●桜井亜美(さくらい・あみ)
小説家。大塚英志の言うところの「幻冬舎ブンガク」の代表選手(笑)
読者層は大学で哲学とか心理学を専攻しないと脳内BGM(椎名林檎とか)に自己象を合わせられないビョーキのオンナノコたち・・・なのかなあ。
一説によると宮台真司先生と事実婚の関係にあるフリージャーナリスト(!)の速水由紀子さん(「終わり泣き日常を生きろ」のオマケ文は結構面白いですよ)だという噂がありますが、桜井センセイが「体は売っても心は売らない、終わりなき日常をタフにまったり生きていけるニュータイプの女子高生作家」だとかたくなに信じている私は(笑)そんなこと全然信じてないですよ、ええ。
デビューはやっぱり幻冬舎からの「イノセント・ワールド」。
「知的障害」の兄貴と「近親相姦」してる「売春」女子高生アミが、「決してメガネを外さない友人」との触れ合いや「レイプ」体験を通じてなんだか分かったようなクチを聞くようになるまでのお話・・・と桜井先生の作品で素直にカンドーできないねじくれた心をもった人間が要約しておりました(笑)
さて、ここで問題。
上の要約文中に何箇所「いかにも」なブンガクワードが出てきたでしょう。正解した人はもれなくサイファに覚醒できます(嘘)
少しだけマジメな話を書くと、この桜井センセイの「ブンガク」正直いってどれも同じな上、無理して書いてる女子高生文体がアレで人並みの繊細さをもった人間が読むにはあまりにも・・・・な作品となってしまっている(勿論「おもしろすぎて」って意味ですよ!)
いや、「物語からの解脱は物語を通じてしか成し得ない」ってことなんでしょうが、これはあんまりにもあんまりなのではないか、という意見は宮大ファンからむしろよく耳にしてしまう。宮台の「フィールドワーク」が示すものは「ああでもしないと日常がキツイ」少女たちの物悲しさであり、体を売る彼女たちよりもよっぽどそのことに鈍感な保守オヤジたちの痛々しさだったはずだが、この桜井亜美の小説は(いや、こんな話する以前の問題なんだけど、小説として)「アミ」のキャラばかりが先行して忠実な幻冬舎ブンガクを営業した結果、ものの見事に「消費者が考えるアミ像」に飲み込まれている。
書いてるうちに本気で「援助交際とかしてるのって、ちょっと影背負っててカッコイイかも」と思うようになったんじゃないかって思われても仕方がないくらいの酩酊状態が見て取れる。終いには「大学教員でありながら売春斡旋をおこなう男」を小説に出したりするようになってしまい、いよいよ末期症状・・・だと僕等のアミちゃん(っていうとマーキュリーみたいだなあ)を毛嫌いする輩が申しておりました(笑)
・・・冗談はさておき、以前、大月隆寛に出待ちして話し掛けたとき(笑)「あいつらアレでバレてないつもりだからなあ」と呆れていたがやっぱり彼女の読者って「=速水由紀子」って気付いてないんだろうか?
本気で「彼女はミヤダイがフィールドワークで知り合った女子高生で」と思っているんだろうか?
思っているとしたら、それはいよいよ救い難い連中じゃないだろうか。
これをあの宮台が、いや、ミヤダイが許容しているのか、と思うとやっぱりちょっと寂しくなる。
白倉由美が小説を書きはじめたとき、それは角川スニーカーという「届く」ものに乗せなきゃという戦略としての「ブンガク」だったはずだ(ってことにしておく) でも幻冬舎から出て村上龍の隣に平積みにされた彼女の小説が残したものは一体なんだろうか?
それは多分、また一つ「届きようがない」連中のタコツボを一個増やしたことだけだ。 (文責:北島)
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