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●岡田斗司夫(おかだ・としお)

 評論家。本人は(ギャグで?)「作家」と名乗っている(この件に関してはここを参照)が、実質的には「オタク評論家」にして元・ガイナックス社長。

 本人の「有名になるまでのプロフィール」は本人の公式ホームページをはじめ、いろんなところでいろんなことが書いてあるのでそちらを参照されたし。
 とりあえずここでは1、80年代はじめ。大阪のマニア集団のリーダーとしてさまざまなSF,アニメ、特撮などのイベントを企画、同人作品を発表。2、その力量をバンダイに買われて劇場用アニメ「オネアミスの翼・王立宇宙軍」を製作するためにガイナックスを設立。3「トップをねらえ」が終ったあたりでガイナックスをやめて評論家に 4、以降「エヴァ」ブームに半ば便乗するかたちで「オタク評論家」としてデビュー以降、瞬く間にメジャーなモノ書きに・・・・・と、これくいらいのこを覚えてもらえれば問題ない。
 もっともガイナックス社長を「辞めた」と言っても、彼の奥さんが取締役の一人(?)なので今でも影響力はそれなりだったり。

 さてさて、こんな経歴を持つ岡田斗司夫だが、やっぱり「エヴァ」ブームの真っ最中に当時としてはほとんど唯一だった「オタク評論」は斬新だった(浅羽通明大塚英志がいたけれどね)。
 オタキングこと岡田の新しかったのは「オタク文化」を語るだけではなく、「オタクの生態」を語ったことだ。
 この「オタクの生態」について扱っているのは今でこそ斉藤環とか東浩紀とかいろいろいるけれど、当時は「天使の王国(幻冬社文庫)」の浅羽通明くらいじゃなかっただろうか?

 「身なりを気にしない」「作品を愛しながらも醒めた側面を持つ」「だがその反面ひいきのひきたおしに成り易い」・・・こういった「オタク」特有の「生態」をオタキングは半ば自虐的に、そして優れた「笑い話」をまぶしながら饒舌な筆致で語って行く。
 その姿は一部のオタクたちには痛かったかもしれないが、多くのオタクたちにも、一般人にも広く受け入れられ、岡田の存在をゆるぎないものとしている。
 この「オタクであること」を逆手に取った「広さ」は、「言いたいことを適切で分かりやすい言葉で表現してくれる人」というBSマンガ夜話での視聴者層の岡田への評価によく現れていると言えるだろう。
 もっとも当の岡田はそんな視聴者をバカにしきっているのだが。
 (私は何度かこのBSマンガ夜話のライブに行っているが、収録後のトークライブでかならず岡田は「視聴者からのファックスってなんでこんなに頭が悪いんだろう」とこぼしていた)

 こうしたオタキングの「オタクの生態」研究はやがて「オタク」最大の難敵「恋愛」へとシフトしてゆく。
 実は正確には岡田の評論家としてのデビューは「ぼくたちの洗脳社会」という一種のコミュニケーション論だった。
 「オタク」研究は多くの場合最終的にはコミュニケーション論となることが多い、それはオタクたちの大半が自分たちの「オタク的教養」を最大のコミュニケーション・ツールとして使用するところにその特徴があるからだ(このサイトみたいにね)
 そして、現代社会でもっともこの「コミュニケーションの形態」の問題が先鋭化するのがこの「恋愛」なのだ。
 岡田が「フロン」「恋愛の取説」などの近著で積極的に恋愛論・家族論などを語り出したことに違和感を唱える者もすくなくないが、個人的には当然の成り行きではないかという感想を抱いている。

 世間一般の「オタク」に関するイメージはなんろうか?
 「モテない恨みをアニメやゲームにぶつけている」・・・・この一言だろう。

 そこで岡田は考える、多くのオタクたちが自問自答したように。
 「モテないからオタクになったのか、オタクだからモテないのか」と・・・。

 元アニオタの宮台真司は「それはタマゴとニワトリの例えのようなもの」とこの問題にさじを投げてしまったが、我等がオタキングは違う。
 「じゃあ<モテて>いる連中っていうのはどういう連中だ? どれくらいいるんだ?」と根本的に考えて行く。

 そしてオタキングは「オタク以外にも恋愛難民はたくさん居る」という結論に達する。
 ギャルゲーに逃避していなくても、服装に多少なりとも敏感でも、実際問題「満足できるような恋愛」が出来る人間は全人口の10%も居ない、そう岡田は結論付けるのだ(もっとも統計的なデータではないので筆者はあまり信用していないが)

 だがそこから先の岡田の提案は中々面白い。
 オタキングは言う「<恋愛難民>が大量発生する原因は、みんな<恋愛>を高級なもの(「あなた一人を、いつまでも」というドラマチックな展開)と捉えているからだ」と。
 オタキングは更に提案する。
 「みんなそういう幻想は捨てて、もう誰とでも、何人とでも付き合ってみればいい」と。

 近世以前の必ずしも一夫一婦制とはいえない婚姻制度などを引き合いに出して、岡田は「もっと恋愛をどうだっていいもの」と捉え、簡単にくっついたり離れたりすることを提案するのだ(これを岡田は「恋愛の敷居を低くする」と呼ぶ)
 少なくともためこんだルサンチマンを「サクラ大戦」や「ときめも」にぶつけるよりはマシになるはずだ・・・・・という訳だ、ごもっとも。

 ごもっとも、と思う反面、岡田本人もこんなことが社会規模で実現するとは思ってないだろうな、とも思う。
 なんせ一皮剥けば「恋愛したい」しか残らないというのが否応なしに今の日本のマジョリティじゃないだろうか?
 「恋愛しかない」のに「それをあまり御大層に考えるな」というのはちょっとキツい、特に頭があまりはっきりしない皆さんには(笑)

 その辺の事情を踏まえつつ、オタキングのこれからの「洗脳力」の発揮に期待したい。(文責・山倉)


追記

 ・・・・なんてことを書いていたらある日(2002・4・9)なんと当サイトに岡田氏御本人が!!
 掲示板に計三回も書き込みを頂き、更に「おもしろかったです」とお褒めの言葉を頂きました。
 ・・・まさか御本人に読まれると思っていいなかった筆者としては嬉しい反面、ネットの恐ろしさを痛感いたしました。
 DMまで頂き(筆者が本物かどうか疑って出したメールの返事)「肩書きを<作家>にしている理由は今度ネタにしますね」とのこと!
 楽しみに待っています!!(お名前の表記違い直しておきました・・・大変失礼致しました)
 

追記その2

 ・・・・と、このサイト躍進のきっかけとなった岡田氏本人がまたしてもこのサイトに来訪!!

 >僕は確かに「恋愛の敷居を低くする」ことを提案していますが、それは「気軽に恋愛したら?」という意味だけにとどまりません。「サクラ大  >戦」や「ときめも」にハマることも恋愛行為として認めてしまえ、と思っています。

 とのお言葉を掲示板に頂きました。
 申し訳ありません、こちらの勉強不足でした・・・という訳で、岡田氏御本人のスタンスをここに明記しておきます。
 なるほど、このテの代償行為も含めて「気軽に考えれ」ば、あの人たちの切実な痛さも少しは・・・という訳ですね、と安易に私などは解釈してしまうのですが・・・・う〜ん、もう少し勉強します。





●代表著作(一応オススメ)

1 ぼくたちの洗脳社会(朝日新聞社・文庫)
2 フロン
3 恋愛の取説



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