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総論:「小説家」富野由悠季について
結論から言おう。富野由悠季は「映像作家」であり、結局のところ「小説家」としては「たかがノベライズ」の域は出ていない。
残念ながらこれだけの作品数を持ちながら、「富野ファン以外が読んで楽しめる」作品は「閃光のハサウェイ」「オーラバトラー戦記」そして「王の心・死者の書」の3作品のみだろう。かなりオマケして「ガンダムF91」「Vガンダム」の2作もなんとか・・・といった感じだろう。
富野由悠季はバンダイに象徴される「商業主義」や、サンライズの自社商品展開に象徴される「ダメなアニメファン体質」と戦いつづけてきた作家である、と一般的にはされているケースが多い。だが、果たしてそうだろうか?
私は痛切に思う。富野由悠季が多少なりとも「商業主義」「ファン体質」から離れて書かれたこれらの小説は、本人がブンガク崩れのパン屋シオ(「F91」)や、子供向けのイラストで一山当てた老婦人(「憂鬱ミュージアム」)に託して自嘲的に語るように、身も蓋もない表現を使えば「エゴ剥き出しの文芸ゴッコ」でしかないのだ。
そう、放っておけばただの「文芸ゴッコ」をやりかねないこの御大将を、かろうじて「作家」にしているものはもしかしたら「商業主義」という名の永遠の仮想敵であり、「ファン体質」という「いつまで経ってもこいつらは」と思わずにはいられない「世界の病」の存在ではないだろうか?
こういうものと「戦って」いない富野作品はただの文芸ゴッコである(例:「ガーゼィ」のOVA)
しかし・・・しかし、だ。
「仮想敵」を持たない自己満足的な、内輪受け的な「文芸ゴッコ」それは、富野由悠季個人の問題だろうか?
そういった意味では、今店頭に並んでいるあの問題作も、あの話題作も、あの有名賞受賞作も、みんな内輪受け狙いのお約束が連発されるだけの「文芸ゴッコ」ではないか。
そう考えてみると、僅か数作とはいえ「文芸ゴッコ」の域から飛び出したかに見える「たかがノベライズ作家」はそれほど悪くないのではないだろうか?
少なくともブックオフの100円コーナーでは、富野小説は生きていた。
君は!
解説
結論から言えば私はこの「ブレン3巻」は御大将の筆ではないと思っている(部分的に手を入れたことは十二分に考えられるが) おそらくは印税かなにかの関係で3巻目だけを御大将名義にすることで面出氏との調整としたのだろう。
内容はさして取り上げるべくもない「フツーのノベライズ」ファンなら角川ハルキ文庫から(笑)
意外と入手困難か!?
番外:「ブレンパワード」第三巻 (斧谷稔 名義)
富野御大将が97年にWOWWOW初のオリジナルアニメーション「ブレンパワード」 そのノベライズ版は構成・富野由悠季としてメインライターであった面出明美氏が執筆している。が、この第三巻に限っては御大将のペンネームの一つである「斧谷稔」名義になっている。内容は「ブレン」後半の忠実なノベライズ。本当に御大将の筆か怪しいが、番外として載せて置く。
解説
今のところ最新の富野小説。個人的には大好きな一作。ララアの売春婦時代、アムロのネットでのエロ画像集めにはじまり、あの井上大輔の名曲を彷彿とさせる名シーン「ぼくにはまだ、帰れるところがあるんだ」で終らせることが出来るのはやはり我等が御大将以外にはいないだろう。文章中、意地でも「ガンダム」という単語を出さない御大将のこだわりも可愛らしい。
●密会
角川ミニ文庫(なんてあったね〜)で発売され、今はスニーカー収録の初代「ガンダム」の外典的な小説。シャアに拾われる前のララアに焦点を当て、映画版「ガンダムV」の内容をダイジェストで追うような感じの構成になっている。雰囲気は悪くないが、初代「ガンダム」を観てないと全く分からない一作。
解説
