肥満の最新医学 へもどる
西村治男、新谷光世、*小川佳宏、*中尾一和
大阪府済生会中津病院 糖尿病内分泌内科・肥満センター
*京都大学臨床病態医科学・第二内科(「産科と婦人科」特集--肥満とやせ---より一部改変)
要旨 肥満の成因に関する最近の分子生物学研究の進歩はめざましい。脂肪細胞は単にエネルギーを蓄えるだけでなく、諸種の液性因子を分泌し全身の内分泌代謝に大きく関与している。飽食因子であるレプチンは、レプチン受容体の存在する視床下部を介して食欲を制御するとともに、一方でエネルギー代謝を亢進させ体重とエネルギーのバランスを制御する。また諸種の内分泌器官にも影響をあたえる。
さらに、今回はレプチン受容体以降の下流、最近分かってきた脂肪分化に関する分子の紹介とともに、ヒトで分かっている各種遺伝子異常を紹介する。
1.はじめに 肥満は一般に糖尿病、高血圧、高脂血症、動脈硬化、脳卒中、心筋梗塞の発症因子の一つとして重要であり、肥満の病態・成因を解明することはこれら成人病の予防の一助となる。脂肪組織は、今まで単にエネルギーを貯蔵するだけの臓器と考えられていたが、最近さまざまな液性因子(TNF-α、レプチン 、アディプシン、PAI-1、ACRP30/adipoQ(ヒトではアディポネクチン))を分泌することが明らかにされ、新たな内分泌臓器とも考えられるようになり、その分子生物学的解明は急速に進行しつつある。これらの液性因子は、摂食行動、エネルギー消費、糖脂質代謝に影響し、肥満、糖尿病、高脂血症、動脈硬化症、虚血性心疾患におけるその臨床的意義も注目され、さらに最近は他の分野--性腺、生殖器--への影響に関しても報告が相次いでおり、内分泌学の分野において新展開を示している。
以前より、諸種の肥満モデルとして遺伝性肥満マウスの研究が行われてきたが、ここ数年の間に、マウスにおいて種々の単一遺伝子による5つの自然発症肥満モデルの責任遺伝子が同定された。表1.肥満モデルマウスの責任遺伝子産物の染色体、遺伝形式、発現部位
責任遺伝子 染色体 遺伝形式 遺伝子産物 発現部位 ob 6 常染色体劣性 レプチン 白色脂肪 db 4 常染色体劣性 レプチン受容体 視床下部、その他 tub 7 常染色体劣性 Hypothalamic protein 視床下部 Avy 2 常染色体優性 Agouti蛋白 Ayではいろいろな部位、正常では皮膚 fat 8 常染色体劣性 Carboxypeptidase E 内分泌、神経内分泌臓器
ob遺伝や、db遺伝子の同定により、体重制御と肥満の理解のための分子生物学的基礎の概念が出来、さらに表に示すようにagouti(Ay), fat , tub などの遺伝子異常も報告されており、飛躍的に我々の肥満に関する理解を押し進めた。本稿ではこれらのうち、脂肪細胞由来のob遺伝子産物であるレプチンおよびレプチン受容体に関して最近の知見とその臨床応用に関して紹介するとともに、ヒト肥満におけるっ最新の情報を提供する。
2.ob/obマウスとdb/dbマウス 1950年に遺伝性肥満マウス(ob/obマウス)のob遺伝子の突然変異が示唆されて以来、ob/obマウスは遺伝性肥満のモデルとして広く研究されてきた。ホモ(ob/ob)の表現形は、高インスリン血症、高コルチコイド血症、高血糖、インスリン抵抗性、中枢神経活動の変化、過食、褐色脂肪細胞の代謝率の低下、白色脂肪細胞の重量の増加、妊孕性の低下などを特徴とする。1973年Colemanらは 併体結合(二つの個体を吻合し血流を交流させる)(図1,A)の実験から血中に脂肪組織由来の飽食因子の存在を想定した。ob/obマウスでは過食を抑制する飽食因子が欠如しており、併体結合により正常マウスから飽食因子が供給され、体重が減少すると推定された。一方同じ表現型を示す遺伝性肥満ラットのdb/dbマウスの併体結合実験では逆に正常マウスの食欲低下をきたし、正常マウスは飢餓のために死亡した。従ってdb/dbマウスでは飽食因子が過剰産生されているにもかかわらずその作用の低下が存在する考えられ、飽食因子のシグナル伝達および受容体の異常が推定されていた。
