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袋小路のジェンダーフリー (世界日報 全6回:2005/03/30〜04/05)
関連:「ブレンダと呼ばれた少年」復刊問題
updated 2005/04/26
2005/03/30
全国的なジェンダーフリー批判に対処するため、過激なフェミニストたちは、雑誌特集や反論シンポでその擁護に乗り出した。さらに、国連での女性集会に言及しながら権威付けを図っているが、その説明は辻褄(つじつま)が合わず袋小路に追い込まれつつある。
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雑誌『世界』四月号は、特集「ジェンダーフリーって何?」を掲載した。執筆陣は、ジェンダーフリーを称賛する学者、文化人や女性政治家たちである。
その前書きには、「一九九九年に成立した男女共同参画社会基本法の根幹にある考え方が、耳慣れない言葉『ジェンダーフリー』だ」とある。
さらに「『ジェンダー』とは、生物学的な性差である『セックス』に対して、社会的・文化的に形成された性差、『男らしさ、女らしさ』だ、と言っていいだろう」と説明している。
内閣府は、ジェンダーフリーについて「男女共同参画社会基本法、基本計画等、国の行政においても使用していない」(〇四年二月、衆院内閣委員会)と説明し、ジェンダーフリーと一線を画してきた。
しかし、推進派にとっては、「ジェンダーフリーは男女共同参画社会基本法の根幹にある考え方」であるのだ。
米国で、「ジェンダー」とは、単に男女の性を上品に表す言葉にすぎない。ところが日本では、マルクス主義的フェミニストにより、ジェンダー、すなわち「男・女らしさ」が、男性が女性を支配するための手段であり、それ自体に差別的意味合いがあるかのように喧伝(けんでん)されてきた。
このため、ジェンダーからのフリー(解放)という言葉が発明されるとともに、これは、米国では通じない和製英語であると指摘されてきた。
ところが、ジェンダーフリー擁護者は、一、二年前から「米国の教育学者も使っていた」との反論を開始した。
内閣府の苦情処理・監視専門調査会の会長を務める古橋源六郎氏は、読売新聞に「『ジェンダー』正しい理解を」という論文(「論点」、〇四年六月二十五日付)を寄せ、「『ジェンダーフリー』は、性差別意識からの解放という意味で、米国の教育学者が使い始め、最近は条例などで、『ジェンダーの縛りを解消する』との意味合いで使われているようだ」と書いた。
内閣府の基本問題調査専門委員会委員を務めた伊藤公雄・阪大教授も、著書『「男女共同参画」が問いかけるもの』の中で、この教育学者(ヒューストン)の論文をジェンダーフリーとして解釈している。
だが、これは真っ赤なウソであることが判明した。ジャーナリスト・山口智美氏が、主にフェミニストの論文を掲載する月刊誌『くらしと教育をつなぐWe』の最近号で、「『ジェンダーフリー』をめぐる混乱の根源」と題した詳しい調査に基づく記事を書き、その点を暴露したのだ。
汐見稔幸・東大教授は、その論旨を『世界』の特集で引用し、「(山口氏によれば)世界でこの言葉を使っているのは日本だけで、しかも最初に使ったアメリカの研究者バーバラ・ヒューストンは、『ジェンダーフリー』という言い方ではだめで、『ジェンダー・センシティブ』でなければいけないという文脈で使ったものだった」と指摘。
つまり、ヒューストンの主張は、「女らしさ」が差別の原因になるからと否定するのではなく、「女らしさ」に繊細に対処しながら行う教育が必要ということである。
そして、女生徒の興味などを見ていくと、どうしてもジェンダー(女らしさ)が、セックスと無関係ではないという事実に行き当たり、こうしたアプローチを選択したと述べている。ジェンダーフリーという言葉で置き換えることができる内容ではない。
男女共同参画政策に携わる人物の強引な言説で、国民はミスリードされてきていたのである。
(山本 彰)
2005/03/31
(2)「性別」の意味すり替え 無視された制定時の首相答弁
先月中旬、東京・有楽町の東京弁護士会の会議室で、ジェンダーフリー批判をバッシングととらえたシンポが開かれた。一般向けの体裁が取られたが、推進派が続々と詰めかけていた。
資料として配布された冊子には、大沢真理・東大教授らパネリストの名前と共に、各地の男女共同参画推進条例や「ジェンダーに関する国会での質疑」がビッシリ記載されていた。