もし「小説家」富野由悠季に存在意義があるのならば、それは「閃光のハサウェイ」「オーラバトラー戦記」そしてこの「王の心」(ただし第一巻目の「死者の書」のみ)の作者としてだろう・・・(笑)
それくらいこの「王の心」の一巻目「死者の書」はネタとしても、そして我が国では数少ない「ドラクエ小説ならぬファンタジー小説」として貴重かつ魅力的な一作だった。騎士たちの生首を引きずって砂漠を歩く、最初のエピソード、「アカイアーの復讐」のラストシーンが忘れられない。
少年エースに「血とSEXの物語です」という富野御大将の宣伝文句に惑わされ(笑)迷わず発売日購入をカマした私ですが、二巻目以降の「いつものダメ富野小説」振りには一巻目が面白かっただけに本当に「この人はやっぱり・・・」と思ったものだ。まあ、そこが我等の御大将を崇める理由なのだが。
●王の心 死者の書
天女生誕の書
再臨飛翔の書
「あの天野喜孝がついに富野由悠季と!」という触れ込みで角川ハードノベルスから出版されたのがこのシリーズ(しかし天野氏の参加はカバーのみ)
内容はバイストン・ウェルと「シーマ・シーマ」の世界を足して二で割ったようなファンタジー世界を舞台に、死んだ王様がその後のお家騒動の顛末を幽霊になって見守るというもの。最初の一巻「死者の書」はあまり関係のない3つのエピソードが収録されているという形式だったが、2巻以降は一つの巨大な陰謀を追いかけて行くといったストーリー。
おそらく初版しか出ていない上にハードカバーということもあり、現在古本でも入手困難。
解説
ほぼ上の「ガーゼィ」と下の「王の心」と平行して書かれていたのがこの「アベニール」
考えて見ればこの頃御大将は「少年エース」でもクロスボーンガンダムの原作を担当されており、随分と紙媒体での活躍が目立った時期かもしれない。
それはさておき、この「アベニール」 一巻を読んだときは「面白い」と思ったものの、巻数を勧めるうちに「またか・・・」感が強くなっていったという記憶がある。結局最後は富野節全開の・・・・だったしねぇ(笑)
例によって御大将は「この時期は病気だったから・・・」といってこの作品に関しては自ら封印されようとなさるのだが(笑) 富野金髪信者には必読の書。
●アベニールをさがして 全3巻
朝日ソノラマから懲りずに出版された(笑)御大将にはめずらしい「近未来」ロボットもの。
テンターギアというモビルスーツの出来そこない(しかし飛行性能はどう見てもVガンダム時代並み)が軍用化されている程度の「近未来」(ミノフスキー粒子が実用化されはじめ、コロニー計画が進められようとしている)軍国主義化する日本(笑)に警告を与えるべく飛来した正体不明のテンターギアをめぐって、偶然そのパイロットの最期を看取った3人の主人公が宇宙開発にまつわる陰謀に巻き込まれていくというのがおおまかなストーリー。
部分的に「∀」の元ネタと言われている。
古本屋ではそれなりに見かけます。
解説
このガーゼィ。富野ファン以外にも勧められるほど面白くは無いのだが(笑) 左でも書いたように主人公同士が相談して未知の世界に立ち向かって行くという展開や、日系人から観た現代日本の描写など、「仕掛け」はかなり面白かったような気がする。それでも総体として面白くないのは「小説家・富野由悠季」の限界点なのかもしれない。
私見だが富野御大将はアニメとは違い、小説を「プライベートな仕事」と捉えすぎている所があり、それが例えば「イデオン発動編」や「逆襲のシャア」をエゴ剥き出しの作品からかろうじて「映画」にしていたエンタテイメント精神の箍を外してしまうのではないかと思うのだ。
バンダイから、サンライズから「こんなんじゃ売れませんよ」と適度に言われることが必要な人なのかもしれない(笑)
それでも個人的には美少女が呪文を唱えながら剣を振り下ろすような「ドラクエ系」ファンタジーよりはずっと楽しめるような気がするのだがどうだろうか?