3.obese(ob)遺伝子の構造 1994年にobese(ob)遺伝子のクローニングがおこなわれob遺伝子のコードする蛋白は167個のアミノ酸よりなり、N端部に21アミノ酸のシグナルペプチドを持ち、細胞外に分泌される蛋白でることが判った。ob/obマウスのob遺伝子についての検討では、ob/obマウスのうちSM/Ckc-+Dacob2J/ob2Jマウスでは5´領域のミスセンス変異のためob遺伝子産物の欠損が観察され、C57BL/6Job/obマウスではナンセンス変異のため作用を持たない短いob遺伝子産物が作り出されており、異常ob遺伝子は約20倍も発現が亢進していた。このようにob遺伝子がob/obマウスの病因遺伝子であることが確認され、このob遺伝子産物である飽食因子はレプチン(ギリシャ語で“thin、やせる”の意味)と命名された 。ついでヒト、ラットのob cDNAが、クロー二ングされ 、アミノ酸レベルの相同性はマウス、ヒト間で84%、マウス、ラット間で96%と高度に保存され、この遺伝子は脂肪組織のみに特異的に検出された。
4.ob遺伝子の発現調節 ob遺伝子のプロモーターにはTATA box-like シークエンス、 E box、 C/EBP結合部位、AP-2結合部位 や3つのGCboxが認められ様々な発現調節を受けることが予想される。
個体レベルでの検討では、C57Bl/6Job/obマウス、Wistar fattyラットZucker fattyラット、db/dbマウスなどの遺伝性肥満動物や、視床下部破壊肥満ラット、また高脂肪食による肥満ラットなどの後天性肥満動物で、ob遺伝子発現の亢進が観察されている。更に、動物実験においてob遺伝子の発現は摂食で増加し、絶食で減少することも報告されている。ヒト肥満患者でも脂肪組織におけるob遺伝子発現の亢進及び血中のレプチン濃度上昇が報告されている 。
ob遺伝子発現が肥満で亢進することは脂肪組織重量の増加に対する代償機構と推定され、脂肪組織重量がob遺伝子発現を調節していることが推定される。肥満においてin vivoで何が直接ob遺伝子発現を直接調節しているのかは不明であるが、インスリンがin vivoでob遺伝子発現を増加させるという報告や、糖質コルチコイド投与によりob遺伝子発現が亢進することも報告された。表2.レプチンに影響する病態生理および薬剤
増加 低下 薬剤 dexamesasone,estradiol,insulin thiazolidinedione,isoproterenol, cAMP 病態 肥満,クッシング症候群 飢餓、絶食 生理 性差(女性) 神経性食思不振症 培養脂肪細胞における検討では、ob遺伝子発現は成熟脂肪細胞に高濃度に検出されるが、前駆脂肪細胞には認められない。継代培養脂肪細胞の3T3-L1細胞及ぴ3T3‐F442A細胞を用いた検討で、ob遺伝子発現は前駆脂肪細胞では認められないが、細胞の分化により検出される。またラット初代培養脂肪細胞の検討や、dexamesasone、estadiolがob遺伝発現を増加させ、一方isoproterenolはcyclicAMPの上昇、続いてAカイネースを介して、発現を低下させる ことが報告され、実際、持続的にactiveなAカイネースを持つトランストランスジェニックマウスにおいて血中レプチンの低下がみられた 。最近、核内受容体の一つであるPPARγに結合して作用するといわれ注目されているthiazolidinedioneを、マウスにin vivoで投与すると、レプチンのmRNAを低下させ、さらに初代培養脂肪細胞のin vitroの実験でも同様の結果が得られたとの報告があthiazolidinedioneがインスリン感受性改善作用を持つことと考えあわせると興味深い。