その「国会質疑」では、民主党の小宮山洋子衆院議員が細田博之官房長官に昨年秋、男女共同参画社会基本法の前文にある「男女が、互いにその人権を尊重しつつ責任も分かち合い、性別にかかわりなく……」の部分の「性別にかかわりなく」という文章の意味について聞いたものが取り上げられていた。
だが、小宮山氏の質問に対する細田官房長官の説明は、これまでの説明の流れを全く無視した驚くべき内容となっていたのだった。
男女共同参画社会基本法案は一九九九年、政府から参議院先議で本会議に上程され、前文は参議院総務委員会の審議の段階で付け加えられた。しかし、「性別にかかわりなく」の意味については、同委員会での質疑を含め、なぜか衆参両院で一切審議されなかった。
ただ唯一、基本法案が同四月十二日、参議院本会議に上程された時、小渕首相(当時)が男女共同参画社会と同法案の意義を問う質問に対して行った答弁で「性別にかかわりなく」について言及した。内閣府発行の『逐条解説・男女共同参画社会基本法』(昨年二月)でも、その首相答弁を解釈の参考として掲げている。
同首相は、「男であるとか女であるとかいう性別にかかわらず、男女がお互いの個性や長所を認めつつ、かけがえのないパートナーとして喜びも責任も分かち合っている社会……」と述べた。
首相が「性別」が男女の生物学的性別(セックス)を示しているのは明白だ。
『逐条解説――』でも、首相答弁や同基本法の「男女が個人としての能力を発揮する機会が確保されること」(三条)や四条、五条を引用しながら、「性別にかかわりなく」が「男女間の問題を示している」と解説している。
ところが、細田官房長官は同じ基本法の三条、四条を引用しながら、「生物学的に男女の違いがあることを前提としつつも、社会的、文化的に形成された性別、ジェンダーにとらわれることなく……多様な選択を認め合うという趣旨である」と説明。この「性別」がセックスではなくジェンダーだと言い切っている。
制定時の首相の答弁の趣旨を無視した上、『逐条解説――』が示していた解釈をも度外視したものである。
これまで、大沢氏は著書で、@同基本法のたたき台となった男女共同参画審議会答申で、「社会的・文化的に形成された性別(ジェンダー)にとらわれず」ということが述べられているA「ジェンダー」を日本語で表す場合は添付していた「社会的・文化的に形成された」という形容句を省くことが審議会で確認された――と述べている。
国会での質問は、あらかじめ担当官庁に通告しておき質疑で答弁を得る。小宮山氏は、基本法案のための審議会委員であり、その後参議院議員に当選。さらに同法案を審議した総務委員会に属し、前文挿入などの修正案を出した張本人だ。
細田氏より、はるかに法案成立の経緯に詳しく、この質問で、あいまいだった「性別」解釈について、ジェンダーフリー論者と政府の間で同じにする狙いがあったといえよう。
さらに同質疑を追っていくと、別の表現ながら、ジェンダーフリー・バッシングが起きていて地方自治体が困っている、と主張。官房長官に対処を迫っている。
ジェンダーフリー批判を抑え込むため、推進論者が連携した露骨な基本法解釈変更の働き掛けが明るみに出てきた。
2005/04/01
(3) 「論点が違う」の一点張り/男女の違い軽視する朝日記者
「セックスではなくジェンダーの用語を使っているのは、差別を無くすためです。セックスを使うと性別の違いがあるのだからと、論点ずらしが行われますから」――。
外人記者クラブで三月十四日、朝日新聞の竹信三恵子記者は、一九九五年の北京女性会議から、セックスではなくジェンダーという言葉が使われるようになった理由を早口でまくし立てた。
竹信記者は、ニューヨークで二月末から三月上旬にかけ、国連本部で開かれた「北京+10」会議を取材し、帰国直後の記者会見で、会場からの質問に答え、冒頭のような説明を行った。
この会議は、一九九五年に開かれた第四回世界女性会議(北京会議)から十年を記念し「国連女性の地位委員会(CSW)」を、閣僚級会合に格上げしたもので、約百カ国が参加。ジェンダーという言葉が、国際会議で使われるようになったのは、この北京会議からだ。
それが使われるようになった経緯を、竹信記者は「男女に違いがあり、その差によって人権が侵されている。セックスを使うと『どうせ男女に生物学的な違いがあるのだから仕方がない』となる。だからジェンダーを使おうということになった」と説明する。
このジェンダーという言葉は、政府の男女政策に関する基本計画(二〇〇〇年)にも盛り込まれ、その中で、「社会的・文化的に形成された性別」と定義されている。