「この大陸には5つの伝説があり・・・」とか始まった時点でもうお腹一杯じゃない?
その辺の事情も踏まえつつ「ダンバイン」以降の和製ファンタジーの歴史を総括した「ログアウト」誌の富野特集号は絶品でした、持ってないけど(笑)
●ガーゼィの翼
今は亡き「ログアウト冒険文庫」から出ていたOVA連動企画小説。そしてあの「バイストン・ウェル物語」の最新作でもある。
尻切れトンボもいいところで終ったアニメ版とは違い、こちらは一応ちゃんと完結している。
今までの「バイストン・ウェル」ものとの最大の違いは「聖戦士」として召還される主人公が、その肉体ごと」ワープするのではなく「精神」だけが分離して(分身して)バイストン・ウェルにワープしてしまうということ。
そこで日系二世(三世だったかな?)の主人公・クリスはテレパシーで地上に残った自分自身と交信し、ああでもない、こうでもないと「自分自身と相談」しながら次々と襲いかかる異世界での戦闘を生き延びて行くことになるのだ・・・。
丁度富野御大将が「Vガンダム」以降お暇になり(本人曰く「病気の時期」)やたらと小説を出していたり、オウム絡みで雑誌媒体や論壇関係のインタビューに答えてのメディア露出が多かった時期に書かれた小説である(「エヴァ」をボロクソに言ってたり、サンライズラジオで暴れてたのもこの頃)
現在「ログアウト」レベール自体がなくなってしまったので古本屋をマメに探して下さい(まだ見かける方)
解説
93年の4月2日(3日だったかも)
TV版「Vガンダム」の第1話を観終えた私は息を切らせながら近所の本屋に自転車を転がし、そして一冊だけ入荷されていた小説版「Vガンダム」の一巻を買って来たものだった・・・(笑)
年上の女にあっさり振られる主人公、「少年と少女の物語」と銘打っている割にはあんまりと言えばあんまりな展開。巻末であっさり撃墜される主役機・・・たった一冊の小説が当時14歳の私に与えた衝撃はまさにコロニー落とし級でした(笑)
「この話のどこが<ビクトリー>なんだ?」と真剣に考えたものです、いやはや。
ニュング伯爵と文明論を戦わせるウッソ(13歳)、濃厚と呼ぶにはあまりにもえげつない絡み方を見せてくれるタシロとファラ、そしてそのタシロに唇を吸われ、乳を揉まれながら「カガチに嬲りものにされた女が!」と罵られるマリア、ゴトラタンの機体色にカテジナの××××の色を見るクロノクル・・・「しろはた」的な楽しみ方をする素材としても、この「Vガンダム」小説版程適切な素材はまずないと言ってよいでしょう(笑)
ネタとしても優秀な「V」小説版、お勧めです。
●機動戦士Vガンダム (全5巻)
あのアニメ史上最大の問題作にして、富野御大将がもっとも忌み嫌う作品の一つである「機動戦士Vガンダム」・・・その放映(93年)に平行して例の如く発売されたのがこの角川スニーカー版「Vガンダム」である。
御大将が自ら「プラモの巨大CMになってしまったTVアニメ版へのささやかな反抗として書いた」と言う様に、これまで「比較的」(あくまで「比較的」)大人しく書かれて来たアニメガンダムのノベライズの中では異常なほど「トミノな」内容になっている。
それは表面的には描写面で(右の解説参照)現れているが、それ以上にニュングやカガチ、あるいはタシロといった登場人物たちのアニメ版以上にある意味「生き生きとした」ルサンチマン全開の活躍によって読者に響いて来る。
「Vガンダム」をあれほど否定する富野が、その一方で自ら「意趣返し」であると明言するこの小説版で行なったことがTV版の「アノ」部分を(おそらくは我々があの酷い作画のアニメを敢えて愛する正にその部分)を更に強烈に、禍禍しくしたものであることは色んな意味で一考に価する。
●解説
映画版「F91」に人気が無いことに加え、富野御大将自ら「完全に商売で書いた小説」とおっしゃられるように、この小説版もあまり人気が無い。
が、この「F91」小説版は個人的には面白いと思う。左でも書いたが上巻のクロスボーン勃興の降りはジュニアノベルではまず出会うことの無い魅力を備えているし、何よりマイッツアーの離婚にはじまり、入り婿カロッゾが娘ベラに殺されるまでを描いた「一族の物語」として面白いと思う。
「閃光のハサウェイ」「オーラバトラー戦記」に次いで、「富野ファン以外にも勧められる数少ない富野小説」として本書は長く記憶されるべきだろう。
ちなみに初代ガンダムのことを「ファースト」と呼ぶようになったのは、この小説でのモニカ・アノー(シーブックの母親)の台詞からではないかと思うのだがどうだろうか?
