糖尿病とともに生きる著名人 へもどる


 前向きに糖尿病とともに生きておられる方はたくさんおられます。

イカリン(日本語)、ニコール・ジョンソン(英語)、ビル・ガリク ソン(日本語)
のホームページも訪れてみて下さいね。


自称イカリン
「コアラの会」会長
 大阪府済生会中津病院糖尿病患者会「コアラの会」会長。また関西中に焼肉ファンを増やす為に真の焼肉宣教師を目指す27歳OLである。インスリン注射治療中の糖尿病患者でも ある。
 26歳で糖尿病発症。糖尿病になるまでは美味しいものを求めて全 国津々浦々食べ歩きツアーを決行し時には海外にも美味しいものを求め出かけていた。営業職をしていたため接待などで超高級食材達を食べる事も多く、 仕事がハードで眠る時間があまりなく平均睡眠4時間ぐらいだった。休みたくても休めない・・・ストレスで缶コーヒーを1日に何本飲んでたろうか。 会社の健康診断で糖尿病の疑いが浮上する。それでも自覚症状がなくほっておく。会社の産業医からこっぴどく怒られる。これを期にいざ病院 へ。結果はあきらかな糖尿病と診断される。その時の血糖値170、HbA1cは7.7だった。
 翌月当院に教育入院をし、糖尿病について徹底的に学び、血糖コントロール に励む。素晴らしい主治医とナースの方々と出会い、現在ではHbA1cは5.6まで下がる。
→イカリンの「トウニョウサロン」
 
ニコール・ジョンソン
 1999年のミス・アメリカ。
 19歳の大学時代に1型糖尿病を発症。一時は自暴自棄に なったが、これではいけないもっと前向きに生きていこうと20歳の時にミスアメリカに挑戦。見事優勝し栄冠の座を勝ちとっ た。
 その時の経験をもとに現在は、糖尿病に関する啓蒙活動を全世界で行っており、2000年には来日し日本糖尿病協会で 日本の患者さんに講演(同時通訳つき)を行った。
     小生もサインをもらって感激!→→→→
 彼女からのe-メールによると、今年2001年7月にも再び来日するとのことです。
→Ms.ニコール・ジョンソンのホーム ページ(英語)
ゲーリー・ホール Jr.
 
 2000年シドニーオリンピックの男子50メートル自由 形米国五輪代表で、糖尿病にもうち勝ったゲーリー・ホール(25)(写真右)と初の黒人系水泳選手のアンソニー・アービン (19)(写真左)とが、21秒98の同タイムで金メダルを分け合った
 (テレビを見なが ら思わず拍手をしましたね...)
 ゲーリー・ホールは4年前のアトランタ五輪で4個のメダルを獲得 したが、2年前にマリフアナ使用で資格停止処分を受けた。食生活は乱れ、糖尿病を患ったが、インシュリン注射を打ちながら復活を 目指してきた。ホールは「最高の結果が出た」と感慨深げに話していた。
ビル・ガリクソン
 元読売ジャイアンツのピッチャーインスリンをう ちながらプロ野球選手としてマウンドで活躍。
「プロ野球選手としてのスタートを切ったのは18才の時でしたが、21才で 糖尿病と診断され、その時この病気のため私の望みはかなわないだろうと思ったものです。糖尿病と診断されたのその日からずっとこの病気と共に生き ることを学ぶ毎日でした。」
「僕はNo1の野球選手になろうと思ったし、No1の糖尿病 患者にもなろうと思ってきたんだ。」 
「アップルパイを全部食べろと言われてできなくても, 僕には自分に大切なことでできないことはないのさ
→ビ ル・ガリクソンのホームページ"ナイスコントロール"(日本語)
柏戸
(1938〜1996)
 大鵬とともに柏鵬時代を築いた47代目横綱で 有名。
 インスリンを80単位注射しながら、横綱になったという。
 引退後は鏡山親方として後進の育成、健康に全力を尽くした
 残念ながら1996年肝不全で死去。

 白黒テレビ の時代に大鵬柏戸の優勝戦に釘付けになっていた子供の頃がなつかしい(歳の程が知れるかな?)

藤原道長
(966〜1027)
 御存じ、平安時代に栄華を極めた藤原一族。一般の人々が 飢饉に困っていた時代(したがって一般の人は糖尿病にならなかったのですが...)。

 一日二食の時代に間食、夜食、連日の宴会(現代人と同じでは?)、 運動不足がたたり最後には糖尿病による背部の癰(よう:化膿によるできもの)で感染症をおこし死亡したと伝えられる。

「第15回国際糖尿病会議」の記念切手(1994.11.4 発行)に日本の糖尿病の祖?として登場。下の六角形の図案はインシュリンの結晶、後ろにいるのが藤原道長

小渕恵三
 歴代首相。糖尿病、脳梗塞で死亡。
 新年号「平成」の発表のときは若かった。
 首相当時「ブッチフォン」が流行語になったのは記憶に新しい。
 2000年4月2日午前1時ごろ体調不良を訴え、順天堂大学付属順天堂医院に緊 急入院した。この時の総理官邸の発表にはいろいろと国民の不満が上がった。残念ながら2000年5月14日午後4時7分死去。持病の糖尿病による脳 梗塞が原因。
田中角栄
 歴代首相。糖尿病、脳梗塞で死亡。
 1972年7月6日、自民党総裁選挙で54歳の時当選。総理大臣に指命され歴代 最年少首相が誕生。
 1976年12月あの「ロッキード事件」が発覚し「ピー ナッツ1個は100万円」は流行語となった。
 ピーナッツを食べ過ぎたのかな?それとも裁判のストレスが大き かったのかな? 
 糖尿病、脳梗塞を併発し1993年12月17日に死去。
大平正芳
(1910〜1980)
 歴代首相。

 アルコールはだめだったが、その分よく食べたという。料 亭政治が関係あるのか?  (これに関してはあくまで他の関係者の推測によるもので あります...)

