[PR]この占いで運命を切り開け!:無料診断でわかる血液型のヒミツ

●福田和也(ふくだ・かずや)

 SFC助教授(文学部じゃないんだよな〜)、文芸評論家。
 おそらく今、「若手」評論家の中では文壇政治的にも、セールス的にもナンバー1であると思われる評論家。

 父親は中小企業(といってもいわゆる零細企業ではない)を経営する実業家で、この福田センセイは幼稚園の頃から慶応エスカレーターに乗った典型的なお坊ちゃん。高校の頃から受験勉強とは無縁の状態で親のクレジットカードを持ち歩く放蕩生活をしていたというから羨ましい限りだ。

 評論家デビューは専門の近現代フランス文学を扱ったカタめの論文。今でこそ東浩紀の「書かない浅田彰・書きすぎる福田和也」の言葉にあるようにどちらかというとジャーナリスティックなアジテーターのイメージが強いが、それは福田という余裕たっぷりの多様性を武器とする、鵺のようなキャラクターのほんの一面にすぎない。事実、三島賞をとった「日本の家郷」や、名著との誉れが高い「南部の慰安」は、今や福田の代表作となった感のある「作家の値打ち」の口当たりのいいミシュランの持つ「コンビニ感覚」とは180度違った方向性を持つ、良くも悪くもローカルな手作り感がウリの、オヤジ受けしそうな「文芸評論」である。

 三島賞を取った90年代前半〜半ばから、福田は評論家として本格的に活動を開始。先述のオヤジ受けする文芸評論から、数年前、柳美里と騒動をおこした文壇プロレス的な文章まで、更には「SPA!」の連載に見られるような偏差値の上がった落合信彦のようなヤクザな仕事までなんでもこなす器用さは、かなり特異なものがあった。

 文壇的には江藤淳の後継者として、論壇的には西部グループの若頭件文学担当として、そしてサブカル方面では浅羽・大月といった宝島30系のオタク系新保守(小浜はちょっと違うか)に近い位置を丹念にキープ。「割を食わない八方美人ぶり」は今考えても本当に脱帽モノである。そう、この福田センセイ、その主義主張や思想を語る以前に、その文壇・論壇と言うローカルな業界での立ち回り方の巧さにどうしても目がいってしまう。

 例えば、90年代の言論界を席巻した「ゴーマニズム宣言」の勃興と衰退に関して、福田ほど冷静な対応をした業界人はいないだろう。「大丈夫だった頃」までは「小林さんにはギャグマンガを書いて欲しいから」と「消極的評価」という姿勢を保つことで、小林側にも、そして「漫画家風情が俺たちの市上に食い込んできやがって!」と恨み骨髄という感じだった文壇・論壇のエライ人たちにも「あんなの相手にできませんよ」ちとシッポを振りつづけていた。
 大塚英志との「平和共存」もそうで、大塚との自他共に認める平成ホシュVS平成サヨクのプロレス仕事の数々は、おそらく今の言論界で唯一福田に並ぶ「器用さ」をもつ大塚をパートナーに選ぶことで、「エヴァ」以降のサブカル層から、沈みかけた(もう沈んでるけど)文壇と言う船にすがりつづける人々にまで、幅広いプレッシャーを与えることに成功していたと思う。

 さて。こうして「文学」いや、「文壇」という沈みかけた船(だが社会的保護は厚い)の遺産を、政治的に独り占めすることに成功し、論壇的にも比較的無難な位置をキープしていた「世渡り上手」の福田センセイだが、書いているものははっきり言ってある時期まで全く面白くなかったとと思う。
 例えば、柳美里とのバトルなんてものは未だに「文学」なんてものがあると信じてる50歳以上のおっさん達意外にはただ「ああ、あやってるな」で片付くものだったし、そうでない福田の文章は「南部の慰安」など、「別に今読まなくても」と思ってしまう「金持ちの道楽」的な仕事か、「罰あたりパラダイス!」という慶応ボーイのお坊ちゃんが精一杯不良ぶった雑文の類もはっきり言って(「巧く」出来ているだけに)凡庸で、「福田和也じゃなきゃ読めないもの」とは到底思えない貧しいものがほとんどだった。
 玄人から素人まで楽しませる懐の深い芸こそ秀でているものの、結局「本人が一番やりたいこと」は無難に江藤淳や西部センセイ、石原慎太郎といった「長老」たちにゴマをすり、「文壇」なんて死んだ業界の遺産(まさに「遺産」にすぎな)を継承することなんだろうな、ということがあまりにも見えすぎている・・・それが「文壇」の外から見た福田和也だった。