●機動戦士ガンダムF91 クロスボーン・バンガード (全2巻)
言わずと知れた「F91」の富野原作小説。
映画では大胆にカット(笑)されたクロスボーン・バンガードが設立されてゆく過程がほぼ上巻まるまる一冊を当てて丹念に描かれて行く(ブッホ・コンツェルンの創業、ロナ家の系図を買うブッホ家、マイッツアーの野心とその長男ハウゼリーの政界進出、マイッツアーの長女ナディアの放蕩と結婚。入り婿カロッゾ、ハウゼリーの暗殺、ナディアの出奔、そして鉄仮面となったカロッゾによるクロスボーン・バンガードの設立・・・)まるで歴史小説のようなこの「一族の歴史」は本当に面白い。なんでこっちを映画にしなかったかといいたくなるくらいだ(まあ、理由は分かるけど)
後半はほぼ映画「F91」と同じシーブックとセシリーの物語が語られる。前半同様、映画版では明らかに説明不足だった個所が丹念に描写されている。
角川スニーカーに収録され、現在も簡単に入手出来る。
解説
「ダイターン3」同様コメディタッチの探偵ものであるが、富野初挑戦のライトタッチの小説ということもありはっきり言って・・・な出来となっている。特に第4巻に当たる「愛はシベリアから」は無駄に長い上、後半、御大将自身がどうでもよくなっていく過程が行間から溢れ返っており、通読するには相当の忍耐が必要である。万丈、ギャリソンは勿論、マコト、ファン・ファンなどキャラは脇役まで魅力的(レズビアンの敵スパイコンビとか)だったのだが・・・。まだ各話30分のOVAとかにすれば観れたかもしれない。こう書くと相当酷いシリーズのように思われるかもしれないが、4冊中1冊だけ、読んでいて普通に「面白い」と思ったものがある。それは2巻目の「憂鬱ミュージアム」で、読むとなんとな〜く御大将の当時の私生活が垣間見えてしまう富野ファン必読の書です(笑) あとラストの万丈の機転も痛快!
●破嵐万丈 薔薇戦争
●破嵐万丈 憂鬱ミュージアム
●破嵐万丈 ヒット・カップル
●破嵐万丈 愛はシベリアから
朝日ソノラマから89〜92年に渡って刊行された「万丈シリーズ」の4作。タイトル通り主人公はあの「無敵鋼人ダイターン3」の破嵐万丈。執事のギャリソン時田や、大金持ちの私立探偵という設定は共通だがロボットは登場しない。92年までシリーズが続いていたこともあり、96年ごろまでは書店によっては新品で手に入れることも出来た(なんせ「アベニール」の帯にこの「万丈シリーズ」の宣伝が載っていたくらいだからなあ) 私は文庫版以外に見たことはないが、少なくとも第一巻の「薔薇戦争」にはハードカバー(?)版が存在した模様。詳しい情報をお持ちの方は是非教えて下さい。
解説
「大佐ってセックス上手ですからオーラルもアナルも要求されたでしょう?」 たかだが16、7の少女にこんなゼリフを堂々と吐かせる事の出来る「作家」が(頭の悪いサブカル狙いブンガク屋さんを除いて)富野御大将以外に居られるでしょうか? いや、居られようはずもございません(反語)
まあ、ネタ振りはこの辺にして(笑)富野御大将自ら「この作品ではじめて小説というものの作法を学んだような気がする」とおっしゃられるように、この「閃光のハサウェイ」は富野小説中唯一「話の面白さ」と「小説になっている文章」が同居する作品であり、富野世界の中でも屈指の傑作であると思っている。人類の覚醒だのなんだのと安易なゴールを設けない「現状認知」の物語こそ、「ゼータ」以降の富野作品の真髄であり、それだからこそこの「閃光のハサウェイ」は美しい物語たり得るのだ・・・! なんて語っておきながら、真っ先に思い浮かぶのは高校時代の友人N君が「閃ハサ」を読んだ直後の感想「今夜はギギの夢を見よう」の一言。
N村君、あなたは正しい!!
