯元です。祐祥窯の作晶は純白の白磁に染付の伝統的な三川内焼です。特に唐草の大皿と外ダミ松竹梅の花瓶は祐祥窯ならではの作品だそうです。また、三川内焼を代表する唐子絵も作られています。
平戸泰山窯 三川内山のふた又の道路を入った所にある赤絵屋泰山窯。代々絵師の仕事をされてきた窯元で先代の染錦の上絵付けには定評があったとのことです。狩野派の技法による夫和絵風の絵付もどことなく京風の香りがします。主な商晶は香炉、香合、水差しの茶道具と書道具が多く、手描きによる柿右工門風の絵付けを得意としています。
光雲窯 三川内山の中央にある光雲窯。商品は三川内焼伝統の染付と、土物にトルコブルーの粕薬が美しい「星の夜」シリーズです。このシリーズは素材から型?色?絵付までこだわって創られている「光雲ブランド」です。このシリーズの誕生が新しい世界を広げたそうで、今はこの「星の夜』シリーズの商品展開と並行して代々受け継れて来た山水画にも益々磨きをかけ、伝統柄にはない自分なりの山水画を築きたいと目下、奮闘中とのこと。
陽山 三川内山を少し入ったふた又の所にある陽山窯。昭和2年に天皇陛下御即位大礼用の御用食器を製作し、また昭和3年宮内省御用達を拝命し、長崎県指定の無形文化財保持者として、白磁器と平戸染付の発展と継承に中心的な役割を果してこられたそうです。平戸藩御用窯の殿様焼きとしての気品を保ち続け、卵の殼のように薄く、硬質で透き通るほど白い、世に「卵殻手」と言われる「薄手白磁」を得意とし、それに施された花紋などの彫刻細作は匠の技のなせるものです。
平戸松山 三川内山の一番奥にある平戸松山窯。代々御用窯元として唐子絵の伝統を守り今日に至っています。現代的にアレンジした創作唐子は女性の方々に広く愛され、新しいファンを作り出しました。唐子以外に染付で描かれた数々の作品が確かな技を伝えてくれます。
平兵衛 三川内山の奥にある肥前地区土鍋発祥の窯元「」平兵衛窯」。先代、中里仁太郎氏はロク□技術で佐世保市無形文化財を受けるほどの名工であったそうです。その先代が京都の修行中に土鍋の製造技術を習得し、三川内に戻り当時肥前地区になかった土鍋づくりを始めたとのことです。三川内焼の創始者の巨関、三之丞親子が白磁焼成のため良質の陶石を探し回ったように、先代仁太郎と現当主中里洋治親子も同じように土鍋に合う良質の土を探し回ったとのことです。その甲斐あってここの土鍋の特長は火にかけても急熱急冷に耐える高品質の土鍋であるということです。窯業試験場の耐久試験にも見事合格した苦心の一品です。
啓祥窯 三川内山の天満宮の近くにある啓祥窯は、三川内焼の伝統を守る白磁に呉須を施した染付け専門の窯元です。割烹食器と日用食器があり、陶磁器愛好家め方々に賞賛されています。
啓祥窯 三川内山の天満宮の近くにある啓祥窯は、三川内焼の伝統を守る白磁に呉須を施した染付け専門の窯元です。割烹食器と日用食器があり、陶磁器愛好家め方々に賞賛されています。
平戸嘉祥 嘉祥は、三川内の天満宮の左手にある。商品は割烹食器がメインで、伝統的な染付や染錦(上絵付)、土物など磁器から陶器(土物)まで巾広い商品構成を展開されています。
平戸洸祥窯 三川内山の天満宮のすぐ手前にある平戸洗祥窯。平戸藩御用窯の創立時に多夫の貢献を残した陶工の一人中里婁(高麗姐)の直系である由緒ある窯元です。主な作品は日用食器、その代表的なものが蕪絵の器です。その由来は平戸藩主、松浦隆信公が子孫繁栄を願って蕪作りを奨励したところからきているとのことで、代々伝わる伝統的な図柄だそうです。その大らかにして大胆な筆さばきは洗祥窯ならではのものです。また、菊花飾の細工物は花瓶、香炉などの装飾品に施こされ、白磁の洗練された美くしさを引き出しています。
平戸祥山 三川内山の天満宮より少し下った所にある平戸祥山窯。平戸藩御用窯の創始者のひとり口石長右ヱ門を祖とするの窯元です。その作品は卓越した筆技を施こした染付です。一筆、一描精魂こめて描かれた唐子をはじめ、自然の草木をあしらった繊細優美な染付の世界は精巧徽密の一言。使用する呉須も独自の方法で精製し、柔かく濁りのない呉須で描かれた作品は独特の藍の世界を作り出しています。
弥治右ヱ門窯 三川内山の天満宮より下に入った所にある弥治右ヱ門窯。その昔、茶の湯を愛した大公豊臣秀吉の御抱え陶工で、平戸藩御用窯の創立時に三之丞を助けて多夫な貢献を残した福本弥治右ヱ門を祖する由緒ある窯元です。その作品は伝統ある白磁に染付を施こした高級装飾品です。特にひねり物の細工には定評があります。あくまで上物を目指す窯元です。
晴峰窯 三川内山の二又を右に入った所にある晴峰窯。平戸藩御用窯に多大の足跡を残した如猿を祖とする窯元です。もともと割烹食器を製作されていたのですが、今は唐子絵の日用食器を作られています。もともとロクロ師であった今村さんはそれから信永宇吉氏に唐子の絵付を習い、本格的に唐子に没頭したと言われます。子供達に焼物の面白さと伝統の技を伝えている窯元です。
智山 三川内山の中央にある智山は割烹食器をメインとする窯元で、明るく活気溢れる工房です。2階がショールームになっており、鮮やかな割烹食器が並んでいます。感性の色を大事に、落ちついた深みのある色で商晶展開をされています。それに用の美使った時の美しさを念頭におき創作しているとのことです。
松雲窯 早岐から三川内へ行く途中の桑木場にある松雲窯。松雲窯の作品は呉須を基調に赤、青、黄、緑などの鮮やかな色の上絵付が特長です。それは大胆な構図と絵柄が、鮮やかな色に命を吹き込み、華やかな色が舞う魅力的なもの。それも絵柄がひとつひとつ異なる全て手描きの一品です。
茲朗窯 佐世保湾を望む東山公園(旧海軍墓地)の近くにある茲朗窯。昭和50年には日展へ初出品、初入選を果たし、その後、日本新工芸会員賞や文部大臣賞を始め数々の受賞歴をお持ちです。青白磁の陶板に芸術性の高い作品を創作されています。磁器の可能性に挑戦し続ける作家活動をされています。
 

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