つまり、環境や文化の影響だけでできた違いというわけだ。それが「性別」と規定されている。
だが、このジェンダーの定義に科学的根拠は全くない。脳科学の権威である新井康允・人間総合科学大学教授は、「生まれる前に性差があって、その上に社会的文化的なものが作られていると考えなければいけない」と指摘する。ジェンダーはセックスと切り離せないものなのだ。
ジェンダーが環境・養育の影響で形成されたと解釈すれば、解消することもできるということになり、ジェンダーフリーが生まれてくるのである。
審議会委員として、男女共同参画社会基本法の内容に強い影響を与えた大沢真理・東大教授も「セックスとは一応区別される、ありとあらゆる文化や社会が作り出した男らしさや女らしさの通念、つまり男女を区別している線、これは人工的に作り出されたものだから、人の意識的な営みによって崩していくことができる」(上野千鶴子との対談『ラディカルに語れば…』)と述べている。
しかし、竹信記者は、こうした脳科学から生じるジェンダー定義への当然の疑問に対して、「論点が違う」との一点張り。そればかりか、「男女は、生物学的に違う以前に社会的文化的に形成された差の方が大きい」とまで主張した。
ジェンダーの定義やジェンダーフリーは、差別解消運動に都合がよいから使われているだけ、ということが、竹信記者の説明から伝わってきた。
記者会見の参加者はわずかに十数人。女性運動を推進してきた仲間同士の集まりのような雰囲気だった。
「北京+10」会議は、女性の恣意(しい)的な中絶権をめぐって、欧州連合(EU)諸国代表と米国、バチカンとが激しく賛否両論を戦わせた。だが、これは古典的な生命倫理問題である。
さらに、会議で採択された緊急課題も、スマトラ島沖地震など被災地での女性への性的虐待・暴力防止のための各国支援、女性や少女の人身売買撲滅への取り組み強化、といったものが中心だった。
これは、男女の生物学的性別(セックス)があればこそ生じてきた歴史的悲劇である。
過激なフェミニストたちは、人間観の誤ったジェンダーフリーを叫べば叫ぶほど、本当の男女平等や女性の人権蹂躙(じゅうりん)問題を解決する根拠を失うことになる。
2005/04/02
(4) 「固定的役割」批判に疑問 米の変化に注意促す広中氏
第四回世界女性会議(北京会議)から十年を記念したニューヨークでの会議(二月二十八日―三月十一日)と連動するかのように、日本では「国際女性の日」に当たる三月八日、国連大学(東京・渋谷)で「しなやかな社会を目指して―女性とエンパワーメント 過去・現在・未来」と題した公開フォーラムが催された。
基調講演に立った広中和歌子参議院議員(民主党)は、米国に留学していた一九五〇年代、女性は大学を出ても結婚して家庭に入る時代であり、自分自身も結婚後、子育て中心の生活を送っていたことを指摘。
そうした中で、米女性解放運動の創始者と目されるベティ・フリーダン(一九二一―)についても言及、米国社会がウーマンリブによって一変していった様子を語った。
フリーダンは一九六三年、『The Feminine Mystique(女らしさの神話)』(邦訳『新しい女性の創造』)を著し、六〇年代に米国の主婦の心に芽生えていた、えたいの知れない悩みが何かを訴えた。
彼女は、それが「夫や子どもや家のほかに、もっと何かが欲しい」という女性の叫びであるとし、六六年に全米女性機構(NOW)を設立。七〇年まで初代会長を務め、女性の積極的な政治・経済・社会参加を促す活動を行ってきた。
そうした女性の積極的な政治参加の度合いを測る指標として、ジェンダー・エンパワーメント指数(GEM)がある。主に国会議員や上級行政職・管理職に占める女性の割合から算出される。
フェミニストは、日本のGEMが三十八位(二〇〇二年)と低いことを指摘し、男女共同参画が実質的に進んでいないと批判している。
広中議員も、女性の国会議員数について触れ、「クオータ制を導入した韓国より少ない9・1%にとどまっている」と指摘。政治の面白さを説明し、女性の参加を促した。
ただ、選挙がブームに左右され、落選のリスクもあり、目立ちたがり屋のイメージがあるなどの点を挙げ、女性に不向きな面がある点を語った。
実際、母親が多忙な政治活動を務め上げることは相当なパワーが必要である。英国のマーガレット・サッチャー氏も、自叙伝で、政治活動と家庭生活との両立をこなすために大変な努力を払っていたことを述べている。