 糖尿病、心筋梗塞による心不全で、1980年死去。

夏目漱石
(1867〜1916)
 日本を代表する小説家。「坊ちゃん」、「吾輩は猫である」など。胃潰瘍 による吐血を繰り返していた。
 晩年はさらに糖尿病、ノイローゼなどにも苦しんだ。
オーソン・ウェルズ
(1915〜1985)
 「第三の男」、「市民ケーン」などで知られるアメリカの有名な映画監督 兼映画俳優。糖尿病と闘いながら、次々と名作を世に送り出した。
 今でも時々新聞の宣伝でみられるように肥満気味?
 葉巻とウィスキーがトレードマークであった。
 しかし糖尿病で残念ながら心筋梗塞を併発して1985年死去。
ヘミングウェイ
(1899〜1961)
 米国の著明なノーベル文学賞受賞作家。代 表作に「武器よさらば」「誰がために鐘は鳴る」、「老人と海」がある。

 彼は4回結婚し、2番目の妻ポーリーンとともに有名なキーウエストに豪邸 を建て、大酒を飲んだ。12時までは必ず、調子が出ると2時過ぎまでタイプライターを たたき続けた。終わるとシャツ一枚、半ズボン、大体が裸足で、なじみのバーに出かけ、スコッチウイスキー、ジン、ラムをがぶ飲みした。

 本人も糖尿病であったが、医者の父親も糖尿病であった。

山田風太郎
 小説家、しかし東京医大卒でもあり医者の不養生かな?。

 「忍法帖」シリーズで一世を風靡したのはみなさんご存じ。
 糖尿病に加えパーキンソン病、眼底出血による視力低下とも闘って おられました。
 遂に2001年他界されました。

五味川純平
 小説家。「人間の条件」、「戦争と人間」など人間の本質を追究した長編 小説で有名。糖尿病の人生とも真正面から闘っておられます。
マイケル・コルレオーネ
(ゴッドファーザーParTIII)


最終章。マイケル・コルレオーネはNYに移り、裏の世界の実力者に君臨し ていた。しかし、マイケルは父ビト・コルレオーネの跡を継いだときから、愛するケイや子供達のために裏の世界から抜け出すことを考えていた。莫大な資金力 を使いバチカンの力を利用して、大企業の支配力を手に入れようとする。マイケル はファミリーの幹部を集め裏の世界との決別を宣言するが、これを不服 とするジョーイ・ザザは、幹部会を襲撃する。ザザはかねてより反目関係にあったマイケルの甥(長兄ソニーの息子)ビンセントによって暗殺されるが、マイケ ルはこの犯行をザザ単独ではできないと直感する。ザザを操っていたの
はかつてビト・コルレオーネの友人だったドン・アルトベロであり、さらに、バチカ ンや経済界に力を持つイタリアの政治家ルケージとバチカンの大司教とが手組んで、マイケルを陥れようと画策していた。マイケルは歌手となった息子トニーの 出演するオペラを観劇するために シシリーを訪れていた。マイケル は、糖尿病を患い、糖尿病性昏睡で倒れた。(映画の中で) 
監督フランシス・フォード・コッポラ、マイケル・コルレオーネはアル・パチーノ
松山英男
俳優
マイルス・ディビス
(1926〜1991)
 米国のトランペット奏者でモダンジャズ界の帝王。「カインド・オブ・ブ ルー」でのモード奏法の開拓などで有名。
セザンヌ
(1839〜1906)
 フランスの有名画 家。「水浴する女たち」ほか作品はみなさんご存じ。63歳頃より糖尿病が悪化し、1906年屋外で写生中に夕立にあったあと意識障害におちいり、1 週後肺炎を併発し死に至った。意識障害の原因は、糖尿病性昏睡のためかともいわれている。この頃にはまだ血糖も測れないし、 インスリンや抗生物質がなく、今なら助かっていたのに....
セルバンテス
(1547〜1616)
 スペインの作家、「ドンキホー テ」。死因が糖尿病だったというが、詳細は不明。
壺井 栄 
(1899〜1967)
 小豆島生まれの作家。 代表作「二十四の瞳」。喘息発作を繰り返していたため、喘息の治療に用いられていたステロイドホルモン剤による二次性の糖尿病が 考えられる。
北原白秋
(1885〜1942)
 詩人、歌人。詩集「邪宗門」。持 病の糖尿病を長年患い、腎臓病(糖尿病性腎症?)も発症。晩年には糖尿病性網膜症による眼底出血をきたし、原 稿が読めなくなったという。


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