●機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ (全3巻)
富野小説最高傑作と言われる「逆襲のシャア」の続編的な物語。主人公はあのブライトの息子、ハサウェイ・ノア。舞台はシャアの反乱から数年後、反連邦軍組織の指導者マフティー・ナビーユ・エリンとして(祭り上げられている)連邦軍高官の暗殺を続けるハサウェイの姿を描いている。
偶然ハサウェイと知り合うことになる連邦軍のケネス大佐、そして謎の少女ギギ等、登場人物も富野アニメ作品に負けず劣らず魅力的。そして何より作品のやるせなさを体現するかのような切ない文体。論者によっては「唯一小説になっている」と言うがそれも過言ではない。
「黄色い林檎が食べたい」・・・あの衝撃的なラストシーンが忘れられない。
現在もスニーカー文庫で全3巻が入手可能。
解説
「シャアのクローンが主人公」「宇宙世紀シリーズの続編」と聞くとものすご〜く、期待してしまうが、はっきり言って富野小説でももっともつまらない部類に入る一作だと思う。
まず、無駄に長いし、主人公がシャアのクローンであることが何らストーリーに関係してこないし(笑)
が、件の「しろはた」的な見方をすればこの「ガイア・ギア」は中々の良作かもしれない。
まず、主人公のアフランシの「情けなさ」が絶品だ。
宇宙での初戦闘では失禁し、地球に残した恋人のことを思い出し自慰行為にふけり、あげくの果てにはライバルにヒロインを寝取られる始末(笑)
クワトロの「弱い」所が好きな人にはコアヒットすること間違いなしである。
ちなみに「NEWTYPE」誌はこの頃が一番面白かった。アニメに「これ」といったヒット作がなく、仕方無しに実写作品、コミック、音楽、パソコン、芸能と扱う記事の対称を広げていったこの頃のNEWTYPEはオシャレにも、ブサイクにもなりすぎない理想のカルチャー誌だったのだ(過去形)
●ガイア・ギア (全5巻)
あの「NEWTYPE」誌に連載された「ガンダム」の続編的作品。一応、宇宙世紀的には最も新しい歴史に位置付けられる作品である(モビルスーツは「マン・マシーン」と呼ばれる次世代マシーンとなっている)
主人公のアフランシは何とシャアのクローンという設定(!!)でこう書くと全国のガンダムファンは狂喜して古本屋でこの「ガイア・ギア」を買い求めてしまうんだろうなあ・・・(遠い目)
ストーリー的にはアフランシが参加する反連邦組織メタトロン(要するにエゥーゴ)と連邦軍の人狩り(地球の不法居住者の掃討)組織マハ(要するにティターンズ)との戦いが描かれる。言ってしまえば「より、情けなくなったクワトロを主人公に据えた、妙に大人しいゼータの焼き直し」と、いったところかもしれない。
文化放送でラジオドラマ版も放送されていたが当時電波の届かない所に住んでいたことに加え、CDが以上に高額だったので聴いたことは一回もない。
まあ、そんなに「聴きたいか」と言われるとそうでもないのだが。角川スニーカーから出ていたが絶版。古本屋ではそれなりに見かける。
解説
例によって一巻目で主人公の買春初体験が語られるこの「シーマ・シーマ」は札幌と京都のブックオフの100円コーナーでそれぞれ前編と中編をともに3年前にゲットしてから、ずっと後編を捜し求めております。ヤフオクをはじめた理由も半分はこの「シーマ」の後編を探すため・・・でもまだ見つかりません。いや、面白くないことは分かってるんですけどね・・・。