一方、わが国では、平均寿命、教育水準を示す人間開発指数(HDI)では九位(同)と高い。諸事情から低くなっているGEMだけ取り上げて、男女共同参画の遅れを指摘するのは無理がある。
ベティ・フリーダンは、当初、『女らしさの神話』を書いて、女性を妻や母親の役割に限定する「女らしさ」を拒み、仕事によって全人格的な人間に成長していくよう女性たちに呼び掛けていた。
しかし、八一年『The Second Stage(セカンド・ステージ)』を書き、考え方を一変。「(行き過ぎたフェミニズムが)子供を産むことで男性とは違う生き方をする女性の権利を否定しており、女性の自由を奪っている」と批判。以後、ラディカル・フェミニストと対立していった。
内閣府男女共同参画局は、本来、男女の性質の違いは無いのだと言い張るフェミニストの影響を受け、ジェンダーが「後天的につくられたもの」と定義し、政策を推進しつつある。これは、フリーダンが警告したのと同じ状況を生み出しかねない。
広中氏も、「米国は今、家庭の価値を重んじる方向にあり、幸せを感じる尺度は人によって違う」と述べるとともに、「豊かな日本で、女性の経済的自立にこだわり過ぎる風潮がある」と疑問を呈した。
男女共同参画に賛同する広中議員だが、伝統的家族形態を「固定的」と決め付け、女性が働きに出ることばかりあおるジェンダーフリー論者の考え方は、受け入れ難いものと映っているのだ。
2005/04/03
(5) 流動的な男女の働き方/必要なのは性差別禁止法
東京弁護士会(東京・有楽町)での「ジェンダーフリー・バッシングに」反対するシンポジウム(三月十二日)で、基調講演した大沢真理・東大教授は、初めに、年頭に公表された内閣府の「男女共同参画社会に関する世論調査」の結果に言及した。
「夫は外で仕事、妻は家庭を守るべきだ」という項目で、調査開始以来、初めて反対が賛成を上回ったことを力説、「国民の意識は着実に動き、後戻りしない」と誇らしげに語った。
回答を年齢順に見ると、二十―五十九歳以下の大多数は、性別役割分業について「反対、あるいはどちらかといえば反対」であり、「子供ができても就業」は、四十―五十歳代では男性の方が賛成が多いくらいである。
だが、この数字は、おそらく、ジェンダーフリー論者が、男らしさ、女らしさは人工的につくられたものとし、それが差別を生んでいるとの考えから、「夫が外で働き妻が家庭を守る」のを「固定的役割分担意識」と批判し、女性の職場進出を強く奨励した結果ではない。
ジェンダーフリー論者が、一番意識改革を迫ってきた年齢層の男性が、むしろ女性以上に意識が変わってきている。
これは、ジェンダーフリーを評価したからではなく、これまで同様の出費があるのに、不況で収入が目減りしてきたことに対処するための変化といえる。
大沢氏自身も、「平成不況で、男性が自分だけ家計を担うことの大変さにうめき声を上げているということか」と述べた通りだ。
また、IT(情報技術)の発達により、在宅でも十分働ける環境が整ってきている。IBMや世界最大のデータベースソフトメーカー、「オラクル」は、最近、正社員の在宅勤務を可能にする体制を整えた。外に出掛けるから働き、家庭にとどまるから家事育児という時代認識は、どんどんと古くなる。
女性学者が提示するビジョンは、「女性が働きやすいように、結婚・妊娠しても、十分な育児休暇を取れるように制度を整え、また職場に返り咲けるようにすべきだ」というものだ。
ただ、これを実行に移しているデンマークでは、所得の六、七割を年金、医療に税金を払わなければならない。
日本のシステムとあまりに違いすぎ、可能性は乏しいが、それでも実行すべきだというのなら、明確にその税負担を説明すべきだ。
だが、ジェンダーフリー論者は、国民の痛みになることは口にしないで理想論だけ唱え、実現しないのは男女に違いがあるとする差別が原因、と訴える。
大沢氏は、講演で「男性が主な稼ぎ手というのは、今日では非常にもろいモデル。このために、労働市場も家族も柔軟化できず、新たな経済社会に対応できていない」と批判。
今の年金制度で、専業主婦は、夫の年金負担によって自らも年金を受領できる仕組みだ。ただ、専業主婦と言っても、パート勤めも入っている。
これに対して、大沢氏は「このモデルに基づいた年金制度があることで、若い人の不満をあおっている」とし、夫が主に外で働き妻が家庭を守る家族形態をやり玉に挙げていた。
だが、年金制度を持続可能にするには、家族形態を批判する前に、まず子供を育てることが必要だ。次世代の育成なくして年金など成り立たない。