 だが、2001年の「作家の値打ち」以降、個人的にはこの感想を改めつつある。
 純文学変質論争(いわゆる「ブンガク」論争)が、大塚英志が文壇誌から降ろされることで強引に下火になりつつあった2001年、「存命中の作家をエンタテイメント50人、純文学50人挙げて、その主著(但し、現在書店で入手可能なもの)を全て100点満点という数字で採点する」という大胆な手法をとったこの「作家の値打ち」は、「ブックガイドは売れない」という出版会の常識を塗り替えるスマッシュヒットとして、「文壇」ローカル以上に多くのその周辺の人々を震撼させた。

 無論、文芸評論において「100点満点の採点」なんて手法は邪道中の邪道であり、そのことは福田和也本人もやや言い訳がましい前書きや、各メディアでの発言を見る限り十二分に自覚している。
 だが、それまで業界ローカルの暗黙のルールを誰よりも積極的に継承して今の位置を保ってきた福田が、ついに自らの生命線であり、遺産継承のためにはどんなに馬鹿馬鹿しいセクト争いにも積極的に参加してきたこの「文学」というジャンルをついにSPA!に書き散らしているような「届きすぎるジャーナリズム」として発信したことの意味は非常に大きかった。
 「作家の値打ち」はが、その「文壇」ローカルに与えた影響は凄まじかったと書いたが、その「凄まじさ」とは何の感ので「文壇」の継承者(=味方)のはずだった福田和也が、「文壇の外」「フツーの人」に向けて彼らにとって大切な大切な宝物である「文学」を(そしてとっくに形骸化しているがどうしてもそのことを認めたくない「ブンガク」を)、「批評」としてではなく「ジャーナリズム」として発信したことへの怒りと恐れに他ならない。

 事実、「文壇」サイドのこの「作家の値打ち」への反応は「無視」もしくは「総スカン」であり、福田が同著でコキ降ろした作家にこれみよがしに直木賞を与えたり、福田の仕事の中であからさまに「作家の値打ち」だけを無視してみせたり、大人気ないことこの上なかった。
 だが、そんなローカルな内ゲバを仕掛けても、「作家の値打ち」の「文壇の外」に届いた圧倒的な部数の前には(少なくともセールス的には)全くの無意味だったと言えるだろう。
 そう、「作家の値打ち」は、福田が自分の力で「新しい読者」「新しい文学ファン」を開拓しようとしただけに留まらず、結局のところ偏狭な仲間意識しか持たない「文壇」に対する「これからは継承者の俺が好きにさせてもらう」という「独裁者宣言」でもあったのだ。
 なんせ小林秀夫=江藤淳ラインの若手ナンバー1が「これまでの文壇なんてクソだ」と言ったのだ。

 福田のこういった活動は結局「自分が文壇のボスになりたいだけ」という批判はあちこちで囁かれているし、その批判は正しいと思う。
 だが、これまで「大家」「長老」へのゴマすりや、他の論客とのプロレス的共存でのみ行なわれていた福田の「政治」が、曲りなりにも、自分の批評家としての力量をもって、新たな「文芸批評」のベース(読者層)を開拓しようとすることで行なわれるようになったと考えるなら、やはりその仕事は「文壇の外」の住人である我々(全人口の99.99%以上)にとっては歓迎されるべきだろう。

 大月隆寛曰く「己の器をさらけ出すだけのミシュラン」とであるこの「作家の値打ち」と以降の福田の仕事。
 確かにそれはその通りかもしれないが(辻仁成に84点つけたり)、その「さらけだす」リスクを背負えるだけの政治的余裕をもった担い手は、今やこの「書きすぎるジャーナリズムの」福田和也しか居ないのではないだろうか?

文責:荒川


辞典TOPへ


[PR]オアシスナビで老人ホーム探し:全国1800以上の施設から比較検討