5.レプチンの中枢作用 レプチンの中枢作用としては、 摂食の抑制及ぴエネルギー消費の増加が明らかになっている。正常マウスやob/obマウスへリコンビナントのレプチンを投与すると食欲の減少とエネルギー消費の増加による体重減少が観察される。しかもこの作用はob/obマウスでより顕著であり、ob/obマウスではレプチンの受容体がup‐regulationされていると推定される。また脳室内投与で、レプチンがより強力により速やかに作用を示すため、レプチンの受容体は中枢神経系にあることが推定された。一方、中枢において食欲調節に関与するといわれていたneuropeptide Y(NPY)は、視床下部の弓状核に発現しており、摂食量を増加させ、エネルギー消費を減少させ、高インスリン血症と高コルチコステロン血症を招来することが知られていた。動物実験でレプチンを投与すると、弓状核のNPY遺伝子発現が抑制されることが明らかにされた。また視床下部の灌流実験でもレプチンがNPYの分泌を低下させ、弓状核が脳血液関門の外にあることも合わせて、ここにレプチンの受容体が存在する可能性が指摘されている。実際、マウスに125I-レプチンを投与した時の同部位への集積や、視床下部の膜標品を用いてレプチンの結合活性が報告されている。
6.レプチンの末梢作用 レプチンの末梢作用に関しては、初代培養脂肪細胞でレプチンが自身へのネガティブフィードバックをかけることはなくmRNAの発現には影響を及ぼさない。末梢での代謝への直接的影響の有無に関する報告は現時点では少ないが、30A5 preadipocyteでob geneを過剰発現させると、脂肪合成に重要なacyl-CoA calboxylaseのmRNAおよび脂肪酸の合成が低下し、末梢レベルでも直接抗肥満作用を持つ可能性が報告されている。またadenovirusでレプチン遺伝子を過剰発現させたトランスジェニックマウスで脂肪細胞に特異的に萎縮を認め、レプチンが脂肪特異的な萎縮活性を持つのではないかと報告された 。
7.レプチン受容体Colemanの併体結合の実験で予想されていたようにdb/dbマウスのob 遺伝子自身には異常はなく、他のlocusがコードしている可能性が想定され、1995年末にはレプチンの受容体がクローニングされた。このレプチン受容体は、サイトカインのIL-6、G-CSFやLIF受容体のシグナル伝達に関与するgp130と相同性がみられ、スプライシングにより長いobRbと短いobRa,c,dと遊離型のobReの5つの型がある。受容体はやはり、クロモゾーム4のdb locus と推定されていた部位に同定され、db/dbマウスにおける受容体の点突然変異も報告された。我々のグループはZucker fattyラットでレプチン受容体の269番目のGlnがProにかわるミスセンス変異をみいだし、細胞外ドメインのβシートが破壊されてダイメライゼーションがおきず受容体からのシグナル伝達が障害される可能性を示した (図4,F)。続いて我々のグループの高屋らは自然発症高血圧ラット(SHR)とSDラットを交配することによりKoletskyらが作成した、肥満SHRラットのKoletskyラット(faK/faK)において、レプチン受容体の763番目のTyrがナンセンス変異をおこして停止コドンとなり機能をもたない短い受容体を作ることが最近発見し 、期せずしてレプチン受容体のノックアウトと同様な状態であることも見いだした。
5種類のレプチン受容体の機能、作用機構に関してはまだ明らかではないが、長い型であるobRbが本来の飽食シグナルを伝達し、他の受容体は摂食抑制作用に関連しない可能性が最近報告されている。サイトカイン受容体と同様にJak kinaseを持つことより、受容体以降のシグナル伝達の候補のひとつとしてSTAT(signal transducer and activator of transcription)の燐酸化が関与すると報告された。
8.ヒトの肥満とレプチン ヒトの肥満患者においてもレプチンの異常、およびレプチン受容体異常症による高度肥満の報告以来、ひとでのレプチンの重要性が再認識された。
しかしレプチンが飽食因子として作用し摂食を抑制し代謝を低下させるにもかかわらず、一般のヒトの単純性肥満、高脂肪食による肥満で血中レプチン濃度が上昇しその濃度がBMIや%fatと相関を持つこと、また他の遺伝子異常による肥満のモデル動物や、VMH破壊ラットでもレプチン濃度が高値を示すことより、ヒト肥満においてはレプチンの作用機構の障害(レプチン抵抗性)が存在することが考えられている。
レプチンの代謝動態に関しては、半減期がヒト血中において約25分であり他のホルモンとよく似た動態を示すことが明らかになった。最近ヒト髄液中のレプチンが測定され、肥満患者では血液脳関門における移行が低下し血中濃度の増加にくらべ髄液中の濃度が低く、この移行の低下がレプチンの作用の低下に関与するかもしれない。