●シーマ・シーマ (全3巻)
「王の心」の世界とバイストン・ウェルを足して二で割ったような世界で繰り広げられる貴種流離譚。
私が唯一コンプリートしていない富野小説。
前編だけ読んだ限りはちょっと・・・な感じ。
徳間AM文庫から出ていたが当然絶版。
だれかプレゼントして下さい(切実)
解説
富野小説の魅力の一つにまるで行間を漂っていくかのように登場人物の「思念」が飛び交う奇妙な表現があると思う(笑)この「ベルトーチカチルドレン」はそういった意味で、より「富野小説らしい逆シャア」だろう。映画版が一番好きなのは変わらないが、「小説」としてはやはりこちらが魅力的である。ちなみにゲーム等でお馴染みの「Hi−νガンダム」や「ナイチンゲール」はこの小説に登場するMSである。
●機動戦士ガンダム 逆襲のシャア
ベルトーチカ・チルドレン (全1巻)
角川版「逆シャア」とこ「ベルトーチカチルドレン(何故か複数形)」は富野御大将による映画版「逆シャア」シナリオ第1稿がもとになっている。映画版との最大の違いはチェーンの変わりにアムロの「Z」時代からの恋人、ベルトーチカが登場する点。そのためストーリーもそれなりにオリジナルの展開を見せている。
解説
この「ハイ・ストリーマー」の見所は何といっても、パートナーの女性士官、ゲリラ少女のアリョーナ、そして中編以降映画通りに登場するチェーン・アギと華麗に「三つ又」をかける僕らがアムロ・レイ大尉の活躍でしょう(笑)
特にアリョーナに関して言えば、「更正させる」と言ってそのまま自宅に軟禁(?)夜中に部屋に忍び込んでゆくという大技を披露。さすが設定年齢29歳、大人の貫禄ですな(笑)
・・・てな冗談はさておき、この「ハイ・ストリーマー」星野氏のあまりにも独創的なイラストの魅力も手伝ってか、私の周りでは(私自身も含めて)「ベルトーチカチルドレン」の方が好きだという人が多い。
「イデオン発動編」もそうだが、延々と議論と戦闘が繰り返されるクライマックスは、あの御大将の演出力があってはじめて「映像として」楽しめるものであり、あまり「小説」というものには合わないような気がする。映画版を忠実に再現した本作の後半はその辺が辛いのかもしれない。
ただ、∀ハルキ版の福井晴敏はこの小説のラストがお好きだとか。
●機動戦士ガンダム 逆襲のシャア
〜ハイ・ストリーマーより〜 (全3巻)
有名な話だが「逆襲のシャア」の富野小説版は2種類ある。「アニメージュ」誌に連載され、徳間アニメージュ文庫収録のこの「ハイ・ストリーマー」と、下で紹介した角川スニーカー文庫書き下ろしの「ベルトーチカチルドレン」である。(御大将曰く「仕事上の付き合いでどっちも断れなかった」とのこと)
この「ハイ・ストリーマー(連載時のタイトル)」は、ロンド・ベル合流前のアムロの活躍を前編で描き、残る中編・後編は映画「逆襲のシャア」にほぼ忠実なストーリーとなっている。
イラストを担当したのは「2001夜物語」などのSFマンガで有名な星野之宣。独自の解釈で描かれたモビルスーツや、妙に劇画チックに濃い顔をしたアムロやシャアには賛否両論ある(片方しかないような気もするが)
同文庫で現在も簡単に入手可能。

〜発動編〜