それを行わないで、年金だけもらう生き方には、もっと不満が向けられよう。少子化に拍車が掛かることも避けられない。
大半の国民は男女差を肯定的に受け入れ、特に、若い世代の夫婦は、夫も家事・育児に積極的にかかわっている。
ジェンダーフリーは、しょせん、それを唱えている人の有利な社会にするための理屈である。
ジェンダーという分かりにくい概念を持ち出す必要はなく、「具体的にある性別から生じる差別に対処する法律を作ればよい」(米田建三・元内閣府副大臣)といえよう。
2005/04/05
(6) 性同一性障害者もソッポ 国民の良識で早急に駆逐を
今年一月下旬、東京・性教育協会セミナールームで、インドで開催された「第一回アジア・パシフィック性科学会」(昨年十一月)の報告会が行われ、性同一性障害の人たちも参加した。
報告会では、同学会に出席したハワイ大学のミルトン・ダイアモンド博士の紹介にひときわ時間が割かれた。
米国では一九七〇年代以降、女権拡大運動(ウーマンリブ)が広がった。これに有力な根拠を与えたのが、米性科学者、ジョン・マネー氏の「乳幼児の性自認(ジェンダー・アイデンティティー)が決まるまでは、性転換させて男の子でも女の子として育てれば女の子となる」という学説だった。
ダイアモンド博士は、そのウソを見抜き、ジェンダー問題で権威となった人物だ。
六〇年代半ば、カナダで一卵性双生児(男児)のうちの一人が包皮切除手術に失敗し、外性器の大半を破損。その対応策に苦慮していた両親に対して、マネー氏は性転換手術し女の子に育てることを奨励。
両親は、あらゆる環境を整え、その子を女の子に育てようと努力したが、まったく女の子らしく育たず、逆に女性であることに苦しみ続けた。
結局、十四歳の時、両親はすべてを打ち明け、ブレンダと名付けられていたこの「女の子」は、男性として性の再認定を受け、名前もデイヴィッドとなった。
報告者の慶応大学大学院の佐々木掌子さんは、昨年、デイヴィッドが幼少期のトラウマを苦に自殺したことを告げ、「間違った思想が大変な悲劇を生んだ」と結んだ。
だが、マネー学説は、日本でもジェンダーフリー論者によりもてはやされてきた。
心理学者の小倉千加子氏は一九九五年『セックス神話解体新書』を書き、「男らしさ、女らしさは後天的につくられる」という有力な根拠として、この実験例を紹介。「ジェンダーはセックスによって規定されない」と断言している。
一昨年八月下旬、国立女性教育会館(ヌエック)で「女性学・ジェンダー研究フォーラム」が開催された。
そこに、集まったジェンダーフリー論者たちは、質疑応答の中で、千葉県市川市、大阪府堺市の男女共同参画条例を模範的条例だと絶賛した。
いずれの条例も、基本理念で「男女の性別にとどまらず、性同一性障害者等のあらゆる人の人権が尊重される社会の構築」をうたっているためだ。
ジェンダーフリーは、こうした性的マイノリティーの人たちを巻き込み、性のあらゆる差別を解消する運動とのイメージ付けを図ってきた。だが、これはジェンダーフリー論者の勝手な思惑であることが分かる。
性同一性障害者のホームページ(HP)の「公式見解」を見ると、まず「われわれはジェンダーフリーという名目で、性差を否定しようとする動きがあることに違和感を持っている」という趣旨のことを表明。
そして「『ジェンダーフリー』は、ジェンダーバイアスからのフリー(解放)であって、ジェンダーレス(性差の否定)とは違うという人がいます。しかし両者は、必ずしも別物ではありません。ジェンダーとは社会的・文化的・心理的性別を意味します。したがってジェンダーは、性別と無関係なものとされた時点で『ジェンダー』ではなくなります」と問題点を浮き彫りにしている。
さらに、「『ジェンダーバイアスからのフリー』は、それをとことん追求すれば自動的に『ジェンダーレス』の追求になってしまうような構造になっている」と述べる。
その上で「そもそも性同一性障害とは、ジェンダーという『男女の違い』の存在を前提とした現象です。したがって私達がジェンダーレスの主張に組みすることは、自己否定になってしまいます」と結んでいる。
ジェンダーフリーは、性的マイノリティーの人たちをも、何ら幸福にしない思想であることが明確になっている。
ジェンダーフリーを標榜(ひょうぼう)するのは、少数のイデオロギー活動家だ。だが、声高なその言動により行政が動かされ、教育理念、福祉政策、家族形態などが干渉を受けつつある。
国民の良識により、早急に駆逐すべき思想である。