8.性腺、生殖器とレプチン血中レプチン濃度には性差があり、女性で高値を示すことより女性ホルモンの関与も考えられるが(表1)、閉経の有無では差がないという報告もある。そのほか、我々の検討では神経性食思不振症の患者では血中レプチン濃度が低下しており、神経性食思不振症の発症はレプチン過剰産生による食欲の抑制によるものではないと考えられる。絶食において血中レプチン濃度が低下するということを考えあわせると、レプチンはむしろ飢餓状態や低栄養状態をよく反映するものと考えられる。最近、その他、ob/obマウスのメスの妊孕性が低く、これがレプチン投与により改善することより、レプチンの卵巣生殖器における作用の存在も示唆されている。
さらにレプチン自身が性ホルモンの分泌に影響し、思春期発来の引き金になることも示された。このようにレプチンは従来考えられていた食欲や体重自身のみならず全身の内分泌器官(副腎、甲状腺、卵巣、精巣)に作用し飢餓時のストレスから体を守る方向に作用すると考えられている。
9.レプチンの下流と、その他の肥満に関与するヒトの遺伝子異常 レプチンが摂食抑制・体重増加抑制をきたす機序の一つとして、摂食促進およびエネルギー消費抑制作用を有するNPY (ニューロペプチドY)を抑制すること、また、レプチン受容体を発現する視床下部弓状核ニューロンにおいてPOMCに由来するα-MSHの産生を促進し、視床下部に分布するメラノコルチン4型受容体(MC4-R)を活性化することが考えられている。詳細はまたの機会に譲るがレプチン、レプチン受容体以外にも表3に示すように、プロホルモン変換酵素-1,プロピオメラノコルチン(POMC)、メラノコルチン-4受容体(MC4R)などの単一遺伝子異常による肥満がヒトでも報告されており(表3)さらなる解明と、これらの受容体に作用薬剤の開発が行われつつある。
また肥満との関連が示唆されている抹消の組織の遺伝子として、PPAR γ2、β3-アドレナリン受容体の変異との関連も示唆されておりその詳細は他の特集を参照していただきたいとともに、今後の解析に期待したい。表3 現在までに報告されているヒトの肥満関連遺伝子
1.単一遺伝子の異常によるヒトの肥満
レプチン 劣性遺伝
レプチン受容体 劣性遺伝
プロホルモン変換酵素1 劣性遺伝
POMC 劣性遺伝
MC4R 優性遺伝
2.ヒトの肥満との関連が示唆されている遺伝子
PPARγ2 優性遺伝
β3-アドレナリン受容体 劣性遺伝
10.肥満の治療に関する新しい展望最近の肥満の分野の研究におけるもう一つの大きな前進はも脂肪細胞の分化、遺伝子発現を調節する転写因子が同定されたことである(PPARs、C/EBPs、ADD1/SREBP1)。これらに関しては他の総説を参考にしていただきたいが、生体のエネルギーバランスの制御機構は、現在までの所、食物栄養摂取と脂肪細胞の制御システムと考えられている。このうち重要なのは脂肪から産生される因子(ホルモン)であるレプチン、エネルギーバランスに関連した信号を制御する神経ネットワーク、膵臓からのインスリンや、 核内受容体のPPARγ、転写因子のC/EBPs、ADD1/SREBP1などである。
ヒトの一般の単純性肥満ではob遺伝子の発現、血中のレプチン濃度は代償的に亢進し、その作用機構に低下があると考えられる。またレプチンは全身の内分泌器官と関連を持つことが判ってきた。ヒトの肥満患者においてもレプチンの異常、およびレプチン受容体異常症による高度肥満の報告以来、ひとでのレプチンの重要性が再認識された。今後、病態把握のためのレプチンを用いた診断法の開発、さらにレプチン自身またはレプチン受容体のアゴニストが肥満の治療薬として臨床応用が期待される。
また一方、レプチンがすべての肥満の治療薬として有効かは疑問でもある。むしろ、レプチンやその下流、その他の肥満関連遺伝子の発見により新たな肥満と糖尿病に関連するの分子メカニズムが解明されたことにより、諸種の作用点に効果がある新たな薬剤が考え出されていくことも期待されている。
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